私、前原圭一は、操を狙われていました。
なぜ、どうして、操を狙われたのかはわかりません。
ただひとつ判る事は、
オヤシロさまの祟りと関係があったと言う事です。

どうしてこんなことになったのか、私にはわかりません。
これをあなたが読んだなら、その時、私は廃人になっているでしょう。
      • 意識があるか、ないかの違いはあるでしょうが。




 おかしい、何かがおかしい。

 俺の名は前原圭一。東京からこの雛見沢へ引っ越してきたばかりの、村のニューフェイスだ。村のみんなは優しくて、初めての田舎暮らしに慣れない俺をあれこれと面倒を見てくれた。
 よく耳にする、田舎は余所者を受け付けないなどという事もなく、俺はこの数ヶ月間を都会に居た頃とくらべて雲泥の差といってもいいほどにリラックスして送ってこられた……。

 だけど、あの晩……綿流しのお祭りを境にして、世界は豹変してしまった。別に、レナや魅音といった俺の親友がおかしくなったとか、そんな話じゃない。もっと直接的で、体感的な事だ。

 それは……


「探しましたよ、お兄ちゃん!」

 ジャーン! ジャーン!

「げぇっ富竹さん!!」

 俺の背後に、やたらとダンディな声と鍛え抜かれた逞しいボディをビキニパンツ一丁でグググ! と誇示する、フリーカメラマンの富竹さんが現れた。いや、現れてしまったというべきか。

 というか追いつかれたのだ。なぜなら俺は、今この男から全速力で逃げてきたのだから。俺は息がすでにあがっているが、富竹さんは余裕でとびっきりの笑顔を貼り付けたままだ。半裸で。

 レナの宝探しに付き合っていた時に始めて会った富竹さんは、フリーのカメラマンを名乗る気弱そうな、どこにでもいそうなおっさんだった。ただひとつ、鍛え抜かれたボディを除いて。

 富竹はいつも鷹野さんという綺麗なおば……女性と一緒にいて、綿流しのお祭りの時もそうだった。だけど、一夜明けてみれば鷹野さんは失踪し、そして富竹さんはビキニパンツ一丁の半裸という格好で俺の前に現れる様になってしまった。

 それも、彼はどこをどうトチ狂ってしまったのか、この雛見沢をトミタケアイランド呼ばわりし始めた上に、俺の妹を名乗って大好きですとかいって追いかけまわしてくる。彼がこんな変態だったとは……。


 いや……だけど、富竹さんはそういえば、初めて会った時にも君のような美少年がどうのこうのと言っていた。もしかしたら、いや、もしかしないでもそうだ、そうに決まっている。

 富竹さんはガチホモの上にショタコンなんだ。救われないぜ……。俺が。

 そうさ、これが富竹さんの本性だったんだ。だから鷹野さんはきっと、それに気づいて*されてしまったんだ。くそ、これ以上この場にとどまったら俺もどうなってしまうか解らない……!!
「あんなに約束したのに、ひどいじゃない!」
「うるせぇ来るな、来るんじゃねぇぇぇぇっ!!」

 俺は言う事を聞きたがらない脚に鞭を打って再び駆け出す。今、富竹さんに捕まってしまったら、きっと俺は二度と戻る事のできない深みに落ちていってしまう気がする。

 だから、逃げる!

 全速力で!

 きっと今なら、カール・ルイスにだって競争して勝てるだろうと思えるほどの速度で、あぜ道を走る。走って走って、走り抜ける。目的地は魅音の家だ。俺の家は恐らく、すでに特定されてしまっているから危険だ。
 魅音なら訳を話せばきっと俺を匿ってくれるはずだと親友を信じて走る。

 これだけの速度だから、さすがの富竹さんも俺に追いついてはこられなかった。というかあの人、はだし、だから……。そしてようやく魅音の家にたどり着いた。
 相変わらず大きな家だ……珍しいインターホンを押して、魅音に取り次いでもらおうとする。

 しかし、俺がインターホンに手をかけるまえに、重そうな門戸がぎぃーっと開かれる。そして中から現れたのは……


「待ってたよ、兄ィ!」

 張り裂けんばかりの笑顔の富竹さんだった! いやもうさん付けなんていらない、こんな変態、トミタケで十分だっ。しかも兄ィなんて、異様に気持ち悪い呼び方をされた。やめてくれ。

