注意書き 
圭一による知恵、及び部活メンバーへの凌辱罵倒表現などがあります。
女性の尊厳を著しく傷つける単語、表現等があります。
長文です。 おまけにこれでまだ半分くらいの予定です。


朝、教室の中をドタドタと元気よく子供達が走り回っている。
彼あるいは彼女らは、一時間目の授業が始まる前のこのほんの少しの休み時間を、それぞれのやりたいことに費やしていた。
といっても、ほとんどが遊びたい盛りの少年少女達である。
勉強の予習をするまじめな生徒などはほぼ皆無で、男子は何やら机にラクガキをしているものや、教室内だというのに持ち出したボールでサッカーをしているものもいる。
女子は女子でそれぞれお気に入りのグループを作りおしゃべりをしていたり、馬鹿騒ぎをしている男子を注意しているものなどもいたりした。
やっていることは様々だが、みなに共通しているのは……その表情が笑顔であったことだ。
特に悩みもなく、何気ない学校生活を謳歌する、典型的な子供の表情だった。

しかしその教室の楽しそうな雰囲気の中で、彼女らのそれだけは別だった。

「……なんとか。 なんとかしないとだよね? このままじゃダメだよね……絶対」

「………………」

「な、なんとかっていったって、どうすんのさ……。 もう、これいじょう……」

彼女達三人は教室の隅っこの方に机を寄せ、この世の終わりかというほどの暗い表情で何やら相談ごとをしていた。
竜宮レナ、北条沙都子、園崎魅音。
彼女達はみなこのクラス内では部活メンバーとしてそれなりの主導権を持っている人物であるが、ここ最近はある一つの悩みによってその勢いがすっかり削がれていた。
いちおう委員長である魅音や、クラスのお母さん役でもあるレナが騒いでいる年少組を注意しないのは、彼女らにそんな精神的余裕がないからであった……。

「わたくし……も、もう耐えられませんわ……」

かすれるような声で、沙都子が言った。
すると彼女は、何かに怯えるようにガタガタとその体を震わせていく。
それに合わせて、座っているイスも一緒にカタカタと音を立てていった。

「あ、あの子……日に日にあの男のものになっていって……。
き、昨日なんて、わたくしがいくら話しかけても、み~み~、み~み~って……。
ネコのように、ただ鳴くだけなんですのよ? まるで、に、人形のようにされて……!
あんなのって、あんなのってヒドすぎますわっ!!!……ううぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!」

喉の奥から搾り出すようにすると、沙都子はそのまま涙をポロポロと流していった。
そんな沙都子を見て、隣に座っていたレナが安心させようとギュっとその小さな身体を抱き寄せる。

「沙都子ちゃん……だ、だいじょうぶだよ。 レナがきっと、なんとかするから……」

「何が大丈夫なんですの!できもしないクセに、へたな気休めやめてくださいませっ!!!」

「!? ……ご、ごめん……」

沙都子が大声をあげると、レナは自分のあまりに軽率すぎた言葉を、恥じた。
本当に、何を根拠に大丈夫なんだろうね…と。
あの子の親友である沙都子には、今の状況がどれほどつらいものかよくわかっていたはずなのに……。

人の気持ちを傷つけないよう、わかってあげられるよう、常に気を遣っているレナ。
そんな彼女がこんな軽率な慰めをしてしまうほど、今の彼女達は追い詰められていたのだ……。

「ごめん……ごめんね沙都子ちゃん。 レナ、なんて馬鹿なんだろうね。
…………………………ごめんなさい」

沙都子よりレナの方が年上だったが、人に謝罪する時にそんな上下関係など意味を為さない。
むしろ相手にまっすぐ伝わるよう、レナは間違っていたものを言いなおしてふたたび言葉をつむいだ。
そしてそのまま、胸の中にいた沙都子をギュっと抱きしめなおすと……ごめんなさい、ごめんなさい、とうわごとのように何度も何度も繰り返していく。

「ごめんなさい。 ごめんなさい沙都子ちゃん……何もできないレナを許して……」

「……こちらこそごめんなさい。 こんな……レナさんに当たるなんて、わたくし最低ですわ。
ちがうんですの……レ、レナさんに、こ、こんなこと言いたいんではなくて……うぅぅっ!!!」

