「ねぇ圭ちゃん……ひょっとして興奮してんの……?」
ギロリッと猫のような魅音の目が俺に向けられる。
まるで体ごと貫いてくるような、そのグサグサとした視線……。
あきらかにいつもとは違う人物から向けられているような目つきに……俺の背筋が冷たくなっていく。
「な……なに言ってんだよ?……こ、興奮なんかしてるわけ……な、ないだろ……」
「そお……?なんか女装してからの圭ちゃん……おじさんにはとっても嬉しそうに見えるんだけどねぇ……」
そうしてニヤっと口を歪めて、魅音は俺の体を舐めまわすように見つめてくる。
罰ゲームだからと、レナにむりやり着せられたセーラー服……。
上はともかく、下はいまにも下着が見えてしまいそうなほど短いスカートを履かせられている。
こんなものを着せられて、興奮なんてしてるわけない……。
…………ないはずだ。
「……ねぇ魅ぃちゃん、もうそのくらいで許してあげなよ?」
魅音の視線にビクビクしている俺を助けるように、隣にいるレナがからかうように声をかけてくる。
「レ、レナ……俺はべつに……」
「うん、わかってるよ♪……いくら圭一くんでも、こんなの着せられて喜んだりしないよね♪」
魅音とは対照的に、いつものニコニコとした笑顔をしながら俺の服装をかぁいいかぁいいと口にするレナ。
その表情には、俺を疑っている様子はまったくないように見える。
「もう魅ぃちゃんってば……冗談もほどほどにしとかないと、圭一くん怖がっちゃうよ?」
「ぷっ……あっははははは♪……いやさー?なんか怖がってる圭ちゃんがおもしろくて……つい、ね」
レナの言葉を聞くと、魅音はとたんにさっきまでの怖い表情を崩しておどけたように笑い始める。
「おほほほほ♪たしかにふだん強気な圭一さんの怖がる姿は、なかなかにレアなお宝ですわねー♪」
「……クスクス♪圭一、みんなにからかわれてかわいそかわいそなのです……♪」
魅音につられるように、梨花ちゃんと沙都子まで俺の怖がる様子にキャハキャハと笑い合う。
そのみんなのやりとりを見て……俺はようやく、さっきの魅音の言葉はただの冗談だったんだとわかった。
「な……なんだよおまえらぁ!……お、俺をからかうのがそんなに楽しいのかよ……ったく!」
プイッと横を向き、俺は真っ赤になった顔をみんなに見られないようにとすねたふりをした。
表面上は気にしてないつもりだが……俺は内心ではものすごくホッとしていた。
もしかしたら、俺の中の欲望を彼女達に見られてしまったんじゃないかと思い……。
それが魅音の普通じゃない様子と合わさって、一瞬でも仲間に疑われたと思ってしまったんだ。
そうだ……こいつらが俺を疑うわけ……そんなわけないんだよな。
レナも魅音も、梨花ちゃんも沙都子も。
こんなにも楽しくてあったかくて……いいやつらばかりなん……。
「…………ほんとに…………?」
……スーッと耳に入り込んできた……冷たい声。
「え……?」
家族といるかのようにすら思えていた暖かい気もちが……その声に急激に冷まされる。
「ほんとに……喜んだりしてないのかな……?」
耳元でまとわりつくようにささやかれる声に……俺はゆっくりと前を向いていく。
「!?……レ……ナ……」
それを見た瞬間、俺はふたたび背筋が凍るような感覚をおぼえた。
俺の顔のすぐ目の前に、レナの無表情な顔が近づいていたからだ。
唇と唇がくっついてしまいそうなそうなほど近く……まるでキスをせがむ恋人のようにピッタリと張りつくその顔……。
「ほんとに圭一くんは……女の子の格好をさせられて興奮してないのかな?……かな?」
レナの目……表情が……俺の知っているものとちがった。
さっきまで、ほんの数秒前まであんなにニコニコしていたのに……。
まるでさっきの魅音のようなギラリとした目つきをして……。
おまけにまばたき一つせずに、俺の目をじっと見つめてくるんだ。
「……な、なに言ってんだよ……そんなバカなこと……あ、ああ、あるわけ……」
……落ちつけ……。
べつに慌てることなんてないんだ……。
どうせこれも、さっきの魅音みたいにレナの冗談なんだから……笑ってすませばいい。
それでいいんだ……いいんだろ?なぁレナ……?
