「ねえ、圭一くん。羽入ちゃんの角って、どうなってるのかな、かな?」
ある日、放課後の教室で、レナがふとそんなことを言った。
「どうって……」
何とも答えようのない質問だったが、
「そうだなあ。やっぱり頭蓋骨から生えてるんじゃね?」
と、とりあえず答えておいた。
「じゃあ、レントゲン撮ると角も写るのかな? かな?」
「うーん……」
レナの言葉を受けて、俺は頭の中でその様を想像してみた。
角付き頭蓋骨。
羽入には申し訳ないが、なかなかにシュールな絵面で、俺は思わず軽く噴出してしまった。
「ウシみたいだな」
「ひどいよ、圭一くん」
と言いつつ、レナもクスクス笑っている。
「なあに二人して笑ってんの? おじさんも混ぜてよ」
魅音が俺とレナの笑い声を聞きつけてやってくる。
「いやあ、実はさ……」
俺が笑っていた訳を話すと、魅音もニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
「くっくっ……。いやあ、実はあたしも羽入の角は気になってたんだよね」
「みぃちゃんも?」
「うん。だって、あのあどけない顔に角って……。本人はえらくコンプレックスを感じているみたいだけど、なかなかどうして。お好きな人にはたまらないってやつかな。まあ、あざといと言うのか何と言うのか……」
「だよねだよね? 思わずお持ち帰りしたくなっちゃうよ」
レナはそう言うと目を輝かせた。……いつも俺は思うのだが、レナのこの言葉は、男が言ったのなら見事なまでに犯罪者のそれとなる。
「まあ確かに、気にはなるよな」
魅音の言う通り、どうも羽入は角があることにコンプレックスを抱いているらしく、そのことに触れられるのを嫌がっている節があるので、俺もあえてその話題を持ち出すことはしなかったのだが、確かに以前から気にはなっていた。
――あの角はどうなっているのか。硬いものなのか、それとも柔らかいものなのか。普段のお手入れなどはどうしているのか。そもそも何故そんなにコンプレックスを抱いているのか。正直に言えば、割と興味はある。
「角……調べてみる?」
魅音が俺とレナの顔を見て言った。
「調べる? お持ち帰りして?」
レナが目を輝かせた。
「いやいや。羽入自ら来てもらおうよ……それが最高」
何が最高なのかはよく分からないが、そう魅音は言って、再び人の悪い笑みを浮かべた。
「圭ちゃん、明日ご両親は家にいる?」
「いや。ご都合主義的タイミングで二人とも出かける予定」
「そっか。それはいいね。じゃあ場所は前原邸で」
「しかし、どうやって来させるんだ? いきなり俺の家に来てくれってのも不自然だろう?」
「あのコは素直だからねぇ。普通に来いって言えば来ると思うけど……。まあ、シュークリームか何かを餌にして誘きだそうか。せめて釣られる瞬間くらい、いい目を見させてあげないとね」
くっくっ、と魅音が喉の奥で笑い、結構ひどいことを言う。
「羽入ちゃん、つれるかな、かな」
レナはワクワクしている様子である。俺も少しだけワクワクしていた――この時までは。