「うん……わかってる。 わかってるから、もう泣かないで……おねがいだから……」

沙都子がふたたびポロポロと涙を流しだすと、レナは彼女の目頭を指でぬぐってやろうとする。
沙都子が泣き止むまで、何度も何度もそうしてやるつもりなのだが……。
それでも彼女の目から流れ出るそれはちっとも止まらなくて、レナはこんなことしかしてやれない自分に憤りを感じた。
そして沙都子も、こんな時にまで迷惑をかけることしかできない、無力な子供の自分に恥じていった……。

「……………………」

そんな二人の様子を、あえて見ていなかった少女がいた。
魅音。 彼女はずっと、教室の窓の外の景色を眺めていた。
一見それは冷たいような仕草にも見えるが、彼女もまたレナや沙都子と同じようにあの子の様子に考えるところがないわけなかった。
そして大好きだった彼のことも……気にかからないわけがなかった。

レナと沙都子がこんな状態ならば、せめて自分だけはしっかりしていなければならない。
最年長者であるし、何より自分は部活メンバーの部長なのだ。
本当はその胸に一緒に泣き崩れたいほどの弱さを抱えながらも、魅音は今の状況をどうにかひっくり返せないものかと…ずっと思案していたのだ。

………………だが、無理だった。

決心したところで……弱さを克服したところでどうにかなれば、世の中苦労しない。
ましてや彼女達が陥っている状況は、将棋でいう『詰んでいる』状態なのだ。
そこからどう王を逃がそうと他の駒を動かそうと、ルール上どうにかなるわけがない。
だから、彼女はこうつぶやくしかなかった。

「……………………もう、ダメなのかな……?」

「………………」

魅音のその質問に、レナと沙都子は答えない。 答えられない。
その言葉には、諦めや失望。 あるいは村の神様であるオヤシロ様に助けを請う意味でもあったかもしれないが、それはつぶやいた彼女にしかわからないことだった……。


少し前の明るい彼女らを知るものならば、この光景を見るとまるで別人ではないかと思えるほどの変わりぶりであろう。
それほどまでに今の彼女達は追い詰められていた。
正確には、彼女達自身は何の危機にも瀕していないのだが、今ここにいない部活メンバー。
古手梨花と前原圭一。

この両名のことで、最近の彼女らは放課後の部活すらやる気がなくなってしまうほど頭を悩ませていたのである……。

ガララララララッッ!!!

その時、教室の扉が勢いよく開いた。
生徒という生き物の性なのか、その瞬間、教室内にいた誰もが条件反射的に席につこうとする。
……しかし、現れたのは知恵ではなかった。
そこにはこの雛見沢分校で唯一の男の年長者である、彼が立っていたのである。

「おーっす、みんな! 今日も元気に勉強しようぜーっ!!!」

その男、前原圭一は教室の全員に聞こえるほどの声でそう挨拶した。
彼は左手にあまり中身の詰め込まれていないカバンを持ち、右手にはジャラリと音のする『それ』を握りながら教室の中へ入っていく。
それを見た子供達は口々に、おはようございま~す前原さん、や、今日も元気ですねー、などと他愛もない挨拶を交わしていく。
それには別段おかしなところもなく、年上である彼への多少の敬意くらいのものが感じられる程度で、みながみな圭一のことをおもしろいお兄ちゃんという認識以外もっていないようだった。

「…………………………」

だが、彼女達だけはちがった。
あいかわらず教室の隅っこに子鹿のように固まっている、レナ、沙都子、魅音。
この三人だけは、圭一のことを他の生徒達と異質な目で見つめていたのだ。

まず彼女達は、圭一が教室に入ってきても誰も挨拶を返そうとしなかった。
彼とは誰よりも親しいはずの彼女達が、である。
少し前なら圭一が登校してくると、挨拶どころか彼の机の周りに集まり談笑するほどだったというのに。
なのに今は彼の姿が見えていないんじゃないかというほどに、彼女達は自分の席に歩いていく圭一をオドオドした瞳で見つめてゆくのだった……。