「ぎゃあああっ! なんであんたがここにいるんだ!!」
「それは運命さ! 兄ィと私は運命の赤い糸で……」
「うっせぇええええ! 俺の魅音を返せよぉぉぉ!! うわああああっ!!」

 もうだめだ、ここにトミタケがいるって事は、きっと魅音は*されてしまったに違いない。俺は号泣しながら身を翻すと、他に俺を匿ってくれそうな家を考える。

 どこだどこだ、どこに逃げればいい……!

 ……そうだ、沙都子と梨花ちゃんの家なら! ちょっと遠いが、あの二人なら奇想天外な方法で俺を助けてくれるはずだ。小さな女の子に助けを求めるなんて男として情けない話だが、今はそんな事を気に掛けている場合じゃない!

「あ、兄ィ、待ってよぉ!!」

 やっぱり後ろから追いかけてくるトミタケを尻目に、俺は二人の家へまっしくらだ。梨花ちゃんの策略と沙都子のトラップがあれば、あんな筋肉ダルマなんて一網打尽にできるはず。とにかく急げ。
 しかし俺が疲れてきたせいか、さっきよりも脚の速度が上がっている気がするトミタケをなかなか振り切れなかった。それでも、林を通ったり田んぼを突っ切たりしてなんとか撒いて走ると、二人の家が見えてくる。

「お、おぉぉい! 沙都子ー! 梨花ちゃーん! 頼む、開けてくれ!! 今は何も聞かずに俺を匿ってくれ!!」

 そんなに大きい家じゃないから、叫べば聞こえるはずだ。すると俺の願いは叶ったようで、すぐに上の階からどんどんと二人分の足音が降りてくるのが聞こえる。俺の悲壮な声に緊急性を感じてくれたのだろう。

 しかし。


「兄君様、どうなさいました!?」
「どうしたのですか、兄上様……」

 俺の目の前に現れたのは、可憐な二人の少女ではなく……鍛え抜かれたボディが逞しいトミタケだった!

 それも二体……二体だと!?


 俺の眼が点になる。いやまて、トミタケはトミタケであって、唯一無二の存在のはずだよな。生き別れの双子がいたなんて話、聞いた事もないぞ……いやもうそんな事はどうでもいい。大事なことは、悪魔が二匹になったって事だ!

 そして梨花ちゃんと沙都子まで*されてしまったということだ!

 なぁんてことだ……ええい、こうなればここもデンジャーゾーンでしかねえ! 涙も枯れ果たて俺は、生きるために踵を返して最後の希望であるレナの家へ向かって飛び出した。

レナは自分の家に俺をあげるのをを嫌うが、だけど、これだけの事態だ……話せば解ってくれるはずだ!
 ……でも、魅音が*されて、沙都子と梨花ちゃんも*されたとなると……いや、まさか、そんな。レナに限って、そんなはずが……!

 俺はレナの無事を願って彼女の家へと走ったが、しかしそんな願いは無惨にも打ち砕かれる事となった……俺の悪い予感が的中する。 
 そう、息も絶え絶えにたどり着いた竜宮家の玄関から出てきたのは、あのかいがいしく可愛いレナではなくて――


「はぅ~~~兄チャマ見つけた! お持ち帰りィィィィィイ!!」

 トミタケだった。

 俺は絶望と怒りの余りに絶叫する。天をも突かんばかりに怒りの声を空へ放つ!

「くそぉぉおおおお! 俺の大事な人をみんな*しやがってぇええ! しかも気持ちの悪い真似まで……もう許さねぇぞ!! 
 大石さんに援軍を頼んで、てめぇを一五〇〇秒で雛見沢から消し去ってやる!!」

 だけど結局、どこまでも他力本願な俺は玄関に置いてあったレナの形見の自転車を奪って輿宮の町を目指す。亀有のお巡りさん並の勢いでペダルをこぎまくる!
 たぶん、時速一〇〇キロは出ているはずだ、もの凄い勢いで景色が流れていく。この調子ならすぐに輿宮の町につくぞ!


