6月に入ったばかりだというのに雛見沢分校の校庭には暑気の陽炎が、地上から立ち昇る妖精のように、あらゆる残像を歪ませながら漂っていた。

 生徒たちは誰もがあまりの暑さに不平を言いながら、首筋に噴きでる汗をぬぐいつつ、帰り道を急いでいる。それらは日常の出来事の一つで、ごく平均的な風景にすぎない。

 けれども保健室にだけは、異様な空気が張りつめていた。

 その部屋にいるのは、唯一の教師である知恵留美子と、都会から転校してきて間もない前原圭一である。

 二人は教師と生徒という立場で向かい合っているわりには、交わされる内容が緊迫したものだった。いや、それが病院の診察室で、経験豊かな男性医師と思春期にさしかかった少年であったなら、ありふれた診察風景だったかもしれない。

 分校には、保健室はあるが保健の先生はいない。ちょっとした怪我なら、生徒達が自分で絆創膏を貼ったり、留美子が消毒してあげたりするのだ。

 留美子は一応保健の先生も兼任しているだけに、生徒の体の悩みなども聞いてあげたりする事もあるのだが、実際そういうことは滅多にない。
 まして性の悩みをあけすけに相談してくる生徒など、今までに一人もいなかった。
 それだけに、圭一の相談に戸惑いを覚え、思わず声がうわずってしまった…。

「それで、そのう……」

 圭一に動揺を悟られまいと、留美子はできるだけ平静を装ったものの、いつものように言葉がスムーズにロをついて出なかった。大きく唾を呑みこむ、その音にさえ気をつかった。

「…せ…精子が出なくなったというのは、いつ頃からなの?」

 圭一の顔を見ないようにして、メモを取るふりをした。

「転校してきて、少したってからです。一ヶ月ぐらい前かな」

「それまでは、ちゃ、ちゃんと出ていたわけね?」

「はい」

「でも、どうやってわかったの?」

 その質問をしてから留美子は、それがいかに少年の性の核心に踏みこんでしまうかに気づいてあわてた。

「オナニーをしても、出ないんです。前は出たのに……」

 留美子は体内の血がざわめくのを感じた。オナニーという言葉さえ、留美子には刺激的であった。
 空咳をした。それさえも喉に引っかかって、いかに自分が狼狽しているかをあからさまに露呈してしまっている。

「おれ、中学生になってからオナニーを覚えたんだけど、そのときから精液はいっぱい出ました。それからずっと、今年の春前までは普通だったんだけど……」

 留美子にとってはハラハラする内容の相談であったが、この年頃の少年には切実なことなのかもしれない。

「先生、おれ、どうしたらいいんでしょう。勉強も手につかないんです。診察してください。お願いします」

 相手が都会っ子で秀才なだけに、適当な問診では済みそうになかった。

「そうねえ…ともかく、診察してみて、先生にわからないようなら、病院に行って貰うしかないけど…」

 たたみかけるような圭一の気迫にたじろぎながら、留美子は言った。そのあとでまた、ほぞを噛んだ。

 この場合、診察というのは、聴診器を当てたり脈を測るのではない。男子の股間を診るということだ。
 留美子が次の言葉を探しているうちに、圭一は後ろを向いて、その場でズボンを脱ぎはじめた。
 留美子は男の下半身をさらした姿を見たことがない。

 今さら、待ちなさいとも言えない。留美子はただハラハラしなが圭一の後ろ姿を眺めていた。

 トランクスも脱いだ圭一が、真っ赤に緊張した顔を振り向けた。下半身は片手で覆われている。
 圭一は立ったままだった。そのほうが、診察には都合がいいと思っていた。
 圭一は、留美子がどぎまぎする姿を見ながら、自分の無謀な行動にすっかり酔っていた。美しい担任の因った顔や、恥ずかしそうな態度が、彼の興奮をいやがうえにも高めていった。

「先生、診察してください」

 圭一は体ごと振りかえり、股間から手を離した。すべてをさらけだして、女教師に近づいた。

 一メートルと離れていないところで、うなだれている少年の陰茎を、留美子は初めてまともに見た。それは、大人と変わりないほビ生えそろった恥毛のなかに、ひっそりと埋もれていた。

