「勘だ――――」
 たった三文字の言葉なのに、私の心は大きく揺れ動いていた。
 少し前まで組んでいたはずの腕も、いつの間にか離れていて、前原圭一は私の目をえぐるような視線で対峙している。
 親族でさえ私と姉こと魅音の区別を明確にすることはできない。
 幼い頃から『入れ替わることを茶飯事に行っていた私たち』なのだから、癖だとか仕草さえ同一なはずなのだ。
 確かに私は二年弱の牢獄ばり学園生活――実体験からの比喩だから笑えてくる――を送ったし、魅音と言えば鬼婆のもとで、次期頭首としての教育を受けたのだろうから、空白の時間が生まれているのも事実だ。
 だからと言って、雛見沢に戻ってきてからの一年間で、入れ替わりがバレたことは一度もないのに加え、この圭一と言う男はまだココにきて一ヶ月と言っていなかったか。
 ある意味強固な自信とさえなっていた姉との入れ替わりが、『勘』なんて言う不明確な理由で看破されたことに、私はただうろたえるしかない。
 ぎりっ、と歯ぎしりの音が頭に響く。
 扉一枚の向こうには、この男に病みつきとなっている姉が居るのだ。今の前原圭一が存在する以上、姉は前原圭一のことだけを考えるようになるだろう。
 口先八丁で、妙に仲間を強調し、部活の罰ゲーム常連のこの男に、姉は一層のめり込むだろう。

 それを私は許してはいけない。

 魅音と詩音が限りなく近い存在だからこそ、ミオンとシオンに狂いがあってはいけないのだ。
 今回の場合正しいのは明らかに私。悟史くんはずっと雛見沢に住んでいるのに対し、都会から来た余所者に魅音が恋心を抱くのは困る。
 周囲の人……、それは園崎家を含めてだが、私まで彼に恋愛の感情を抱いていると勘違いされかねない。
 絶対に崩れていけない牙城を守るためなら、私は前原圭一を排除することさえ躊躇わない。絶対に。何が起きようとも。

 圭一は不思議そうな表情を浮かべて、黙りこくった私を見つめていた。
 くそ、これもだ。
 この悟史くんと共通するような仕草の一つ一つが、私の感情を逆撫でにする。
 何も知らないくせにすべてを知っているような行動。
 知ったかぶりなら否定できるからまだしも、本当に知らないのだからタチが悪い。やり場のない怒りとはこのことだ。
 とりあえず私は、姉に前原圭一が魅音と詩音の区別をつけることが出来る、なんて最高級の好材料を提供するわけにはいかない。
 元々このぬいぐるみを買ってほしい、なんてのは話の流れで生まれたものだ。
 スルーしたって圭一に問題が生じるわけではないだろう。
「へぇ……、圭ちゃんがそんなシックスセンスを持ってるなんて知りませんでした。私もおちおち圭ちゃんの前で、悪いことは出来ませんねぇ」
 ぬいぐるみが並ぶショーウィンドウから離れつつ歩き出す。
 圭一にとって『魅音と詩音の区別』は、それほど大きな事項であることに気づいていない。
 会話に引き入れつつ無かったことにするのが得策だと判断した。
「おい、詩音。お前まさか魅音になりすまして、とんでもないことしてないだろうなぁ」
 圭一は苦笑するような口調で私に返答する。きっとダム戦争時代の凶行がバレているのだ。
 あの時は確かに姉を頻繁に使わせてもらった。
 今でもそんなことをされては、圭一もおちおちと…………。

 あれ……、私は今どう言う思考をしようとしたのだろう。
 落ち着いて……冷静に……クールになって、いつもの詩音になって考える。

 圭ちゃんは、詩音と魅音が違っては何か困ることがあるのか?

 圭ちゃんが、詩音と魅音で対応の仕方が違うのか?

 こんなにも似ていて、同じと言ってもおかしくないほどの双子なのに、前原圭一はシオンとミオンを別個にする必要がある?