 そして、あっという間に輿宮の町へ着いた。なんだか人気が感じられないが、構わず真っ先に警察署を探して駆け込んでいく!
 俺の名を出せばすぐに捜査一課に通されるはずだ。
 大石さんは俺を貴重な情報源と思っているらしいからな……! ちょっとしたVIP待遇みたいなもんだぜ。うぇっww

 だが、署に入ってみて違和感を感じた。おかしい――静かすぎる。まさか、いやそんな馬鹿な。
 それに大石さんは別に大切な人じゃないぞ……んっふっふ、なんて笑いが気に障る程度のおっさんに過ぎないんだ。

 というか俺の頭を踏んづけてくれた恨みは忘れねぇぞ。

 だ、第一、トミタケといえど警察署の人間をまるごと**してしまうなんて、できるはずがない……。
 なんて思っていると、俺の背後から聞きなれた笑いが飛んでくる。それにほっと安心した俺がいけなかった……。

「んっふっふ。来てしまいましたか、お兄ちゃん……」

 お兄ちゃん、だと。まさ、か……

 俺は、錆び付いた歯車みたいにギギギと音がなりそうな程にぎこちなく首を後ろに回す……見たくない見たくない、見たくない……そう願ったが、やはり俺の眼に入ってきたのはトミタケだった。
 悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、しかしこのトミタケは俺を追いかけようとはせず、むしろ諭すような口調で俺を呼び止める。それは大石さんの喋り、そのものだった。

 それに違和感を感じた俺は、勇気を振り絞って立ち止まる。

 ……よし、トミタケは動かないみたいだ。他のトミタケとは違う……? そんな問いを俺は謎のトミタケに投げかける。すると、謎のトミタケは静かに語りはじめた。


「こんな姿をしてはいますが……私は大石です。あなたの敵じゃあありません」

「だ、だけど! どう見ても大石さんじゃなくてトミタケじゃないか!」

「いいから話を聞いてください、いいですか。今、この辺り一体には恐ろしいウィルスが蔓延しているんです」
「な、なんだって? ウィルス!? もしかして、トミタケの豹変と関係があるのか!?」

「そうです。そのウィルスの名前は「T-ウィルス」……ちなみにTは、トミタケのTです」

「んな事どうでもいいよ! そのウィルスがどうしたっていうんだよ!」
「このウィルスは、鷹野三四によって人為的に散布されたものです。いわば、生物兵器……!」

「な、なんだって? 鷹野さんが? なにがどうなってるんだ……」

 訳のわからない俺に、謎のトミタケが勝手に核心に迫っていく。俺はもはや、呆然と立ち尽くしてその話に耳を傾けているしかなかった。


「そしてこのウィルスがヒトに空気感染すると、皆このようなトミタケになってしまうのです……身も心も!」

「なんてことだ……あのトミタケは、レナや魅音の成れの果てだったっていうのかよ……そんなのって……!
 ……・じゃ、じゃあなんで俺は大丈夫なんだよ……あんたも、心はトミタケじゃないみたいじゃないか」

「……私は、今しがたこの町に帰ってきたばかりです。まだ症状の進行が浅い……鷹野三四の陰謀をつきとめ、危機を知らせようとしたが遅かった……!
 だけど、お兄ちゃん! う、ぐぐぐ……! 違う、前原さん!
 あなたは違う、あなたは奇跡的にT-ウィルスへの耐性が備わっていた! だから前原さん、あなたは今すぐ町を脱出して遠くへ逃げ延びるんです。
 そしてこの危機を、雛見沢大災害の事をどうか全世界に伝えて欲しい!
 このウィルスが世界中にばら撒かれたら、この世の終わりが来る……! だからだかだかだか……うぅ、お兄ちゃーん!」

 く、くそ! とうとう大石さんまで感染しちまった……なんだかよく解らない。
 なんでトミタケ化すると俺をお兄ちゃんと呼ぶのかも解らないが、とにかく俺は世界の命運を握っているらしい。
 だけど鷹野さんが全ての黒幕だっていうなら、皆のカタキを取ってやる。泣いたり笑ったりできなくしてやる!!