そして翌日。
「餌は撒いたよ」
俺の家にやって来た魅音は、開口一番そう告げた。既にレナは来ていて、居間のソファに座っていた。
「あとは罠にかかるのを待つだけ」
「羽入には何て言ったんだ?」
俺は魅音に訊いてみた。
「圭ちゃん家に行くと、シュークリームもらえるよって言った」
「……けっこう野放図な罠だな」
俺は漫画なんかでよく見る、スズメを捕まえる時の罠を思い出した――ザルにつっかえ棒をして、その棒にヒモを結ぶ。そして、ザルの下に撒き餌をし、スズメが餌を啄ばんだ瞬間を狙ってヒモを引っ張る。哀れスズメはザルの中に閉じ込められる――というアレだ。以前から思っていたことであるが、果たしてあんな罠で、実際にスズメを捕まえることなんて出来るのだろうか。
「大丈夫だって。あたしとレナも行くからって言ったら、あっさりオーケーしたよ」
「羽入ちゃん、早くこないかな、かな」
レナは俺の家に来た時から、それしか言わなくなってる――少しだけ、レナが怖い。
そうこうしている内に、呼び鈴が鳴った。俺はソファから立ち上がり、玄関へと向かった。ドアを開けると、クリーム色のワンピースを着た羽入が立っていた。
「こんにちはです。お招きいただいて恐縮なのです」
羽入がにっこりと笑う――可愛い笑顔だと思いつつも、つい角に視線が行ってしまう。ここで俺はおや、と思った。羽入の左の角に傷があるのを見つけたからだ。一体何の傷だろう、と気にはなったが、それを今ここで訊く訳にもいかないので、
「……おう。さ、上がった上がった」
と俺は言って、羽入を居間へ通した。
「おーきたきた」
魅音がさわやかな笑顔で羽入を迎える。昨日の放課後、人の悪い笑みを浮かべていた人間と同一人物とはとても思えない。流石に園崎魅音。役者だ。だが、視線はチラチラと羽入の角に注がれている。
「はうー羽入ちゃん、いらっしゃいだよ、だよぉ。羽入ちゃんはレナの隣に座るんだよ、だよ。さあ座って今座ってスグ座って」
立て板に水、といった感じでレナがまくし立てる。こちらは本能剥き出しといった感じだ。魅音はまた角を見ている。
「はい……です」
羽入が消え入りそうな声でそう言った。
「レナ、自重しろ。まるでケダモノみたいだぜ。羽入がおびえてるぞ」
「はうっ。ケダモノだなんて、ひどいよ圭一くん……」
一瞬、ほんの一瞬だけ、傷ついたような素振りを見せたレナだったが、無論、羽入の傍から離れるような殊勝さはない。すでに羽入の腕に自分の腕をがっちりと絡ませている。
「じゃあ、俺、お茶入れてくるわ」
「あたしも手伝うよ」
俺が立つと、魅音もソファから立ち上がる。
「魅音……お前、角見過ぎ」
台所に入ると、俺はそう魅音に言った。
「いやあ、気になって」
「まあ、確かに気にはなるが」
俺は食器棚からティーポットとカップを取り出しながら、羽入の角を思い起こした。今まではそうでもなかったのだが、一旦意識し始めると、確かに気になって仕方がない。
羽入本人は、角に興味を示されることを快くは思っていないようであり、その上、角の存在を恥じているようなきらいすら見受けられるのだが、俺自身は別段変だとは思わない。それどころか、妖しい魅力すら感じる。
「圭ちゃん、お湯は?」
「その中に入ってる」
俺は顎をしゃくって、テーブルの上の魔法瓶を指し示す。魅音がティーポットに紅茶のティーバッグを入れ、お湯を注ぐ。俺はその間に、箱に入れたまま冷蔵庫にしまっておいたシュークリームを取り出した。
「さ、居間に持ってこ」
トレイにティーポットとシュガーポット、それから人数分のカップを載せ終えた魅音が言う。魅音がトレイを持ち、俺は餌……いや、シュークリームの入った箱を持って居間に移動する。
居間に戻ると、レナは相変わらず、羽入の腕にダッコちゃん人形のようにくっついたままだった。台所から戻った俺を見て、羽入がどうにかして欲しそうな視線を送って寄越す。
「おい、レナ。それじゃ羽入が食べられないだろ」
「レナが食べさせてあげるから平気だよ、だよ」
まったく離れる気がないようだ。そんなレナの申し出を
「じ、自分で食べられるのです、あぅあぅ……」
と、羽入はたじろぎながら断った。
「遠慮しなくてもいいよー」
普段、驚くほど他人の感情の機微に聡いレナだが、今だけは別のようだ――あきらかに羽入は迷惑がっているというのに。
「ホレ、離れた離れた」
手を振りながら俺が言うと、渋々といった態でレナが腕を放した。同時に、羽入がほっとしたような顔をする。
「さあさあ、頂こうよ。羽入は紅茶に砂糖入れる?」
カップに紅茶を注ぎながら、魅音が訊ねる。
「はいです。お砂糖入れてほしいのです」
「何杯?」
「え、と。ご……二杯でいいのです」
羽入が伏目がちに答える。
「はいはい、五杯ね。変な遠慮はいらないよ」
「あ、ありがとうなのです。あぅあぅ……」
少しだけ羽入の頬が赤くなった。
「さて、食べようぜ」
俺はシュークリームの箱を開けた。その途端、羽入が目を輝かせた。皆でいただきますをして、シュークリームに手を伸ばした。
「おいしいのです……あぅあぅ」
羽入が目を潤ませながらシュークリームを頬張り、砂糖五杯入りのかなり甘いであろう紅茶を飲む。よくあんなに砂糖を入れて飲めるものだと俺は思いながら、何故か目は羽入の角へ向けられていた。
それからしばらく、俺達は雑談をしながらお茶を楽しんだ。
「とっても、とってもおいしかったのです」
シュークリームを食べ終わると、羽入はとろけそうな表情をした。
「しあわせなのです。あぅあぅ」
「……ところで、さ。羽入にお願いがあるんだけど」
そう言いながら、羽入の対面のソファに座っていた魅音が立ち上がった。それと同時に、羽入の隣に座っていたレナが、再び自分の腕を羽入の腕に絡ませる。
「あ、あの……ボ、ボクになのですか?」
羽入の小さな身体に、軽い緊張が走ったのが見て取れた。
