「はぁ、はぁ…」
夕暮れ時の部屋に梨花のあえぎ声がひびく。
窓からさしこむ鮮やかなオレンジ色の光。その中に床に座り込み、自慰にふける少女の裸体が浮かび上がる。
仮にこの時、梨花の部屋をのぞいている者がいたとしたら、この光景を淫靡というより美しいと感じてしまったことだろう。
もちろん当の梨花本人には、そんなことを考えている余裕など無かった。息を荒げ、右手で自らのまだ無垢なピンクの乳首を、左手で自分の股間の割れ目をこねくり回す。
そして梨花の視線は、目の前の床に広げられた薄っぺらなマンガと、そのとなりに置かれた沙都子の写真に注がれていた。
頭の中で、マンガに描かれている裸体の少女と、沙都子を重ねる。
「あぐっ……」
うめき声をあげると恍惚としたような表情をうかべ、梨花は床の上にぐったりと倒れこんだ。自分の左手を窓の外の夕日にかざし、こびりついた愛液をながめる。
にちゃ、と音をたてながら糸をひいている粘液が、夕日を反射してキラキラと妖しく輝く。
……こんなことをするのはいけないことだ、そんな後ろめたい気持ちは梨花にもある。
しかも自慰の時に想像しているのは、親友の、しかも同性の親友の裸体なのだ。後ろめたさは倍増といったところだろう。
だけどやめられない。このところ梨花は、羽入と沙都子が買い物にいくたびに、こんな自慰行為にふけっていた。沙都子のことを考えるたびに、体がうずいて仕方がないのだ。
「最低ね……私……」
梨花は誰もいない部屋でひとりごちた。こんなことをした後はいつもこうだ。自己嫌悪の感情の波に襲われてしまう。
自慰を始める前、梨花秘蔵のマンガとお気に入りの沙都子の写真を、屋根裏のヒミツの隠し場所からだしてくるときは、これから自分が行おうとしていることへの背徳感でゾクゾクしているというのに、
いざ、行為が終わってしまえば今まで自分がしていたことへの罪悪感と空しさで息が詰まりそうになる。
ふと時計に目をやる。あと十分もしたら沙都子が帰ってきてしまう。こんな姿を羽入や沙都子に見られたら、なんの言い訳もできない。
せっかく勝ち取った沙都子との友情まですべてぶち壊しになってしまうだろう。
梨花は大慌てで服を着て、秘密の段ボール箱(梨花はヒミツBOXとよんでいる)にマンガと沙都子の写真をつめ、屋根裏に押し込んだ。
外では、夏の名残を惜しむかのように、ひぐらしが鳴いていた。つい先日までは、まだ明るい時間帯だったのに、もう日が沈もうとしていた。
秋の始まりだった。



きっかけは突然だった。
梨花が沙都子を恋愛対象として意識するようになったのは夏休みのおわり、魅音の家へ、しょう油を分けてもらいに行ったときのことだ。
魅音がしょう油をビンにいれてくれている間、梨花は魅音の部屋でマンガを読みながら待っていることにした。彼女の部屋にはマンガもあるし、暇つぶしには事欠かない。
だがあいにく、魅音の部屋にあるマンガで梨花の好みのものはたいてい読んでしまっている。なにか新しいマンガでもないか、と本棚を漁っているうちに奇妙なことに気がついた。
魅音にはもったいないような馬鹿でかい百科事典。これが二冊もあったのだ。
いくら薗崎家が金持ちでも同じ事典を二冊も買うことなどありえない。訝しがりながら、そのうちの一冊を抜き出してみた。
…やけに軽かった。なんのことはない、片方はスリーブケース、もう片方は事典本体。魅音が事典を使ったあと、面倒くさがって、事典をケースにもどさなかっただけのことだ。
「ま、秘密の財宝のスイッチになっている、なんてことはないわよね…」
苦笑しながらケースをもどそうとしたその時、バサリ、と音がしてケースから何かが落ちた。
マンガだった。といっても普通のマンガではない。普通のマンガより大判で薄っぺらなマンガだった。
「なにかしら、これ。」
梨花が興味本位でそれをめくってみる。
…それは今まで梨花が見たことも無いような世界だった。金髪と黒髪の美少女が互いの股間を弄りあい、乳首を舐めあい、共に絶頂をむかえる、禁断の世界だった。
初めは魅音にこんな趣味があったことに驚いていた梨花だったが、その驚きはすぐに興奮へと変わり、ページをめくる手がとまらなくなっていた。
「梨花ちゃん、移し終わったよ~」
という魅音の声で梨花は我に返った。そして、今読んでいたマンガを、とっさに自分のカバンにつっこんでしまった。
「今行くのですよ~」
なるべく平静を装いながら階下に行き、しょう油を受け取って魅音に別れを告げ、家路についた。だが家に帰る途中も、梨花はさっきのマンガの中身が気になってしかたがなかった。
家に帰れば沙都子も羽入もいる。あんな破廉恥なマンガを、二人にかくれて読む隙などないだろう。となると…。