 よし、逃げるぞ!
 そうだ、東京へ戻ろう! 金がないなら歩いてでも行ってやる!

 そうして復讐に燃える俺は警察署を飛び出した。
 だが、警察署から出た瞬間に俺の進路を一二人ものトミタケが塞ぐ! くそ、こいつら待ち伏せてやがったな!!

「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃま!」
「兄ィ!」
「お兄様~!」
「おにいたま~」
「兄上様!」
「にいさま!」
「アニキぃ!」
「兄くん……」
「兄君様ぁ!」
「兄チャマー!」
「兄やぁ~」

 野太い声でおぞましいセリフを吐くトミタケ軍団が俺を襲う……!
「ぐわあああっ!! てめえら、俺をどうするつもりだぁああっ!!」

 俺は必死にトミタケたちを払おうと抵抗するが、鍛えられたトミタケのボディから繰り出される肉体的接触は、俺などではとても抗えないレベルで……!
 く、くそ、こんな所で、こんなところでぇぇぇぇ……!!

 俺はトミタケまみれになり、意識がブラックアウトしてい、く……






 ごつん、と頭になにかが当たる音がした。頭をふっと上げると、青い髪の女の人が怒ったような顔で俺を見ていた……。

「あ……知恵、先生……」
「前原くん。授業中ですよ!」
「ゆ、夢だったのか……良かった、良かったぁああああ!!」

 悪夢から救われた事に身が打ち震えて、俺はついがばぁっと知恵先生に抱きついてしまう。
 知恵先生、おしりがイイよなうぇへへへへなんて邪な感情は一切抱いてなどいない。
 ただ、まともな人間を久しぶりに見た様な感覚に安穏を得ようとする体が言う事を聞かないだけで。あぁ、良いニオイ~。

「ま、前原くん! やめなさい、そんな、まだ心の準備が……いやそうじゃなくて」
「先生ぇ~~俺怖かった、怖かったよぉぉぉ」

 どさくさに紛れて先生の胸の谷間に顔をうずめてぐりぐりする俺を遠目に、他の生徒たちがひそひそ話をする。


「みー。なんだか今日の圭一は様子がおかしいのです。まるでセクハラオヤジなのです」
「圭一さんって年上好きでしたのね……それにしても大胆ですこと」
「そんなぁ……け、圭ちゃ~ん……」

「先生~~!」
「前原くん、放しなさいっ、あ、いやっ、そんな所さわっちゃダメぇ!」

 何か興奮してしまって止めるに止められない状態になってしまった俺は、だから背後に近づく巨大な殺気に気づく事ができなかった。
 その手が肩に触れてはじめて気づき、自身の愚かな行為を悔いるまでは――。

「あはははははははは。圭一くん……見損なったよ。そんなハレンチな人じゃないと思ってたなぁ……卑劣漢。恥知らず!
 これが前原流のやり方なの?! 私ばっか喋り尽くめ?  黙ってんじゃないわよッ!! 聞いてんの前原圭一ッ!!」

 レナが、どこから取りだしたかの大きなトマホークを構えて鬼の様な形相で俺を睨んでいた。
 あの、レナさん? それってもしかしてゲッタートマ……

「うっさいなああぁぁぁッ! 黙ってろって言ってんでしょおおおぉぉッ!!」

「ちょ、待て、何も言ってねぇえええ!」

「あはははは! お前は汗の代わりに血を流せばいいやぁぁっ!」


 あ、だめだ聞いてない。


 そうして俺は暴走したレナのゲッ○ーストラングルを喰らいながら、意識を飛ばしていく。くそー……なんであんな夢を見ちまったんだよぉ。
 そして、まさかレナに引導を渡されて人生を終わるとは思ってもいなかったぜ……。

 あぁ、もうすぐ七夕だな……それまで生きていたかったなぁ。

 ……でも、もし生きながらえたら、短冊の願い事は絶対にこう書いてやる!


「トミタケが喉を掻き毟りますように」



これを読んだあなた。
どうか真相を暴かないでください。
どうかそっとしておいてください、思い出したくありません。
それだけが私の望みです。


前原圭一



プリンセス・オブ・トミタケ ~究極 男の妹~

         完

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最終更新:2007年04月01日 01:30