何事も無い平穏な日々。
圭一らはいつものように部活にいそしんでいた。
「へっ博愛で防御を固めようと、数で圧倒すればいいんだよ!!
 臨戦速攻配置、友軍のレナを残し、行け!全軍進攻だ!!」
繋げられた机に、向かい合うようにしてカードの軍隊が築き上げられていた。
まさに圭一が敵陣の喉元に喰らいつかんとする瞬間だ。
「流石は圭ちゃん、守りを固める者は武力で圧倒すればいい。うんうん、まさにその通り!
 でもねぇ、ツメが甘いよーっ!!罠カード『あたる前にくだける』発動!!」
罠カードの発動と共に、攻め込んだ全ての兵が灰燼と帰した。
「をーほっほっほ! 守りががら空きでしてよ!?今度は私の番でしてね!
 圭一さんは私の罠カードを警戒してらっしゃったようですが、それこそが罠ですのよ!!」
魅音が罠で敵軍を瓦解させ、その隙に沙都子が攻め込むという戦術。
オーソドックスながら型に嵌れば強い戦術の典型である。
しかし、この戦法は敵軍の守りが無くなってこそ有効な手段のはずである。
「レナ!?守りをッ!! ぐああ!クソ!徒党を組むとはひきょ――――」
「おーっと、その先は言わせないよ~。部活の精神、忘れてもらっちゃ困るよ!?」
「どんなことをしてでも勝て、なのですよ。にぱ~☆」
梨花に頭を撫でられながらくそぅと呻く圭一に、しかし部活のメンバーは容赦をしない。
「はう~ 圭一くんには悪いけど、ひょっとしてここでレナが攻撃すれば圭一くんの負けで、お持ち帰り確定かな?かな?」
「みー。ボクもまだまだ戦力を温存しているのですよ、圭一は皆に攻め込まれてがくがくぶるぶるでにゃーにゃーなのです☆」
そして全軍の矛が圭一へと向いた。もちろん、友軍であったはずのレナの兵も例外ではない。
「ばかなぁ~~!!」
圭一の敗北が決した瞬間だった。

