チリチリ…と首の後れ毛が逆立つのを感じる。
車内に張り詰めた緊張感のせいだろうか…
締め切った窓の外からも、ひぐらしのなく声は煩い程聞こえてきた。
金属音に似た声が、心の奥底の不安を掻きむしる………冷房の効きすぎた車内でも、魅音はじっとりと手のひらに汗をかいていた。
いま直ぐにでも、この走行中の車のドアを開け放ち、車外へと飛び出して行きたかった。
怪我なんて気にしない……この男の側から逃れる事が出来るのなら………あぁ…だけど、それは叶わない事で…
「大石……さん。本当にこの先に詩音がいるんでしょうね?」
魅音は隣の運転席の男に、顔も向けずに話し掛けた。
「んっふっふ。ご安心ください、園崎さぁん…まぎらわしいから魅音さん…でいいですよね?」
「……詩音は…無事なの?」
「ご自分の目で確かめられたらどうですか……ほら、ここですよ。着きました…いやぁ、懐かしい」
やっとのことで車が停まったのは、人の気配などまったくしない小さな廃屋のようだった。
「ここにはねぇ…ある大臣のお孫さんが誘拐されて監禁されていたんですよ……知ってますよね?」
「……知らない…」
「おや、そうでしたかぁ?まぁ、ちょいと昔の話ですからね……知らないんじゃなくて、忘れた…んじゃないのかなぁ?んっふっふ」
大石の口調はとても楽しそうだ……しかし、その目はちっとも笑っていない。
魅音はねっとりとしたその視線を振り払うように、微かに身震いをする。
大石の目が笑って無いなんて、いつもの事だ…いつもその目で人を油断なく監視しているんだ…そう、いつもの事………
「さあ…行きましょう、魅音さぁん。妹さんが待ってますよ…んふっ…ふふは」
助手席の方に顔を向け笑いかける大石を魅音は直視出来ず、その顔から視線を外した。
大石の…明らかに狂気の光が宿った、ギラギラした目を見るのが恐ろしかったから…
「ただ今帰りましたよ~詩音さぁん?いい子でお留守番していてくれましたかぁ?」
暗い室内をものともせずに、大石はズカズカと奥へと歩いていく。
魅音は目が慣れるまで、入り口の付近に留まっていた。
……大石の背中を見ながら、そっとスカートのポケットから小さなスプレー缶を取り出して手のなかに隠す。
村に突然現れた大石に車に乗せられたせいで、こんな物しか武器はないが…今はこの催涙スプレーが頼みの綱だ。



詩音が居なくなって2日…両親は大勢の人を使って詩音の行方を探した。
中には「どうせ、そのうちヒョッコリ帰ってくるだろう」楽観的な意見も多数あったが…(日頃から外泊が多いからだろう)…魅音は妙な胸騒ぎを覚えていた。
…そして今、大石に連れられて…ここにいる。
…詩音をさらったのは大石なのだろうか…でも…何故?


「ぎゃうっ…!!」
「………詩音…?詩音!?」
急に聞こえてきた短い悲鳴に、魅音は弾かれるように奥の方の部屋へと走りだした。
詩音の声かは判らなかった…だけど大石以外の誰かの悲鳴だった!
「詩音っ!!」
「お姉…っ!?だ…駄目っ逃げてぇぇぇっ!!」
バチンッ……悲鳴が聞こえたと思われる部屋に踏み込んだ時…目の前を白い火花が散った…
何故か自分は床に倒れていて……どこか遠くで詩音の怒鳴り声と大石の笑い声がする。
「大石っ…!お姉は次期園崎家の当主なのですよ!!こんな事をしてただで済むと思ってるんですか……てめぇっ脳みそぶちまけられてぇのかよっ!?あぁ!?」
「まったく…柄の悪い娘さんですねぇ…あなたがこんな物騒なスタンガンなんか持ってるから…お姉さんがこんな目にあうんですよ?」
「う…うく…」
なんとか体を動かして、魅音は声をする方に頭を動かした。
「おやおやぁ…動けますか?電圧が弱かったのかな……まったく、魅音さんがなかなかこないから…何か企んでるんじゃないかって恐くなっちゃいましたよぉ。んっふっふ、催涙スプレー…ですか…ふうん」
力の抜けた魅音の手の中から転がったスプレー缶を遠くに蹴とばすと、大石は床に倒れた魅音の襟首を掴んでズルズルと部屋の奥へと引きずっていった。
「はい、魅音さぁん?あんなに会いたかった詩音さんと…ご対面です」
「…嫌っ…!!見ないで……うぅ…お姉ぇ…」
「し…音…」
髪を掴まれ無理矢理に顔を上げさせられ、その視線の先には…詩音がいた。
…全裸だった。両手は後ろで縛られているらしく、両足首は棒の端と端に括り付けられ、不様に開かされている。
太ももにはガムテープで何か小さな物が貼り付けられ、そこから伸びたコードは……詩音の陰毛が剃り落とされた性器の中に埋もれていた。
小刻みに揺れるコードの先にどんな物が付いているのか・どんな動きをしているのか…性知識の乏しい魅音にも容易に想像できた。
「もう止めて…お願い…」
「んふっ、先刻の威勢はどうしました、詩音さん?」


