沙都子と羽入は、いた。二人して床にかがみこみ、床に広げた「なにか」を食い入るように見つめていた。
良かった、二人とも無事だ。
梨花はほっと息をつき、辺りをみまわす。食卓の肉じゃがからは、まだ湯気が上がっている。まだ手がつけられていない。ご飯を食べるのも忘れるほど、おもしろいものに見入っているのだろうか。
「沙都子、羽入、遅くなってごめんなさい。ただいまなのです。」
だが、二人からの返事はない。
また、梨花の胸に不安がわきあがってくる。
「みー?二人とも何を見ているのですか?はやくご飯にし……」
そこまで言ったとき、羽入がすっと立ち上がり、くるりと振り返った。いつになく緊張した様子だった。羽入はしばらくたたずむと、やがて、ゆっくりと自分の足下を指差した。
その指の先にあるものがなにか、梨花には一瞬理解ができなかった。ここにあるはずのない物、あってはならないはずの物がそこに、沙都子の見つめる先にあったからだ。
秘密BOXが床に置かれていた。もちろん、フタは開けられて、中の物が、梨花の秘密の全てが、その場にぶちまけられていた。沙都子の写真が、例のマンガが床に無造作に散らばり、それを呆然とした沙都子がみつめていた。
次に、沙都子がどういう反応をするか。少なくともそれが、「あらあら、梨花ったら随分とおませさんですわね!」などと軽く流して、「早くご飯にしましょう。さめてしまいましてよ!」などと言ってくれるようなものではない、それだけは梨花にもわかった。
沙都子は今、怒りに打ち震えているのだ。親友、いや親友だと思っていた少女になぐさみものにされていたことに。
……なにか、言い訳を考えなければ。そうだ、魅音だ。魅音が勝手にマンガを置いていったことにしよう。うん、そうだ。それで私は、マンガを隠しておいたんだ。
実際にこのマンガは魅音のものだし、これでいい、後はこれを伝えればいい。沙都子のことだ、きっと信じてくれるだろう。
いつもの口調も忘れて、梨花は口をひらいた。自分でも驚くほどうわずった声が滑り出る。それを覆い隠そうと、梨花は早口でまくしたてる。
「ね…え?沙都子、あんた何か勘違いしてるわよ。そのマンガはね、魅音のなのよ。あんたや羽入に見つかったらやっかいなことになると思ったから、私は……」
そこまで言ったとき、うつむく沙都子の口がもごもごと動いた。
「ん、何か言った?」
「……たぃ。」
沙都子が、またもごもごと呟く。
「ごめん、沙都子、聞こえないよ。もう一回言って?」
一瞬の沈黙。決して広くはない部屋に、三人の荒い呼吸だけがやけに大きく聞こえた。
その空気に耐え切れなくなった梨花が、再び口を開く。
「……沙都子?」
パン、と乾いた音が響く。沙都子が梨花の頬を、平手で打った音だった。
「……たぃ、梨花の変態っ!!」
沙都子の金切り声が沈黙を引き裂いた。
 梨花の「甘え」、自分勝手な「妄想」、それを打ち砕いたのは、他ならぬ沙都子自身だった。
冷静に考えてみれば当たり前のことだった。自分をいやらしい妄想に、しかも同性の友人の妄想に、使われてうれしい人間などいるわけが無い。
だが、梨花の「甘え」、そしてその「甘え」を生み出した沙都子への恋心は、そんな当たり前のことにも気づけないほど、梨花を盲目にしていたのだった。
そして、その「甘え」は今や無情にも打ち砕かれた。
 そのことは、梨花にとって自分の全てを否定されたようなものだった。
梨花はその場にへたりこんだ。そして、目の前で涙を流しながら自分をののしる沙都子と、その沙都子をなだめようとして、あぅあぅ言っている羽入を感情の無い目でぼんやりと眺め続けた。
呆けたように、天井をみつめる、梨花。すっかり感情を失ってしまったような梨花の目から、一筋の涙がつたい落ちた。
それからのことを、梨花はよく覚えていない。自分をいやらしい妄想のネタにしていたことを、ひとしきり沙都子になじられたこと。羽入が沙都子をなだめていたこと。十時ごろ、羽入が止めるのも聞かずに、沙都子が家を飛び出していったこと。
