rア【最初からはじめる】

その世界は、おかしな事で構成されていた。

まず、ファーストコンタクトから変だった。
いつもなら、布団の中で目を覚ます。羽入が見下ろしている。
…そんなお約束を打ち破って、今回の目覚めはあまりに唐突すぎた。

「梨花? そろそろ、圭一さんたちの授業がおわりますわよ?」

沙都子の声が、私の意識を覚醒させる。同時に、太陽のぬるい暖かさが全身を包んだ。
寝起きの、鈍い頭で考える。…圭一、と言った。つまり今は、昭和58年。
…気温からすれば、きっと綿流しまでそう日数もない頃なんだろう。
羽入が巻き戻す時間は、短くなってきているとはいえ、結構まちまちだ。今回は、特に短い。
…まあ、どうせダメなんだろうし。その分早く次の世界にいくのだから、逆に気楽かも知れない。
数年巻き戻って、何度も「連続する祟り」を眺めた挙句ダメ…と言うのは、繰り返すには結構辛いのだ。
…そういえば、前回の記憶が思い出せない…たいした手がかりはないだろうけど、どんな世界だったっけ…?

「みー、沙都子は早足なのです。僕を置いていかないで欲しいのですよ」
「梨花ってば、本当にのんびり屋ですのね…私は、待ち遠しくってとてもゆっくりとなんかしていられませんわ!」

いつの間にやら随分開いた距離を縮める間、沙都子は野うさぎのように跳ねて私を待つ。
…こんな沙都子を見るのは初めてじゃない。悔しいけれど、沙都子を決まってこんな表情にさせる奴がいる。
この沙都子が見れるって事は、今日のイベントは確か……。

「今日は部活の初日だし、ソフトなのから行こうかねぇ?」

想像通り、今日は圭一の入部イベントの日だったらしい。
多少バリエーションはあるもののお決まりルートをなぞり、圭一の入部と初黒星が決定する。
圭一の頭を撫でたところで、レナに捕捉される。…よせばいいかも知れないけれど、まあ、お約束。
けれど、魅音が出してきたものはいつものマジックペンではなかった。…数枚のカード。
僅かな差異に胸がときめいてしまうのは、諦めを覚えた後でも変わらない。

「圭ちゃん、この中から一枚引くんだよ?」
「うぅっ…じゃ…これだっ! …えっ?」

引いたカードを見て、圭一が硬直した。…そんなに落書きが怖いの? それとも、別な罰ゲーム?
「いつも」が崩れる予感に期待しつつ、私は右から、沙都子は左から圭一の引いたカードを覗き込んだ。

………
………………え? ナニコレ?
始め、ソレの意味が判らなかった。これって…、……え?
目の前の状況を、脳がゆっくりと咀嚼しはじめる。
理解できない。理解しようと精一杯の頑張りをこめて、私はカードの内容を舌に乗せた。

【梨花 沙都子 3P】

「あら♪ 圭一さんと3Pですわ!」
「け…圭一と、3P……なのです」

奇しくも、沙都子が同じ言葉を発言する。…間違いではない!?
自分の知識のほうが間違っているのかも知れない。淡い期待を込めて、仲間を振り返る。
…笑っていた。…自分が間違っていた事に、安心するところ…なのだろうか?

「洗礼だね…はぅ☆」
「早いこと慣れといた方がいいしねぇ、何せココ、冬は本当にやる事ないからねぇ~♪」

…レナも魅音も、コレを普通に受け入れている。ごく自然に。当たり前に。
そ、そんなトンデモ部活初体験よ!? 止めてよ魅音もレナも! いいの!?
…縋るような瞳の私に気付いたのか、魅音が視線をこちらに向けて口元を歪めた。

「大丈夫だって! 初体験のヒヨッ子くらい、梨花ちゃんなら朝飯前だよ!」
「で、でも…できるだけ優しくしてあげてほしいな、はぅぅ…」

…えーと、つまり。…二人の会話から察するに、この世界の古手梨花は相当の手練?
冗談じゃないわ、身体はどうか知らないけど、精神的にはこっちも初めてで…、その…
ああもう、そういえば羽入はどこに行ったのよ!?
いくら変化を望んでも、こんなぶっ飛んだ世界はあんまりじゃないの!? ねえ、羽入!?

「梨花ぁ、手伝って下さいましな! 私一人で圭一さんをエスコートは荷が重くてよー!」
「な、なあオイ、冗談だろ?」

気付けば、沙都子が既に圭一の腕に絡み付いていた。咄嗟に駆け寄る。
…沙都子を引き剥がそうと思って伸びた手は、途中で止まった。
熱っぽく潤み、情欲の滲んだ視線。…初めて見た、…何度も夢想したその目が、私を凝固させる。
…沙都子に促されるまま、私は圭一の袖を掴んだ。

「や、やめ、嘘!? お、おい、なぁちょっと…」
「ごゆっくり~♪」
「あとでしっかり感想レポートしてもらうからねー♪」

…レナと魅音の声も、圭一の往生際の悪い声も、どこか遠くで聞こえる。
圭一の腕にコバンザメになって、私はうっとりと、沙都子に腕を引かれる幻惑に酔っていた。



【tips 前の世界】

あううあうあうあう、梨花…本当に死んでしまったのですか!?
ねえ、ねえ起きて下さいよ梨花ってば…こんな、こんな何も判らないうちに死ぬなんて…!!

身体を揺さぶろうにも、僕は直接梨花には触れられない。
するり。するり。
肩に置いた手は、そのまま胸を経由して臍まで貫通してしまう。
暖かい靄に混ざる、血の匂い。裸の背中を真っ赤に染めて、古手梨花は絶命していた。

カラカラカラ…
乾いた音が響き、周囲の靄が少し引く。
冷たい外気を感じるより先に、大きな悲鳴が湿気っぽくて血生臭い空気を揺らした。
…可哀想に。娘を失った母の気持ちを思い、目を伏せる。
母親に抱き上げられる、幼い梨花の骸。砕けた後頭部から滴る血が、黒髪を細く纏め上げている。

…無力感と喪失感に、鼻の奥がツンと痛む。
折角、久し振りに数年の巻き戻しに成功したって言うのに…こんなのってない。
こんなのってないですよ、梨花…!!
梨花を殺す犯人を突き止めるどころか、親より先に死ぬなんて!
…しかも、お風呂で滑って転んで死ぬなんて!!

…嘆く母親を見たくなくて、ぎゅっと目を閉じる。
梨花は、また別のセカイに飛んだのだろう。早く探さなくては。
…目が覚めた時に僕が居ないと、梨花が可哀想なのです。

さてさて…急だったから、一体どこに飛んだやら。
膨大なカケラとセカイの中。…見つけ出すのは、結構骨が折れそうなのですよ。あうあう。

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最終更新:2007年12月21日 22:32