「うん。羽入ちゃんにだよ、だよ」
レナが羽入の耳元で囁くように言う。その間に魅音が羽入を挟んでレナの反対隣に座り、やはりレナと同じように腕を絡ませた。
「お、お願いって……?」
「うん……ちょっと、角触ってみてもいい?」
今度は魅音が耳元で囁くように言った。
「えっ……。そ、それだけは駄目なのです!」
魅音の言葉を聞いた途端、羽入は声を上げ、逃げようともがく。しかし、両側からがっちりと腕を抑えられているので、逃げるに逃げられなかった。そんな最中でも、俺は羽入の角を見ていた。
「駄目、駄目なのですっ……」
「大丈夫大丈夫。おじさん、痛くしたりしないから」
魅音は、至近距離から角をまじまじと眺めながらエロおやじのようなことを言い、ニヤリと笑う。
「駄目なのですっ。大変なことになるのですっ。圭一、二人を止め……はうっ」
助けを求める声が、急に艶っぽい響きを帯びたものに変わった。羽入は目を閉じ、頬を赤く染めていた。レナが空いている方の手で、羽入の角を撫でたのだ。
「うわー。なんだか、ぷにぷにしてるー。気持ちいいよー」
「や、やめ……あうっ」
今度は魅音が羽入の角を撫でた。時折、爪で軽く掻いたりしている。
「本当だ。見た目より柔らかいね。何だか、クセになりそうな手触りだよ」
「あ、ああ……」
羽入は目を閉じたまま、身体を小刻みに震わせている。俺は、レナと魅音に撫で回される羽入の角を凝視していた。奇妙なことに角から目が離せなくなっていた。
「うーん、なんだか不思議な匂いがするよ」
レナが鼻を近づけ、そのまま唇をつけた。羽入の身体がびくん、と大きくうねった。息も荒くなっているようだ。
「本当だ。何だか甘い匂いがするね。味はどうなのかな」
魅音が舌をちろっ、と這わせる。
「何か甘い味がする。美味しい……」
うっとりとしたように魅音が言った。その言葉を訊いて、レナも角を舐め始める。
「あう……駄目なのです……ああ、ああっ」
左右の角を攻められ、羽入が身も世もない声を上げる。
「ん……ほんとだあ、とっても甘いよぉ」
そう言うとレナは角を横咥えにした。魅音は角を舐めて続けている。触れてみたい、と俺は思いながら角を凝視していた。
「ああ……硬くなってきた。羽入の角、硬くなってる」
「硬いよお、羽入ちゃんの、硬いよう」
「駄目……駄目……あぅあぅ、ああ、も、もう……」
二人は羽入の角を手でしごきながら、一心不乱に舐め続ける。魅音もレナも目が白目をむいたようになっている。明らかに二人の様子がおかしいとは思うのだが、俺は何故か座ったまま、二人を止めもせずに角を見続けている。
何だ。何なんだ、この状況は。
「あぅあぅあぅ……ああああああああっ」
 羽入が白目をむき、口元から涎を垂らしながら大きく喘いだ。
その瞬間、不可思議なことが起きた。
両方の角の先端がぱっくりと四つに割れ、根元へと向かって捲れ始めたのだ。レナと魅音が驚いて顔を離した。角がみりみりと音を立てながら根元まで捲くりあがり、中からクリーム色をしたバナナ状の突起物が現れた。突起物は男性性器を思わせる形状をしており、湯気を立てていた。そして、おそらくその突起物から出ていると思われるのだが――異様に甘ったるい匂いが部屋を満たした。
いつの間にか魅音とレナは、羽入から腕を放していた。二人とも好色そうな眼差しで羽入を――いや、正確には突起物をうっとりと見つめながら、股間に手を伸ばして一心不乱に動かしている。
羽入が立ち上がる。
「二人とも……服を脱ぎなさい」
妖しく微笑みながら、普段とはまったく違う口調で羽入が二人へ言った。魅音とレナはその言葉にあっさりと従い、いそいそと服を脱いで全裸になった。
俺はソファから立ち上がることすら出来ず、それを呆然と見つめていた。
「床の上で、犬のように四つん這いになりなさい。お尻は私の方へ」
二人はとろんとした目で「はい」と返事をすると、羽入に言われた通り四つん這いになる。
「圭一、こちらへ来なさい」
羽入が俺に言う。普段と目つきがまったく違う。気のせいか、瞳孔が紅く見える。
「あ、ああ……」
拒否しようなどとは、まったく考えなかった。俺は頷くと、ソファから立ち上がり、羽入の隣へと移動した。眼下に、全裸でレナと魅音が四つん這いになっているという、えらく刺激的な光景が広がっている。すでに二人とも秘所から透明な液体が滴り落ちていた。時折、太腿をぴったりと閉じて、じれったそうにお尻を振る――明らかにレナも魅音も欲情していた。
「だから、駄目だと言ったのに」
羽入が右手で右の角を、左手で左の角をむんずと掴んだ。そしてそのまま下の方へ向けてゆっくりと引っ張った。
「くうっ……!」
軽いうめき声を、羽入が上げる。
「……!」
俺は目を見張った。羽入の手に引かれるままに、突起物が伸び始めたのだ。そしてあろうことか、まるで意思があるかのようにうねうねと動きだしたのだ。俺は悪夢を見ているかのような思いで、それを見つめていた。  
お尻を向けるレナと魅音の後ろに、羽入が膝をついた。
「圭一、面白いものを見せてあげる」
顔だけこちらへ向けて羽入が言う。その表情は恐ろしい程、嗜虐さに富んでいた。
「ま、まさか、それをレナと魅音に……?」
俺は不気味に蠢く突起物へ目を向けたまま、訊いてみた。
羽入がゆっくりと頷いた。
やめろ、と言おうと思ったが、言葉が出てこなかった。
「壊れても、知らないから」
四つん這いになっている二人の背中へ向かって、羽入が告げた。
その言葉が、狂宴開始の合図だった。
「あああああきもちいいよぉ」
「ああ凄いっ凄いいいいいいっ」
激しく頭を振りながら、レナと魅音が叫ぶ。二人の秘所には、羽入の頭から伸びた突起物が挿入されている。突起物には血がついている。
じっくりと優しげに動くその突起物が、レナと魅音を狂わせてゆく。

