圭梨 クリスマス編①



十二月二十二日が終業式だった。その日は沙都子たち(クラスメート二人、あわせて四人)でパーティーを開いた。場所はエンジェルモート。その時はクリスマス当日に休めるようにアルバイトをしていた詩音が、随分サービスをしてくれた。悟史との惚気もお盆に載せて運んできた。頼んでもいなかったのに。
次の日はレナや魅音たち雛見沢のメンバーとのパーティーだった。前日は制服も着ていたし、そうそうはしゃぐことはできなかったけれどこの日は違った。お酒に一発芸、罰ゲームというスリルを楽しむ要素が加わって、とても盛り上がった。富田と岡村のピエロぶりは笑えた。二人には人を笑わせる才能があるようだ。くっつけばいいのに。
目一杯楽しんだつもりだ。
けれど、圧倒的に足りないものがあった。
みんなの言葉を思い出す。
『圭ちゃん?』
『圭一くん?』
『圭一さんですの?』
かぁ~っと顔が熱くなる。
「?マークはついていなかったのですよ。みんな圭一と断定していたのです。梨花は往生際が悪いのです」
空気の読めない神が思考に割り込んできたのでキムチをお供えしておいた。その辛さは声を奪ってしまいかねない程に強烈なものであり、あぅあぅ喘ぐこともできず標的は地に伏すのだ。
「さて。これで準備万端ね」
あと一時間ほどでイヴを迎える。念入りに持ち物をチェックしていたためここまで遅くなってしまった。いつもならとっくに布団を敷いている時間だけれど、全く眠くないのはどうしてだろう。不思議だわ。
「何が持ち物チェックですか。わくわくしながら何度も同じものを出し入れしていただけなのです。二時間もそうしているなんて、ボクは梨花の正気を疑うのですよ」
キムチおいしい。
「もう寝ようかしら」
電灯を消し、ふと思いついてまた点ける。財布に入れた乗車券を光にかざしてみた。自分でも頬が緩んでいくのがわかった。明日、圭一に会えるんだと思って。
「り、りかぁああ……」
「あんたいたの?」
羽入が、文字では表現できないうめき声で私を呼んでいた。その通り何を喋っているか全く不明だったのだけれど、私に向かって墓場から這い出たゾンビのように手を伸ばしていたから名前を発しているのだと判断することにした。
「……」
「え? なに?」
完全に分からない。とりあえず、テレビのコマーシャルのようにキムチの箱を掲げてみた。
頬の横だといかにも辛そうな匂いが鼻孔を漂ってくる。私は何とも思わないけれど。
羽入は白眼になっていた。
さすがに怖いので、今度はシュークリームを……と思ったところで、突然電話が鳴った。
もう寝ようかと思っていたときだけに少し驚く。いつもなら羽入を巻き込んで悪態をつくところだけれど、今日はいいか。それにしても、一体なんだろうこんな時間に。
「はい、古手です」
『あ、梨花ちゃんか……?』
胸が高鳴った。
「圭一っ? どうしたの?」
『起こしちまったかな、悪い』
「ううん、起きてたわよ」
圭一との電話はほとんど夜の九時を超えない。好きに電話をかけ合いたい。でも出てもらえないと辛いのでお互いに確実に居る時間を選んでいる。九時以降はその条件に高確率で当てはまるけれど、一種のけじめみたいなものだ。……まぁ、電話代もままならないものだしね……。
『起きてたのか? もう寝てる時間じゃないか?』
「……あ、明日の準備があって」
楽しみで寝付かれないと、言えるはずもない。
『あ、梨花ちゃんそのことなんだけどな……』
「なに」
圭一の声が、ぐっと低く小さくなった。はっきりしないものの喋りからは何かを言いにくそうにしているというのがすぐにわかった。その時点で、私に対する気遣いが感じられて不安になった。返事も短いものになってしまう。
『明日……その、来ないでくれないか……?』
「……」
声が出なかった。不意に動けなくなってしまい頭だけがふらふらとした。垂れ下がる受話器のコードが目の中で回っている。
『正月には帰れるんだ。それまで、悪いけど……』
「私が、行っちゃいけないの?」
『……り、梨花ちゃんっ、泣いてるのかっ?』
泣いているかどうかは分からない。けれど悲しいのは事実だった。
「……っく」
