…いつからだろう。
この胸がずきずきとした痛みを訴えるようになったのは。
…いつからだろう。
些細な事で、安らぎを感じるようになったのは。
気がつけば、私の中心にはあなたが居た。
けれど、あなたの中心には誰が居るの?
尋ねようとする度に、いくじのない私が表へ出てくる。
すっかり臆病になってしまった私をみて、貴女は笑うかしら?
それとも…。

……引き当てたのは、小さくてとても大きなきっかけ。



その日のゲームはクラス全体で行うようになって恒例のくじ引きで罰ゲームが決定するものだった。
一人、また一人と脱落者が生まれるたび、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。
下級生は過激な罰ゲームを平気でくじのなかに混ぜ込んでくる。
女子はさすがに懲りるという事をしっているためか、罰ゲームの内容はおとなしくなる傾向があるが
男子は負けず嫌いな事が災いして次こそはとやや過激な罰ゲームが組まれることが多い。
大体は自分で引いて自爆しているようだが。

そして、私も何とか部活メンバー相手に善戦をしていたが、ここに来てとうとう罰ゲームの対象者に
なってしまった。
こうなってしまってはあきらめてくじを引くしかない。
自分の書いたものは自分に被害が無く、且つ相手に絶大なダメージを与えるようなものを選ぶ。
それが基本的な鉄則。
ただし、それを引き当てられるとは限らないのだ。
覚悟を決めて一枚の紙を引き抜く。
中身があらかじめ見えないようにすべておなじ四つ折にしてある紙を開いていく…。

『好きな人に口付けをする』

内容はもちろん公開しなければいけない。
しかし、公開しつつも何度も文章を読み返してみる。
そして、見つけなければいい一文を見つけてしまう。

『注:唇に。ディープに』

ビシッ
まるで空間が凍りついたような気がする。
足元から冷気が全身に絡み付いて体温を奪われていくような錯覚。
この文字を見るからには魅音の気がする。
おそらくは圭一か自分が罰ゲームになったらこれを引いて、
不可抗力という事で関係を進めてしまおうという作戦のように思える。
前回のデートで味を占めたのかもしれない。
「さーて、梨花ちゃん、その様子だとかなりごっつい罰ゲームを引いた見たいだねぇ
 くっくっく…、さあて。どんな中身なのか、発表してもらうよ!」
あ、と思うまもなく魅音が中身を確認する。ニヤリ、と笑みを浮かべて内容を読み上げる。
狼狽する私が冷静になる間もない。
「あー。これは梨花ちゃんにはちょーっとはやいかもねぇ。
 じゃあ、引きなおしってこと…「やりますです」」
引き直しをさせようとする魅音にきっぱりとした口調で割り込む。
周りからみれば、顔は真っ赤になっているかもしれない。
「え…でも…いいのかな?」
「…これはボクが引いた罰ゲームなのです。
 ボクだけ特別扱いで引き直しをするわけにはいかないのです」
そう、これは罰ゲームなのだ。自分に言い聞かせる。
私はすぐに一人の人物の顔を思い浮かべる。
この罰ゲームをするなら…。

圭一しか居ない。
単純な消去法だ。
同世代のクラスメイトは真っ先に消去。
そういうことをするならもともとの部活メンバーがいい。
レナはお持ち帰りされてしまいそうなので却下。
魅音はこの手のことには弱そうだし却下。
沙都子は…受け入れてくれるかもしれないけれど
「親友」でありそういう対象に見たくない。
だから残るは圭一なのだ。

それに魅音がこんな手を使おうとしていたのはなんだかとても腹立たしかった。
自分でもなんでこんなに腹立たしいのかわからないけれど。
どきどきする心臓を押さえるようにして一度周囲を確かめて圭一の位置を確認する。
『これからキスをする』
そんな事を考えるとまともに顔を見られなくてすぐに視線は足元へ落ちてしまう。
一歩、足を踏み出すたびに緊張は高まっていく。
そして、圭一がここに居ることを確かめるように視線を上げて、にぱーと笑みを浮かべ…。
「え…、梨花ちゃ…」
「これは、ボクのファーストキスなのですよ…。だから、責任、取って欲しいのです」
小さく言えば、圭一に飛びつくように唇を重ねる。
魅音が後ろで「あーっ!あーっ!」などわめいている気がするけれど気にしない事にする。
心臓が早鐘を打っていてとても恥ずかしいけれど魅音にはむしろ見せ付けてやろうと、
そんなことすら考えてしまう。
どのくらいの時間の経過が過ぎ去ったのか、わからないくらいの間の後。
私はゆっくりと圭一の唇から離れる。
そして、目の前の圭一の顔を見る。
驚きと、困惑がありありと浮かぶ表情。
はっ、として全身がまた、冷気に包まれていく。
こんなことをして、圭一に嫌われたらどうしよう。
いや、圭一の事だ。
嫌うことはしないだろうけれど、今までのように馬鹿を言い合えないかもしれない。
そんなことになったら、と思うと体が震える。
熱が引いていくのと同時に、胸の痛みと、恐怖がどんどんわきあがっていく。