「いやいやいや、前原さぁん。お久しぶりです。
 ささ、もう恒例となっちゃいましたねぇ。外も暑いですしクーラーの効いた車中で話しましょう。」
ちょうど罰ゲームを決めようとしていたところを呼び出された圭一は、渡りに船とほいほい出てきたのだが
「あはは、こんにちは・・・」
早くも後悔していた。
「何の用なんですか?いま部活中なんで早く戻りたいんですが・・・」
「用ですか?そうですねぇ、燕返しの講義ってのはどうでしょう、んっふっふ」
そして走り出した車に身を揺られ、圭一は考えることをやめた。
そこは広大な柔道場だった。
護身術や合気道の受講者を募るチラシが入り口扉付近に張られ、図解のためのホワイトボードがあるだけの簡素な佇まいだ。
休日ともなれば一般の練習生でごった返すであろう畳の部屋も、今は二人しかいない。
「こんなところまで連れてきて、まさか柔道でもやろうってんですか?」
「んっふっふーそのまさかです。前原さんあなた、最近たるんでるじゃぁないですか?
 ちょうど良い機会ですし、鍛えて差し上げますよぉ!」
強引な展開に早くも圭一の敬語が崩れだす。
「確かに最近は遊んでばっかだけど、あんたのその腹と比べたら遥かにマシだぜ!?」
「あいたたた、容赦ないですねぇ」
「警察にはあんまいい思い出ないんで、帰らせてもらいますよ」
大石のお茶目な表情も意に介せず、圭一は扉の方へと踵を返した。
すると、大石の目がすうっと鋭くなった。自らの腹をパァンと叩くと、重心を落とし掴みかかる体勢をとる。
「いけませんねぇ、年長者の誘いは素直に受けるものですよぉ?」
言葉は穏やかなままだが、発せられる気配が一変した。
目の前を10トントラックが猛スピードで疾駆し、前髪を持っていかれたかのような戦慄が圭一を襲った。
眉間に指を突き立てたときのあのもやもや感が全身に広がり、脳はただただ危険だとシグナルを送っていた。
「かっ・・・」
言葉が出ない。蛇に見込まれた蛙のように身を竦ませ、痺れた足は体重を支えきれず、圭一はふらりと一歩踏み出してしまった。
刹那、それを合図と受けとった大石が大きく一歩を圭一の差し出した足の内側へと踏み込み、太く大砲の筒を思わせる逞しい腕を圭一の背に回した。
俊敏な動きとは裏腹に、背に回した腕でもってあくまで優しく体重移動を起こさせ、次の瞬間には轟音が響きわたっていた。
「きはっ!!」
背を、心臓を、肺を叩きつけられ呼吸が乱れた。
「おやおや、受身の取り方も知りませんでしたかぁ」
眼前で回された指を不意に突き入れられたトンボのように、圭一は目を見開いて荒い呼吸を繰り返している。
「では、押さえ込むとしますかぁ。これね、袈裟固めっていうんですがなかなかのクセ物でしてねぇ
 柔道初心者がまず最初に習うくらい簡単なんですが、力と体重が勝ってればまず抜けられないんですよぉ」
締め付ける技ではないものの、押さえ込まれるという重圧感が圭一の呼吸の乱れに拍車をかける。
全身に血が駆け巡り、いつしか圭一の緊張感は好戦的な興奮へと変換されていた。
「くそ!テメェどきやがれ!!」
固められたプロレスラーのようにブリッジで抜けようとするが、体重で勝る大石を跳ね除けるには至らない。
「待て圭一・・・クールだ、クールになれ圭一!押さえ込む大石だって疲労が溜まるはずだ。
 こうやって大石を揺さぶり続け、疲労で固めが緩くなったところを抜けるッ!1500秒、たった1500秒あればできる!!」
打開策を見出し、さらに体をつよく揺すり始めた圭一に、しかし大石は涼しい顔である。
「前原さぁん、それは悪手ですよ?押さえ込む方より暴れる方が体力の消耗が激しいのは自明の理です、ぬっふっふぅ
 っとぉ、そんなことより前原さんのココ、大変なことになってますねぇ」
言うと大石はおもむろに圭一のそこを掴んだ。

「ちょっ!どこ触ってんだよ!!」
大石の熊手のように無骨な手は、圭一の陰茎をガッシリと握っていた。
なんとなれば、圭一のそれは制服のズボン越しにも解かるほど、勃起していたのだった。
「おい!お前、そういう趣味があったのか!?
 生憎俺は若いピチピチのギャルが好きなんだ!は、放してくれ!!」
「おやぁ、それは傷つきますねぇ。私も年老いたとはいえ、女だというのに。」
「・・・・・は?」
大石の言葉に圭一の目が点になる。
「んっふっふー。前原さんも気づいてませんでしたかぁ?こりゃ意外ですねぇ」
「いや・・・あんたはどう見ても男・・・・だろ?」
大石は可笑しそうに含み笑いをすると立ち上がり、バッと着衣を脱ぎ捨てた。
可愛そうな程出っ張った腹は大石そのものだが、しかしあるはずのものがない。
「え?あれ?ち○こはどこいったんだ?」
圭一は用紙の排出が止まらないFAXを前にうろたえる老婆のごとく、狼狽していた。
陰茎が佇立していると思われたそこには、どの角度からも女性器にしか見えないものが鎮座していたのだった。
「何だか私まで興奮してきちゃいましたよぉんぉんぉ!!」
「え、待って!何でそこで猛っちゃうんだよ!?タンマ、150秒でいいから待って!」
圭一はどうにか時間稼ぎをして、現状の把握に努めようとする。
すると、大石の目がすうっと淫靡に据わった。自らの腹をパァンと叩くと、重心を落とし掴みかかる体勢をとる。
「エクストラステージ突入ですよぉぉぉおおお!!」
「ぎゃあああああ!!!!!」
大石が低重心のままタックルを仕掛け、見事圭一からマウントポジションを奪った。
その状態からカチャカチャとベルトを外し、立ち上がると同時に勢いよくズボンを剥ぎ取る。
「ひぃぃぃいいいいい!!!」
圭一は怯えるばかりである。
「んっふっふ、怯えたふりして、あなたの一物は猛ったまんまじゃないですかぁ
 さては私の胸を見てさらに興奮しちゃいましたかぁ?いやはや、私も捨てたもんじゃないですねぇ。」
大石は満足気に胸を弄ぶと、ヒザを曲げ、一気に跳躍した。高飛びの選手も裸足で逃げ出す見事なジャンプである。
そのまま空中でバッと体を広げると、
「くらちゃーんにくだぁぁぁああああんプレース!!!!」
圭一の真上に落下してきた。
「おうっ!?」
圭一を襲ったのは、しかし痛みではなかった。
「こ、これは・・・」
「前原さぁあん、感じてますかぁ?」
大石の女性器に深々と圭一の陰茎が埋まっていたのであった。

