「み、魅音!? ち、違うんだっ!! これは……」

……私が、地面に広がる染みを見つめている。
足元には自分の見た光景に動揺し、落としてしまった紙コップ。
あはは……。
せっかく、綿流しの準備を手伝ってくれている圭ちゃんのために持ってきたのにね。
……タイミング悪いなぁ、本当に。
なんで……物陰でキスをしようとしている場面になんて出くわすかなぁ……。

「あらあら……ダメじゃないですか、お姉。しっかり持ってなくちゃ。……でも、わざわざ持ってきてくれたんですね。ありがとうございます」
「あ、いや……し、詩音のため持ってきたわけじゃ……」
「私の圭ちゃんのために持ってきてくれて」

ぐさりと。
詩音の言葉が私の心に突き刺さった。
……もういいよ、帰ろう?
こんなところに居たって、良いことなんてないから。
……知りたくも無いことを知ってしまうだけなんだから……。

「……わ、私の、って……。し、詩音と圭ちゃんは、別にそんな……」
「そんな関係ですよ? 私と圭ちゃんは」

もういいからさ……。

「だ、だって! 詩音と圭ちゃんが初めて会ったのは一昨日でしょ!? それなのに……」
「出会ったその日に好きになっちゃいけませんか? 雛見沢分校に通うことにしたのだって、圭ちゃんのためですし」

もう……いいから…………。

「で、でも……だって……」
「それに私の圭ちゃん、って表現はそんなにおかしくありませんよ? だって、私と圭ちゃんは…………」





「……………………ん」

チュンチュンと、スズメの鳴き声が聞こえる。
差し込んだ太陽光が新しい一日の訪れを告げていた。
……もう朝か。

「……なんでだろ……」

……なんで今更、あんな夢を見たんだろう。
せっかく忘れようとしていたのに。
意識しないようにして、上手くやれていたのに。
それなのに……。

「……圭ちゃん……」

……でも、本当は気づいてる。
私が忘れたとしたって、圭ちゃんと詩音がそういう行為に至ったという事実が覆ることはないってことくらい、気づいてる。
結局、忘れるなんて逃げでしかない。
だから、私が本当に圭ちゃんと恋人同士になりたいのなら。
圭ちゃんに、しっかりと自分の気持ちを告げるしかない。
……でも……。

「……それが出来たら、こんなに悩んでないって……」

……圭ちゃんは私を男友達のように思っている。
それは私が望んだことでもあるし、私もその関係が気に入っている。
だから、私の気持ちを伝えることで……圭ちゃんとの関係が崩れることは望ましくない。
……それに、詩音が本気で圭ちゃんを好きだってことくらい、分かってる。
だから……。

「……はぁ……」

……なんだか気分が優れない。
あんな夢を見たせいで、圭ちゃんや詩音の顔をまともに見れる自信もないし……。
今日は休んじゃおうかなぁ……。





「おはようございます、圭ちゃん!」
「おはよう、圭一くん!」

玄関のドアを開けると、詩音とレナが元気よく挨拶してくれた。
毎日毎日、俺を迎えに来てくれるのだから、本当に頭が下がる。
でもなぁ……。

「いま何時だと思ってるんだっ!! 少しは俺の迷惑を考えろッ!!」

俺に怒鳴られたふたりは、顔を見合わせ曖昧に笑いあう。
……現在の時刻は午前五時。
当然、登校するには早すぎる。
……詩音が登校時、俺を迎えに来てくれるようになったのは二学期に入ってからだ。
しかし、本来ならそれはレナの役目。
だからなのか、レナは詩音より早く迎えに来るようになり……。
結果、詩音もそれに張り合う形で、どんどんエスカレートしていった。

「とりあえず上がってくれ……。まだ登校するには早いからな。俺、着替えてくるから。……あとでみっちりと説教してやる」
「え~、なんでかな、なんでかな? レナたちは何も悪いこと、してないよ?」
「そうですよ。私やレナさんは何も悪いことなんかしていません。悪いのはお寝坊さんな圭ちゃんです」
「……もういい。……とにかく上がってくれ」
「「お邪魔しま~す!!」」





「……遅いな」

……魅音が待ち合わせ場所に現われない。
毎日、時間きっかりに来るのだが、今日は既に待ち合わせ時刻を五分も過ぎている。
いつもなら、「しおーーーん!! 圭ちゃんから離れろーーーッ!!」とか叫びながら走ってくるんだが……。

「圭一くん、どうする? もう先に行ってもいい時間だけど」
「どうするって言ったって……。来ないなら先に行くしかないだろ。俺たちまで遅刻するわけにも行かないし」
「そうですね。お姉に限って休むなんてことはないでしょうし。きっと夜更かしでもして寝坊したんだと思います」

……寝坊、か。
なんか魅音らしくないな。
……何かあったんだろうか?