 疑心暗鬼の渦がうごめいているのがわかる。
 頭の中で前原圭一と園崎魅音が浮かび、消え、浮かび、消える。
 腹立たしかったのは浮かぶのも消えるのも、常に二人は一緒だったことだった。


六月二十二日。教室には空いた席が四つ存在していた。
都会に居た頃とは比べものにならない濃密な時間。
俺にとって都会で過ごした十数年よりも、はるかにこの一ヶ月が重要な役割を占めるに違いない。
そしてその時間を作ってくれた大切な部活仲間(メンバー)。
その一人たりともこの教室には居なかった。
クラスの中心となっていたあいつらが居なくて、綿流しから数日経っていない、と言う事情。
この二つで充分、もう彼女らに会えないことが分かってしまう。
クラス中の子供たちが時々すすり泣くのも、当然これが原因であろう。

だが――――、俺にはまだかすかな希望を信じて、決して泣くことはしない。
まだ俗に言う『鬼隠し』など認めてたまるものか。
鬼に隠されたのなら、その鬼から何が何でも連れ戻してきてやる。
またあの『日常』を取り返すのだ。

スリルなどいらない。
変調も厭だ。
事件にも拒否権を行使する。
この『オヤシロ様』と言う盾を使った、すべてにケリをつけてやる。

終業のベルが鳴った。いつもなら隣にレナと魅音が居て、校門の所で沙都子と梨花ちゃんに別れを告げる。
他愛もないことで会話が盛り上がり、水車小屋で魅音と別れる。
週一ぐらいでレナの宝探しに付き合い、どちらにしろ夜となる前に帰宅する。

もう教室を離れたときから『日常』と乖離している。剥がれたモノはまたくっつけるんだ。

隣に誰も居ないまま俺は園崎家の正門に来た。
『日常』に帰られる方法があると言うなら、唯一ここに居る筈の鬼が知っているだろう。
しかし鬼に隠された……か。
魅音の字を指で手の平に書いてみる。
確か魅音のばあさんは『お魎』と言うらしいから、園崎には鬼がつきやすいのだろうか。
だけど詩音には鬼の字が入っていないし……。
帰ってきたら魅音に聞いてみよう。帰ってきた後のことを考えるのは希望になるってもんだ。

覚悟を決めた俺は呼び鈴を押す。俺の耳にも響くような大きな音が、門の奥から聞こえてくる。
砂利を踏みしめる静かな音が大きくなってきた。
一歩一歩踏みしめるかのように、ゆっくりと音が近づく。
そして音が止み、代わりに蝶番を外す音。
息を大きく吸って、門が開く様子を俺は直視した。


「前原圭一さんですね……」
想像していたのとは違う、落ち着いた声が耳に届いた。
門から現れたのも、俺の記憶にはない園崎家の人。
でも母親と言う割には、魅音や詩音との類似が見当たらないし、お魎とか言うばあさんにしては、若すぎる。
加え、俺みたいな若造に敬語を使うあたりも、失礼になるが園崎家にあり得ないように思えた。
「こちらへどうぞ」
俺の返答も聞かず、その女性は俺に付いてくるよう促す。
広い敷地内を歩く間、魅音はばあさんと二人暮らしをしていることを思い出し、使用人がいるとも言っていた。
思い出して改めて見ると、確かにあの落ち着いた様や、丁重な振る舞いにも納得がいく。

「そうなると、魅音は俺が来ることを……」
その思考に到達した所で、使用人の女性はある部屋の前で止まり、正座で正対しながら静かにふすまを開けた。
開けて本人は入らず、俺に一礼をし、俺の横を通り過ぎ戻っていく。

ここに魅音が居ることは、いかに鈍感と呼ばれる俺でも理解できる。

もう深呼吸する必要はない。覚悟は既に決め、腹もくくっている。

開かれているふすまを更に開けて、俺は部屋へと入った。
想像通り、緑色の髪を後ろでくくった魅音がそこに居た。
部屋にあるのは布団だけ。その布団の中で魅音は静かに眠っていた。
眠っている魅音に近づき、膝をついて魅音を眺める。
本当に静かだ。正直いびきのひとつでもするもんだと思っていたが、明らかにこの魅音は園崎家次期頭首の顔。
その顔に俺は指をそえる。こめかみからゆっくりと頬へ移動させ、細い顎のカーブを描き、唇で指を止める。

