レナの断罪

 蝉の鳴き声に混じって水が小さくはねる。この炎天下の中 誰が好き好んでこんなところにくるだろう。
予想通り、ここには私ひとりしかいなかった。人目を気にせず済むことに安堵する。
 私は重いバケツと杓子を手に、階段を上った。黒炭のような影が私の行く手を示すように石畳にうつる。
その黒さはすべてを塗りつぶしてしまいそうで、めまいがした。
 汗が全身を覆いつくす頃になってようやく目的の場所にたどり着く。


 他よりも少し大きめで立派な合祀墓。茂る枝が高く張出し心地良い木漏れ日を作っていたが、陰鬱とした空気は晴れない。
お墓に快活さを求めるのも酷だろう。私は最後に加えられた人の戒名と俗名を確認する。教えてもらった通り。
 大丈夫、合ってる。
 覚悟を決めるために深呼吸。よし。私はいつも通り笑える。

「ひさしぶりだね、詩ぃちゃん。」

 私は持ってきた道具で改めて彼女の墓のまわりを掃除した。だが予想以上に
綺麗に清掃されていて、私ができることといえば小さな落ち葉を拾い上げるだけだった。
きっとここを掃除した人はマメな性格なんだろう。
 私の他にも見舞った人がいる。そのことで少しだけ勇気付けられた。
花立の水もまだ新しい。この様子ではほとんど毎日、見舞っているのだろう。


 供えられているのは……綺麗な、紫苑の花。あまり墓前に供える花ではないけれど、
彼女の名前から供えられているのだろう。でも確か、紫苑が咲くには少し早い。わざわざ早咲きを用意したのか。
 それほどまでに思われながらどうして……。
 ……。

「あはは、ごめんね。まずは死者への礼儀を正さないと。」
 私は頭を切り替えて、冠婚葬祭の本から学んだ知識をひっぱりだした。
 線香にマッチで火をつけ、その束を線香立てにさす。墓石の上から
杓子ですくった水を数回、何かを流すようにかける。膝を折り、数珠を
手にまじらわせながら私は手を合わせた。


 詩ぃちゃん、まずはご挨拶。
 竜宮レナです。覚えてるかな?覚えてるよね。何度か魅ぃちゃんの姿でも会ったもん。
まず遅れたことをお詫びさせてください。私が墓前を荒らすんじゃないかと誤解されちゃって、
なかなか訪ねることができませんでした。一月もお参りしないでごめんね。


 そこで一呼吸置く。
 ここに、詩ぃちゃんがいる。魅ぃちゃんの大切な妹さん。
 でもこれから私は、彼女にひどいことを言うつもりだ。
それがわかっているから、詩ぃちゃんのお母さんもお父さんも言い渋ったのかもしれない。
 私は黙祷を再開する。


 詩ぃちゃんの遺したノート、私も読ませてもらいました。
 大変だったんだよ?遺族の方には見る権利があるけれど、それ以外の人に死者の考えを見せることはできない、って断られちゃって。
 でも私言ったんだ。
 詩ぃちゃんに殺されたのは私の仲間です。魅ぃちゃんも梨花ちゃんも
沙都子ちゃんも圭一くんも、そして詩ぃちゃんも、みんな大好きな友達でした。
 友達が死んでしまったのに、その理由を知ることもできないんですか!
 友達が間違ったことをしてしまったのに、その理由を知ることもできないんですか!
 ……ってね。
 思えばずいぶんケンカ腰だったかもなぁ。あはは。

 ちょっと駄弁だったかな。
 本題に入るね?

 詩ぃちゃん。
 私が今思ってることわかるかな。
 怒ってるよ。レナはすごく。
 じゃあどうして怒ってるか、わかるかな。



 心当たりがいっぱいある、かな?あはは。レナは怒りんぼだもんね。
 でもね、レナは詩ぃちゃんにちゃんと、考えてほしい。どうしてレナが怒ってるのか。
なんでもいいよ。それが本当に考えて出した、レナへの答なら。

 いち、にい、さん、しい、ご、ろく、なな。

 もういいかな。
 あのね、レナが怒ってる理由は2つあるの。
 一つはわかるよね。みんなを殺したこと。
もののついでみたく、たくさんの人を殺したこと。それもできるだけ苦しめたんだって?
気持ちが晴れないことはわかってたよね。ひどいし、憎いと思う。

 もう一つは、詩ぃちゃんをそんなに苦しめてしまったこと。それに誰も気づかなかったこと。
 これはね、私のことが一番許せないんだ。
 魅ぃちゃんと一番仲が良かったのは私。それなのに、詩ぃちゃんが入れ替わってることに……
最後の、あの日、魅ぃちゃん…詩ぃちゃんの話を聞くまで、気づけなかった。もっと前に気づいていれば、せめて
梨花ちゃんよりも先に気づいていればそれ以降の殺人はなかった!
詩ぃちゃんの罪も少なくてすんだ!そして詩ぃちゃん自身も、きっと救えた!



 思い上がりだと思うかな。
 でも、私は何がなんでも助けようとしたよ。

 だからわかるつもりだよ。
 詩ぃちゃんも、そうなんだよね……?