「圭一くん、急ごう! 走らないと間に合わないよ!」
「え? ……あ、あぁ」
「ほら、ボサっとしてないで。急ぎますよ、圭ちゃん!」





「しっかし、珍しいこともあるもんだな」

俺たちはいつものように授業という名の自習にいそしんでいた。
さっきから話題になっている約一名を除いて、だが。
始業時刻を過ぎても現われないと思っていたら、風邪を引いて休むだなんて……。
昨日、あれだけ部活で大騒ぎしといて風邪を引いた、ってことはないと思うんだけどな。

「う~ん……。季節の変わり目だからね。圭一くんも気をつけなきゃダメだよ?」
「へいへい。……でも、怪しいよなぁ? 風邪とかなんとか言っておいて、本当はズル休みなんじゃないか? なぁ、詩……」

……詩音に話掛けようとして、様子がおかしいことに気づいた。
詩音は難しい顔で教科書を見つめている。

「……どうした? 解らない所でもあるのか?」
「………………。…………えっ? なんですか、圭ちゃん?」
「いや、だから。解らない所でもあるのか、って……」
「ぁ……はい。この問題なんですけど、難しくて全然解けないんですよ」
「……詩音。それ、歴史の教科書なんだけどな」
「へっ?」

当然、歴史の教科書に解くような問題なんて載っているわけがない。
魅音が風邪を引くなんて珍しいと思っていたら、詩音までらしくない。
一体どうしたっていうんだ……?

「……詩ぃちゃん、どうかした? 悩みごとならレナが相談に乗るよ?」
「ぇ、いや……あはは! 今日はお姉が居ないから圭ちゃんを独り占めできるなー、って思ってただけです」

そう言って肩を寄せてくる詩音。
ま、毎日毎日、こいつは……。

「だーかーら! 授業中にくっつくのはやめろってのッ!!」
「前原くん! 授業中ですよ!!」
「ぐっ……!? す、すいません……」

……知恵先生に怒られてしまった。
あ、ふたりとも笑ってやがる。
くっそー、他人事だと思って……。
……そういや、詩音とレナって妙に仲がいいよな、最近。
…………。
お袋からレナを経由して、詩音に変な情報が伝わらないか心配だ……。





「ハァ……。やっと解放してくれたか……」

へろへろになった俺は机に突っ伏す。
詩音は俺というオモチャで遊び飽きたのか、今度は沙都子とじゃれ合っている。
カボチャがどうのと言い争っていたが、どうやら詩音は食べさせることを諦めてしまったようだ。
……あ、でも詩音が沙都子に食べさせているコロッケは……さっき俺が食べたのと同じカボチャコロッケだ。
俺と一緒に食べていた梨花ちゃんは沙都子の横でニコニコしている。
あとで沙都子の頭を撫でるつもりなんだろう……恐ろしい。
……それはさておき、久しぶりにゆっくりと弁当を堪能できるな。

「お、うまそうなミートボールだな。ひとつ貰うぜ、レナ」
「あ、ダメだよ! 圭一くんっ!!」

弁当箱からミートボールを取ろうとしたら、レナは弁当箱を引っ込めてしまった。
………………なんで?