「お~っす、レナ、魅音、沙都子ー! 今日も元気かー!」

そんな視線を感じ取ったのか、圭一は自分の席へと歩いていく中で隅にいる彼女達に声をかけてやった。
だが、やはり三人は答えない。
それは彼を無視するというよりは、どこか恐れているような……。
まるでライオンにでも声をかけられたように、彼女らは口を閉ざす。
それは圭一にとっても予定調和のようで、彼は右手に持っていた『それ』をわざとジャラジャラと揺らしてみた。

「!?…………う…………」

レナ、沙都子、魅音。 三人がほぼ同時にうめき声をあげた。
圭一の手に持たれている『もの』。 そして、それから出た音を聞いて……。

圭一の右手には、鎖のようなものが握り締められていた。
それは何周も何週も手のひらに巻きつけられていて、どんなことがあっても俺はこれを手放さない、という彼の気概のようなものが感じられた。
そして、その鎖が伸びている先……。
幾重にも重ねられた輪っかが紡いでいくその先には、『首輪』があった。
『首輪』というくらいなのだから、それは何らかの『生き物』の首についているはずで……。
そしてその生き物は、鳴いた。

「………………みー」

圭一のすぐ後ろをトコトコとついていきながら、その『子猫』は愛らしい声をあげた。
子猫が鳴いたことには意味はない。
何か訴えたいことがあるわけでもなく、前を歩いている主人を呼んだわけでもない。
本当に、ただ、鳴いてみただけ。
それは子猫の、ボーっとしたような様子からも簡単に見て取れた……。 

「…………………」

自分の席に歩いていく圭一。 そしてそれについていく子猫の姿を、レナ達はひどくいたたまれない気持ちで見つめていた。
哀れみや諦め。そしてその瞳に謝罪の意味も込めながら、ずっとその子猫を……目で追う。その子猫は、変わった服装をしていた。
最後にあの制服を見たのはいつだったか……。 もう大分前のことなので、三人とも思い出せない。

子猫は……いわゆるメイド服と呼ばれるものを着ていた。
おそらくこの村唯一の診療所の所長が用意した物なのだろうが、それを主人である圭一は微妙に弄くっていた。

まずその頭にはメイドがよく付けているカチューシャはなく、変わりにピョコンと二つ、可愛らしいネコ耳が生えていた。
おそらく圭一の趣味なのだろうが、この鎖に繋いでいる生き物を猫扱いするためにわざわざ彼が付せたのだろう。
あるいは子猫自体に、自分は猫なんだ、と自覚させるためのものかもしれない。

次に、その胸元にも微妙な改造が施されていた。
……改造とは少しおおげさか。 いくつかのメイド服には元々そうなっているものもある。
子猫の胸元には独立していくつかのボタンが付けられており、それを縦に外していくと、乳房だけがポロンと外に露出させられるようになっているのだ。
もっともその子猫には、『乳房』と呼ばれるほどの膨らみがまったくなかったため、この機能はまるで意味を為していないといえるだろう。
…………今後の成長に期待、といった意味なのだろうか。

最後にスカートだ。
これだけはあきらかにおかしいと断定できるものだった。 主に長さ的な意味で。
大抵のメイド服のスカートは丈が膝の上にくるほど短いものがほとんどだろうが、子猫のはとてもそんなレベルではなかった。
あまりに短すぎた。 それはもう、スカートなどとは呼べないほどに。
こういう時によく使われる表現で、少しかがむと見えてしまいそうな、というものがあるが、それですら生ぬるい。

子猫は今、圭一の後ろをトコトコと歩いている。 それだけなのだが、それでもう中身が全て見えてしまっているほどだ。
純白の布を当たり前のように晒しながら、子猫は恥ずかしがる感情も与えられていないように、それを隠しもしない。
いくらこの猫が幼いとはいえ、下着を丸見えにしたまま学校に登校してくるなど到底ありえない。
このスカートの丈こそがまさに、圭一がこの子猫にその欲望をぶつけている具現であるといえるだろう……。