「り、梨花ちゃん…」
呆然とした圭一の呟きが、さらに体を寒くしていく…。
そして、私はこの場から…逃げ出した…。
梨花ちゃんが走り出していった背中を、俺はしばらく呆然と見送るしかなかった。
普段の梨花ちゃんなら冗談だという一言もいってにぱーって笑って。
そして狼狽する姿を見る。そう思っていた。
でも、今日の反応はまるで違った。ということは少なくても冗談…は入っていたかもしれないけれど
それだけではないということ。
頭が冷えて冷静になってくると梨花ちゃんを放っておくわけには行かないと、教室を飛び出していく。
正直どんな顔をして応えればいいか俺にはわからない。
けれど、あのまま放っておくのはもっと拙い。

梨花ちゃんならこんなとき、どこに行く?
考えろ、今の梨花ちゃんの行動を…。
いつもの冗談で済ませなかったのだから、

……圭一…

耳に残る声…、どこかで聞いたことがあるような…。
だけど、以前はこの声に導かれて梨花ちゃんを見つけた。
今度も…そんな気がする…と声に導かれるように走っていく。
体育館裏の水のみ場。
俺が今から向かう先にはそれがある。

「梨花ちゃん!」
水のみ場のところでうずくまっていた梨花ちゃんを見つけたところで、
俺は思わず声をかけてしまった。
驚いたような、悲しそうな、そんな表情で俺を見て…、また逃げようとしている!?
させるわけには行かない、と梨花ちゃんにしがみついて体を抑える。
細い体を抑えるも、意外とある力で振りほどこうとされてしまう。
「梨花ちゃん、落ち着いてくれ」
「いや、離して、圭一っ」
どうしてこんなに必死でつかもうとしているのか。
ここで梨花ちゃんを離したらどこかに行ってしまいそうで俺も必死で抱きしめる。
ええっと、こんな風に暴れているときってどうすれば…

……キスでもしてあげればおとなしくなりますです。

また、頭の中に声が響くような気がする。
このまま梨花ちゃんの体力が尽きるのをまつ余裕もなく。
反射的に、抱きしめた梨花ちゃんの唇を奪う。
途端にびくん、と体が震えたのがわかった。
少しずつ落ち着いてきたのか力が抜けるのを感じた俺は、
ゆっくりと梨花ちゃんから離れる。

「…梨花ちゃん」
梨花ちゃんの顔は涙でぬれていて、そして纏う空気が変わっている事に気が付く。
「…圭一、おかしいわよね。
 今まで、ずっと生きてきて、こんなことは無かったのに。
 いつもみたいに、笑おうとしたら怖くなって…。
 もし、圭一になんとも思われてなかったらって、それを確かめてしまうみたいで。
 自業自得なのに…」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、梨花ちゃんの告白を聞いていく。
今まで気が付かなかった、いや、気が付こうとしていなかった心を聞いて、
自分の心にも気が付く。
「ごめんなさい。圭一。
 こんな形で気持ちを押し付けて。
 ごめんなさい、ごめんなさい…」
逃げるのをやめた代わりに涙をこぼす梨花ちゃんの体をゆっくりと抱きしめる。
梨花ちゃんも逆らわず、ゆっくりと抱き返してくる。
「…寧ろ謝るべきは俺のほうだと思う。
 誰かを選ぶことを無意識に避けてきたと思う。
 きっと、誰かを選んでしまったら、もう、戻れないから…」
「…圭一、多分、それは圭一の本心じゃない。
 ただ、私が今、自分で勝手に暴走して、思いを打ち明けて、同情的になっているだけ。
 圭一には魅音もいる、沙都子やレナもいる。
 だから…だから…」
梨花ちゃんがゆるく首をふる。
でも、その体は震えている。体温を分けるように抱きしめたまま。
腕の中のこの少女を幸せにする。
「俺は、梨花ちゃんが一番好きだ。
 レナも沙都子も、魅音も好きだけど、一番は梨花ちゃんなんだ。
 これはうそじゃない、信じて欲しい…」
他の皆には残酷に突き立てられる刃となりえる、選ぶ、という事。
「…圭一、わ、私…、私…」
体の振るえが大きくなっている。
しかし、離れようとせずにぎゅぅっと力を込めて抱きしめてくる。
「ごめんなさい、圭一。
 私、あなたにとてもひどい事を言わせたのに。
 それなのに、嬉しくて…」
梨花ちゃん顔の顔がこちらを向く。
「圭一、愛しています。こんなにひどい私を受け入れてくれますか?」
俺はその問いかけに口付けで応えた。