瞬間――――、ぴしっと俺の頭を電流が駆け巡った。
根拠がない。理由がない。原因も見当たらない。
それでも――――、俺は確信した。

静かに瞼を開ける…………『園崎詩音』を俺は見つめる。

「悟史くん…………?」

悲しい韻と共に、静かな崩壊が始まったのを俺は直感したのだった。

「あぁ、そうだよ、詩音」
魅音であるように振る舞う詩音。悟史のように振る舞う俺。
お互いに擬態している二人の目線が一致する。
俺はレナや梨花ちゃんから聞いた悟史の記憶を掘り起こし、詩音の頭をそっとなでてやる。
詩音の口から息が漏れて、耳たぶまで顔が紅潮した。恥ずかしいからなのか開いたはずの目も閉じられている。
構うこともなく、だがあくまでも優しく詩音の頭をなで回す。
さすがに恥ずかしさの限界に達したらしく、俺の腕を掴んで引きはがそうとする。

引き……はがそう……と…………?

万力にかけられたように腕に痛みが走った。両の腕でがっちりと掴まれた俺の腕を、詩音は離そうとしない。
圧迫して押しつぶすかの如く、詩音の手から痛みがダイレクトに伝わる。
必死に俺の方から脱出を試みる。それでも同年代の女の子に、俺は完全に力で主導権を握られていた。
予感がした時には、もう遅かった。

詩音の目は
完全に
イカれていた。

「オマエ ハ サトシクン ジャ ナイ」
断定をこめた――――違う、断罪をこめた音声が脳を揺るがした。
揺れ動いた脳がピンボールにでもなったのか、急に視界が暗闇に染まる。
だが、その暗闇も一瞬のこと。すぐに意識が、痛みによって引き戻された。
バキッと派手な音を立てて、手首の方向が明らかに異常な方向を向いている。

「あああああああっっ!」
躊躇もなく俺の手首は破壊され、万力から解放されたのを感じ、俺は畳を転げ回った。
右の手が全く動かない。
いつもなら動くはずの『自分自身』が動かないと言うのは、なんとももどかしい感覚だ。
どうあがいても収まらない痛み。転げ回っていた目線の先に、白い靴下が映る。
鬼……。名前など所詮は人の決めること。園崎に流れる血には、やはり鬼が存在するのだろう。
瞳は絶対零度まで下がってるかのように、俺と言う存在を視線で否定する。
その目が――――、俺のすべてを否定する。



「圭ちゃんかぁ――――、うくくくくく、どうしたんですか、こんな要塞みたいな所に来て」
詩音が俺の横っ腹に蹴りを入れる。ためらいもない攻撃は体に大きく響く。
「寝て、いる、わた、しに、なに、しようと、したん、だ」
同じ場所を何度も何度も蹴り上げる。逃げようにも後ろは壁だ。
右手が使えないため、片手でカバーするにはあまりにも蹴られる場所が多すぎる。
ただただ攻撃を喰らい続けるだけの、あまりに試合にならない格闘技戦だ。
「やめ……ろ……詩音……、お……おねっ……お願いだ」
蹴られるたびに俺の懇願も遮られる。何度も何度も同じ言葉を俺は繰り返す。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も俺は謝罪し、許しを乞う。
「寝取る……って言うんでしたっけ。
無理矢理寝ている子をレイプするのって。
不法侵入に、嘘ついて、強姦ですか。――――最低だよ、圭ちゃん」
違う、俺は違う。
ここに本当は魅音が居るはずで、その魅音を問いただして、レナの居場所を吐かせるつもりだったんだ。
なのに――――、なんでこんなことに…………。