見た目とは裏腹に、大石の動きは俊敏だった。
先程の柔道技で見せた猛禽類のような鋭さではなく、樋熊が鮭を捕るような大胆な動きだ。
豊かな脂肪が汗を纏い、上下運動の躍動感を倍増させる。
「ぬっふ、ぬっふ、前原さぁん。どうですかぁ?」
「‥‥‥」
完全に大石に主導権を握られ、圭一は呆然としたまま硬直していた。
前戯無しで突っ込んだ割りに結合部の動きはなめらかである。
あるいは、大石も興奮していたのだろうか。
「おんやぁ?前原さんのここ、さっきより大きくなってません?」
大石がピストン運動をやめ、添い寝をするように圭一の頭を撫でる。
「ひょっとして、初めてを奪っちゃいましたかねぇ」
畳のチクチクした感触と脂肪の軟らかさが、圭一の体から硬さを取り去っていく。
力で屈服させる術と対に抱擁する大きさも備えている大石だった。
「‥‥とない」
「うんん?何か言いましたかぁ?」
「そんなことない!いいか、部活の恐ろしさ、その身に染込ませてやるぜ!!!」
大音声と共に眦を決すと、圭一はレスリングのローリングと同じ要領で大石の上に覆いかぶさった。
「全力でぇぇぇえええ行くぜ!!」
吹っ切れてからの圭一の行動は早かった。
大石が女性であることへの戸惑いは隠せないものの、ならばこの機会を楽しもうと前向きに動いたのだ。
「おやぁ、急にヤル気になっちゃいましたねぇ」
正常位で猛然と腰を振り出した圭一に、大石も呆れ顔である。
「俺たちが毎日繰り返してきた部活。それはな――!」
圭一が一際強く腰を突き込んだ。大石の体からキラキラと汗が舞う。
「いざ実戦というときの“躊躇い”を無くすためなんだよ!!」
更に一突きした。
破城槌で城門を突破せんとする程の威力に、大石の顔にも焦りの色が浮かぶ。
「レナが、魅音が、沙都子が、梨花ちゃんが、校長が今の俺の礎なんだ!!!」
「ぬふぅぅうううう!!」
そして遂に大石の口から喘ぎ声が漏れた。
「はぁ、はぁ、童貞だと思って侮ってましたがぁ、どうしてなかなか、やるじゃないですか!!
 久しぶりに‥‥胃液が逆流しそうですよぉぉおおお!!!!」
それはまるで演舞だった。
お返しとばかりに圭一の腰を掴み餅つきをするように揺さぶったかと思えば、今度は圭一がバックから攻める。
反撃に大石が圭一の体を放り投げ女性器でキャッチしたかと思えば、今度は圭一が横から攻める。
実力の拮抗した卓球のラリーのように攻守が目まぐるしく入れ替わり、多彩な技で応酬し合う。
そうして二人とも絶頂へとのぼりつめていった。
「前原さぁん、私そろそろ‥‥」
「あぁ、俺もだぜ‥‥!!」
圭一に蚊に刺された膨らみを掻き毟りたくてたまらないような、どうしようもない衝動が走った。
「衝撃の――ファーストアタァァックだぁぁああああ!!!」
「ぬふほぉぉおおぉぉおおぉおお!!!」
それでも理性を働かせ、圭一はすんでのところで引き抜き、大石のたわわに実った腹へと精を放出させた。
時を同じくして、大石も絶頂へと至ったようだった。