目の前で起こっていたことのはずなのに、今の梨花にはそのどれもが、自分とは関係のない、お芝居か何かの中の出来事のように感じられた。
一時間程たったころ、沙都子を追いかけていった羽入が戻ってきて、
「あぅ……沙都子は、今日は詩音の家に泊まるそうなのです。今、興宮までおくってきたのです。」
と、言いながら梨花の前にぺたんと座り込んだ。また、しばしの沈黙。
「梨花、ごめんなさいなのです。」
突然、羽入が言った。沙都子が出て行ってからずっと、放心したように床に散乱したマンガや写真を見つめていた梨花は、ようやく顔をあげた。だが、梨花の死んだ魚のような目から、その感情を読み取ることは、誰よりも付き合いの長い羽入でさえ不可能だった。
「なんで……なんで、あんたが謝るのよ。全部、私が悪いんじゃない。私が全部台無しにしちゃった!これから沙都子とあんたと、ずっと楽しく暮らしていけたのに、あたしが変なこと考えたから……だから全部、滅茶苦茶になっちゃった!」
「ちがうのです!梨花!あの屋根裏を開けてしまったのは僕なのです!今日梨花がいない間に屋根裏をのぞいてみようって沙都子を誘ったのは僕なのです!」
「……え……なにそれ!ちょっとどういうことなのよ!」
がばっと起き上がり、羽入につかみかかる梨花。梨花に胸倉を掴みあげられ、苦しそうに羽入は続けた。
「あぅ……この間、沙都子から相談されたのです。」
「相談?なんの?」
「うう…梨花のことなのです……」
「わ、私のこと……?」
梨花は思わず羽入をつかんでいた手を離す。
「ゲホゲホ……そう、梨花のことなのです。ちょうど一月くらい前、沙都子がボクに相談してきたのです。なんて言ったと思いますか、梨花?」
 「そんなこと、知るわけ無いじゃない……まさか、最近私の沙都子への視線がいやらしいとか?」
 まさか、既に沙都子に気づかれていたのか?梨花は心配そうに聞き返す。
 だが、羽入はゆっくりとかぶりをふった。
「その逆なのです。沙都子は、自分が梨花を好きになってしまったみたいだ、とボクに相談してきたのです。沙都子は、自分の気持ちに、とまどっていたのですよ。」
「え……それって、まさか……」
「そうなのです。沙都子も梨花のことが好きだったのですよ……」
梨花はへなへなと、空気の抜けたビーチボールのようにそこにへたりこんだ。
「嘘だ……だったら、なんで、沙都子はあんなこと言ったのよ……っつ、それにっ、そのことと私の秘密をばらしたことになんの関係があるのよっ!」
「あぅあぅ、ボクは梨花が隠しているのは沙都子の写真かなにかだと思っていたのです!だから沙都子に、梨花の気持ちを教えてやろうと思ったのです!それがまさか、あんなハードコアなエロ本が入っているなんて思いもしなかったのです。」
「……で、あんたが私と沙都子をくっつけようとして沙都子に屋根裏のことを話した、と?」
「そうなのです。ボクの計画では、今頃二人はラブラブでニャーニャーだったはずなのです。それに、ボクに感謝した梨花が、シュークリームパーティーを開いて、みんなニコニコだったはずなのですよ。
だけど、あんなものが見つかったせいで沙都子はびっくりしてしまったのです。沙都子はたぶん、梨花とのその……もっと「ぷらとにっく」な関係を望んでいたと思うのです。それが、いきなりぐちょぐちょした世界に触れて、ショックを受けてしまったのです。」
「な、なによそれ!こんなことになったのは私のせいだ、って言いたいわけ!?」
「そんなことは言ってないのです……。」
「うそ!シュークリームが食べられなくて残念なのです、全部梨花が悪いのですって顔に書いてあるわよ!」
「それはひどい言いがかりなのです!だいたい、あんなものどこで買ったのですか!興宮の駅の裏の怪しい本屋さんですか!?それとも、スーパーの近くにある専門店ですか!?……まさか、まさか雛見沢のはずれにある自動販売機がたくさん入ったプレハブ小屋なのですか!?
そんなところで買い物をするのは梨花にはまだ早いのですよ!
