あくまでも手が滑って魅音の乳房に触れてしまう。
グッバイ、理性。
ハロー、好奇心。

やわらかい。
俺の頭は、そのことで一杯になってしまった。
脳が焼けると言えばいいんだろうか。
雛見沢の夜は涼しいけども、昼はまさに真夏。
言うなれば、頭だけが真昼に取り残される夢を見ているようだった。

「ちょっとぐらい……いいよな? 魅音?」
「……う……ん……」
それは返事なんてものではなかった。
ただの、「う」と「ん」だった。
脳では理解している。
でも俺の脊髄は、魅音の体に触れるように命令する。
「やわらかい……」
胸だけじゃない。
魅音の体は、いたるところが柔らかかった。
女の子だ。
女の子の体なんだ。
腕も、顔も、腰も……
本の少しだけ撫でてみる。
すると魅音が、寝返りをうって俺の方から離れていった。


「や、やばかった……」
「何がやばかったのかな? かな?」
俺の背中から声が聞こえてきた。
同時に、頭のてっぺんからつま先まで、すっかり麻痺して凍りついてしまう。
「あ、れ、レナ? 起きてたのか?」
「うん……で、圭一くん、何がやばかったの?」
声のトーンが明らかに変わる。

「あ……いや、ちょっと漏れそうでさ、トイレ行ってくる」
「ふーん……そうなんだ。ところで魅ぃちゃん知らない? 私の隣で寝てたんだけど?」
「え、あ、向こうに居るぞ。じゃ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
俺は足早に、トイレへと駆け込んだ。
本当は何もしたくはないが、すぐに帰ったのでは怪しまれる。
しばらく待ってから、俺は元の部屋へと戻った。

戻ったらレナが正座して待っていた。
すいませんすいません、本当すいません。
いちご柄のパジャマなんか着ているレナだが、
目が思いっきりマジだった。
そのコントラストがたまらないが、たぶんここで固まっていても、
何も始まらない。

「座って、ここ」
「は……はい」
俺はレナの前に、おとなしく正座した。
「圭一くん、信用されてるんだよ? 魅ぃちゃんだけじゃない、梨花ちゃんも沙都子ちゃんからも」
「……はい」
「だから私も賛成したの。本当はいけないことだけど、
魅ぃちゃんが夜遅くまでトランプしたいって言うからね」
「……はい」
レナは、俺が返事をする間を、話の途中途中で作った。
それが、俺の会話の参加性を高めて、レナの威圧感を一層加速させるものとなってしまった。


「それで、圭一くん信じてたのね。私。
そういう人じゃないって。
だって、たった六時間ほどだから。
圭一くんは他の男の人とは違う。だよね?」
酷な質問だった。
「あ……う……ご、ごめ、ごめんなさい」
「何? なんで謝るの?」
「え……その……み、魅音の体に触ってごめんなさい」
「さ、触ったの……圭一くん……」
レナがうろたえた。
もしかして、ただ体を密着させただけだと思っていたのだろうか。
少しまずいことを話してしまったのかもしれない。

「何でそんなことするかなぁ……もういいや、とりあえず違う部屋行こうか?」
「……はい」
俺はレナに連行されて、隣の空き部屋に、後ろから押されるように押し込められた。
「痛っ!」
「本当、最っ低!」
俺はそのレナの言葉に、何故か怒りを感じてしまった。
悪いのは確かに俺だ。
でも、そこまで悪かったか?
俺の年ぐらいなら、誰だってあんな好奇心持つだろう?
それに、俺は過ぎた事なんかしていない。
それなのに、なぜ俺はそこまで言われなくちゃならないんだ?
レナは俺の何だっていうんだよ?

それは、いけない考えだった。
魅音やレナは、俺の友達。
友達だったから……怒りを感じた……のだろうか。
俺の腕は、きびすを返そうとしたレナに向かっていた。
「きゃ」
「ちょっと待てよレナ、確かに俺が悪かったよ、でもなぁ、そこまでするか?」
「け、圭一くんが悪いんでしょう? ちょっと、やめてよ、圭一くん!」
「なんだよ、レナ? 何でそんなに怒るんだよ?
大体きっかけは魅音の寝相の悪さだし、俺が原因じゃないだろ?」
俺はレナの腕を強く掴んだ。

「痛い、圭一くん……怖い……やめて……」
レナの声が涙声になっていく。
そこで俺は、腕を掴んでいなかったことに気付いた。
俺はまたしてもやってしまったんだ。
でも、こんなことがなんだっていうんだ?
体触られたぐらいでなんだって?
「おい、レナ、なんだよ? こんな程度でお前は怒るのかよ?
なんなら俺の胸もこうやってやってみろよ?」
無論そんなことしようとしても出来るもんじゃない。
俺の洗濯板みたいな胸と、レナの魅音ほどは無いものの、
女の子の主張としては十分すぎるほどのふくらみとは、
同じ生物の同じ部位とは思えないほど違う。