頭の中で必死に言い聞かせているのに、なぜか俺の動揺はおさまらない。
目の前のレナは、そんな俺の心を見透かしているように……ゆっくりと言葉を続けていく。
「それは、嘘だね……レナは知ってるんだよ……?」
そう静かにささやくと、レナはスーッと目を細める。
そして、俺のことをまるで汚物でも見るような目で……視る。
「圭一くんが……ふだん、レナのおっぱいとかお尻とか……そんなとこばかり、チラチラのぞき見てるの……」
「…………!?」
「それに、たまに触ったりもしてきたよね?……スカートごしに……こう、手の甲でポンポンって……」
あきらかにそうだと決めつけている……レナの言い方。
それには半分、俺への失望のようなものも混じっている……。
「な……お、俺はそんなこと……」
……してない……。
そう言おうと口を開いたとき、レナの顔がグワッと大きく歪んだ。
「嘘だよぉっ!!!」
「……ひっ!?」
いいわけをしようとした言葉が、そのまま悲鳴に変えられていく。
レナのあまりにも恐ろしいその表情に……言葉が詰まった。
大きく吊り上げられた眉……キツさを増して睨みつけてくる目つき。
口からはギリギリと歯をきしませる音が漏れている……。
その女の子のものとは思えない迫力に……俺は言葉を出すことすら出来なくなった。
「きっといつかやめてくれるだろうって……レナは気づかないふりしてあげてたんだよ?……なのに圭一くんは……」
……レナ……やめろ……言うな……。
「圭一くんはそれで調子に乗って!何度も何度も!……レナのお尻とか胸を触ってきたんだよね……?」
ちがう……調子にのったわけじゃ……。
「ひどいときは、手でおっぱいを揉んできたときもあったよねぇ……?あれは偶然さわっちゃったつもりなのかな?……かな?」
……それは俺じゃない……ほんとうの……俺じゃ……。
「あと……レナが放課後の教室で一人で寝ちゃってたとき……レナの顔になにか変なものをかけたよね?」
!?……そ、そんな……起きてたなんて……。
「ピュッピュッって……何かきもちわるいものをレナの顔にいっぱいかけたよね?あの白いのはなんなのかな?かなぁ?」
そ、それは……それは……あぁぁ……。
次々とレナの口から出る言葉に……俺はただ立ちつくして聞いていることしかできなかった。
そう……俺がいままでレナの体にしてきた……男として最低な行為をただ聞いているしか……。
「…………ねぇ圭一くん、なに黙ってるの?……なんとか言いなよこのスケベっ!?」
いつまでも喋らないことにイラついたレナは、俺の髪の毛をグイィィッ!っとつかんだ。
そして自分の顔を見るように、俺の頭をグンッ!っと上に向ける。
「痛っ!……い、痛い……レナ……」
「うん、痛いね……それでなに?何かレナに言うことないのかな?……かなぁ~?」
言葉尻をやんわりと伸ばしながら、レナは俺の髪の毛を上にグイグイと引っぱっていく。
そのままブチブチと何本も髪の毛が抜けていき、頭の皮がむしられそうなほどの激痛が襲ってくる。
「う、うあぁぁぁ!痛い!ご、ごめん!ごめんなさい!……ごめんなさい……!」
「…………ふんっ……」
俺がなさけない声で謝ると、レナはつまらなさそうにスッと手を離した。
まだズキズキする頭を押さえながら、俺は周りにいるみんなに目を向ける。
そこには……俺へ軽蔑の視線を向けた四つの瞳があった……。
「最低ですわね……レナさんにそんないやらしいことをコソコソしてたなんて……」
「あーぁ……おじさんもがっかりだよ……圭ちゃんがまさかそんなクズ!みたいなことしてるなんてねぇ……」
沙都子と魅音が、心底失望したように罵る言葉を浴びせてくる。
彼女達の言葉が耳に入ってくるたび、俺の中の信頼……仲間という言葉がボロボロと音を立てて崩れていく。
もう俺は……顔をうつむかせることしかできなかった。
「……ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
同じ言葉を何度も繰り返しながら、俺は誰ともつかない相手に謝り続けていた。
そんな情けなく打ちひしがれる俺の耳元に、追い討ちをかけるようにレナがささやいてくる。
「だからね……そんな最低な圭一くんは……女の子の格好して興奮する、変態さんになっちゃえばいいんだよ……♪」
このとき……ようやく俺にはわかった。
レナが罰ゲームにこれを……俺を女装させるのを選んだのは、これが狙いだったんだと。
こんな恥ずかしい格好の俺に……自分にどんなことをしたのかを話して……。
みんなの前で……俺を辱めるのが目的だったんだ。
「……圭一……」
絶望にうちひしがれる俺の耳に、哀れむような声がかけられる。
顔をあげると、そこにはどこか寂しそうな目を向ける……梨花ちゃんが立っていた。
「り、梨花ちゃん……俺……おれ……」
こんな小さな子にまで……俺は自分の醜い部分を知られてしまった。
レナはもう謝っても許してくれないだろう……。
魅音と沙都子も……二度と仲間だなんて呼んではくれないかもしれない。
そしてこの梨花ちゃんも……。
「圭一、今回はなかなかおもしろいことになりそうなのですよ……♪」
…………?
