「……何。双子がそんなに珍しいですか?」
今、詩音は少し機嫌が悪かった。
学校サボりの咎で知恵先生に捕まりそうになり、現在逃亡中の身の上。
昼休憩も、残す所僅か。折角苦心して作ってきたかぼちゃ弁当は無駄になりそうだ。
今日の出来ははっきりいってここ最近でぴか一だと言うのに。そう、たとえかぼちゃ嫌いの沙都子でもメロメロになる出来なのだ。
「あ、あぅあぅあぅっぼ僕はあの、あの……」
突然向けられる詩音の冷たい視線と声に、もの言いた気に詩音を見つめていた少女はたちまちすくみ上がる。
それは詩音の見覚えのない顔だった。
「…………」
おそらくこの子が最近分校に転入してきたという子だろう。
梨花ちゃまの親戚でさらに魅音のお気に入りらしく、新顔のくせにもう部活メンバーとして
あの一癖も二癖もある連中と一緒に遊びまわっているとか。
確か……そう、羽入と言ったか。
「あぅあぅ、ああ、あの、あぅ、ひっ…、く……ぐす、……っ」
詩音の値踏みするような視線の前で、ひたすらオロオロしていた羽入が唐突にしゃくり上げ始める。
「え、ちょ……っ!?」
詩音はそのリアクションにぎょっとした後、助けを求めるかのように周りを見回し、次いで頭をかいて盛大に溜息を吐いた。
「……はぁ。……ああもう、私が悪かったです。だからそんな怯えないで下さいよ。……私が泣かせたみたいじゃないですか」
ぐすぐすと、鼻をすする羽入に詩音が参ったとばかりに軽く両の手を上げる。
「あんた、名前は?」
明らかに呆れを含みながらも幾分優しくなった声色に、羽入は顔を雑にごしごしと擦り慌てて顔を上げる。
「ぼ、僕は羽入といいます!梨花の……ええと、親戚なのです!」
背筋を伸ばして緊張の面持ちで名乗る姿に、詩音は上出来とばかりに優しく微笑んだ。
「うん、知ってます。で、私は詩音、園崎詩音。……知ってますね?」
その詩音の表情に、羽入は探していたなくし物を見つけたかのように、ぱあっと笑ってこくこくと頷く。
「ぁ、あぅあぅ!知ってます。僕は詩音をよく知ってますのです!」
ちょっとその言葉尻が気になったが、詩音はにっこりと笑うと。手を伸ばして羽入の頭を撫でる。
「…………あぅ……」
それは詩音が知りうる、数少ない気持ちの伝え方。
その意味を理解していた羽入は、その手の優しさに赤くなってゆく。
「私もあんたをよく知ってますよ」
ドキ。
「え……っ」
羽入はその言葉に驚いて、目を見開いて詩音を見つめる。
「お姉がよくあんたの事を話してますからね。大層お気に入りのようで、ご愁傷様と言っておきましょうか?くっくっくっく!」
ああ、そういう意味かと、羽入はがっくりと肩を落とした。
以前の世界を……僕を振り返り、僕に話しかけてくれた事を、……微笑みかけてくれた事を。
覚えているのかと、心の隅で期待してしまっていたのだ。
「ところで、……ええと、羽入でいいですよね?あんたお昼なのに何をしてるんです?お弁当は?」
ぐぅ~~~!
羽入の口より早く、おなかから威勢のよい返事が上がる。
「あ、あぅあぅあぅ!ぼ、僕はキムチから逃げた訳ではないのです!気分が悪くなったので保健室に行くのです!」
真っ赤になってあぅあぅ言い訳を始める羽入に、詩音は思わず吹き出した。
「ぷっ……くっくっくっく!あんた中々面白いですね~。お姉が気に入るのも分かります」
事情はよく分からないが、どうやら同じ逃亡中の身の上のようだ。
「……ふむ。お互いもう少し隠れてなきゃいけないようですし、第三者の意見も欲しかったところでもありますし」
今日の所は諦めましょうか、と1人ごちる詩音に羽入はまだ赤い顔のまま首を傾げる。
「ねぇ、羽入」
それに振り返り、ひょいと、それまで大事に抱えていた手提げを羽入の目の前に掲げ。
「時間潰しにお弁当でも一緒にどうです?」

「……へぇ~。それで一緒にお弁当食べてたの?そりゃまたどういう風の吹き回しだか」
魅音が感心したように呟く。
興味のない人間には徹底的にクールな詩音が珍しい事もあるものだ。
「……なんだか、初対面のような気がしないんですよねー……」
心ここにあらずと言った風情で、詩音がぽつりと呟いた。
「ふーん……そういえば、レナもそんな事言ってたなぁ」
魅音の言葉をどこか遠くの声のように聞き流しながら、詩音は明日の献立に思いを馳せていた。
明日こそ、沙都子にかぼちゃを克服させよう。羽入が太鼓判を押したかぼちゃ料理で。

これならどんなかぼちゃ嫌いでもだいじょうぶなのです!僕が保障するのです!

その声をふと思い出して、詩音の口元が緩む。
……ついでに羽入にも、食べさせてあげましょうか。

美味しい美味しいと箸を進めていた羽入に、何故か、話したい事がたくさんある気がしていた。

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最終更新:2008年05月08日 23:07