――つい五分程前。
レナと魅音の破瓜の儀式が行われた。
俺の目の前で。
羽入の奇怪な角によって。
最初は、レナも魅音も多少の苦痛を感じていたようではあるが、すぐに歓喜の声を上げ始めた。
俺は、ただ見ていることしか出来なかった。最低なことに、かつてない程に俺のペニスは硬くなっていた。
仲間が仲間に犯されるという、救いようのない状況。
それなのに、俺は性的興奮を覚えている。
どうにもならない程、最低だった。 

「魅音、仰向けになるのです」
「はい……羽入様」
羽入がそう命令すると、魅音は言われた通り仰向けになった。
「レナ、魅音の身体に重なりなさい」
「わかりました……羽入様」
レナも命令された通りに、魅音の上に覆いかぶさった。二人ともすっかり服従している。
「みぃちゃん……」
「レナ……」
二人の唇が出会い、舌と舌が絡まりあう。レナが魅音の豊かな乳房にむしゃぶりつく。魅音は左手の人差し指を噛んで、切なそうな表情をしながら、女の子同士でなんて……変態あたし変態、おじさんお嫁にいけない、などと錯乱したことを言いつつ、頭を左右に振る。
「ふふ……盛り上がってきましたね」
羽入が意地悪そうに言うと、突然、突起物の動きが速くなった。ぐしゅぐしゅと、二人の秘所が荒々しく攪拌される音で、部屋が満たされる。その音に、二人の獣のような声が重なった。
正直に言えば、レナや魅音の悩ましい姿は、幾度か想像したことがある。だが、こんな風になるとは想像も出来なかった。頬を軽く染め、額にうっすらと汗が滲み、あんあんと大人しい喘ぎ声を上げる程度だと思っていた。
それが、今の二人の様子はどうだ。
目は薬物中毒の患者のように空ろになり、口元からは、だらしなく涎すら垂れている。おまけに喘ぎ声は、ケダモノのようである。
そして、秘所には大鰻のような代物を迎え入れ、随喜の汁を大量に滴らせている。
女が本気で快感を貪ると、こうなるのか。
俺は女という存在に、軽い畏怖すら覚えていた。だが相変わらず最低なことに、俺のペニスは痛い程の硬度を保ったままだった。
「……圭一、近くへきて」
羽入が俺を呼ぶ。呼ばれるままに、俺は傍へ行った。
「圭一は、交合したことがありますか?」
悪戯っぽく羽入が言う。
「え……こう、ごう?」
「女を知っているか、という意味」
「い、いや……知らない……」
「清童なのですね……いいわ。あなたの童貞を切ってあげます」
羽入が自分の唇を舐め回した。その舌の動きを見た途端、俺のペニスがびくん、と波打つ。その拍子に、鈴口から生温かい液体が出るのを感じた。射精の時の感覚ではないので、多分カウパーが漏れ出たのだろう。
「でも、その前にこの二人を黙らせてしまおう」
冷めた口調で羽入が言うと、角の動きが視覚では追えないくらいに速くなった。
「がぁぁぁぁー! いぐぅ、いぐよぉ!」
「おぉぉぉうぉぉっ! あぉぉぉがぉぉぉぉぉ!」
もう聞きたくないような声を上げ、レナと魅音が白目を剥く。だらりと舌が伸び、餌のお預けを食らった犬のように涎が溢れる。
やがて派手に身体を痙攣させ、ぱたりと二人は動かなくなった。ずるり、と角が秘所から引き抜かれた。角はそのままするすると短くなってゆき、最初の長さ程まで戻った。但し、まだ角の殻は捲くれたままだった。
羽入が、花のような笑みを浮かべて――だが瞳孔は真紅のまま――俺を見た。
「さ、圭一。今度は貴方の番ですよ」
背筋を、悪寒と甘い疼きが同時に駆け抜けた。
羽入がワンピースの裾をたくし上げる。
苺のイラストがプリントされた下着が顔を出す。
妖艶な笑みを浮かべる今の羽入には、まったくもって似つかわしくない可愛らしい下着だった。
羽入は裾をたくし上げたまま、ソファへ腰を下ろして両足を開いた。
「下着……取って下さい」
「ああ……」
俺は羽入の前に膝立ちになり、下着に手をかけた。羽入が一旦足を閉じ、少し腰を浮かす。俺は下着を足首の方に向かって引き抜いた。下着を取られた羽入は、再び足を大きく開いた。
その瞬間、甘酸っぱい香りが、俺の鼻腔を刺激する。
羽入の匂い――俺を駄目にしてしまうような匂いがする。
秘所へ目をやると、とくとくと愛液が漏れ出し、入口はひくひくと別の生命のように蠢いていた。そっと口付ける。舌を這わせる。
液を舌ですくい取り、陰核をなする。
「あうっ……」
少しだけ可愛らしい声を漏らし、羽入が小さく身体を震わせる。もう一度同じことをしてみると、今度は先刻よりも大きく身体を震わせた。荒い息遣いが、頭上から聞こえてくる。羽入の喘ぎを耳にしながら、一心不乱に舌を動かし続けた。
しばらくの後、
「圭一のも、舐めてあげます」
という羽入の声が聞こえた。その言葉に、背筋がぞくぞくするのを感じた。俺は顔を離し、愛液にまみれた口元を拭いながらズボンを脱ぎ、次いでトランクスも摺り下ろした。
衣服から開放された俺のペニスは天を仰ぎ、すでに先端は先走り汁で光っている。
羽入がソファから身を起こし、愛らしい手を伸ばしてきて、俺の屹立したものに触れる。何度か上下にしごいた後に、舌を触れさせた。
陰茎の裏側の根元辺りから始め、蝸牛が移動するようなじれったさで先端へと舐め上げてゆく。
「ううっ……」
俺はあまりの刺激に声を上げ、後ずさろうとした。だが羽入は、両腕で俺の尻を抱え込むようにして、動きを封じる。
「逃げては、駄目」
そう悪戯っぽく言うと、亀頭を咥え込んだ。じっと俺を見上げながら、羽入は顔を動かし始めた。じっくりと味わうかのように、深く浅く――頬がへこみ、小鼻が軽く膨らむ。相変わらず上目遣いで、俺を見ている。
じゅぽ、という音が耳朶を打つ。
もう、限界だった。
「で、出そうだっ……」
そう告げると、羽入の動きがぴたりと止まった。
「どうして……?」
思わず非難めいた口調になってしまう。すると羽入は俺の股間から顔を離し、
「出すところが違います」
と言って、カーペットの上に身を横たえ、足を軽く開いた。
「ここですよ」
艶っぽい眼差しで俺を見ながら、右手の人差し指と中指で花芯を広げて見せた。
粘液にまみれたサーモンピンクの襞が顔を覗かせる。
俺は引き寄せられるかのように膝をついた。そして、痛いほどに勃起したペニスを羽入の秘所にあてがう。
だが所詮、俺はお童貞様――位置が上手く定まらない。
「もう少し下……ちがう、いき過ぎ……そう。そこ」
羽入のその言葉を受け、俺は一気に突き入れた。
「はうっ」
「くうっ」
俺も羽入も、短い呻きを漏らした。
温かくて、気持ちいい――などと思ったのも束の間だった。次の瞬間、羽入の中がぎゅっと締まり、気持ちいいなどという言葉では表現しきれないような快感が、陰茎から全身へと広がった。
怒張したものが、大きく脈打つのを感じた。あっという間に、射精――ただの一擦りもせずに――してしまった。
「もう、いってしまった?」
羽入が下から言う。
「……ああ。すまん」
何故か俺は謝っていた。
「まだ、硬いですよ?――続けて……下さい」
俺は頷くと、ぎこちなく腰を動かし始めた。