梨花ちゃんの言葉に、一瞬俺の頭の中が混乱する。
罵倒されるか……ひょっとしたら慰められるかもしれないと思っていたところに、梨花ちゃんのこの言葉。
それはどう考えても、今の状況とは関係ないものに思えた。
「り、梨花ちゃん……何言って……?」
「こっちの話なのです……気にすることはないのですよ♪」
そうして梨花ちゃんは、いつものにぱ~♪っとした笑顔を俺に向ける。
彼女が何を言いたいのかはわからなかったが……。
俺にはその笑顔だけで、心がとても癒されていくような気がした。
「あぁ……り、梨花ちゃん……ありがとう……」
俺はいまにも泣きそうになりながら、目の前の天使に手を伸ばした。
こんな俺を蔑まないでくれる……軽蔑しないでくれるこの女の子に……。
慰めてもらうように……手を差しだし……。
ピシャン!
「…………触るな」
ズキンっとしたかすかな痛みが、ただ手のひらに広がった。
差し出した俺の手は、梨花ちゃんのちっちゃな手に払いのけられていた……。
「え……え?……り、梨花ちゃん……?」
まだなにが起こったか信じられない俺に、梨花ちゃんはニヤリっと口元を歪める。
そのあきらかに年不相応な……魔女のような笑みを浮かべると。
「さようなら……圭一……♪」
そう俺だけに聞こえる声でささやき、梨花ちゃんはレナ達の方にクルっと振り向く。
「レナ……じつは……じつはボクもなのです……」
急にしおらしくなり、梨花ちゃんは体をガタガタと震わせる。
そして……何か重大なことを打ち明けるかのように重く言葉を続けていく。
「ボクも……圭一に毎日毎日……エッチなことをされていたのです……」
その言葉に、その場にいた全員が驚くような表情をみせる。
……俺を含めた、全員が。
「ど……どういうこと……なのかな?……り、梨花ちゃん……」
梨花ちゃんの言葉に、レナは何かを堪えるようにしながら聞き返す。
おそらく、いまにも切れそうな怒りを抑えているんだと思う……。
「一番最初は……みんなで鬼ごっこをしたときなのです……」
梨花ちゃんは……なにを言いだすんだ……?
「圭一はボクを人気のないとこで捕まえると……ガバっと体に抱きついてきて……モミモミとお胸を揉んできたのです……」
誰になにを……されたって……?
梨花ちゃん……それはいつの……話だ?
「最初はふざけているのだと思ったのです……でも圭一は息をハァハァして……ボクをギラギラお目々で見つめるのです……」
それは誰の……話だ……?
俺じゃ……ないよな……?
「そのあと嫌がるボクのお口に……チュウチュウと吸いついてきたのです……むりやりベロをお口に入れてくるのです……」
そんなこと……そんなひどいこと……誰が……?
俺はそんなこと……してない……。
「ボクがニャーニャーと泣くと……圭一はボクの顔をおもいきりぶつのです……お口にチャックをしろと言うのです……」
う、うあぁぁ……あぁ……。
「そのまま服をヌギヌギされて……お胸とお股をじかに……ボクの体をキャンディみたいにペロペロするのです……」
…………………………。
「そして……そして最後にボクの……ボクの体の中に……な、か……に……ぃ……」
「梨花ちゃん……もういい……もういいよ……」
ポロポロと涙を流しはじめる梨花ちゃんの体を、レナがギュウゥゥっと優しく抱きしめる。
魅音と沙都子は、目を真っ赤にさせながらその様子を見つめている。
俺も……その母親が子供にするようなしぐさを……他人事のようにただ呆然と見つめていた。
「……ねぇ……魅ぃちゃん……」
いまだ胸の中で泣いている梨花ちゃんの頭を撫でながら、レナがとても静かに言葉をつむいでいく。
「……なに……レナ……」
「……これからみんなで……魅ぃちゃんのおうちに行ってもいいかな?……かな?」
レナの声は……いままでで一番落ち着いているように聞こえた。
「い、いいけど……どうするのさ……こいつは……」
そうして魅音は、汚いものでも指すようにクイッと俺に首を向ける。
そして見るのも嫌だとばかりに、グシャっと顔をしかめた。
……こいつ……?
こいつって……俺のことか……魅音?
「うん……魅ぃちゃんのおうちの地下にさ……お部屋があるでしょ?」
ギギギッと……まるで人形のようにレナの首が俺の方を向く。
「……悪い子をオシオキする……お部屋が……さ……」
そうしてレナの瞳を見たとき、俺はこれから自分が何をされるのか悟った。
ああ……そうか……俺は……今日レナに……。
終
最終更新:2006年09月07日 14:21