それにしても、そんなとこで平気で買い物をするなんて、梨花は大胆なのです。エロのためなら恥も外聞もかなぐりすてるヘンタイさんなのです、あぅあぅ!!」
「なっ……なんであんたが、そんなにエロ本情報に詳しいのよ……。
じゃなくて!私が言いたいのは、沙都子に私の気持ちを伝えてくれなんて言ってないってことなの!」
「……ううっ、だって最近、梨花も沙都子もつらそうだったのです。」
「それで?そんなのどうだっていいじゃない!」
「よくないのです!!友達が辛そうにしてる時、なんとかしてあげたい、そう思うのが友情ではないのですか!?百年間、つらい思いをしてきたのは、梨花だけではないのですよ!
ボクだって、あの夏を乗り越えた以上、梨花や沙都子と一緒に、楽しく暮らしたいのです。だから、だからボクはっ……」
そこまで言って、羽入は嗚咽をあげて泣き出した。
「ボクはっ、ボクはただ、梨花に幸せになって欲しかっただけなのです……それが、こんなことになるなんて、ぜんぜん、思ってもっ……えぐっ。」
自分がしたことの重大さに、改めて気づいたのだろう。羽入がしゃくり泣きをはじめた。
 その横で梨花は、ふうっ、とため息をついて、天井でゆれている電灯を見上げた。
……何で羽入が泣いているんだろう。全部自分が悪いのに。自分が、羽入の幸せを、沙都子の幸せを壊してしまったのに。
 そう、梨花は思った。
じゃあ、いま自分がすべきことはなんだろう。後悔?泣き喚く?それとも……。
 そこまで考えて、梨花は羽入に視線をもどした。
「羽入……もういいよ。本当は全部、私が悪いのよ。私があんな妄想しなければ、今までの生活が壊れることもなかった。
だけど……もう、今までみたいに、時間をもどしてやりなおし、って訳にはいかないんでしょ?
だったら、自分のしたことを後悔して嘆くより先に、することがあるんじゃない?後悔なんかいつだってできるよ。……だけど、自分のしたことの責任をとるのは、今しか、できない。」
そう言って、梨花は自転車のカギをポケットに突っ込み、玄関へむかった。
「ちょっ…梨花、どこに行くのですか!」
「沙都子は、詩音のマンションにいるんでしょ?今から会ってくる。」
「そんな……今から行ってなにをするのですか!」
「沙都子に謝る。」
「……沙都子が、許してくれなかったら?」
「もっと謝る。」
「……沙都子が、会ってくれなかったら?」
「会ってくれるまで待ち続ける。」
「いつまでたっても、会ってくれなかったら?どうしても許してくれなかったら?梨花はどうするのですか!?」
「さあ……どうするのかしらね。明日の朝には、自分のお腹を自分で掻っ捌いてひっくり返ってる私の死体が、神社の境内で見つかるかも知れないわね……。」
その景色を想像したのだろうか。羽入の肩がびくっ、と震えた。それに構わず梨花が続ける。
「でもね、羽入。今、私が自分にできるだけのことをしなければ、私はそんな自分を、絶対に許せないと思うの。
もしかしたら、あんたに責任をかぶせて、これから死ぬまであんたを恨み続けなければいけないかも……私はそんなのはいや。……だから、私は今、自分にできるだけのことがしたい。」
そう言って梨花は羽入の顔を真っ直ぐに見つめた。その顔を羽入も真っ直ぐに見返す。
「梨花……それならボクも自分にできるだけのことがしたいのです。
ボクが沙都子に会いに行ってきます。」
「だって……。」
何かを言おうとする梨花の言葉を、羽入がさえぎる。
「梨花の気持ちはよーくわかったのです。でも、今梨花が会っても、お互い興奮して話がこじれるだけなのです。」
すう、と羽入が深呼吸する。もう、いつもの頼りない羽入の顔ではなかった。
「今度は、どうせダメ、なんて言わないのですよ。僕にまかせろ!なのです。」
と言って羽入は沙都子を説得するために飛び出していった。
羽入があんなに頼もしく見えたのは久しぶりだった。駆けていく羽入を、窓から眺め、思わず梨花は、涙が流れそうになった。
……10メートルも行かないうちに、足がもつれてひっくりかえった羽入の姿に一抹の不安はあったが、ここはひとまず、羽入に任せよう。そう、思った。



3時間ほどすぎた。時計の針は十二時をとっくに過ぎている。
そろそろ午前二時、草木も眠る丑三つ時だ。
普段から夜更かしはお手の物の梨花も、さすがにこの時間になると眠い。