「私は、医師じゃないから…」

 言いわけがましいと思いながらも、そう言わずにはいられない。そして机の引き出しから出した、薄いゴム手袋をはめた。じかに触るなど、とてもできそうになかった。

 (あっ……)

 再び少年の股間を見つめた留美子は、心のなかで小さく叫んだ。目の前の縮んだ陰茎に、ある種の変化が起きようとしていたのだ。

 初めて男性器に接する興奮から、自分の目に幻覚症状でも起きたかと思ったが、そうではなかった。陰毛のなかに遠慮がちに埋もれていたものは、周囲の黒々とした恥毛を静かに押しのけるようにして膨らみかけていた。

「先生、ちゃんと診察してください」

「………」

 自分でも不思議だった。無意識のうちに、手袋をはめた右手が伸び、怒張しつつある肉の柱をつまんでいた。
 肉柱には、柔らかさと硬さが同居していた。つまり…半勃起状態になっていたのだ。
 肉の柱は留美子の指先でとらえられると、それを待っていたかのように一気に膨張した。

「あぁ、駄目よ…」

 留美子の口から飛びだした言葉は、およそ教師としてはふさわしくないものだった。
 ベテランの教師ならば、一笑に付して、その場を切り抜けたに違いない。けれども男の性の悩みを受けることなど初めての留美子は、なすすべもなく、ただ呆然と、目の前で起きている信じ難い光景を凝視するばかりだった。

「先生、は、早く診察して……」

 実は圭一が、こんな相談をもちかけたのは、実は仲間たちとのゲームで最下位になったためのバツゲームであった。-知恵先生に性の悩みを相談!- 圭一には性の悩みなんてものはなかったが、いっそ思いっきり恥ずかしい悩みをデッチあげて、知恵先生の狼狽する様子を後で仲間に教えてり、湧かせてやろうと思ったのである。

ひょっとして

「なんの真似です」

と一喝されるか、相談した段階で専門医に紹介されるのがオチかもしれないな、と考えていたのに、先生は

「診察する」

と言ってくれたのだ。

 この段階で圭一は、オナニーの対象としてずっと思い描いてきた担任教師に自分のペニスを掴ませるという願望を、現実のものとすることに決めたのである。圭一は、勉強にも長じていたが、何事にも機敏に即応する、要領のよさと、口先の魔術師とまで呼ばれる奇妙な誘導力も持ち合わせていた。

 今の圭一は、自分の勃起したペニスを見せつけることで興奮していた。うろたえている留美子の、驚愕と興奮と混乱に彩られた表情は、何ものにも代え難い心地よさを圭一の脳髄に送りつけ、刺激してやまなかった。被虐的な歓びを、圭一は生まれて初めて味わった。これまで秀才と言われつづけてきた圭一にとって、今経験している羞恥は、大いなる興奮と歓喜をもたらしてくれるものだった。

 若いペニスは、あるじの内心の爆発しそうな喜びを忠実に表わしていた。潤んだような留美子の視線を注がれ、ペニスは天を突く勢いでますます膨らんだ。仮性包茎だった一物も、中身の膨張に堪えきれず、亀頭が完全に剥けきっていた。張ちきれそうに突っ張った表皮の端が痛くてたまらない。しかしそれさえも今は快感に変わろうとしている。

 圭一は、留美子に握られているペニスヘ視線を落とした。薄いゴム手袋をしているが、素手でじかに触られているのと同じ感触だ。

 繊細で、これ以上女を意識させる指は他にない。単にペニスに触られているということにさえ、圭一は人生の歓びを実感せずにはいられなかった。

「せ、先生……なんだか、おれ、変なんです……切なくて……あっ、ああっ……」

 圭一が催促するように腰を振った。それは男と女の歓びを迎える直前の、やむにやまれぬ行為によく似ていた。

 留美子はうろたえた。男が歓びの頂点に達する瞬間がどんなものであるか、見当がつかない。

「もしかすると……出るかもしれません…ああっ、先生…擦ってください…で、出そうだ…ずっと出なかったのに……出るかも…先生、は、早くしてっ…」

 圭一の切羽詰まった声にうながされ、そうするのが教師としての義務であるかのように留美子は指先でつまんでいた肉の帆柱を、今度は五本の指でしっかりと握り直した。そして、まるで咄嗟に思いついたように、肉柱を握った手を動かしはじめた。