もう何度、射精しただろう。
射精のし過ぎで、睾丸の付け根辺りが痛い。
いつの間にか、二人とも一糸纏わぬ格好になっていた。汗がひどく出ていた。二人の周りのカーペットは汗やら汁やらで湿っている。
湿度も高くなっているような気がする。少し離れた床の上では、レナと魅音がだらしなく足を開いて失神したままだった。
そんな爛れた部屋の中、俺はゼンマイ仕掛けの人形のように、ただひたすらに腰を動かし続けていた。
「う……」
俺は小さな呻きとともに、今日幾度目になるのか定かではない射精を迎えた。
「まだ……大丈夫でしょう?」
羽入が頬を紅潮させながら目を細める。
「いや、もう無理だ……」
俺は自分のペニスがうな垂れてゆくのを感じていた。それまでは精を放った後でも萎えることはなかったが、ここへ来てさすがに
限界にきたようだ。
すると羽入が下から両手を伸ばし、親指の腹で俺の両方の乳首を弄い始める――あっという間に乳首が立ち、次いで羽入の中に収めら
れたままだったペニスも硬さを取り戻した。
「嘘つき」
羽入は笑いながらそう言うと、ぐいぐいと下から腰を動かし始めた。
「羽入……もう勘弁してくれ……」
俺は懇願した。冗談抜きで、陰茎がもげてしまいそうな感覚が襲ってきている。身体もかつてないほどに疲労感を訴えている。身の危険を感じてさえいる。
「駄目です。私の角を起したのは圭一達ですよ。責任をとってもらわなくては」
「責任……?」
「私をいかせること」
羽入が両足を俺の腰に絡め、更に激しく動く。もう、気持ちよくも何ともない。辛い。苦しい。痛い。
「ごめん……なさい」
俺は羽入に許しを乞うていた。
「謝っても、駄目です」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
俺は謝りながら、滅茶苦茶に腰を振った――ただ、羽入の快楽地獄から逃れたい一心で。
「その調子で……す。ああ、い……きそう」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
針が飛んでしまったレコードのように、俺はごめんなさいを繰り返しつつ、石炭をくべ過ぎた蒸気機関車のピストンさながらに腰を動かし続けた。
「あああああっ」
羽入が目を閉じながら大きく喘ぐ。口の端からよだれが出ていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
「ああああああああああああっ!!!!!」
俺のごめんなさいと羽入の喘ぎ声の二重奏が、部屋の中に響く。
羽入の身体が痙攣するように震えた。それと同時に、みりみりという音を立てながら、捲くれあがった角の殻が元に戻り始めた。
俺はそれを見ながら、快感のまったく伴わない射精を迎え、羽入の身体の上に倒れこんだ。
もう、意識を保っていられなかった。