それに、羽入も沙都子も、きょうは詩音の家に泊まるのだから、梨花が起きていても意味はないのだ。眠ければ寝ればいい。
と言っても、沙都子のことが心配で、布団に入ってぐっすり、という気分にもなれなかった。
とても素面ではいられない……。そう思った梨花は、キッチンのしたから例のワインを引っ張り出して、飲み始めた。
がぶりがぶりと、自分でも驚くようなペースでグラスを開けていく。いまだかつて、こんなハイペースで酒を飲んだことはない。普段なら、グラス一杯でほろ酔いかげんになってしまうからだ。だが、今日は不思議と酔いはしなかった。
それどころか、飲めば飲むほど、梨花の意識は冴え渡っていく気がした。
その時、梨花の耳に、ブルルルというエンジン音が聞こえてきた。この村では、この時間に車に乗るものなどいない。しかもこのエンジン音は、古手神社の下でとまったようだった。
詩音だ。詩音の原付だ。さすがに沙都子や羽入は詩音のマンションで寝ているのだろう。詩音が一人で、自分の様子を見に来たのだ。
そう気づいた梨花は、慌ててワインボトルを隠そうとした。
だが、緊張が一瞬ほどけた途端、梨花の足に力がはいらなくなった。今までの酔いが一気にまわってきたのだ。
千鳥足でキッチンまで行こうとするが、一度バランスを崩したひょうしに、へなへなと力尽き、身体に力が入らなくなってしまった。
「うう……。」
うめきながら立とうとするが、再び、べしゃりとその場にくず折れてしまう。
ああ、恥ずかしい姿を詩音には見られてしまうな、などと考えながら、酔いと睡魔の心地よい陶酔のなかで、梨花は近づいてくる詩音の足音を聞いていた。
がらがらと、家の戸が開く音。階段を登ってくる足音。そして……。
「梨花!?梨花、どうしたんですの!?」
ああ、沙都子の声だ。やっぱり沙都子の声は安心するなぁ……沙都子?
「梨花ぁ!起きてくださいまし!もうお昼ですわ!」
「ん、むにゃ……。」
梨花が起きたのは、次の日の昼下がりだった。最悪な目覚め。がんがんする頭を抱えながら、梨花は布団から這い出てきた。
時計に目をやると、午後一時を指していた。
今日は日曜だから学校はない。だからどれだけ寝坊してもいいのだが、せっかくの日曜を寝て過ごすのはもったいない。だから梨花は、なんだか損をしたような気がした。
「あ……沙都子、おはようなので……。」
梨花は自分の横で、洗濯物をたたんでいる沙都子に声をかけた。
「全然早くありませんでしてよ!早くおきてくださいまし!」
少しばつが悪くなり、梨花はぺろりと舌をだした。



平和な午後のひと時。いつもと変わらぬ光景。まだ頭痛はかなり残っていたが、それもガマンできないほどではない。
そして、目の前の食卓には、昨日食べ損なった肉じゃがが再び温められ、並べられていた。
それをみて、梨花は昨日の出来事を思い出す。
「あ……あの、沙都子?」
おそるおそる、といった感じの梨花の問いかけに、洗濯物をたたむ沙都子の手が止まる。
「なんでございますの?はやくご飯を食べないと冷めて……。」
「沙都子!ごめんなさい!」
梨花はその場に手をつき、土下座をした。それは、梨花の本心からの行動だった。こんなことで許してもらえるとはおもっていなかったが、それでも梨花は謝った。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
もう自分でも何回「ごめんなさい」を繰り返したのかわからなかった。そんな、ただ一心に頭を畳にこすり付け続ける梨花を、沙都子は何も言わないでじっと見下ろしていた。
そんな状況が、十分ばかり続いたあと、沙都子はようやく口を開いた。
「もう、やめてくださいまし……梨花。」
びくり、と梨花の肩がはねる。
「梨花の気持ちはよくわかりましたわ。もう、ごめんなさいはいりませんわ。
……それで、梨花は私にどうしてほしいのですの?」
「……私は……、今までと同じように、沙都子と一緒に笑って暮らしたい。今までこんなこと散々あなたの心を踏みにじった私が、こんなことを願うのは許されないのかもしれない……、でも!」
梨花は顔をあげ、沙都子の目を真っ直ぐ見つめる。曇りのない、きれいな目だった。
「沙都子と、これからも友達でいたい!沙都子と一緒にご飯が食べたい!沙都子と一緒に部活がしたい!今年の冬には、沙都子と一緒に雪遊びがしたい!来年の夏には水遊びがしたい!一緒に夜更かししておしゃべりしたい!