詩音が俺に攻撃するのをやめて、俺と顔を近づけるようにしゃがみこむ。
強引に胸ぐらを掴まれて、鼻先が触れ合う距離まで顔を近づけられる。
度重なる蹴りの応酬で、俺の息が途切れ途切れになるまで疲弊していた。
「ほら、お望みのものですよ」
混乱の渦を巻く頭に、また新しい渦が追加された。
何が何だか分からないうちに、俺の顎を指でつねるように詩音は固定した。
そして隙間が数センチしかなかった俺の唇と詩音の唇を乱暴にくっつける。
「――――――――っ!」
唐突すぎる詩音の行動に、俺の思考は一気にフリーズした。
歯と歯がぶつかり合い、詩音の舌が俺の口腔を咀嚼しようと侵入してくる。
この状況の打破が最重要とした俺は、どうにか動く右腕の肘で、詩音を突き飛ばした。
俺の右腕は動かないもの、と詩音は思っていたのか、肘撃ちが綺麗にヒットする。
それによって俺と詩音には、一メートル弱のスペースがまた生まれた。
逃げることも考えたはずだが、俺の冷静じゃない頭は詩音との会話を優先させた。



「詩音――――、お前」
「気安く呼ぶな、畜生は黙ってろ」
刹那の間しか、詩音は俺に許さなかった。
たった一メートル弱。その隙間とすら言い換えても良い、距離を詩音は全力で突進してきた。
壁に俺の首を狙って打ち付け、そして肘鉄を加えた俺の右手首を、今度は横方向に捻りあげた。
「うぐああああぁぁぁっ!」
首を抑えられているのだから、酸素は少しでも大事に使うべきなのだろう。
だからと言ってこれ以上ない痛みだと思っていた痛みに、更に以上があったのだから叫ぶしかない。
「ねぇ、もしさぁ、もしもだよ?
ある子にはだーい好きな男の子が居て、
だーい好きな男の子が、ある子にとってだーい嫌いな女の子に犯されていたら、
しかもその最中を録音でもされて聞かされたら、その子はどう思うのかなぁ」
何が何だか…………分からない…………。
「蹂躙されて咀嚼されて破壊されて、その子は…………み、お、ん、は、どう思うのかなぁ」
詩音の声はひどく嬉しそうだ。とても快楽に満ちている恍惚とした表情。
それでいて、まだこれから楽しみがあるかのような口元で、俺の首を締め上げる。
締め上げる首から上に酸素が届かない俺は、再び視界がフェードバックする。
詩音は俺をこのまま絞め殺す気はなかったらしい。
反応のない俺を見るや、俺を解放した。
手首の痛みもさることながら、息を長時間吸えなかったことから頭痛も激しい。
当然気管をふさがれるほどの圧迫を受けた首も、鈍痛が激しかった。
「ねぇ……、ど、う、思うんだろうね」
どう思う、って何をだ……?
録音……、犯されて……、魅音……。

魅音は……、俺のことが好きだった…………?

「あくまでも、も、し、も、の、話だよ、圭ちゃん。くけけけけけけけけ」
哄笑の表現がぴったりな詩音の笑い声。もう鬼としての詩音の姿すらそこになかった。
今度は後頭部を掴まれて、唇を触れさせられる。
触れ合った瞬間から、詩音の舌が俺の口内へ入ってきた。
淫靡な音が部屋中に響くのが分かる。
がっちりとホールドされている俺の顔は、ただ目をつぶり、目の前の光景が過ぎるのを待つしかなかった。