「………………み~、み~、み~」

子猫がまた鳴い……ああ、もういい。

もういい。 もうそんな『比喩』などどうでもいい。 いいかげんしつこすぎるだろう。

その子猫は、古手梨花だ。 

古手梨花が。 鎖で繋がれて。 首輪を付けられて。 メイド服を着せられて。 歩いている。

圭一のすぐ後ろを、ちょこちょこちょこちょこ。 可愛らしく歩いてくる。
ペットが主人と散歩でもしているように、かならず鎖の届く範囲で彼のそばに付き従っているのだ。
それは一見すると、ただの部活の罰ゲームのようにも見えるのだが……。
部活メンバーであるレナ達の様子を見る限り、それは正しくないと考えるのが妥当だった……。

「ん…………ふうっと。 ほら、こっち来い」

そうして圭一は自分の席にまで辿り着くと、どっかりとイスに座りつつ梨花を膝の上にくるよう、パンパンと自分のズボンを叩いた。
梨花はそれにさも当然のように従っていく。
あいかわらず短すぎるスカートの中身を惜しげもなく晒しながら、圭一の膝あたりにチョコンと座る。
その時どうも、彼の下半身のある部分にお尻がくるように座ったのは……どうも気のせいではないようだ。

「み~、み~。 みぃ~?」

これでいいのですか?とでも言うように、梨花はご主人様に首をかしげながら尋ねる。
それに圭一は黒い笑顔を浮かべながら、満足そうにつぶやいていく。

「よしよし、いい子だなぁ梨花ぁ? もうすっかり俺好みの肉奴隷になりやがって……くくくくく」

膝にいる梨花の頭をナデナデと撫でながら、圭一がついにその言葉を口にした。その単語を。
その単語の意味と、そこに初めのほうの沙都子の涙。 レナの消沈。 魅音の諦め。

…………まあつまり、そういうことである。

「あぁ……り、梨花ぁ……あ、あんな……に……ペ、ペットみたいにされて……」

梨花が圭一に可愛がられていく様を、沙都子がすがるような目で見つめる。
どこまで悲しいのか知らないが、そんなに心配なら彼女のそばにまで行けばいいものを。
圭一の席まではちょっと歩いていけばすぐに着く距離だ。 そこに愛しの梨花がいるのなら、今すぐにでも駆けて行けばいい。
実際、彼女はそうしようとしてイスから立ち上がろうとしたのだが……。

「…………沙都子ちゃん、ダメ………」

それを隣に座っていたレナが、やんわりと制する。
それをしてしまったら、間違いなく沙都子がもっと傷つけられるだろうということがわかったから。
あの鬼畜な男に、み~み~としか鳴けない身体にされてしまった梨花。
親友のそんな姿を至近距離などで見てしまったら、かならずこの子は苦しめられるだろうと感じたから。
さきほどの過ちをもう一度繰り返すわけにはいかないと、レナは沙都子を抱きしめるようにしながらイスから絶対に立たせなかった。

「我慢して沙都子ちゃん……レナも……レナもがんばるから……ぁ……」

「あぁぁ……り、梨花、りか、りかぁぁぁ……うぅうぅぅぅぅぅ……!」

今度もまた沙都子はレナに暴言を吐きそうになったが、彼女の気遣いがわからないわけではない。 素直にその胸の中に抱かれていく……。
梨花の元に行けないかわりに、柔らかい胸の中で声を枯らしながら泣いていくのだった……。

「…………うく……う、うぅ……うぅぅぅ!」

その時、レナのでも沙都子のものでもない泣き声が聞こえてきた。
……魅音だった。
いままでずっと気丈にふるまっていた彼女だったが、梨花の姿。 そして圭一の変わり果てた姿を見ると、ついに彼女も我慢できずに涙を流してしまったのだ。
それはつまり、部活メンバー全員の敗北を意味するもので……。
その時廊下では授業の始まりを告げる鐘が鳴り響いていたのだが、今の彼女達にはそんなことはどうでもよかった……。


そうしてしばらく、時間にすればほんの五分程度だったのだが、レナ達にとっては永遠と思えるほどの時間が過ぎていくと、ようやく圭一と梨花に干渉しようとする人物が現れた。
彼女は廊下で鐘が鳴ってからほどなくして教室に入ってきた。
いつのまにか生徒が全員席についていたことが、彼女が教師であることをうかがわせる。
そしてその責務を果たしていくように、圭一の席の前までツカツカと近づいていった。