大石は魅音を仰向けに寝かすと、縛られて身動きの取れない詩音の元へ歩いていった。
魅音は視界の隅で…詩音の顔が微かに強ばるのを見た。
…体さえ…動いてくれたら!!
魅音は部屋に無防備に飛び込んでしまった自分を八つ裂きにしてやりたい気持ちで一杯になる……大石の太い指が詩音の白い乳房に触れるのを、目を逸らすこともできずに眺めている自分…本当に…役たたずだ。
「魅音さぁん……私が知りたいのは一つだけです。オヤシロさまの祟りの正体……それだけなんですよ」
「ん…あっ」
大石の指が器用にクルクルと動いて、詩音の尖って震える乳首をなぶる…詩音は思わず洩れてしまった甘い吐息を唇を噛んで押し殺した。
「詩音さんも祟りの事を調べていた様なのでお話を聞いてみたんですがねぇ…んー…残念ながら、私の想像していた範疇の事しか聞けなくて」
「祟りの…正…体?」
「そうですっ魅音さん!!あなたならご存じなんじゃありませんかぁ!?
ふふふははは…っ…詩音さんも本当は何か知ってて隠してるんじゃないかと思って…ねぇ?こうやって、ちょーっと痛い思いをしてもらったんですが……
んふふふふふふふふ、ほら、見てください。詩音さんのココ…トロトロにほぐれてるでしょう?最初はとっても痛がって泣き叫んで、一応拷問…のつもりだったんですがねぇ…もう、意味が無いですよね?だって気持ちよくなっちゃってますから。
こちらも困っちゃいましたよ…小娘のうちから、淫乱というか男好きというか……あなたもそうなんですかね?
そうなりたいですか?されたい?あぁ…泣かないでくださぁい、詩音さん。ほらほら、魅音さんまで泣いちゃったじゃないですか。んっふっふ、さすが双子ですねぇ…………
魅音さん…私に何か…言うこと…ありますよね?」
長々と続いていた口上をピタリと止め、大石は魅音を見据える。
シン…とした室内に微かなモーター音が…詩音に埋め込まれたローターの音だろう)…虚しく響いた。
ゴクリ…と、未だに上手く動かない体を横たえながら、魅音は唾を飲み込んだ。
自分と詩音が助かるには…『大石の納得する祟りの正体』を答えなければいけない。
『祟りなんてない。少なくとも園崎家は関係がない』…そんな事を言っても信じるとは思えない。
それは今までの園崎家の蒔いた種…思わせぶりな態度のせいだけど……いっその事、鷹野さんの荒唐無稽な説でも言ってみようか?



…駄目だ…馬鹿馬鹿しい!
頭が働かない……あぁ、何か考えないと…やっぱり、園崎家が黒幕説でいくしかない……大石はそれを聞きたいのだろうから…
「…お姉」
混乱する魅音の頭に、冷静な自分とよく似た声がこだました。
「本当の事…言ってください。大石は自分に都合のいい事しか信じないでしょうけど……私は…お姉の言った事…信じますから」
「詩音…」
涙で汚れた顔で詩音はニッコリ笑って見せた。
そして…魅音に合図するように、ゆっくりと大石の持つスタンガンの方に視線を投げる……その目の光は…諦めていない人間のものだ!!
「大石さん…本当の事を言ったら…私達を解放してくれるんですよね?」
大石は片手でスタンガンを弄びながら、魅音の言葉に薄く笑った……『解放する』…とは言わない……ならば…
「本当の事…言うよ」
「本当の事?」
大石は詩音から少し体を離し、魅音の方に体を傾ける。
詩音は……大石に気付かれないように、さらに大石との距離を取った。
それを確認した魅音は、大石に囁きかけるように自分も体を近付ける。
体の自由は…完全とはいかないまでも取り戻せていた。
「祟りの正体は…」
「…正体は?」
大石の眼光が光を増す。
「祟りの正体は……全部、あんたの妄想だよっっ!!」
魅音が叫んだ瞬間、詩音は自分の足を開かせるために括り付けられた棒を、両足を蹴り上げて大石の手に叩きつけた。
「う…んんっ!?」
弾き落とされたスタンガンを、魅音は素早く拾い上げ、大石へと突き付ける……はずだった。
「お姉っ!!」
詩音の絶叫。
自分の額に押し当てられた『何か』。
『何か』の正体は直ぐには判らなかったが…冷たい感触に本能が『逆らうな』と警鐘を鳴らした。
「あぁ…そんな物…持ってたんですね……出し惜しみしやがって!!」
詩音が大石に毒づく。
「切り札はね…最後まで取っておくものなんですよぉ、お嬢さん方?やれやれ…利き腕の方だったら危なかったなぁ」
固まった魅音の手のひらからスタンガンを取り戻すと、大石はペタペタと持っている拳銃で魅音の頬を叩いた。
「……で?さっきの続きなんですけど…結局…あはは…あなたは何も知らないって……そういう事でいいんですかね?それとも…あなたにも詩音さんみたいに…ちょーっと痛いおもいをしてもらったら、違う答えを聞くことができるかも…知れませんねぇ…んふふふふふふふふ」

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最終更新:2007年08月06日 22:49