どうやら泣いているみたいだった。弱くなったものね、と自嘲する。こういう心のもち方は久しぶりな気がする。六月を抜け出せなかった頃、世界をどこまでも客観的に見ていつも考え、行動していた。それは自分の殻に閉じこもる逃げでしかないと教えられたわけだけれど。辛いことがあったとき寄りかかれる場所ができた。それが圭一で、もしもその存在が居なくなってしまえば私はどうなるのだろう。
ふと暗闇の中で一人座っている幼い私が浮かんで、震えた。
『ぐすっ』
これは私じゃない。
「……圭一?」
『あ、ああ。実は風邪ひいちまったんだボゴホッ!』
「……」
『だから、梨花ちゃんがこっちに来たらうつしかねないと思ってだな……。クリスマスの穴埋めも考えながら、こうして電話してる』
あぁ寒い、と少し遠くで聞こえた。圭一の話を理解するまできっかり五秒。
『梨花ちゃん?』
じゃあ、圭一は自分のせいで私が風邪をひくのが嫌だからと考えて明日の予定を取りやめようと電話してきたのね。どれだけ私のことを考えてくれているのだろう。優しいのだろう。なんてなことを私が思うはずもなかった。
「泣いてなんかないわよっ!」
『え、ええ? な、んだよ急に……』
「うるさいわね! なに、風邪ひいたの? 貧弱なことこの上ないわっ。それもイブ前日にだなんて、あんた少しは空気読みなさいよ! 魅音じゃないんだから! ったく……待ってなさいよ、すぐ行くからっ」
『いや、それは……』
「いいからっ。……圭一、寂しいんでしょ」
私が寝込んだときのことを思い出す。自分以外が普段どおりの生活サイクルを送り、ひとり取り残されていると感じたとき、ひどく寂しくなったのだ。圭一が「ひとりで家に居ると寂しいもんな」と笑ってお見舞いに来てくれたことが何より嬉しかった。
『……そう、だな。正直、寂しいな……ん、でも……』
「すぐ行くから」
『あ、いや』
乱暴に受話器を置く。面と向かい合っていれば別だったかもしれないけれど、電話越しでなら圭一に有無を言わさせないことは簡単だった。
「羽入。急用ができたわ。留守よろしく」
「どこに行くのですか?」
「圭一のところよ。朝に出るつもりだったけれど、もう行くわ」
羽入がきょとんとした顔をする。着替え始めていた私がそれを不思議がると、羽入はテーブルの上の切符をしげしげと眺め始めた。あ。
「明日の朝八時が発車時刻なのですよ。東京行きの切符は」
また電話が鳴った。どうでもいいけれど、深夜のコール音はびっくりする。ただでさえ部屋が狭いというのに。暴力的とさえいえる。私は受話器を僅かに持ち上げ、がちゃりと切った。圭一だろうと思ったからだ。すぐ行くと言っておいて、実は家を出るのは明日まで待たなくてはならないという早くも前言撤回が必要な状況に、私はきまりの悪いものを感じてしまったのだった。
「はぁ。明日まで待たなきゃだめなのね」
無駄な気を張った分、脱力も大きかった。テーブルに肘をついてテレビのリモコンに手を伸ばす。ちょうど明日の天気を伝えていた。とはいっても事前に確認してあるので今更見たところで新しく得られるものはない。明日は快晴。電車も通常通り運行できるだろうということを聞いて、私は数日前から安心していたものだ。
完全に目が冴えているので眠ることさえ容易ではなさそうだ。何しろ布団に入ろうという気も起こらない。羽入と、いや羽入で遊ぼうか。私の遠出するときはいつも駄々をこねる。
遊べ遊べと前日にはよく言ってくるのだ。今日もそうだった。
圭一とどちらが一番とは言えないけれど羽入のことも疎かにはできない。
そう思って声をかけようとしたら、当の本人は気持ちよさそうに寝ていた。


「これほど待ち望んだ朝はないわ」
白のコートに身を包み、旅行鞄を片手に玄関に立つ。
薄いピンクのマフラーが首を温めてくれるけれど、それでも冷気は入り込んでくる。からっと晴れたせいか今日の冷え込みは一段と強い。氷の匂いが鼻を冷やし、吐き出した息でそれを温めなおす。バス停に行かないと。
「避妊はちゃんとするのですよ~」
「うっさい」
見送る羽入に手を振ってイブの雛見沢を出た。
帰ってくるのは二十八日。そのときは圭一も一緒だ。