 悟史くんがいなくなることを知ってたら、もっといろんなやり方で、
悟史くんを助けようとしたよね。それと同じって言ったらわかる?
 私もね、後悔したんだよ。悟史くんのサインを、気づいていたのに
見逃した。ただ忠告を与えるだけだった。その後悔はみんなが持っているの!
だからこそ、この悲劇は防げたはずなの!


 ……だから、私は私が一番憎い。
 どうして詩ぃちゃんや、魅ぃちゃんのことに気づけなかったんだろう。それが私の罪。
 そして詩ぃちゃんは、私達の気持ちや思いや行動や…すべてに目を伏せ続けたこと。それがあなたの罪。

 私はね、オヤシロ様の祟りって、やっぱり人が起こしてると思うんだ。
 誰も信じられなくなった人が起こしてしまう悲劇。それを、
オヤシロ様の祟りって言うんだと思う。だって、オヤシロ様はその祟りを鎮める役割だもの。
いつだって狂うのは人だった。それを忘れていただけ。
 だから詩ぃちゃん。
 最後にちょっとだけ怒らせてね。



 生まれてきてごめんなさい?今更遅いと思うな。
 後悔してるなら最後まで諦めず、謝罪と真実を探し続けるべきだよ。
 少なくともレナなら……そうした。
 だから詩ぃちゃんは戦い続けるべきだった!祭具殿の重さを
多少なりとも知っていたはず、その誘惑も断ち切るべきだった、入ったならば
覚悟を決めておくべきだった、そして魅ぃちゃんに打ち明けるべきだった!

 詩ぃちゃんが臆病になるのはわかるよ。
 でも、詩ぃちゃんには、味方がいたはずだよね。


 どうして、それまで忘れてしまったのかな……。






 ……ごめんね。すごく興奮しちゃって。墓前に言う事じゃなかったね。
 うん、大丈夫、詩ぃちゃんはもう全部わかってるよね。わかってるから、
最後に、救いを求めたんだよね。
 大丈夫、きっとオヤシロ様はゆるしてくれるよ。
 だってそういう人のための、神様だもん。ね?
 だから、次に生まれてくる時は……仲良く、みんなで騒ぎたいかな。かな!

 ……そう、次は。
 レナともいっぱいお喋りしてね、詩ぃちゃん。


 私は長い談話を終え、ゆっくりまぶたを開く。そこには先ほどと
何も変わらない、木漏れ日の中の冷たい墓石。けれどそこにはたくさんの人がいる。
詩ぃちゃんは気まずい思いをしてるんじゃないかな、と思った。
 園崎家の墓地に入ることができなかった詩ぃちゃんは、ここで魂を癒していく。
それはとても寂しい。私の勝手な感傷だとわかっていても、やっぱり、寂しいよ。

 私はゆっくり立ち上がった。足が少し痺れているせいで少しよろめく。
「あ」
 立ち上がる瞬間にストッキングがひっかかり伝線した。
 しかたなくしゃがみなおして、ひっかかりをほどく。
「あはは、慣れない服装はもうしたくないね。男の子だったら
黒い制服を使えるからいいけど、私の制服は……
 青色で、明るすぎるから。
 ……眩しいよね。」
 情けない姿の照れ隠しに、冗談。


 でも、冗談のはずなのに、なんでだろう。なんでこんなに、胸が苦しいんだろう。
 わかってる。理由なんてわかってる。

 その眩しい制服を用意してくれたのは。黒い制服を着たであろうはずの
人は。私の青よりもっと鮮やかな緑色の制服をふわふわと躍らせていたのは。
ピンク色のリボンが愛らしい制服の裾を、おしゃまにつまんでいたのは。
それを着て、みんなで、
 はしゃい…で………


「――――っ」


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 誰も救うことができなかった。
 誰も助けることができなかった。

 それなのに、私ひとりだけ生き残ってごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。



 いくら謝っても、誰にも届かない。
 いくら叫んでも、誰にも届かない。
 私は他の人がいないのをいいことに、ずっと、みんなの前にいた。




 やがて一筋の風が私の背を通り過ぎ、花立の小さな花を揺らしていった。
だいぶ気温が下がり、流れた汗が冷えて心地悪い。そろそろ戻らなければ夕食が作れない時間になってしまう。

「また、来るね。今度はレナ特製のお菓子を持ってくるよ。
 ……みんなとおそろいの。」


 私は微笑み、背を向けて歩き出す。
 魅ぃちゃん達とはずいぶん離れたところに埋葬されている詩ぃちゃん。
せめて、レナだけはみんなとの間に立ってあげよう。詩ぃちゃんのしたことは許せないけど、
その苦しみを救えなかったレナたちにもきっと罪はある。

 だから私も、あなたに礼を尽くそう。
 私は死なない。
 みんなが幸せだといえる雛身沢を、守ろう。
 いつかみんなが、また雛身沢で笑えるように。



 小さく揺れる狂い咲きの紫苑。
 どうか、詩ぃちゃんのいるところは秋でありますように。
 そして誇らしげに、咲き誇っていますように。


 風の音が、誰かからの返事に聞こえた。

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最終更新:2007年09月12日 01:33