「け、圭ちゃーん…」
びくっ!
二人が驚いたように声のした方をみる。
夢中で気がついていなかったが、やや離れたところにクラスメイトが勢ぞろいしていた。
昼ドラも真っ青な場面を全員に目撃された事になる。
血の気が引くとはまさにこの事か。
梨花ちゃんと慌てて距離をとるも、目の前には魅音、レナ、沙都子の三人…。
まず、レナの音速の一撃がほほを思いっきりひっぱたき、
魅音の平手が反対側の頬を倍加した威力でひっぱたかれ、
止めに沙都子の三段盥が頭を直撃する。
「圭一っ!?」
片手で梨花ちゃんを制止する。
激痛にもがいている俺に冷たい瞳をしたレナが…。
「…ね、レナの言ったとおりだったでしょ…?」
そのレナの瞳がやさしくなる。
「まさか、ここまで露骨な展開になるとは思いませんでしたわ」
「へ…?」
きょとん、としている梨花ちゃんと俺。
「いやー。熱かったねぇ。おじさんは半信半疑だったけどね。
 おじさん振られちゃったか…」
「…どういう…ことなのです?」
ふふふ、とレナが笑いながら。
「梨花ちゃんと圭一くんに素直になってもらう作戦だったんだよ。
 ここ何日かの二人を見てたらね。レナ気がついちゃった」
「ただ、私たちも圭一さんが好きでしたし。
 諦めるにしてもきっかけが必要でしたわ」
「だから、一計を案じて二人にくっついてもらおう、って事だね。
 おじさんたちを振った代償はでっかいよ~?
 後で、エンジェルモートフルコースをご馳走してもらうからね!」
頬と、頭がずきずきと痛むが、レナたちの行動に目を点にしている俺たち。
ここで俺が殴られるのは仕方がないとも思ったが…。
「いいのか?」
少し、まじめな口調で問いを三人に向ける。
「もしも、二人が素直になったらこうしようって三人で決めてたからね」
レナが代表して口を開く。
沙都子も、魅音も同意するように頷き。
「と、言うわけで二人には誓いの言葉を述べてもらおうかね!」
「な、なにぃぃぃぃぃぃ!!」
顔が沸騰したのがわかった。
この、クラス全員の前で言うのか!?
いわなくちゃいけないのか!?
そう思って狼狽しているところに、梨花ちゃんが俺の手を握ってくる。
顔が、真っ赤になっているがこれは俺も変わらないだろう。
「あの、圭一…。ボクは、圭一のことをあ…愛して…います、です。
 これからも、側に居てくれますか?」
…梨花ちゃんは覚悟を決めたらしい。
ここで覚悟を決めなきゃ男じゃない!
「…俺も、えーと、その、なんだ。
 梨花ちゃんの事、あ…あ…愛してる。
 ずっと、幸せにするために側にいる」
「それじゃ、誓いのキスをしてくださいませ!」
「「なっ!?」」
俺と梨花ちゃんの声が重なる。
お互いの顔を見合わせてさらに赤くなる。
「あーら、先ほどは情熱的な口付けを交わしていたでは在りませんの。
 さきほどとなんら変わりはありませんでしてよ」
にやにやとした視線を感じる。ええい、ままよ!
なかばやけくそ気味に梨花ちゃんを抱き寄せ、そのまま唇を重ねる。
ぎゅっと抱きしめあう俺たちに、クラスの皆の歓声が上がった…。


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最終更新:2007年10月05日 02:21