誰かのすすり泣く声で、俺は目を覚ました。身体には毛布が掛けられていた。
すぐ傍らで、羽入が床に座り込んで泣いている。すでに裸ではなく、ワンピースを着ていた。
「羽入……」
俺は身を起こしながら、呼びかけてみた。びくっ、と羽入が身体を震わせる。
「圭一……」
涙を流しながら、怯えるような表情を羽入が向けてくる。その瞳孔からすでに紅い色は消えていた。
「いつもの羽入に、戻ったみたいだな……」
レナと魅音の方を見ると、やはり二人の身体にも毛布が掛けられていた。
「毛布……勝手に借りましたのです。すみませんです……」
「ああ、そんなのは別に……ありがとな」
俺はそう言いながら服を着始める。手足がだるい。股間が痛い。ふと亀頭をみると、皮が擦りむけて真っ赤になっていた。
「あ、あの圭一……」
「ん?」
「ごめんなさいです!」
羽入が頭を下げる。
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……うううっ」
次第に嗚咽が混じりになってゆく。胸が――痛くなる。
「いや、俺達のほうこそすまなかった……」
羽入が角のことを気にしているのを俺達は知っていた。それなのに悪戯をしてしまった。悪意はなかったが、それは言い訳にはならない。俺達が悪い。謝るべきなのは、俺達の方なのだ。
やがて羽入のごめんなさいの言葉は聞こえなくなり、ただ泣きじゃくる声だけが部屋の中に響き渡った。