「……レナ。俺って、なにかレナを怒らせるようなこと、したか……?」
「もぅ、そうじゃなくって! 私のお弁当なんて食べたら、詩ぃちゃんに怒られちゃうよ?」
「は? なんでだよ。だって、魅音の弁当なら毎日食べてる……っていうか、詩音が食べるように勧めることだってあるぞ?」
「魅ぃちゃんは詩ぃちゃんの妹なんだよ? だから、特別。私は他人なんだから、圭一くんがお弁当なんて食べたらダメなの!」
「なんだよ、それ……。……っていうか、レナ。お前、今おかしなこと言ったぞ?」
「え? 何のことかな?」
「魅音が詩音の妹って。逆だろ? 詩音が魅音の妹だ」
「……あれ? あれれ? レナ、そんなこと言ったかな……かな?」
「言った。確かに言った」
「あれれー……?」

レナは自分が何故そんなことを言ったのか理解できずに、首をかしげている。
……魅音が詩音の妹ねぇ。

「はぅ~……。でもさ、圭一くん。詩ぃちゃんって、どことなくお姉ちゃんっぽいと思わないかな?」
「うーん? どうだろうな……」

詩音たちの方へ目線を移すと、梨花ちゃんがかわいそかわいそと言いながら沙都子の頭を撫でていた。
どうやら沙都子は、己が食していた物の正体を知ってしまったようだ。

「ふえぇぇぇん!! 酷いですわ、詩音さん! もうカボチャは食べさせないって、さっき言いましたのにーッ!!」
「酷くなんかありません! だって、沙都子はさっきまでおいしいおいしい、って言いながら食べていたじゃありませんか!」
「そ、それは……そうですけれど……」
「沙都子はカボチャが嫌いなんじゃないんです。カボチャが嫌いだと思い込んでいるだけなんです! さぁ、もうひとつ食べてみましょう。きっとおいしいはずですよ」
「……うぅ……。……わ、分かりましたですわ……」

沙都子は恐る恐るカボチャコロッケを食べようとしている。
うーん、姉っぽい……か?

「……仲良くなったよね。沙都子ちゃんと詩ぃちゃん」
「確かに。詩音が転校してきた頃に比べると、かなり打ち解けたよな」

最初の頃は、詩音が沙都子を嫌いなんじゃないか、ってくらい冷たくて。
それで、沙都子が仕掛けたトラップが原因で大喧嘩したんだよな。
その時の光景を思い出したのか、レナは楽しそうに笑う。

「凄かったよね~。詩ぃちゃん、烈火の如く怒って。あんなに怒った詩ぃちゃん、初めて見たなぁ」
「……笑えないんだけどな。巻き添えを食らった身としては」
「あ、ごめん。そうだよね。……圭一くんが止めに入ってなかったら、もっと大変なことになってたかな、……かな?」
「あの椅子が沙都子に当たっていたら、笑い事では済まなかっただろうな。……それを考えるとよくここまで仲良くなったな、って思うよ」

……もしもあの時、教室の床を濡らした血が沙都子の物であったなら。
沙都子と詩音の関係だけではなく、俺と詩音の関係も悪化していた可能性は高い。

「でも、あの二人が仲良くなるのは当然だよ? だって詩ぃちゃんは悟史くんが好きで、沙都子ちゃんは悟史くんの妹なんだから」
「ああ、そうだな。………………結局見つからなかったな、悟史」
「あ、うん……。でも、きっと見つかるよ? 富竹さんも向こうで探してくれてるって、鷹野さんが言ってたし」
「だといいんだけどな……。あれだけ探し回って、手がかりすら無いとなると……」
「大丈夫なのですよ」
「「えっ?」」

俺とレナは声のした方へ振り向き……梨花ちゃんが俺たちの近くまで来ている事に気づいた。
どこから聞いていたのか、ニコニコと笑っている。

「悟史は帰ってくるのですよ。これはもう決まっていることなのです」
「そっか……。梨花ちゃんがそう言ってくれるなら、きっと帰ってくるんだろうな」
「圭一。きっと、ではないのです。絶対なのです」
「……それは予言ってヤツか? オヤシロさまの……生まれ変わりとしての」
「はいなのです。オヤシロさまに教えてもらったのですよ。にぱー☆」

梨花ちゃんはそれだけ言い残すと、詩音と沙都子のところへ戻……らずに教室を出て行った。
学校へ来ているらしい監督のところへでも行くつもりだろうか?
……最近、梨花ちゃんと監督って、真剣な表情で話してることが多いよな。
俺の知らない所で、沙都子のメイド化計画が進行しているのかもしれない……。

「……だってさ、圭一くん。梨花ちゃんも絶対だって言ってくれてるし。悟史くんは必ず帰ってくるよ」
「そうだな。……っていうか、帰ってきてもらわなきゃ困る。あいつらの為にも……」