「…………ま、前原君…………」

ついに神様が彼の愚行を止めようと考えたのか、今この教室内で唯一の大人……知恵留美子が声をかけたのだ。

それは、考えてみれば当然のこと。
もう授業を始める鐘はとっくに鳴っているというのに、いまだ圭一は膝の上の梨花を猫可愛がり。
おまけにその梨花はおかしなメイド服を着ているのだから、教師という立場にいる彼女ならばいち早くそれを注意してもいいはずなのだ。
ましてや正義感の強い知恵ならば、今の梨花が置かれている状況を打破してくれることもできるはず……。
ただ泣き続けるしかないレナ達にとって、知恵は救いの神になれる存在だった……はずなのだが。

「……………………」

知恵が圭一の元へと向かっても、レナ、魅音、沙都子の表情は一様に暗いままだった。
あいかわらずどんよりとその瞳を曇らせ、教師である知恵に何も期待していないという様を表していた。 無駄なことを…とでも言うように。
そんなことを露も知らない知恵は、圭一にこう切り出していく。

「ま、前原君。 もう授業は始まっていますよ? 古手さんを席に着かせて、授業の用意をしなさい……」

「……あー、悪いですね先生。 今日はちょっと気分が乗らないんで、自習にしてください」

教師である知恵の注意に、圭一はさも当然のようにそう答える。
本来であれば、生徒が教師に自習にしろなどと口が裂けても言えるわけがない。
だが彼はまるで対等の立場の人間に言うように、それが敬語であるだけまだマシだという態度だ。
当然、知恵はこう口にしていく。

「じ、自習になんてできません。 できるわけないでしょう……?
それに何ですか、その態度は。 わ、私はあなたの先生ですよ……?」

彼女がそう返すのは必然で、礼儀のなってない生徒を注意するのは教師の務めである。
圭一の態度はあまりに失礼で、それが男の教師であったなら頭を叩いていてもおかしくないかもしれない。
だからまだまだ知恵は止めない。 不良生徒を注意していく言葉を。

「は、早くしなさい。 あ、あなた一人の為に、じゅ、授業が遅れてしまいます……。
前原君……前原君、き、聞いているんですか……?」

…………何かがおかしかった。
知恵の声が、震えているのだ。 正しいことを言っているのに、彼女は怯えている。
その注意する仕草もどこかオドオドしていて、正義感の強い彼女らしくない、自信のなさのようなものがにじみ出る言い方だったのだ。
そんな威厳のない雰囲気では、どんな生徒であっても聞き分けを持つはずがない。
だがそれでも知恵は続けていく。 まだ胸の中に残っていた、ほんの少しの勇気を振り絞って。

「は、はやく古手さんを降ろしなさい! いいかげんにしないと、先生も本気で怒りますよ!」

「………………………あ?」

知恵が少し語気を強めると、圭一の声色が変わった。
表情はそのままだったが、その口から出る声は別人かと思えるほど低かった。
そしてそれを、目の前にいる反抗的なメスにぶつけていく。

「……おい知恵。 おまえ、いつから俺にそんな口聞けるようになったんだよ……? なぁ」

「!?…………あ…………」

そのドス黒い圭一の声を聞いた途端、知恵の表情がみるみるうちに青ざめていく。
それはあきらかな恐怖。 または畏怖と呼べるものだというのが、その場にいる全員に見て取れた。
そしてそれを更に明らかなものにするため、圭一は続けていく。

「なぁ、答えろよ知恵。 おまえは俺のなんだ? 言ってみろよ、ほら」

「あぁ……や、やめて……こ、こんなところで……」

圭一のその言葉を聞くと、今度は知恵の顔がうってかわり真っ赤に染まっていく。
さきほどのは恐怖というのが適当だったが、今度は羞恥という言葉がピッタリ当てはまる表情だった。
そんな赤くなる知恵を眺めながら、更に圭一は続けていく。