しょうがや梅干、ネギとにんにく。風邪を引いた身体に効きそうなものを。昨日新たに荷物に詰め込んだ。忘れ物はないか、と電車の中でチェックする。やがて発車の合図が鳴る。学祭のときはこのベルが恨めくてしょうがなかったけれど今は大歓迎だ。
早く鳴れ早く進めと念じていただけにいざ動き始めると「レッツゴー!」と言ってみたくなった。当然恥ずかしくてできない。けれどそのとき車両の前の方でタイミングよく、幼い女の子が言ってくれたので私は右手を突き上げることだけをした。
到着は昼過ぎ。
背もたれに深く寄り掛かり、私は去り行く景色を眺めた。


上下巻ある四百頁強の文庫本をあと少しで読み終えようというとき到着した。幾度かの乗換えと、数え切れないほどの発進と停車の感覚が体に刻まれ、少しだるい。雛見沢ほどではないけれど東京にも雪は積もっていた。今もぱらぱらと舞い落ちている。少し汚いような気がする。見上げても誰かがビルの窓から落としているのではないかと疑うほど。
「くっ……少し詰め込みすぎたわね……」
東京はやはり人が多く、荷物の想像以上の邪魔さ加減に苛々してしまう。すれ違うたび追い抜かれるたび、誰かに当たりそうで嫌だった。けれどもうこの駅から歩いて二十分ほどで圭一の家に着ける。……いえ、三十分くらいかしらね。
とりあえず着いたことを連絡しようと思い、公衆電話を目指した。十円玉が無かったので百円玉を使う。鳴ったコール音×十円分だけ圭一に請求しようと思った。果たして。
「百円ゲットー」
ではなくて。
「出ない」 
寝ているのだろうか。だとすれば無闇に起こす必要もない、か。風邪なんかに罹ったら動くのも億劫だしね。圭一の部屋はそんなに広くはないけれど、なんでも座っていて手に届くというほどでもないし。……ただ、ノックをしても起きてくれなかったら少し悲惨なことになりそうね。受話器を置いて振り返る。
「よ、梨花ちゃん」
「……」
ポケットから出した片方の掌をこちらに向けている。私のあげたマフラーに顔を埋め、ややくぐもって聞こえたその声は掠れているのがすぐに分かった。鼻も啜っている。
「久しぶり」
「なんでいるのよ」
詰問するかのような口調。驚きよりも呆れ、嬉しさよりも怒り。そういう感情が先に立つ。
病人は動くな、そう言ったのは誰だったか。額に手を当て溜息、吐息の消えかけのところに視線を飛ばす。若干眉間に皺を寄せて。
「へへっ」
悪戯が成功した子どものように笑う。軽く無邪気な笑顔と振る舞いはどこか頭のねじがぶっ飛んでいるのでは、と思わされる。それとも風邪をひいたというのは嘘だったのだろうか。その想像は怖かったけれど、こうして迎えに来てくれた以上心配することはなさそうだ。目下、気にかけるべきは。
「久しぶりね、圭一。体は大丈夫なの?」
「ん? 梨花ちゃん、道分からないだろ?」
ええ、と。微妙にかみ合っていない。まずは圭一の言ったことだけに反応してみる。
確かに過去数度こうして訪れたときはいつも迎えにきてもらっていた。途中、喫茶店に寄ったり買い物をしたりということもあったけれど、東京のお店の豊富さはそうそう遠くに足をのばす必要性を感じさせないわけで。この駅から圭一の家までのルートを大きく外れたことは一度もない。歩いて二十分ほどの道ならばすぐに覚えられる。だとしても迎えにきたいといったのは圭一で、私も賛成だったのだけれど、さすがに体調が悪いときにまでそれを要求するほど私は冷血じゃない。よって道ぐらい知っているから家で大人しく寝ていなさい、とする私の主張は間違っていないわよね。うん、何か圭一のあっけらかんとし
た様子にどちらが正しいのか分からなくなってしまったのよね。おまけに言う気もなくなるし。
「? 行こうぜ梨花ちゃん」
圭一がごく自然に私の手をとる。がらがら声でなければ全くいつもことなのだけれど。どうも体の調子に関しては私の主観で判断するしかないらしい。本人の申告は得られていないのだし。圭一は意地を張るタイプだから、答えなかったのは私に心配をかけまいと考えてのことだろう。とりあえずここは圭一を立てておくとして(うん、いい女)、家に着いたら即刻布団に放り込んでやろう。