簡素な柔道場に二人分の荒い息遣いが低く響く。
二人からは湯気のように熱気が立ち昇り、それを通した向こう側が歪んで見えた。
「前原さぁん。こんなに熱くなったのは久しぶりですよぉ‥‥」
「へっ俺はまだまだ行けますけどね!」
「声に疲れが滲んでますよぉ?ムリはいけませんねぇ」
圭一は大石の胸に抱かれ、髪を優しく撫でられていた。
「大石さんがこんなに動けるとは思いませんでしたよ。」
戦いを通して心を許したのか、圭一の言葉遣いも穏やかなものへと変わっていた。
「んっふっふー、まだまだこれからですよぉ?それより、こういう時くらいは名前で呼んで欲しいものですねぇ」
「うっ‥‥」
「ほらほら、恥ずかしがってちゃぁチャンスを逃しちゃいますよぉ?」
「ク‥‥クラウド‥」
「‥‥‥。 いざ呼ばれてみるとこそばゆいですねぇぬっふっふ。」
俯いて顔を赤くする圭一と、照れ隠しに笑う大石。どこまでも初々しい二人だった。
「じゃぁ、二局目いっちゃいます?」
「のぞむところだぜ!」
「と、その前に。まだでしたよねぇ」
言うと、大石が圭一の唇を奪った。圭一は目を丸くしたが、大石が積極的に舌を入ると逆らわずにそれに応じた。
大石のたくましい唇が圭一の未熟な唇へと吸い付く様は、まるで食虫植物の補食のようだった。
銀の橋を残し接吻を終えると、二人は性交を再開した。
今度は二人の体を確かめ合うような、落ち着いたまぐわいとなった。
「クラウドが女の人だって、もっと早く知ってればなぁ」
「竜宮のお嬢さんは気づいてたみたいですけどねぇ。
 警察組織にいますと男と思わせておいた方がやり易いことが多いんですよ、んっふっふー」
大石が上になる騎乗位でことは進んでいた。
圭一に負担をかけないように、できるだけ体重を落とさないようにする大石の配慮があった。
「俺、ずっとレナや魅音、梨花ちゃん達とやってきたんだけど、どうも物足りなかったんだよなぁ」
「おやぁ?どうしてです。ピチピチの女の子の相手が出来て羨ましい限りですけどねぇ」
不意に圭一が左手で大石の胸を、右手で腹をにぎった。大石がぬふぅと声を漏らす。
「この肉感がたまんねぇぜ!!!」
「ははぁ、そういうことですか。最近の子は痩せてますからねぇ。
 私の肉でよければ、もっと揉んじゃって下さい。なっはっは」
性欲の高まる条件は複数あるらしい。一つはもちろん異性の魅力的な肢体に触れること。
そしてもう一つは相手から得られる安心感や愛情だ。
二人はしっかりとそれを確かめ合い、二度目の絶頂を迎えようとしていた。
「くっ、前原さぁん、情けないですがそろそろお迎えがきそうですよぉぉぉおお!!」
「へっやっぱり気が合うな!俺もちょうど限界がきたとこだぜ!!」
「これでオーラスですよぉんぉぉおんぉおおおお!中に!中に出しちゃっていいですよぉぉぉおおおお!!!」
「くあっ!もうもたない‥‥!追撃のセカンドアタァァックだぁぁああああああ!!」

rァ  中に出す
    外に出す



rァ  外に出す
「はぁ、はぁ‥‥中に、出してくれませんでしたねぇ‥‥」
大石が恨めしそうに低い声を出した。
「うっ、ごめよクラウド。でももし妊娠させちゃったらまずいし‥‥」
ギロリと大石の目が据わった。それは万引きの瞬間を目撃したGメンの目つきに似ていた。
「前原さぁん、そんな覚悟でやってたんですか?やれやれ、幻滅しましたねぇ
 あ、それともう名前で呼ばないで頂けますかねぇ」
「え、あ、ゴメン‥‥」
しゅんと頭を垂れる圭一を一顧だにせず、大石は着衣を整えて柔道場を去っていった。
一人残された圭一は噛まないと決めていた飴を不意に噛み砕いてしまったような、自責の喪失感にとらわれるのだった。