「ほら、どうしたよ言えよ? ……何してんださっさと言えよ。 おまえはなんだ?」

「せ、生徒がいるから……こんな小さな子達の前で、そ、そんなこと言えない……」

「関係ねえだろ、そんなこと。 俺が言えっていってんだ。 早く言えよ……?
………………言えっていってんだろうがよぉぉぉ知恵ぇぇぇぇぇっ!!!」

「………………ひぐっ!?」

圭一が教室中に響くほどの大声で叫ぶと、知恵はビクンっと背中を震わせた。
そして圭一の声に気づいた生徒達が、何事かと雑談をやめて知恵の方向を一斉に見る。
もっとはやくそれを決心していれば、生徒全員に聞かれることはなかったろうに……。
知恵はまだ幼い彼ら彼女らの視線を一身に受けながら、それを口にさせられていく。

「わたしく……ち、知恵留美子は……前原く……ご、ご主人様の、に、肉奴隷……です」

フルフルと震えながら、だがはっきりと聞こえる声で知恵は口にした。
その光景を見ている生徒達は何事かと思っていたが、普段のキリっとした『知恵先生』が泣きそうになっているということに興味を抱き、彼女の言葉をシーンと静まりながら聞いていく。
普段は静かにしろと言っても聞かないくせに、こんな時ばかりしっかり口を閉じる子供達が知恵にはひどく恨めしかった……。

「そうだなぁ。 おまえは俺の肉奴隷だよなぁ? なのになんだ、その態度は?」

「あぅ……ご、ごめんなさ……で、でも」

「でもじゃねぇっ!ご主人様に逆らっていいと思ってんのかよ、なぁ答えろよぉっ!!!」

「お、怒らないで……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

圭一が怒りをあらわにすると、知恵は今にも泣きそうになりながら何度も謝罪の言葉を口にした。
さきほどもレナが沙都子に同じようにしていたが、これはまるでちがう意味の『敬語』であることが誰の目にも明らかだった。

「ごめんなさいごめんなさい、あ、あなたを怒らせるつもりじゃ……ご、ごめんなさいぃ……」

すがるような声を出しながら、知恵は何度も何度も自分が嫌われないためにする利己的な謝罪を繰り返していく。
生徒であるレナ達ができた謝罪を、教師である知恵ができないという矛盾。 その理由はひどく単純だった。
もはやそこには、生徒と教師という図式がなりたってなかったのだ。
まるで男が主導権を握っている痴話喧嘩のような、そんなみっともない会話が二人の間で為されていた。

「ちっ……まったく、少し目を離すとすぐこれだ。 まだまだ調教が足らねぇなぁ、知恵ぇ?」

「!?……い、言わないで……そ、それだけは……」

圭一が調教という言葉を口にすると、知恵は一瞬だけ教師の顔に戻ったように見えた。
こんなになってまでも、まだ言われたくないことがあるのだろうか。
知恵はタップリと涙を溜めた瞳でやめてやめてと首を振る。
だがドSの圭一が、ましてや今は反抗したメスをお仕置きしているのだから、その口先を止めるわけがなかった。

「や、やめて……い、言わな」

「放課後に毎日毎日突き刺してやってたもんなぁ? そのたびにすっげぇ喘いでよぉ。
よっぽど溜まってるわけだ? そりゃそうだよな~、この雛見沢じゃあ若い男なんてそうそういねぇもんなぁ~? しまいには俺のに自分からむしゃぶりついてきて……」

「!?……あ、あああぁぁぁやめて、やめてぇ、やめてぇぇぇぇ……!」

圭一が次々と赤裸々な言葉を吐いていくと、ついに知恵は目からポロポロと涙を流しながら泣き崩れていった。
それだけはどうしても言って欲しくなかった、自分の浅ましい姿。
圭一が転校してきてから、知恵はさんざ彼にその若い体を弄ばれたのだ。
彼とのセックスに夢中にさせられていき、その甘い言葉にも酔っていった。 身も心も……。
何よりも彼女自身が、それを求めていたから。
今圭一が言ったとおり、この田舎で彼氏と呼べるものすら作れなかった知恵にとって、優しくしてくれる男というのはそれだけで魅力的だったのだ。
教師とて一人の人間なのだから、生徒に手を出してしまったことを非難するものはいない。……とは決していえないが、それを何もここで言わなくても……と知恵は泣き崩れながら思うのだった。