どれほどの時間が経ったか分からない。
俺の舌をぐるりとなめ回してから、詩音は俺から顔を離した。
荒い息づかいの俺とは違い、詩音の顔はひどく冷静だ。
口からこぼれた糸を指でぬぐい、俺のワイシャツへと手をかける。
一気に引きちぎられると思ったが、開いていた第一と第二ボタンの下、第三ボタンからゆっくり外していく。
その目の前で行われていることに、「犯す」と言われていながら、俺は鼓動が高鳴ってしまった。
まるで恋人との行為でするような作業に、俺は黙りこくって見つめてしまう。
「私、分かったんです」
第四ボタンに手をかけた所で、詩音は口を開いた。
この数分の間聞くことのできなかった、ひどく落ち着いた声。
「飴と鞭ってありますけど、鞭よりも飴の方が残酷なんじゃないかって」
言い終わって俺のワイシャツが脱がされる。
脇腹には蹴りのダメージを物語る、青みがかった赤色へと染色されていた。
「古手の巫女様はどう拷問しても命乞いしなかった。
ゴミ山に通い詰める変態は爪を剥がしても歯をもいでも、笑っていた。
どちらも最後まで見せたはずなのに、悟史くんの疫病神でさえ私に啖呵を切りやがった」

詩音の言ったことが何も分からない。
詩音のやったことが何も分からない。

「あの気弱な沙都子でもそうなんだ。
仮にも鬼婆のもとで鍛錬された魅音に、鞭だけじゃ絶望を与えられない」

悟史くんを失った私の痛みは教えられない。人間は飴を奪われた方が絶望する。

そう続けた所で、詩音はしゃべるのをやめた。
舌を出しながらゆっくりと俺の腹へと接近して、腫れ上がった部位を舐め回す。
傷口である場所を触られたことによる痛みと、女性に地肌を舐められると言う情報の交錯。
頭の中でそれは快感に置き換えられて、俺の拳……、左の拳にだけ力が入る。
舐めるだけでなく、口づけするように横腹へ吸い付く詩音の唇。
吸い付く度に響く音が、一層俺の思考を遮断する。
『録音』と、確かに詩音は言った。そして魅音に聞かせる……?
詩音の企んでいることを俺はようやく理解した。
そしてその謀略を俺は阻止するチャンスがある。
詩音の話ではレナと沙都子、そして梨花ちゃんは殺されてしまったのだろう。
その事実をさらりと宣言されたことで、俺は完璧に打ちひしがれた。
絶望の底に突き落とされたとさえ思えた。
だが――――、まだ救える仲間が居る。魅音はまだ詩音に殺されちゃいないんだ。
ならば俺はまだ落ちるわけにはいかない。
わらにすがってでも、魅音を救い出してみせる。



詩音からの仕打ちに覚悟を決めた俺は、口を一文字に結んで全身に力を入れた。
目をつぶって、少しでも眼前で行われている快楽に屈しないように集中する。
「うああぁっ?」
そう思ったのも束の間。舐められる部分が胸へと移ったことにより、無様に声を出してしまった。

反応しないことが俺に出来る抵抗――――――――――――っ!

左手で自分の口をふさぎ、少しでもあるかもしれない録音機に音を拾われないよう努力する。
その様を見たからか、詩音は執拗に俺の胸、そして敏感に反応せざるを得ない場所に接吻した。
固くなった乳首を舌で転がされ、もう片方の乳首も指で弄ばれる。
俺は経験がない以上、次に何をされるかもよく分からない。
快感がこれほど、覚悟を挫けさせようとするものだとは思わなかった。
だが声を漏らそうものなら、魅音を救うことなどできない。
少なくともこの手段での魅音による拷問は避けられるはずだ。
絶対に詩音の思惑通りに運ばせてたまるものか……。

「体が敏感な割には我慢しますねぇ、圭ちゃん」
冷酷な断罪の声とは違う、甘ったるい誘惑する声で詩音は耳元で囁いた。
その声にも俺は何も反応しない。意識しないことだけを考えて詩音の言葉攻めに耐える。
ふふ、と笑った声が聞こえてすぐ、一際大きい音がした。まるで脳に直接響いたような音。
耳の中に舌が侵入したのに気づくのは、少しだけ時間がかかった。
口と手で塞いでるのにも関わらず、息が漏れてしまう。
体勢がいつの間にか、後ろから抱きしめられている形に変わっていた。
逃げることを考えたが、詩音の足が俺の腹の前で交差されて、ロックしている感覚がある。
執拗に左耳を舐め、噛み、囁き、俺は溶けるような感覚さえ覚えた。