――羽入は二十分近く大声で泣きじゃくって、やっと落ち着いてくれた。俺はとりあえず羽入をソファへ座らせ、レナと魅音を起こそうと身体を揺すってみた。しかし、かなり強く揺さぶっても、二人は目を覚まさない。息はしているので、最悪の事態にはなっていないようだが……。
「少しは落ち着いたか?」
俺は羽入の顔を覗き込んだ。ぐすぐすやりながらも羽入は頷いた。
「……本当に、ごめんな」
隣に座り、俺は改めて侘びを入れた。羽入が激しく左右に首を振る。
「僕は……ひどいことをしてしまったのです。レナと魅音、それから圭一のはじめてまで奪ってしまって……」
「俺のは別にかまわんが」
あえて軽く笑いながら俺は言ってみたが、羽入はやはり激しく左右に首を振った。
「本来なら、想いを寄せている人とするべきことなのに……ごめんなさい……」
羽入の顔が、深い悲しみに沈んだ。俺には、掛ける言葉が見当たらなかった。
「……圭一、僕の別名を知っていますか?」
不意に羽入がそんなことを言った。
「いや……」
「オヤシロさま……と呼ばれていました」
「えっ?」
俺は驚いて羽入の顔を見た。
「オヤシロさまって……あのオヤシロさまか?」
「そうです。この雛見沢で祭られているオヤシロさまのことです」
「羽入……お前、神さまだったのか!?」
「……そんな上等な代物ではないのです」
羽入は自嘲気味に小さく笑った。
「僕は……単なる性欲処理のお道具で、ケダモノでした……」
そして、遠くを見つめるような目で、羽入はとつとつと語り始めた。