「ひっく……や、やめてくださ……い、言わないで……そ、それ以上、言わないで……」

「そういえば、放課後までガマンできないって、朝トイレで犯してやったこともあったよなぁ?
あんときのおまえはエロかったぜぇ?出席簿持ったまま、あ~んあ~んって腰振ってよぉ?
ハメられてるときも生徒のものは手放さないなんて、教師の鑑だよなぁー?」

「!? ひぐ……や、やめてくださ……わ、私が……わ、悪かったですからぁ……!」

「黙れよメス犬が。 まだまだあるぜぇ~? 昨日はわざわざ俺の家に来たんだよなぁ?
家庭訪問だとかいって、最近梨花ちゃんばかり相手にしてる俺のを自分から咥えに来て。ご主人様のが欲しいんです、もうガマンできません、そんな女にあげるくらいなら、いますぐここで私を抱いて下さい、って言ったんだよなぁっ!」

「あぁ……ご、ごしゅじ……さまぁ……も、もう許して……ゆ、許してくだ………さ………」

「おまえ、23、だか4だったか? ちょうどセックスが一番きもちいい盛りだもんなぁ?
よすぎてヨスギテたまらねぇ時期だもんなぁ! もうガマンできなくて、デ キ ナ ク テ!
ついこんな小さな梨花ちゃんにまで嫉妬しちまったってわけだぁぁぁぁっ!!!」

「ち、ちがい……ま……あ、あれは……そ、そん……なつもり……じゃ…………」

「俺もビックリしたぜぇ?いきなり四つん這いになって!このままバックで犯して下さい。
どうか肉奴隷知恵に、ご主人様のおチンポを咥えさせてくださいませ。だもんなぁ!
おまけに!そんな小娘より絶対イイはずです!一生懸命締め付けます。腰もフリフリします。
そのまま中出ししてもイイですからいますぐハメて下さい!ブチ込んでくださいご主人様ぁ!
ほんと、聖職者のくせにドスケベな女だよなぁぁぁぁ知恵ぇぇええええぇぇぇっっ!!!」

「や、やめ……ひぐ……も、もう、やめ……てぇぇ…………も……う………も…………」

……口先の魔術師とは、誰がつけた名だったか。
圭一はマシンガンのように次々と罵倒の言葉を吐き出していき、無数の弾幕で知恵の心をボロボロに砕いていった。
たとえ彼女が謝罪しようが、許しを乞おうが、泣き叫ぼうが。
反抗的な奴隷を躾けている主人にとって、たかがメス奴隷である彼女の言葉は届くはずもなかった。
それを彼女もわかったのか、それともそんな気力さえ尽き果ててしまったのか……知恵の声は時が経つほどにかすれていき、最後の方にはもう、誰にもそれは聞こえなくなるほどだった……。

「あう……えく……うぅぅ……ひぐっ、ひぐぅぅぅ、う、う、う……うぅぅぅ……」

止められない涙をボロボロと流しながら、知恵は自分の子供の頃を思い出していた。

少女時代わりとおとなしめな性格だった彼女は、近所のイジワルな子供達にイジメられることが多かった。
特に友達もいなかった知恵は、その人数という名の暴力と子供ゆえの残酷さに日々心を傷つけられていく。
誰も助けてくれなかった。 大人も子供も。 誰も助けの手を差し伸べてくれない。
そうしてイジメっ子達の罵声を耳に痛いほど聞きながら、知恵はただただ涙を流していくしかなかったのである。
そうすると彼らは、そんな彼女の泣く姿にも罵倒の言葉を浴びせるのだ。
や~い泣き虫、泣き虫留美子~、と。

「ひっく、えぐ……ごめんなさ……も、う、イジめないで……もぉ、う、イジメないでぇぇぇ……」

それなりに高い志をもって教師になった。 痛みを知っている彼女は正義感も強かった。
わざわざ教育委員会の意向を蹴ってまでこの雛見沢に来たことで、それはしっかりと証明されている。
誰にも疑えようのない、神聖でまっすぐな教育精神だ。

……だが、肝心な中身の部分が変わってなかった。

身も心もずっと寂しかった知恵は、鬼畜な圭一の口先にあっさりと騙された。
男に優しくしてもらったことのなかった彼女は、麻薬のような甘美な快楽から抜け出せなくなったのだ。
だが、それは普通の人間ならすぐに自重できる程度の軽いもの。 ましてや教師の彼女なら、絶対にそうしなければならない。

