私は冷静にならないといけなかった。


「沙都子~。お風呂沸きましたのですよ~」
貼ったお湯の熱さを手でちょいちょいと確認する。
夕食の準備を始めている沙都子に、先に入るよう言った。
「梨花が先に入るといいですわ。私、今は手が離せませんの」
「みぃ。まだ材料を並べているだけなのです」
じゃがいも、にんじん、たまねぎ、豚肉。
沙都子はむき出しの棚からまな板を手にとって、敷いた。
「一度始めたものを途中でやめるのは嫌ですわ。それに……」
頬をかすかに染めて、私の顔を見てくる。
「私が先に入ったら、梨花が何も言わないで入ってくるじゃありませんの」
「みぃ、沙都子。一緒に入ったほうが楽しいのですよ」
「それはそうでございますけど……恥ずかしくもありますわ」
「今までだって洗いっこしてきたのです。恥ずかしいことは何もないはずなのですよ、にぱー☆」
そう言ってもうぅん、と曖昧に唸るだけで、夕食の準備をやめようとしない。
「沙都子は、お胸が大きくて羨ましいのです」
じゃがいもを取りこぼしそうになって、私から見ればふくよかなその胸に抱きとめる。
「り、梨花がそう言って……、お風呂でぺたぺた触ってくるから恥ずかしいんじゃないですのー!」
「にぱー☆」
私は明るく意地悪く笑って、逃げた。
狭い室内で、ちゃぶ台を挟んだ攻防が終わってから、やれやれと最後の切り札を出す。
「二人で入ったほうが、お湯を節約できるのですよ」
「うっ……」
我が家計に関わる問題を突きつける。
「せ、先月は少し高かったですわ……」
がくり、と思い出したように項垂れた。
「にぱー☆」
「あーもうっ。わかりましたわよ! 梨花、早くお風呂に入りましょうですわっ」
「わーい、なのです♪」 
やけになったかのように、顔を赤くして風呂場に向かう沙都子だった。

また、就寝時。

「沙都子、たまには同じお布団で寝ましょうなのです」
「もう。子どもじゃありませんのよ。私たち」
思いっきり子どもだけれど。
子ども同士だから、かしら。
「窓際は寒いのですー。沙都子がお布団に居てくれれば温かいのですー」
ごそごそと、タオルケットを擦る音をわざと鳴らして沙都子に近づいていく。
「なら場所を変えればいいだけではありませんの」
「みぃ。沙都子が冷たいのです。……もういいのです。冷たい沙都子とお布団に入ってもきっと温かくないのです」
転がってもとの位置に戻る。
沙都子に背を向けながらも、動きの気配を探る。
「り、梨花……。わ、分かりましたわよっ。一緒に寝ればいいのでございましょう?」
「にぱー☆」
沙都子が言い終わる前に、私は身を翻して沙都子の布団にもぐりこんだ。
おでこがくっつきそうな位置で、目を合わせる。
むすりとした瞳と頬で、私に相対した沙都子が何か言いたそうにしているのを言葉で遮った。
「優しい沙都子のお布団は温かくて気持ちいいのですよー、にぱー☆」
「梨花……もう」
諦めたような溜息をついて、薄く笑う。すでに眠気がきているのだろう。
「明日も、早いですわ。……おやすみなさいですわ」
「おやすみなのです」
一日が終わる。

そう、思い返してみても、これが普通だった。
普通のはずだった。うん、そうよね。沙都子は恥ずかしがりやで、強情で、でも優しくて……。



「梨花~。お風呂沸きましたわよ~」
「はーい、なのですよ」
味噌汁をお玉で掬い、味見をする。うん、と納得して鍋の蓋を閉めた。
エプロンを外して浴室に向かうと、裸の沙都子がいた。
「遅いですわよ、梨花」
「……みぃ。ごめんなさいなのです」
ここ最近こういうことが続いている。
沙都子が一緒にお風呂に入りたいといって、私を待っているのだ。
そこまでなら、何も気にすることなどないのだけれど。
「洗いっこしましょうですわ、梨花」
湯船に浸かった沙都子が浴槽の縁にふにふにのほっぺを乗せて、提案してくる。
「……では、ボクが先に洗ってあげますですよ」
沙都子が瞳を輝かせて、私の前に背を向けて座った。
傷つけないようにもちもち肌の背中を擦る。以前なら、洗いっこはお互いの背中を洗うことで終わっていたけれど。
「梨花ぁ、前も……」
と、なまめかしい声で沙都子が懇願する。
途切れ途切れに漏れる荒い息を耳で、上下に忙しなく動く胸部を掌で確認した。
やがて、沙都子は同じように下半身への洗いも要求してくる。
「梨花ぁ……」
その際、沙都子はぴたりと閉じている陰唇を指で開くのだ。
沙都子が望むように、私の指はその場所へと誘われた。
じきに入れ替わると、沙都子が耳元で悪戯っぽく囁いてくる。
「梨花。私も全てさらけ出したのですから、梨花も私と同じようにしてほしいですわ」
「……みぃ」
両手を使って中を空気にさらしていた沙都子とは違って、私は右手の人差し指と中指だけで開く。
控えめにそうすると沙都子が満足そうに私に擦り寄ってきて、たどたどしく小さな手が股に差し込まれてくる。
背中を洗うよりも先に、沙都子は私のあそこを弄ぶのだった。

そして、就寝時。

「……どうしてお布団が一つしか敷かれていないのですか?」
ちなみに枕は二つ。
「勿論、一緒に寝るためですわよ」
邪気なく私に笑いかけると、布団の皺を伸ばす作業に戻る。
「さ、明日に備えて寝ましょうですわ」
「……みぃ」
電灯を切り同じ布団に入る。
私は天井を見上げていたけれど、沙都子はずっと私の方を見ている。
「梨花、温かいですわ」
肩に顔を預けられて、薄い胸がさわさわと撫でられる。
ついでに、脚が絡みついてきていた。
しかし寝つきのよさは相変わらずのようで、おやすみなさいですわ、と言うと沙都子は眠りに落ちた。
朝になり目を覚ますと、私は何も着ていなかった。
パジャマの上に下着が折り重なって布団の外に追い出されていた。
追い出した覚えはないのだけれど。
ふと横を見てみるとやはり、沙都子も裸だった。
「んっ――」
裸のまま、差し込む朝日に向かって伸びをする。
今日の朝食の担当は私だった。
安らかに眠る沙都子を起こさないようにと布団から這い出し、服を着た。
そのうちに、沙都子も目を覚ます。
「ん~、梨花ぁ~?」
目を擦って隣に私がいないことを確認すると、恐らく匂いを辿ってだろう、台所へと顔を向ける。
「おはようなのですよ、沙都子。もう朝ごはんもできるのです」
「んにゃ、んむ、わかりましたわー」
大口を開けてあくびをした沙都子は、茶碗を並べる私のそばまでやってくる。
「おはようですわ。梨花」
打って変わって明朗快活に、朝の挨拶を言った。
同時に、私のほっぺにキスをする。裸のままだった。
「……沙都子、服は着ないといけませんですよ」
「わかってますわ」
着替えたあと、沙都子はトイレに行った。
私は、ちゃぶ台に置いた味噌汁から立ち上る湯気をぼーっと眺めていた。
その向こうに座る羽入に焦点を合わせる。
「羽入……これって……」
「……」
「百年の奇跡?」
「梨花、にやけすぎなのです」

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最終更新:2007年12月07日 23:02