梨花はこの間、沙都子と一緒につくった山の中の秘密基地にきていた。部活中に、たまたま見つけたほら穴をそのまま基地にしたものだ。
ドア代わりにしているのれんをかきあげて中にはいる。沙都子と運び込んでいた懐中電灯をまさぐり、スイッチをいれる。
秘密基地の中が、明るい光で満たされると、梨花は一瞬、ここに来たことを後悔した。
なにしろ、ここは部活メンバーみんなで作った秘密の場所なのだ。そんな思い出のつまった大切な場所で、自分はこれから何をしようとしているのだろうか、梨花は自分に問いかけずにはいられなかった。
やっぱり帰ろう、みんなとの楽しい思い出を自分の汚い欲望で汚したりしちゃいけない。
梨花はそう思い立ちあがろうとした。今すぐもどれば、沙都子や羽入に帰りが遅いと怪しまれることもないだろう。夕飯がまってる。マンガは今度、魅音にこっそり返そう。いつもの生活に戻ろう。
……そう、自分に言い聞かせながら、梨花は再びのれんをくぐり、外へ出ようとした。
『ほんとうに、いいの?』
誰かに、尋ねられたような気がした。
もちろん、ここには梨花の他の誰も居はしない。それは、梨花の中の隠れた欲望だった。
『ほんとうは、読みたいんでしょ?』
梨花はそんな考えを振り払おうとした。さっき思い出を汚しちゃいけないって、決心したばかりじゃないか、ここは大切な場所なんだから、そんないやらしいことをしちゃいけないんだ、いけないんだ、いけないんだ、いけないんだ……
……いけない、のに……



「梨花!なにをしてらしたんですの!?魅音さんの家に行って帰ってくるだけでこんなに遅くなるなんて……」
「あぅあぅ…心配したのですよ、梨花……」
その夜、梨花は帰りが遅れたことを訝しがる二人に、苦しい言い訳をしなければならなかった。
あのあと結局、梨花はあの場所でマンガを読んだ。そしてマンガを読み終わったあとは、しばらくの間、熱に浮かされたようになって動けず、帰りが予想以上に遅くなってしまったのだ。
「みー、途中で自転車のチェーンが外れてしまったのです…」
「そうでしたの……、でも、何事もなくてよかったですわ……」
そう言いながら心配そうに沙都子は梨花をみつめた。夏の一件を思い出したのだろうか、心配気な表情だった。
そんな沙都子を見つめているとき、ふと、梨花は自分の中に妙な感情の蠢きを感じた。
さっき読んだマンガのワンシーン、金髪の少女が黒髪の少女に押し倒されるシーンが、梨花の脳裏をよぎる。
「ドクン」
梨花は自分の心臓がひときわ大きく波打つのを、確かに感じた。そして気づかされたのだ……自分が無意識の内に、目の前にいる少女を、マンガの金髪の少女に重ねていたことに。
「……花、梨花!」
沙都子の呼びかけで、梨花はふっと我にかえった。
「梨花、さっきからおかしいですわ。ほっぺは真っ赤だし、急にポカーンとしちゃうし……、監督に診てもらったほうがいいんじゃなくて?」
「み、みー。心配いらないのです。でも、今日はちょっと具合が悪いので寝るのです。おやすみなさいです。」
これ以上、沙都子と向かい合っていたら、自分の心の中が全部見透かされてしまいそうで、梨花はにわかに怖くなった。こんな、いやらしいことを自分が考えているのを沙都子や羽入が知ったらどうなるだろう。
絶交されるかもしれない。もしかしたら、二人は優しいから友達ではいてくれるかもしれない…、だがそれは、今までの関係とは全く違うものになってしまうだろう。
 その夜、梨花は布団を頭まですっぽりとかぶり、心の中で沙都子に詫びた。そして明日からは二度と、こんな妄想をしないと誓ったのだった。