でも知恵は弱かったから。 泣き虫留美子は寂しかったから。 ガマンデキナカッタカラ。

圭一の、好きだよ…愛してる…などという、まるで中身のこもっていない言葉にコロっと騙される。
本当にそう思っている男は、易々と何度も口にしないものだ。 安っぽくなるから。
だが女はそれを口に出して言って欲しい。 知恵もその例外ではなかった。
あとはもう、彼の口車に踊らされていくだけ……。 泥沼にハマるように。
圭一の言うことは何でも聞いてあげるようになったし、あげたいと思うようになった。 奴隷の素質十分だ。
レナのように夕食を作りに行ってあげたこともあったし、そうなると当然、あっさりと身体も差し出していく。
そんな知識も経験もないくせに、自分は年上だからとまだ童貞(知恵はそう思っていた)の圭一をリードしようなどと身の程知らずに考える。
彼が喜びそうな言葉はなんでも口にしたし、身体にも奉仕していく。 色 々 シテあげた。
そして頭の良い彼女は回数を重ねるたびに学習していき、すぐに圭一を人並み以上にきもちよくさせる術を身につけていくのだ。
真面目な性格の知恵は、セックスに関してもそうだったというわけだ。…………笑えない。

そしてその頃には知恵は前原君とは口にしなくなり、二人っきりの時は圭一と呼び捨てにするようになる。 すっかり恋人気分だ。
当の圭一は自分をメス奴隷としか見ていないというのに、本当に愛されてるな~♪などと勘違いしていく。
彼が卒業したら、結婚をほのめかしてみようかな……? などという、ロマンチックな人生設計まで立ててしまう始末。
前原留美子。 その単語をしきりに頭に思い浮かべながら、その気恥ずかしさにベッドで体をバタバタさせながら眠る夜もあった。
生まれて初めてできた、愛しい人。 ずっと一緒にいたいと思える、大切な人。
まさにその時の知恵は、幸せの絶頂だったのだ。

……だが、そのあたりから圭一の態度がおかしくなる。 ひどく冷たくなる。

放課後にはすっかり自分を相手にしてくれなくなり、部活メンバーと頻繁に遊ぶようになる。
もちろんそれまでも部活自体はしていたのだが、それが終わると必ず職員室に寄ってくれたものだ。
そしてまだ仕事を続ける自分の傍にいてくれて、終わったら一緒に家まで帰るときもあった。
……それがなくなった。 ぱったりと。

最初はただ、彼は忙しいだけなんだ…と都合よく考えた。
圭一は村の人気者であるし、恋人の自分ばかりにかまけろというのも女の身勝手だと思った。 こんな時まで、いちいち真面目にそう考えた。
……だが、やはりおかしいと気づく。
学校が休日の日にも仲間と遊んでいるようだし、何より電話一本よこしてくれない。
恋人として一言も言葉を交わさない日々が続き、せいぜい授業中に生徒と教師としての会話くらいしかできなくなり、前原君としか呼べない自分にとてつもない寂しさを感じていった。
そしてついに、彼に直接こう聞いてしまった。

どうして会ってくれないの? どうして……抱いてくれないの? と。

圭一は何も答えてくれなかった。
何かを企んでいるのか、その顔にうっすらと冷笑を浮かべると……知恵の話を無視するようにまた部活メンバーの元に去っていってしまう。
彼の体にしがみついてでも聞こうと思ったが、生徒と教師という壁が世間の目を気にさせた。
そうしてただ無視されるだけの日々が続き、たちまち知恵の心にはとめどない悲しみが募っていく……。

自分にどこか落ち度でもあったのか。何気ない一言で彼を傷つけてしまったのではないか。一晩中、何日も何日も、寝ずに考えた。
それでも答えはでなくて……でるわけもなくて。
真面目な知恵は悩みに悩みに悩みぬいて、そうすれば絶対に『答え』が出ると思っていた。そしてついに、その愚かな結論に達してしまう。

ア  ノ  オ  ン  ナ  タ  チ  カ  ?

チエルミ調教日誌 壱に続く……。 

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最終更新:2010年03月05日 22:43