「やめて……やめてよぉ……ひっく……やめて……」
俺は揉むだけでは飽き足らず、撫でるようにして、
レナのパジャマの前ボタンを外した。
普段の俺ならブルって出来ないようなことでも、
怒りに駆られた今なら別だ。
「なぁ、レナ? これぐらいならいいだろ?」
レナの桜色の部分が、可愛らしく突き出ていた。
もっと小さな頃の本能なのか、俺はそれに吸い付くようにした。
「ひあっ……やめて、本当、圭一くんっ!」
レナは俺の頭を押さえつけるようにしたが、レナの力では俺の頭は離れない。
俺が体全体で向かっているのに対して、
レナはその華奢とも言える両腕で押し返そうとしているのだ。
腰も足も入らない、へたりこんだその状態で、俺への抵抗なんか出来るはずは無いのだ。

俺は知らぬ間に、レナの背中まで手を回していた。
いつしか口の動きも、今までの吸うのから嘗め回す動作に移行していた。
「……圭一くん……圭一くん……ごめんなさい、ごめんなさい、もうやめて……」
レナは俺の頭から手をどけて、自分の顔を押さえつけるようにした。
レナの両瞳から雫がこぼれて、もはや汗と唾液だらけになったレナの胸へと伝っていく。
「レ、レナ、俺、ダメだ、どうしよう、レナが好きだ、レナが」
「きらい……圭一くんきらい……乱暴なことする圭一くんなんかいやなの……元に戻って……」
それは追放の言葉だった。
レナの世界から、今の俺は排除された。
それは孤独なんかじゃない。
いつか終わるものなんかじゃないんだ。
永遠に一人なのは、死ぬのと同じ。
生きているっていうことは、他の存在と一緒に居れるということだから。

俺は死なない。
死にたくない。
レナが好きだから。
好きって言ってしまったから。
きらいって言われてしまった。
俺の中の全ての力が抜けていくのを感じた。

俺は泣いていた。
レナから離れて泣いていた。
壁に寄りかかって、息を切らしたレナが、俺の名前を読んだ気がした。
俺はその方向を見る。
酷い姿だった。
こうしたのは自分だった。
誰が誰を好きだって?
レナをこうしたのは誰?
俺はレナが好きだから、
レナをこうしてしまったやつを許せなかった。

「あ……ああ……あああああああああ!!」
夜中だったから、俺の情けない叫びが良く響いた。
静寂が何よりも大きな音を、俺の耳にたたきつけてくる。
かすかに動く音がする。
俺のほうによって来る音がする。
座った姿勢のまま、土下座するようにうつぶせになった俺に。
慈悲深い人が言った。

「圭一くん……きっと、明日になったら元通りだから……レナも頑張るから……
圭一くんも頑張って……」
そう言ってレナは、俺が伏せた部屋を後にする。
遠くで水を流す音が聞こえた。
俺が汚してしまった体を洗う音だ。
俺はそのかすかな音を聞きながら、畳の上で寝てしまった。

翌朝、魅音に蹴飛ばされた。
「おっはよーう、圭ちゃん、あらら? 今朝は元気ないねぇ?」
魅音の目が俺の股間へと移る。
「ん……ああ、おはよう……朝から濃いな」
「おじさんは朝から牛丼だってイケるよぉ!」
「そうか、よかったな」
ものすごい適当な返事をしたせいか、俺の着替えを魅音は思いっきり叩きつけた。
「さっさと着替えて! おじさんが見ててあげるから!」
「見るなっつーの!」
俺と魅音が会話しているのを除く、一つの目線があった。
その目線はすぐになくなって、足音ごと居間の方へと消えていく。
「あ、レナは?」
「レナは朝ごはんの支度してるよ? そろそろ呼びに来るはずだけどなぁ?」
俺は魅音の目がほかにそれてる隙に、ズボンをはき終わった。
「あっ! まぁいいや、まだ上が残ってるし」
「俺の裸を見て何が楽しい!」
「べっつにー、裸っていうより反応みてるのが楽しい。ま、着替えたらすぐ居間に来てね」
そう言うと、魅音は歩いていった。

俺は少しの違和感を感じていた。
なぜ俺に質問をしなかったのだろう。
なぜ隣の部屋に居たのかと、問いたださなかったのだろう。
答えは一つだった。

元の世界に戻るんだ。
レナの望む全てを、俺が叶える。
それが俺の贖罪だから。
涙をいくら流そうが、何度謝ろうが、
それには到底敵わないのだから。

居間にはご飯と、魅音と、書き置きだけがあった。
魅音は笑顔で応対し、俺は炊きたての白いご飯を口へと流し込む。

書き置きはまだ開けていない。

書き置き―完―

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最終更新:2007年07月25日 21:47