普段はあまり口にしないが、沙都子や詩音が悟史に会いたくないはずはない。
沙都子は悟史にべったりと甘えていたそうだし、詩音だって……。

「……あれ?」

そこで気づいた。
俺は悟史と沙都子の関係についてはある程度知っている。
レナや魅音たちが教えてくれるからな。
でも悟史と詩音の関係ってのは、ほとんど……全くというほど知らない。
なぜ詩音が悟史を好きになったのか。
一年前にふたりの間で何があったのか。
俺は…………知らない。

「圭一くん? どうかしたの?」
「あ、いや。……大したことじゃない」

……俺の考えすぎだろう。
別に隠してるわけじゃなくて、俺が聞かないから話さないだけだと思う。
今度、機会があったら詩音に聞いてみるか。
そこで俺は再び詩音たちの方へ視線を移した。
……ん?
なんか詩音がおろおろと取り乱していて、沙都子は喉に何か詰まらせたのか、顔が青白く……。

「おわぁあぁああああ!!!?? さ、沙都子ぉ!! 大丈夫かッ!!?」
「沙都子!? 大丈夫ですか、沙都子!!? レナさん、お飲み物をください!」
「はい、詩ぃちゃん! 早く飲ませてあげて!」

沙都子はこくこくと麦茶を飲み、喉に詰まらせていたカボチャコロッケの残骸を洗い流した。
なんとか事なきを得たようだな……。

「……げほっ、げほっ……。……もうカボチャはこりごりですわー……」
「沙都子、ごめんなさい、沙都子……。私が無理に食べさせたばっかりに……」
「……顔色が良くないね。念のために監督に診てもらった方がいいかな?」
「そうだな。沙都子、おぶって保健室まで連れてってやるから、こっちへ来い」
「……お、大袈裟ですわよ……。……そこまでしていただかなくても結構ですわ……。……ひとりで歩けますから……」
「何を言ってんだッ! そんなにふらふらしてるくせに遠慮なんかすんな!! 第一、歩いて行かせる方が心配だ!」
「……も、申し訳ありませんですわね……。……それなら、お言葉に甘えさせていただきますですわ……」

……ったく、しっかりしてるのはいい事だが、ここは強がる場面じゃないだろう。
しかし悟史も大変だな。
せっかく帰ってきたとしても、こんな意地っ張りの面倒を見なきゃならないんだから。





「はぅ~……。か、かぁいい、かぁいいよぉ……」

あの後、沙都子を監督に診てもらったが大したことはなかった。
ただ、明日の定期診察だか定期健診だかをついでにすることになったらしく。
梨花ちゃんも付き添って、監督に連れられて診療所へ行ってしまった。
それならレナは誰に対してかぁいいかぁいい、と言っているかというと……。

「起こすなよ、レナ。疲れてるみたいだから」

……詩音が眠いのは当然だ。
バイトだって大変だろうに、弁当を作ったうえにあれだけ早く迎えに来るんだからな。

「はぅ……。でもでも! スヤスヤ眠ってる詩ぃちゃん、こんなにかぁいいよ……?」
「いや、スヤスヤって感じではないと思うが……」

詩音は珍しくよだれを垂らしながら、いびきまで掻いて眠っている。
まぁ、確かに寝顔はかわいいかもしれないけど……。

「普段はもっと静かなんだけどな。いびきを掻くのなんて、初めて見るよ」
「ふ~ん。……圭一くん?」
「ん? どうした?」
「なんで圭一くんは、詩ぃちゃんが普段はいびきを掻かない、なんて知っているのかな?」
「えっ?! い、いや、それは……。……し、詩音ってさ! 俺の家に遊びに来ると、よく昼寝するんだよ! バイトで疲れたとかなんとか言って……」
「ふーん、そうなんだ。ところでさ、これを見てくれるかな?」

レナはそう言うと、机に伏して眠っている詩音の首筋を指差す。
そこには少し大きめで、目立たないような肌色の絆創膏が貼られている。

「最近ね、よく貼ってるんだよ? おかしいよね。こんな所に絆創膏なんて、あまりしないと思うし」
「それは……きっとさ! 首を掻き毟りたくなる奇病でも流行ってて、そのせいなんじゃないか?!」
「レナはキスマークを隠しているんだと思うな」
「……………………」