「ってことがあったんだよね!圭ちゃん!!もーおじさんビックリだよ!!」
「んなわけねーだろ!!俺がビックリだよ!!」
時は夕刻、オレンジ色を背景にカラスが鳴いている。
「はぅ~!圭一君、禁断の恋だね~!そんな圭一君もお持ち帰り~!!」
「み~圭一は大人の階段を四段飛ばしで駆け上ってしまったのです。
 僕はまだ一段飛ばしもできないから、えらいえらいなのですよ☆」
「うぅ、梨花が何を言ってるのかよくわりませんでしてよ‥‥」
「はぅ~~~!!!照れる沙都子ちゃんもか~わいい!お持ちかーえり!」
「だぁーーー!お前ら落ち着け!!」
それは部活の風景。罰ゲーム「ビリの恥ずかしい過去を暴露する」が実施された教室である。
「確かに大石さんに柔道の稽古をつけてもらったことはある!だがそれだけだぁ!!」
「もー圭ちゃんったら照れちゃってー。おじさん妬けちゃうなぁ」
「魅音!!お前のついた嘘だろうが!!!」
「圭ちゃあん?敗者には発言権なんてないんだよ?」
「敗者はボクたちの慰みものになって かわいそかわいそなのです☆」
「畜生お前ら覚えてろよぉぉ!!」
そして部活は幕を閉じ、また新たなる罰ゲームを臥して待つのだった。

――10数年後
何だかんだ言って圭一とレナはめでたく結ばれた。
詩音も悟史と結婚し、未だ彼氏いない暦=年齢の姉のやっかみを受けるのだった。
大石は既に定年と共に雛見沢を離れ、実家に落ち着いている。
もう二度と圭一と大石の運命の糸が交わることはないのであった。

――BAD END――



rァ  中に出す

「はぁ、はぁ‥‥本当に、中に、出してくれちゃいましたかぁ‥‥」
大石の膣に納まりきらなかった精液が畳の上にミルクの水溜りを作り浸透していく。
口では憎憎しげに言いながら、しかし大石の表情は柔らかかった。
九蓮宝燈のロンを宣言したところで4つのカンに気付いたような、達成感と安堵をともなう悔しさだった。
「悪りぃ、出していいって言うからさ‥‥」
「なっはっは、いいってことですよぉ。私が言ったことですしねぇ。
 それに覆水盆に返らずって言いますし。ご存知ですかぁ?英語ではこれを――」
「ホント悪かった! だけど、」
圭一がバッと頭を下げた。
「おやおや、頭を上げてください。前原さん、あなたはなぁんにも悪いことしてませんよ。」
「覚悟はできている。」
圭一は屹然と大石のつぶらな双眸を見つめた。
「もしものときは、責任をとる覚悟ができています。」
圭一の真摯な眼差しをうけ、大石はしばし言葉を失った。
そしてぷっと吹き出す。
「そーぅですか!そうですか!いやぁ若い人にここまで言わせちゃぁ
 私も曖昧な返事でお茶を濁すわけには参りませんねぇ」
大石の瞳から温度が消え、圭一以外の全てのモノを視界から排除した。
「その時には、謹んでお受けします。ぬっふっふ。」
最後に嫣然と微笑み、傾国の美肉でもって圭一を抱きしめるのだった。
その時圭一は直感した。
もうこの肉塊からは離れられないのだろうと。