だが、その次の日からも、梨花の妄想は止まることはなかった。魅音のマンガはまだ梨花が持っていたし、そのマンガを読みながら梨花は自分の体をまさぐるようになっていた。
先日の布団の中での誓いを忘れたわけではなかったが、初めて覚えた快感を梨花の体が欲していたのだった。
そして、今の梨花にその体のうずきを止める術はなかった。
沙都子の写真とマンガを交互に見ながら、自分の体をいじくりまわす毎日。
梨花が、自分のしていることを自慰というのだと知ったのは、学校で保健体育の授業で教わった後だ。
そして事が終わったあとはいつも、梨花は激しい自己嫌悪におそわれるのだった。親友を自慰のネタに使っていることへの罪悪感は、いつも感じていた。
朝、起きるたびに、今日はやめよう、と心に誓うのだが、夕方、梨花と羽入がいない日には、つい、秘密BOXを屋根裏から引っ張り出してしまう自分がいた。
「最低ね…私って……」
今日も梨花はそう呟いて、マンガと沙都子の写真を秘密BOXにしまった。よろよろと立ち上がり、屋根裏に箱を押し込む。
沙都子も羽入もこんな埃っぽい場所を好き好んで開けたりしないだろう、梨花はそう考えて、ここを自分の秘密の隠し場所にしたのだった。
もちろん隠し場所としては甘い。絶対に見つかってはいけないものなのだ。もっと厳重に隠しても良かった。……だが、梨花の心には「甘え」があった。
沙都子と羽入なら、親友の二人なら、自分の異常な性癖がばれても笑って受け入れてくれるのではないか、それどころか。沙都子も自分を恋愛対象として意識してくれるようになるのではないか……そんな、都合のいい妄想、ご都合主義な、「甘え」。
妄想が深まるにつれてそんな「甘え」が梨花の心のなかで、本人も気づかぬうちにゆっくりと、だが確実に大きくなっていたのだった。
いや、「甘え」というよりはむしろ、沙都子や羽入に気づいてもらいたかったのかもしれない。
自分の気持ちを理解してもらいたい、そんな感情が梨花に無意識にこの場所を選ばせたのかもしれなかった。
梨花が屋根裏の板を元にもどしたとき、外から沙都子と羽入の足音が聞こえてきた。
そろそろ日が沈むのもはやくなってきた。窓の外にはもう、夜の帳が下り始めていた。