 圭一は、あまりの興奮と快感に体がふらつくのをこらえ、両手を留美子の肩に置いて我が身を支えた。

 留美子は男の勃起をまともに見た。
 少年の体に似つかわしくない、ふてぶてしい肉棒が、毒々しいまでに血管を浮きあがらせていなないた。(あ、いやっ…) その時、留美子にとって、思いがけないことが起こった。下腹部の秘められた部分を、稲妻に打たれたような衝撃が走ったかと思うと、肉片が小刻みに震え、明らかにそれとわかる生温かい溶液が湧きだして、パンティに流れだしたのである。
 予期しない自分の女性に驚き、圭一に知られたわけでもないのに赤面した。

(私いったい、何をしているの…)

 そんな疑問は、今となっては全く意味をなさないことがよくわかっていた。

 肩に置かれた少年の手に、カが加わった。同時に、せわしない息遣いが一段と速まった。

 何が起こるか、留美子にもわかっていた。しかし、圭一の言っているのが真実であるかどうかは、結果を見ないことには判断がつきかねた。勃起しても精通しないという問題に見識を持っていないからだ。陰茎をしごき続けながら、疑問が頭をよぎる。

 (本当に精液が出ないの…?)

 こんなに逞しく勃起し、脈動していながら、精液が出ないとは信じられない。しかし結果を見なくては断定はできない。

「あ-っ、先生ー…」

 気張った声をしぽりあげた圭一が、全身を一枚岩のように硬直させて突っ張った。

 圭一は、ペニスをしごいている留美子の手に自分の手を重ね、無理矢理にグラインドのスピードをアップさせた。逆らう暇もない。
 直後に留美子は、留美子は肉茎が、てのひらのなかで力いっぱい跳ねるのを実感した。避ける暇はなかった。

 速射砲から放たれた弾丸のように、白い塊りが顔面を直撃した。一瞬のうちに、脳髄を錯乱させるような濃密な匂いが鼻腔に入りこんだ。続いて噴出するスペルマが、段々と勢いを失いながら、ワンピースの胸元、腹に降り注ぐ。

 少年の五体が小気味よく痙攣した。肉棒から放たれた精液の量は、留美子の想像をはるかに超える多さであった。
射精を終えて数秒ほど経って、ようやく圭一は手の動きを止め、留美子の手を自由にした。

「先生、顔に…」

 圭一に声をかけられるまで、留美子は縮んでゆく少年の肉茎を握ったまま、ただ呆然としていた。
 顔にかかった精液が、たれて口元に流れこもうとしているのに気付いてハッとなる。
 あわてて白濁の液をガーゼで拭き取っている間に、圭一はさっさと身支度を整えていた。

「先生、ありがとう。先生にしてもらったら大丈夫でした。これで勉強に専念できます。本当にありがとうございました」

 そう言い残して、圭一はそそくさと保健室を出ていってしまった。

 少年の行動が、あまりに呆気なかっただけに、かえって留美子の心に負担として残ることとなった。
 ひとけのない保健室に、薬品の匂いに混じって、男の匂いが漂っていることに留美子は気づいた。

 窓を開け放つ。暑気が押し寄せてきた。
 外気を胸いっぱいに吸いこんだ。しかし男の匂いは消えるどころか、いっそう胸の奥深くに入りこんだようだった。

 留美子は激しく頭を振り、たった今起こった衝撃的な事態を頭から払いのけようとした。
 しかし、自分のとった行為を忘れようとすればするほど、てのひらで跳ねていた少年の力強い躍動が、再び生々しく思い出された。股間のヒンヤリとした感触に気付く。
 留美子はあわててトイレに駆け込んだ。

-了-

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年04月18日 20:08