――10数年後
一人の男がバスから降り立ち、うーんと背を伸ばした。
「ん、この地を踏むのもあの大立ち回りから数年ぶりか‥‥」
男はちらりと待合所に設けられた長椅子を一瞥した。
そこにあの少女の姿はない。
ぶろろろと音を上げ去ってゆくバスを見送り、土埃の舞った待合所をもう一度見やる。
「今回は、もう言い訳は必要ないんです。」
そこにいない少女に弁解すると、男は歩き出した。
道案内はもういらない。
ぴんぽーんと間の抜けた音が居間に響いた。
和を基調とした木の温もりに満ちた部屋だ。
「あ、私が出てきます。きっと彼でしょう。」
「おう、頼んだ。」
蔵人は物理的に重い腰を上げると、襖を抜けて玄関へと向かった。
圭一はその背を見送り、お茶の準備をするのだった。
玄関からは再会を喜び旧知を暖めあう声が聞こえ、それが段々と近づいてくる。
圭一は胸に小さく灯る嫉妬の火を難なくかき消すと、来訪者に笑顔を向けた。
「赤坂さんいらっしゃい。何年ぶりでしょうかね!」
「あぁ前原くん!いや、圭一さんの方が宜しいですかね。ご無沙汰してます。」
懐かしい顔に圭一も赤坂も頬が弛みっぱなしである。
「クララ、準備はしてあるからお茶を煎れてくれ。」
「わかりましたよ、前原さん。」
圭一に席をすすめられ腰を下ろそうとしていた赤坂の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。
「えっ‥‥。蔵人さん、圭一さんを苗字で呼んでるんですか!?
 いや、そこじゃない‥‥そこも重要だけど、圭一さん今『クララ』と?」
赤坂が珍しく冷静さを欠いた。
「ん?はは、何を今更。蔵人なんて女らしくない名前、クララに似合わないでしょう?」
「もう前原さんってば 恥ずかしいじゃないですかぁ。」
お茶が用意され、3人とも腰を下ろした。
「私はそのまま蔵人でいいって言ったんですがねぇ、前原さんがどうしてもって言いまして。」
「だからクララにはクララって可愛い名前が似合うんだって。」
二人の惚気あいを前に赤坂は苦笑するしかない。赤坂は気を取り直すと、姿勢を改めた。
「遅れましたが、お二人ともご結婚おめでとうございます。急な任務で式に出られなくて済みませんでした。」
「なっはっは、いいんですよぉ。赤坂さんが来てたら嫉妬で倒れちゃってたでしょう?」
蔵人がガン牌をするような目で赤坂を見やる。
そのいたずらな目つきに赤坂も笑うしかない。
「蔵人さんは何でもお見通しですね。」
「え、どういうことなんだ?」
圭一は二人の目配せあう姿に軽く悋気する。
「なぁに、どうってことないですよぉ。赤坂さんは古手家のお嬢さんに会いに来るって建前で、
 実は私に逢いに来てたってことです。ぬっふ、私じゃ現地妻なんて言葉、生々しすぎますよねぇなっはっは」
「え、てことはつまり‥‥?」
「あーわかりました。白状すればいいんでしょう‥!?そうです、私は蔵人さんに惚れてました!」
赤坂の言葉に圭一がムッとした顔を作る。
「いえいえ、私は雪絵一筋ですからご安心を。圭一さんから奪ったりはしませんよ。」
「ははっ‥!そうですよね!ささ、粗茶ですがどうぞどうぞ。正直ロリコンなのかと思ってましたよ!」
この言葉に流石の赤坂の頬も引きつる。
「うーん、ロリコンの謗りと不倫疑惑、どっちがマシでしたかね。」
そして、前原家は今日も笑いに包まれるのだった。

あの柔道場での一件以来、圭一と大石は幾度となく逢瀬を重ねていた。
そしてめでたく懐孕し、流行りの出来ちゃった婚と相成ったのであった。
現在は大石の退職金で家を買い、年金と圭一の薄給で暖かい家庭を築いている。
笑いの絶えないその家は、雛見沢随一のおしどり夫婦と称されているのであった。

――HAPPY END――

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最終更新:2006年12月11日 18:25