「へへへっ」
「なによ」
「会えて嬉しいんだよっ」
「……」 
じっ、と隣を歩く圭一に視線を移した。
寒さで赤らんだ笑顔が吐息に紛れている。また、額には汗も滲んでいた。歩き出してから圭一が何度かふらつくのを、私は繋いだ手に軽く力を込めて支えていたのだけれど、その瞬間だけつい忘れてしまった。
「お、おお……? へふぶッ!」
こけた。頭から盛大に。
「あ、ごめんなさい」
何の抵抗もなく雪に顔を埋めてしまっている。首を捻りこちらを見た。
「なぜ梨花ちゃんが謝る?」
自分が万全の体調でないことを、理解していないようだった。起き上がるのも辛そうなのに、相変わらず顔には笑みが張り付いている。風邪だと私に電話してきたくらいだから当然自覚症状はあったに違いないのだろうけれど、今ではさも健康であるかのように振舞っている。意識と身体のずれを今の圭一に見る。お酒に酔った状態に近いのかもと私は思った。であれば、早く休ませてあげたほうがいい。多分、これはうぬぼれではなく、圭一は私と再会したことで妙に気分が盛り上がっているのだろうから。
「早く行きましょ」
私も同じように嬉しく、気持ちが高ぶっていた。なのに学祭のときと違って幾分か平静でいられたのは、珍しく子どものような圭一の振る舞いをじっくり見ていたいと思ったからだった。可笑しさと愛おしさで心は穏やかだった。
たまには風邪もいいかもしれないわね。


ようやく到着、と。
「ってなによこれ……」
前に見た雰囲気とは随分違った。なかなか綺麗にしてある、と感想を持った当時が懐かしい。今でもそんな言葉が出てこようものなら私は女として失格に違いない。
入ってすぐが台所でその奥が六畳の和室になっている。半分開いた隙間から覗く、圭一の主な生活拠点である和室の惨状も目にはついたけれど、まずは食器のごった返す流しについて突っ込んだ。
「いったい何日洗ってないのよ」
「んー?」
玄関で私の後ろに立っていた圭一。振り返ると視線が上手いこと定まっていなかった。そうだった。風邪だったのだ。家に着いたことで安心したのか、自分の身体の感覚が舞い戻ってきたのかもしれない。先ほどまでは気持ちが頭の少し上をぐるぐる回っているようだったから。ランナーズハイが急に止まったような感じだろうか。
「ま、まぁいいわ。とりあえず着替えて寝なさい」
「おー……」
足元が頼りなかったけれどそんなに距離があるわけでもないので何事も起きず圭一は奥の部屋に消えていった。ごそごそと億劫そうに衣服を脱ぐ音が聞こえる。というか、襖閉めなさいよ……。
「さて……」
私は荷物を玄関脇に置くと、コートを脱いで袖をまくった。少し寒い。
まずは食器洗い。キッチンの構造自体はうちのものとよく似ている。左右に半歩歩けば料理の全てを賄える、といったところだ。
「スポンジと洗剤が見つからない……」
コンロに置いたままの鍋に箸やスプーンが入ってたり、空の牛乳パックが、胸まで積み重なる不安定な食器タワーの土台を作っていたりと、何かと恐ろしい。流しの底にかすかに見えた丼、それに付着している汚れは落ちにくそうだと一目で悟った。
きょろきょろと探すうちにスポンジはアメーバーのように広がった台拭きの下に発見。洗剤は見つけたと思ったら重みを感じなかったので新しいものを出した。それは一番に開けた棚の中に転がっていたので、助かった。
それから三十分ほど経ち、ようやく体裁が整ったので私はお粥を作ることにした。
出来上がるまで少し時間がかかる。
喉が渇いたので冷蔵庫を開けた。
「予想していたけど……」
ビールだけが入っていた。私はビールは好まなかったので手に取る気は起きなかった。たとえ飲むにしても時刻はまだ十五時過ぎだった。圭一の看病のことも考えると、今日はお酒を飲むことはしないほうがいい。そこでふと気づく。ああ、お酒は、圭一に止められていたのだっけ。気分がいいと、どうしても飲みたくなってしまうのだった。
静かな寝息が、隣の部屋から私の家事の途切れ途切れに聞こえていた。それが心地よく、家事が落ち着いたところで私は、ああ、二人でいるんだと今をかみ締めることができた。
「圭一ー……」