――遠い遠い昔のある時。
羽入は、この地に暮らしていた一人の女性と親しくなった。その女性は若くして夫を失い、悲しみに暮れていた。
不憫に思った羽入が、その女性に何くれと世話を焼いていたのだが、ある日ふとしたきっかけで、羽入の角が目覚めてしまい、レナと魅音にしたようにその未亡人を犯してしまった。
後日、羽入はその女性に泣きながら謝罪したのだが、女性の方は怒るどころか淫蕩な顔で、悪いと思っているのならまたして欲しいと羽入に迫った。羽入は迫られるまま、何度か関係を持った。
しばらくすると、何人もの女たちが羽入のところへやってきた。みな未亡人で、男日照りを解消すべく、羽入の角の噂を聞きつけてやってきたのだった。
羽入は拒否し抵抗もしたのだが、よってたかって後ろ手に縛り上げられ、無理矢理に角を目覚めさせられてしまった。
それからは、性に狂う日々だった。
自由はまったくなく、来る日も来る日も女たちの相手をさせられた。その中には、夫が存命の女も数多くいた。ある時などは衆道の者までやってきて、その相手までもさせられた。更に、羽入の角に狂うあまり、鉈で彼女の角を切り落として持ち帰って独占しようとする者まで出てしまった。角にある傷は、その時のものである。
羽入はやがて、宿代――ヤドシロ――などと呼ばれるようになった。宿とは、女が自分の夫を他人に言う際に使う俗称であり、夫、つまり宿の代わりに交合する相手なのでヤドシロという訳だ。
女達は蔑称の意味合いを込め、羽入をヤドシロヤドシロと呼んだ。 
だが、そのうちに変化が起きた。
爛れきった生活を送る内に、羽入も淫猥な行為に積極的に浸るようになっていった。その中でどこをどうすれば女達が狂うのかを知っていった。羽入の性技は磨きぬかれ、いつしか女達との立場は逆転していた。最後には、女達を自由に従えさせる妙な力まで身についてしまっていた。
そして。
それまで蔑称の意を込め呼ばれていたヤドシロが、御と様の敬称をつけた御宿代様――オヤドシロさまに変化した。更にそれが転じ「ド」の音がなくなり「オヤシロさま」になった。

やがてある時を境に、この乱交は終息したが、羽入に対するオヤシロさまの呼び名だけは、何故か残ってしまったのだった――。

「……ね? これがオヤシロさまの正体。神さまでも何でもないのです」
自分自身に嫌気が差しているような顔で、羽入は言った。
僕は……オヤシロさまなんて名前、大嫌いなのです。こんな角なんかいらないのですっ。他人を穢してしまう自分がたまらなく嫌いなのです……」
再び羽入は泣き始めた。
俺は、ここに至ってやっと、自分のしたことの残酷さを自覚した。
「羽入……」
泣きじゃくる羽入の肩に触れようとする。だが、羽入は身をかわして立ち上がった。
「ごめんなさい。僕はもう行きます……」
涙を流しながら、羽入が無理に微笑む。
「僕は、圭一達が大好きです……ずっとずっと、一緒に居たかったです」
「……何を言ってるんだ。これからもずっと一緒じゃないか……」
ふるふると羽入が顔を横に振る。
「僕は大切な仲間に、ひどいことをしてしまったのです。もう、一緒にいる資格はないのです」
「そんなこと言うな……」
俺の声は微かに震えていた。羽入が何処か手の届かない所へ行ってしまいそうで、怖かった。
「……さよなら、です」
羽入はそう言うと、素早く居間から出て行った。俺は後を追おうとしたが、身体の節々に痛みが走り、動けなかった。
「羽入!」
叫んだが返事はなく、玄関のドアが閉まる音だけが俺の耳に届いた。
それが、羽入を見た最後だった。



ある日、俺はシュークリームを持って祭具殿を訪れた。
オヤシロさまが祭られている場所。羽入自身はオヤシロさまとして祭られることを嫌がっていたが、彼女とのつながりがある場所の心あたりが、ここ以外にはなかった。

羽入がいなくなってから、すでに三ヶ月が過ぎていた。

あのことがあってからしばらくの後、俺は梨花ちゃんに羽入の行方を聞いてみたが、黙って首を横に振るだけだった。
梨花ちゃんは厳しい眼差しを俺に向け、何か言いたそうだったが、懸命に堪えているふうだった。きっと、羽入が俺を責めないように釘を刺しておいたのだろう。
いっそのこと、梨花ちゃんに罵って欲しかった。そうすれば、俺は土下座でも何でもしただろう。だが、梨花ちゃんは俺を罵るようなことは一切しなかった。俺にはそれがとても辛かった。
だが、羽入の苦しさは、俺の辛さなど比較にならないものだったに違いない。



ここにはいないことが分かりきっていながらも、俺は祭具殿へと語りかける。


――出て来いよ、羽入。お前の好きなシュークリームが、ここにあるぞ。

全部食っていいからさ。出てきてくれよ。

あぅあぅ言いながら、好きなだけ食ってくれよ。

足りなきゃ、いくらでも買ってくるからさ――


俺は、いつか羽入が帰ってくるのを祈りながら、祭具殿の前にシュークリームをお供えした。 




―了―

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最終更新:2007年12月05日 23:07