……重苦しい空気が場を支配する。
校庭から聞こえる低学年の子供たちの声が、やけに遠く感じられた。

「…………ごめんね、圭一くん」
「……レナ……?」
「レナね、怒っているわけじゃないの。私たちくらいの歳だと、ちょっと早いかなって思うけど。好きな人同士がそういうことをするのって、自然なことだと思うし」
「…………」
「でもね。圭一くんと詩ぃちゃんがお付き合いしているのなら。なんで……レナたちに秘密にするのかな、って」
「いや、それは……」
「別にやましいことじゃないのに。なんで隠すのかなって、……思っちゃうよね」
「………………」

……どう説明すればいいのか。
……事情を話すべきだろうか……?
いや、でも……。

「圭一くんは詩ぃちゃんとお付き合いしてるんだよね?」
「…………レナ。悪いんだけどさ、今は……答えられない。でもさ! きっと、近いうちに話せるから……。だから……」
「……それまでは、みんなには内緒にしてほしい?」

レナの問いに、首を縦に振ることで答える。

「……そっか。それなら今の話は訊かなかったことにするね」
「……悪い……」
「ううん。気にしないで。……それとさ、圭一くん。もうひとつだけ、どうしても気になることがあるんだけど」
「なんだ……?」
「詩ぃちゃんと喧嘩でもした?」
「……喧嘩? なんで……そう思うんだ?」
「最近、ちょっと詩ぃちゃんに冷たいよね。邪険にしてるっていうか」
「なっ!!?」

…………なんで、……そんな事まで解るんだよ…………?
必死に隠そうとしていたことを……あっさりと見透かされた。

「少しだけね、心配になったから。聞いてみたんだけど」
「……別に喧嘩したわけじゃない。詩音が悪いわけでもないし。……悪いのは俺だと思う」
「……どうして?」

レナの哀れむような、それでいて優しい笑顔に……少しだけ心が落ち着いた。
もっと落ち着く為に、深呼吸をひとつ。
…………大丈夫。
レナは俺を追い詰めようとしているわけじゃない。
……だから……隠す必要なんか、ない。

「……バランスがさ、取れていないんだよ。俺の気持ちと……詩音の気持ちの」
「詩ぃちゃんに好きだ好きだ、って言われるのが恥かしい? それで、照れ隠しに冷たくしちゃう……?」
「別にそういうのが嫌だってわけじゃないんだぜ? ……解ってるだろうから隠さないけど、俺だって詩音が好きだからな」
「うん。知ってる……」
「たださ。ずっと一緒に居て、あれだけ真っ直ぐな好意をぶつけられ続けると、……少しだけ、つらいときがある」
「……詩ぃちゃんの気持ちが大きすぎて、圭一くんには支えきれない?」

……他人にはとても理解出来ないような俺の心情を、レナはすんなりと受け入れてくれた。
だからなのか……もう少しだけ、愚痴を吐きたくなった……。

「花……ってさ。水をやりすぎると枯れるだろ……? ……それに似てると思う」
「……でも、圭一くんはお花じゃない。人間だよ?」
「分かってる……。 ……結局さ、俺の感受性が幼いのが原因なんだと思う。詩音の気持ちを素直に受け止められないのは」

俺がもっと大人だったのなら。
……精神的に成熟していれば、詩音の気持ちに対して、こんなに戸惑うことはなかったんじゃないだろうか……?

「……だからさ。……悪いのは俺なんだ…………」
「…………圭一くんは悪くないよ」
「………………え?」

俺は自然と沈み込んでいた視線をレナに向ける。
レナは相変わらず……いや、さっきよりも、さらに和らいだ表情で微笑んでいる……。

「詩ぃちゃんの気持ちが重いのは当然なんだよ? だって、二人分なんだから」
「……二人分……?」
「うん。詩ぃちゃんが圭一くんを好きな分と……詩ぃちゃんが悟史くんを好きな分」
「あ……」
「だからね。重くて当然なの」
「そっ……か……。それなら、俺がしっかりと受け止めなきゃダメだよな……」