……沙都子のことが、好きだから。あなたと一緒に生きるために、百年を耐えてきたのだから!

沙都子、あなたに、私のそばにいてほしい!

……それだけが、私の、願いです。」
窓の外から、秋の午後の穏やかな日差しが降り注ぐ。梨花の位置からは、沙都子はちょうど逆光の中にいたため、その表情をうかがい知ることはできなかった。
そのことが、梨花の恐怖を煽る。ひょっとしたら、勝手なことを言う梨花に対し、鬼のような表情をしているかもしれない。
あるいは、親友を独りよがりな妄想の中で、なぐさみものにしたあげく、また友達になってくれなどとのたまう梨花を、軽蔑のまなざしで見つめているかもしれない。
だが、梨花は一度として沙都子の顔から目を離さなかった。
確かに、梨花は沙都子のことを性の対象として見ていた。しかし、沙都子は同時に大切な親友でもあった。その気持ちは真実。
だから、それが伝わるように、例え沙都子に突き放されても、その自分の気持ちだけは伝わってくれるようにと、梨花は沙都子の顔から目をそらさなかった。
それは、死刑執行を明日に控えた囚人が神父にする、最後の懺悔に似ていた。
窓の外の太陽が、雲でさえぎられる。沙都子を包んでいた逆光が消え、彼女の表情が明らかになる。
沙都子は、笑っていた。天使みたいだ、と梨花は思った。
そんなことを考えている場面ではないにもかかわらず、梨花にそんな思いを抱かせるほど、沙都子の笑みは美しくそして優しかった。
だが、彼女の微笑みはどこかに寂しさをたたえていた。まるで、親友の願いを叶えてやりたいのに、それが自分にはできないと言っているような笑みだった。
「梨花……。ごめんなさい。私は、もう梨花ともとの関係にはもどれませんわ。梨花の、私への想いを知ってしまったから。」
ぎゅっ、と梨花は目を閉じた。覚悟していたとはいえ、やはり沙都子に直接現実を突きつけられると、悲しい。梨花の頬を一筋の涙がつたった。
「だから、これからは親友としてではなく、一人の女として私を見てくださいませ!」
そう言って沙都子は、今まで着ていたワンピースをするりと脱いだ。
沙都子の透き通るような白い肌が、梨花の目にまぶしく映る。
あまりに予想外な展開に、梨花は仰天し、目を白黒させた。ただでさえ大きい梨花の目が、動揺してぐるぐる動くのは、さぞ見ものだったろう。
なにしろ、眼前で大好きな想い人が、その裸身をいきなりさらけ出したのだ。梨花の慌てぶりは、梨花が経験してきた百年で一番のものだった。
金魚のように口をパクパクさせて慌てふためく梨花を見て、沙都子がくつくつと、鳩のように笑って、言った。
「梨花ったら、あうあう言っちゃって、まるで羽入さんみたいですわよ。」
「あ、あう。さっ、沙都子っ!」
顔を真っ赤にした梨花が、やっとそれだけの言葉をしぼりだした。
「はい?」
小首をかしげながら答える、沙都子。
「さ、沙都子は私をゆるしてくれるの?あんなひどい妄想に沙都子を使った私を!?」
「ええ。許しますわ。だって梨花は……。」
沙都子の言葉が一瞬途切れた。頬を赤らめ、梨花に顔を近づけ、その瞳をじっとみつめる。
ゴクリ、と梨花が唾を飲み込む音が響く。
「梨花は私の……大好きなひとですもの!」
そう言って沙都子は梨花の唇に、優しく、激しいキスをした。
一瞬、時が止まったような気がした。風にゆれるカーテンも、壁の時計の秒針も、テーブルの上のご飯から立ち昇る湯気も、全部。
いや、そればかりではない。雛見沢の全てが、世界の全てが、止まったように、梨花は感じた。
この時の止まった世界に、今は沙都子と二人だけ。梨花にはそう思えた。
ぺちゃ、ぺちゃと沙都子の舌が、梨花のそれにからまる。その淫靡な音が、二人だけの世界に響き渡った。

<続く>

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最終更新:2007年12月23日 20:28