十月も下旬に入り、そろそろ残暑の名残も消えた。夕方にもなると長袖でも少し肌寒い。
梨花は学校へむかって自転車を飛ばしていた。もちろん、こんな時間から登校するわけではない。学校に忘れたノートを取りに行こうとしているのだ。
「ふう、私って、バカね…」
梨花は一人つぶやいて自転車のスピードをあげる。次の角を曲がれば学校に着く。
このところ、梨花は一人になるたび、沙都子のことばかり考えている。ひょっとして沙都子に自分の気持ちを打ち明けたら沙都子は自分を受け入れてくれるのではないか、そうなったらどんなにすばらしいだろうか、梨花はそんなことを考えていた。
 もちろん同性の人間を好きになる、ということが極めて異常だということはよくわかっている。だが、沙都子も自分のことを、恋愛対象として見てくれているのであれば、こんなにすばらしいこともない。
幸運なことに学校にはまだ知恵が残っていた。教室の戸をあけてもらい、目当てのノートをカバンにいれる。その時、職員室の電話がなった。
「先生、ちょっと電話をとってきます。古手さんは先に帰ってください。教室の戸は開けっ放しでいいですよ。」
「みー、わかったのです。」
そういうと、知恵は職員室へ走っていった。
「さて、帰るとしますか……」
と、帰る支度を始めた梨花の頭にとんでもない考えが浮かんできた。
今なら沙都子の席で自慰ができる。
梨花は自分がこんなことを考えているという事実を恥じた。ブンブンと頭を振って、その考えを打ち消そうとする。
だが誘惑には勝てなかった。半ば熱に浮かされたようになりながら、梨花は沙都子の机にふらふらと歩みよった。
ぺたん、と沙都子の椅子に座り込む。次に梨花は自分のスカートをまくり上げて、パンツに手をかけた。
一瞬、そのままパンツを下ろすことをためらった。もちろん沙都子の机でオナニーをすることへの罪悪感もあった。なにしろ、想像の中で沙都子を犯すだけではあきたらず、沙都子が実際に使っている物を汚そうとしているのだ。
それ以前に、ここは教室なのだ。そんな場所で、毎日みんなと一緒に通っている場所でこんないやらしいことをするなど考えただけで背徳感に胸がしめつけられそうになる。
だがこんなチャンスはそうそう無い、ということもまた確かだった。梨花はパンツにかけた両手に力をこめ、一気にずり降ろした。
梨花の下半身があらわになる。普段は人であふれている場所で、自分の一番恥ずかしい部分を丸出しにする、その快感に梨花は身震いする。
ふらふらと沙都子の席に近寄り、椅子の座面、いつも沙都子のお尻を受け止めている部分に顔をうずめる。
昼間のぬくもりなどとっくに消えているはずなのに、その椅子からは沙都子の香りがし、沙都子のぬくもりが伝わってくる様に感じられた。
つ、と自分の指を割れ目に這わせる。そしていつも家でしているように自分の秘所を刺激しはじめる。
「あっ……っつ……。沙都子、くっ……。」
自慰にふけっている間も沙都子への罪悪感は常に梨花の中にあった。だが、沙都子と間接的にとはいえ、繋がっているという感覚が、梨花をただただ快感をむさぼる獣に変えていた。
割れ目を弄繰り回しながら、よろよろと立ち上がり、今度は沙都子の椅子に直接腰掛けた。沙都子が今日まで座り、恐らく明日からも座り続けるであろう椅子に、今、自分はパンツも履かないまま座り、いやらしい粘液をこすり付けている。
その感覚が、梨花の理性を吹き飛ばし、彼女を恍惚とさせた。
「ああ、沙都子っ、沙都子ぉっ!」
愛する人の名を叫びながら、梨花は、果てた。
「ごめんなさい、ひっく、ごめんなさい、ごめんなさ…」
家では沙都子が自分のために夕食を作ってくれているのだろう。自分が沙都子に歪んだ欲望をもっていることなど、沙都子は考えもしないのだろう。梨花はそんなことを考えながら、ここにいない沙都子に向かって、謝りつづけた。
親友を裏切っていることをわかりながらも、この歪んだ欲望を止められない自分を呪い、梨花は、泣いた。



それからしばらく教室で頭を冷やしたあと、梨花は家へ戻った。自転車を停めながら、梨花は自分がさっきまで泣いていたことを、沙都子や羽入に悟られやしないかと心配になった。入り口のガラスに映った自分の顔を確認してみる。みー。にぱー。
大丈夫。いつもどおり笑える。家に入ったら帰りが遅くなったことを二人に詫びて、いつもどおり食卓につけばいい。そういえば今日の晩ごはんは肉じゃがだ、って沙都子が言ってたっけ。
そこまで考えたとき、梨花のお腹がぐう~と鳴り、梨花は自分がひどく空腹であることにはじめて気がついた。
はやくご飯が食べたいな。沙都子の作った料理ならきっと、世界中のどんなコックが作った料理よりおいしいだろう。
そんなことを考えながら、梨花は家への階段を駆け上がった。

玄関の戸を開けた時、梨花はいつもと家の雰囲気が明らかに違うことに気づいた。もちろん家具の配置とか、蛍光灯の明るさなんかが違うわけではない。……だが、「空気」が違った。
例えるなら、自分が居ない間になにかとんでもないことが起こっていた…そんな時、第六感が感じる、「空気」。
嫌な予感がした。最悪の想像が梨花の脳裏をよぎる。
もしかしたら、沙都子と羽入が、バットや鉈、あるいはスタンガンを持った誰かさんに殺されているかもしれない。
……これまで幾度も見てきたように。そんな想像に身震いした梨花は階上に呼びかけてみた。
「沙都子、羽入!いるのですか!?いるなら返事をしてください!」
返事は……なかった。いよいよ不安になった梨花は階段をゆっくりと昇っていった。二階に着く。引き戸に手をかける。梨花は、不安をふり払うように、一度ぎゅっと目を閉じた。
いち、にい、さん。ゆっくり三つ数え、心を落ち着けた後、その目を開け、一気に戸を引き開けた。


<続く>

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最終更新:2007年12月23日 20:27