だって、詩音に悟史を好きでいても構わないと言ったのは俺なんだから。
それでも、俺を好きでいて欲しいと願ったのは俺なんだから。
だから、この程度で弱音を吐いちゃダメだったんだ……。

「魅ぃちゃんなら……」
「……?」
「魅ぃちゃんと一緒なら、支えられる? 魅ぃちゃんと一緒なら、詩ぃちゃんがどんなに大きな想いをぶつけてきても、受け止められる?」
「魅音と……?」
「気づいてなかったかな? 圭一くんはね、詩ぃちゃんと魅ぃちゃん。三人で居る時は、絶対につらい表情にはならないんだよ?」
「…………」

……確かにそうかもしれない。
事実、三人で居る時につらいと感じた事はない。
間に魅音が居ることで、詩音の気持ちを直接受けないで済むというか……。
それに、魅音は俺がもっとも心を許せる相手というか、親友……だと思う。
魅音がそばに居てくれるなら、俺は詩音と上手くやっていけるんじゃないだろうか……?
でも……それは……。

「でも、それは卑怯なことなのかもしれないね。だって魅ぃちゃんは……」

……いくら俺が鈍いといっても。
魅音が俺を好きなことくらい、気づいてる。
その魅音に、俺と詩音が上手くいく手助けをして欲しいってのは、酷く都合のいい考えではないだろうか……?

「本当に卑怯だよな……。魅音の気持ちを知ってて、それを利用しようっていうんだから……」
「でもね、圭一くん。それは仕方のないことなんじゃないかな?」
「レナ……?」

……そこで、レナの表情が曇っていることに気づく。
それはまるで、大切な物を傷つけられていることが許せないような……怒りを含んだ表情だった。

「たとえ、それが卑怯だとしても。圭一くんが詩ぃちゃんの気持ちに押しつぶされる、なんてことがあってはいけないの」
「……どうして?」
「悪意のない、純粋な気持ちが原因で誰かが傷つくのは……とても悲しいことだから。詩ぃちゃんだって、圭一くんを追い詰めたいなんて、絶対に思ってない」
「……それは……そうだろうけど……。でも……」
「……ごめん。ちょっと大袈裟な言い方になっちゃったね」

……レナは緊張を解き、さっきまでの優しい表情に戻った。

「要するに、圭一くんがなるべく魅ぃちゃんと一緒に居るようにすればいいだけだから。圭一くんと魅ぃちゃんは友達なんだから、おかしなことじゃないよね?」
「…………そうだな。そうさせてもらうよ。……悪いな、変なことを相談して」
「ううん、気にしないで。……これからも、何かつらいことがあったらレナに相談してね? 約束だよ?」
「ああ、そうする。約束だ」
「絶対だよ? レナなら……」
「レナなら……?」
「レナなら……えっと、なんだっけ? あれれ、忘れちゃったよ。はぅ~……」

……かぁいいモードで誤魔化されてしまった。
でも、レナが言おうとしていたことはなんとなく解る気がする。

『他の誰にも理解してもらえなくても、レナだけは圭一くんのことを解ってあげられるから』

……そんな事なんじゃないかと、……俺は思った。

「はぅ~……。……それにしても、眠ってる詩ぃちゃん、かぁいいねぇ~」
「お? 話をそこまで戻すのか」
「眠ってる詩ぃちゃん、お持ち帰りしたいよぉ~……」
「だからダメだって。疲れてるだろうから……」
「なんでなんで? 圭一くんがお持ち帰りするから? だからダメなのかな?」
「なっ?! ち、違うって! そうじゃなくて……」
「それなら、圭一くんもセットでお持ち帰り~ぃ☆」
「うわ、バカバカ!? やめろって!! ちょ、それどこから持ってきた??! 縄跳びで縛るのはやめろーーーッ!!」
「……う……んん……?」

……レナと騒いでいたら、詩音が起きてしまった。

「あ、起こしたか……? ほらぁ、レナが騒ぐからだぞ」
「はぅー……。ごめんね、詩ぃちゃん……」
「あれ……。……もしかして、私って眠ってました……?」
「ああ。悪いな、起こしちまって」
「……いえ、いいんです。……その……」
「どうした?」
「実は……圭ちゃんにお話ししたいことがあります。良かったら、レナさんも聞いてください。とても……大切なお話です」

続く

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最終更新:2008年12月30日 23:42