恐らくそこに油断があったんだと思う。
誘発された油断につけ込むように詩音は、俺の股間を布越しから掴んだ。
既にキスをされた時から反り立っていた俺の一物は、ずっと求めていた刺激に大きな快感を脳に伝える。
「っつぁ!」
遂に大きく声を漏らした俺を、詩音は休むことなく攻め続ける。
股間を手で刺激し続けるのに加えての、舌や指による愛撫。
たった数分で俺の覚悟は屈してしまい、詩音の手の上で文字通り遊ばれる格好になった。
いけないとは思いつつも、今まで実感したことがない快感に、声が漏れる。
ズボンのジッパーを下ろされても、何も抗わなかった。
快感が欲しい。これ以上の気持ちよさを味わいたい。
欲求に支配された雄に、成り下がった瞬間であったと思う。
それを理性が理解しつつも、脳が下す命令は性への欲求だった。

外気に触れて、俺の剛直はびくびくと痙攣する。
最初は自慰のように手でしごかれていたのが、また舌による攻撃へと移っていき、指も亀頭を中心に弄び始めた。
俺の体で一番敏感な部分を、ダイレクトに詩音は攻め続けた。
絶頂に達するかと思い始めると、詩音は俺から離れてじっと視姦だけを行う。
幸運か不運か、落ち着き始めた頃にまた詩音は、俺のモノへと手をかけて、快感を供給する。
その延々と続く刺激の繰り返しに、俺の頭は欲求のみで満たされて、耐えることを完全に忘れてしまった。
だらしなく漏れる声と唾液。少しでも欲求を満たそうと自ら腰を振り、詩音の愛撫や口淫に身を委ねた。



「フィナーレですよ、圭、ちゃん」
俺が目を開けると、詩音の下半身には既に衣服はなかった。
都会に居た頃見たビデオでは、モザイクがかかっていた部分。
そこはきらきら光っていて、陰毛の奥には桃色の陰部が俺の視線を釘付けにする。

ただでさえ敏感になっているのに、あのナカへ入れたら、どうなるんだろう。

雄としての思考が広がり、いっぱいになっていた唾液を俺は飲み込む。
詩音は俺のモノを抑えて、ゆっくりと自らの腰を下ろしていく。
先端が毛先に当たったもどかしさを感じた瞬間、一気に俺は詩音のナカへと入っていった。
「――――――――あああああぁぁぁっ」
フェラチオとは違う種類の快感。何よりも熱が俺の頭を更にかき乱す。
熱い熱い熱い――――――――!
陰茎に沿って広がるような詩音の膣。
腰を振る度に起こる、自慰の数倍の快感。
確か騎乗位とか言った名前の体位で、俺は詩音の快感に酔う。

少しでもこの時間を味わいたい――――――――!

さっきとは違う、理性からかけ離れた理由で俺は必死に快感から耐えた。
次第と快感に慣れて、俺は詩音を瞳に映す。

どれほど淫らな姿に詩音はなっているのだろう。
そんな下劣な好奇心で、俺は目を開ける。

そこに居たのは、俺が求めた雌としての園崎詩音ではなく、鬼の姿になっていたソノザキシオンだった。

「さっさと、イっちゃいましょう? 圭ちゃん」

詩音の右手に握られていた包丁が、俺の首の付け根に突き刺さる。

骨のすぐ側を通った包丁は、きっと畳まで達して貫通したんだと思う。

致命傷となったその包丁で、俺はすべてのものから解放された。

耐えていたことからも解放されて、防波堤を失った精液は、詩音の膣の中で爆ぜた。

痛さも熱さも引いていった俺の頭。
死が目前に迫っていることを感じながら、詩音の最後の哄笑を俺は聞いていた。



「最っ高だよ、圭ちゃん! コレ見せたら魅音はどうなるかなぁ!
楽しみだなぁ! これで魅音も狂って崩れて壊れちゃうよねぇ!
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ――――――――…………」

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最終更新:2007年08月06日 22:52