と控えめに和室を覗く。視線を走らせたベッドの上には圭一はおらず……。
「って、なんでこたつで寝てるのよっ」
「……んあ?」
「ちょっと圭一」
間の抜けた声に被せるようにして呼びかける。同時に肩も軽く叩いた。風邪をひいているのにこたつで寝るなんて頭が悪すぎる。体調が悪化の一途を辿るだけじゃない。
「んん~……? んー…梨花ちゃん……?」
「起こしてごめんなさい、でもこたつで寝るのはよくないわよ」
「あーあたま……くらくらする」
「だからちゃんとベッドで」
「ん」
圭一がベッドの方を指差す。気づかなかったけれど、そこはさながら物置のようだった。
主に新聞紙によって埋められており、所々では書籍や雑誌がひょっこりとに顔を出している。足元にはゴミ袋まで……。目線を挙げると、空っぽのペットボトルが窓枠から落ちそうでもあった。なるほど、これでは寝床として使えるはずもない。
「たはは……」
膝元で恥ずかしそうに笑っている。男の一人暮らしなんてこんなもんだよ、といわんばかりに。はぁ、と溜息をついた。こたつのテーブルにもごみが散らかっていた。カップラーメンの空き箱がまるで紙コップのように自然に鎮座している。あと缶詰。そして私は圭一の私服を踏んづけている。またまた溜息が出てしまった。
「圭一、いったいいつから風邪なのよ」
「ん。一週間前くらいかな……」
「それでこの散らかりようなわけね――一週間前?」
一週間も風邪なんて……悪いのは病原菌なのかしら、それとも圭一の身体? けれどこのだらしなさ漂う生活を目の当たりにすると、そんなこともさして気にならなかった。
「これもあって……梨花ちゃんに来てもらうのは気が引けたんだよな……」
「そうね……って勝手に膝を枕にしないで」
折った膝に圭一の頭が乗っていた。おそらくお風呂にも入っていないのだろう。ぼさぼさの髪を撫でようとするけれど、それをしてしまえばこのまま落ち着いてしまいそうなのでこらえた。
「こうして寝かせてくれたらすぐ治ると思う」
案の定そう言う。治るわけもないし。
……。
「…け、い、い、ち?」
びくりと手の動きがとまる。声色を変えたことに気づいたのだろう。スケベな横顔を睨む。
「おいたはそこまでにしときなさいよ」
圭一はスカートの中に入れようとしていた手を苦笑いしながら引っ込める。同時に私は立ち上がった。頭の置き場を失った圭一が変に呻いたけれど気にしない。さらに邪魔な物を無造作に手にとって床にばら撒いていく。ベッドを空けるのに数分とかからなかった。空けるだけなら、ね。圭一をちゃんと寝かせた後の整理が大変そうだわ。今日はゆっくり休める暇もないみたい。
「ひー。つめてー。梨花ちゃん一緒に寝てくれー」
「すぐに温かくなるわよ。それより、この部屋寒いわね。ストーブはつけないの?」
「つけている間に眠っちまったら怖いじゃないか……」
「じゃあ私が起きていればいいのね」
にやり。
「あ」
「さっさと就寝」
「あーあ……」
布団の中で悔しそうに動き回るのを見て、これは当分寝そうにないわねと思った。ちょうどいい。部屋を綺麗にしている間にお粥も出来上がるだろうから。そのことを伝えると急に神妙になり礼を言った。
それから、散らばった物を一つ二つと手に取り、片付け始めた。
片付けの最中に発見した体温計には三十八度と表示されていた。渡してすぐに圭一は咳を二回。そんなに異常な咳ではない。その証拠に、何かと私の背に話しかけてくる。
「ごめんなーせっかくのクリスマスなのに」
「イブよ」
テレビは聖夜の街並みを映してている。インタビューを受ける人もその後ろを過ぎていく人たちもみんな幸せそうだった。浮き足立っている様子が伝わる。それに比べてこの部屋ときたら……。ちらりと圭一を見る。本当に申し訳なさそうな顔で息を吐いている。不思議と文句を言う気にはならなかった。
「明日までに治ればいいんだけどな」
「……これはこれでいいんじゃないかしら」
ゆっくりと時間が過ぎた。


続く

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最終更新:2008年05月08日 16:25