「おいた」



あれ、私なにしてたんだっけ。
…そっか…。悟史くんのお見舞いに来てたんだっけ。
右手に暖かい感触。悟史くんの手を握ったまま寝てしまってたみたいだ。
…悟史くん…目が覚めるのは一体いつになるんだろ…。
腫れた目の微かな痛みは左手では取れそうにもない。
せめて少しでも彼の助けになれないかと通ってるのに、
殆どお昼寝をしに来たみたいになってしまった。

空気がやたら冷えていることに気づく。トイレに行きたい。
立ち上がって病室と出ようとした瞬間に違和感。
一瞬で目が覚める。
悟史くんの手を握っていた右手が自分の体についてこない。
振り返る。悟史くんは眉一つ動かす気配もないのに、右手だけが離れない。
「悟史くん…?起きて…ます…?」勿論何の反応もしない。
少し強めに引っ張ってみる。悟史くんの手は引っ張り返してくる。

……ど……どうしよう。
いくらこんな状況とはいえ悟史くんの手を無理やり引っぺがすのはやはり気が引ける。
そもそも強く力を入れる事自体が最悪悟史くんを無理やり叩き起こす事になりかねない。
どうしよう…。待ってればそのうち診療所の職員の人か監督が見に来るんじゃないだろうか。
…そのうち…その…うち…。

…トイレ…いつまで我慢すればいいの…。

そんなことを考えてるうちにまた尿意が襲ってくる。
どうしよう…。どうしよう…。く、クールになるの園崎詩音!!
ここは病院なんだからナースコールボタンとかあるはず…!
周りを見渡す。…ナースコールボタンはあった…。よりにもよって私の右方向に…。
元々普通の患者を置いておくことを想定してはいない部屋なんだろう。
設置場所はベッドからあまり近くない。
私は右手で右手を繋いでいる。
しかも悟史くんの右手はベルトに固定されていて全く動けない…。
うぅ…どうしよう…。よりにもよって悟史くんのすぐ横でもらすなんて…ありえない…絶対にありえないッ!!
体を捻ったり回ってみたりしてみたけどやっぱりボタンには届きそうもなかった。
私があれやこれやと考えてる間もタイムリミットは刻一刻と近づく。

「うっぅう…悟史くんっ…はなしてぇ…!おねがいだからぁ…」
懇願する声もむなしく悟史くんは相変わらず何も起こってないような顔で眠っているだけ。
どうしようどうしようどうしよう…。よし!しゃがめばちょっとは時間が稼げるっ…!
もうここまできたらせめて誰かが来てこの状況から開放さえしてもらえればあとはどうでもいい!
「悟史くん…起きてたらっ起きてたら離して下さい…お願い…」
足が小刻みに震えてくる…。こんなにトイレを我慢したことなんて本当にちっさいときでもたしかなかったはずだ。
下半身が妙に熱くなってくのを感じる。
あ、あれれれ…な、なんか、むずむずしてるんですけど…。
どうしよう!我慢のし過ぎで頭が変になってきた…!

「んっひいぃぃぅぅぅぅ…!」
だめだめだめ!!落ち着け!落ち着け!
何でトイレを我慢してるだけなのにひくひくしてるの!?
よりにもよって悟史くんの横でこれだけはっありえないッ!
「ひっはなしてぇ…!おねがいっさとしくんっ」
妙な衝動に駆られない様に空いている手をベッドの手すりに縛り付ける。
それでも下半身の急き立てる感覚だけは止められない。
「さっとしくっ…!ごめ、ごめんなさ…っ…ひゥうっ!」
一瞬の開放感とともに物凄く屈辱的な音が響いてくる。
最低だ…。こんな状況なのに妙な満足感を感じてしまう…。
…うぅっ…くさい…。

「ごめんねぇ詩音ちゃん。どうも今朝彼を看た人が麻酔のチェックを忘れてたみたいなの。ちゃんと掃除はしておいたから安心して」
良かった…。見回りに来たのが鷹野さんで…。
「本当吃驚したわよ?凄いにおいがするわ床はぬれてるわ詩音ちゃんは泣いてるわ、なのに仲良くおてて繋いでるわ」
苦笑いするしかない…。
「うふふ、でも詩音ちゃんにそういう趣味があったなんて…ちょっと意外だわ」
「………へ?」
「私てっきり責める方の趣味を持ってるものかと思ってたんだけど…人は見かけじゃないのねぇ♪」
…それって…やっぱり…そういう意味で言ってますか!?
「ち、ちち違いますから!私別にSでもMでもありませんし!!したくてしたわけじゃないですから!!」
当たり前といえば当たり前だが、怒鳴っても鷹野さんは意味深な笑い方をやめない。
「…絶対…誰にも言わないでくださいよ…」
「あら勿論よ。私だって女ですもの。それぐらいの配慮はするわよ」
よかった。これで今日の出来事はめでたく封印された黒歴史にできる…。
「そして彼の目が覚めたときはこ~っそり☆あなたの趣味のこと教えてあげればいいの・よ・ね♪」
ヒィーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
「だめ!だめ!絶対だめ!!」
「あらぁ~喜ぶかもしれないわよぉ?むしろ手を離さなかったの、わざとってこともありえなくないわねぇ」
えっ…そ、そんな…まさかあの悟史くんがそんなわけ…。
いやいやだってあの悟史くんだしそんなまさか!
………。
…鷹野さんに見られたのは…もしかしたら最悪の事態だったのかもしれない…。
「くすくすくす」

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最終更新:2007年12月20日 22:45