私は、はやる気持ちを抑えながら、いつもの病室のドアを開けた。
そのカーテンの先には……悟史くんが居る。
悟史くんは、ベッドの上に身だけを起こし、監督と話をしていた。
問診というやつだろう。

「あの、監督……入っていいでしょうか?」
「いいですよ、詩音さん」
その言葉だけで胸が跳ねた。
一歩一歩慎重に、悟史くんを驚かさないように……

「さ、悟史くん……おはよう」
「……誰?」
少し、言葉に詰まる。
「詩音……園崎詩音、覚えてる?」
「……ああ、魅音の妹か」
なんとなく、記憶の中の悟史くんと違う。
でも、目の前のこの人は……間違いなく悟史くんだ。

「詩音さん、悟史くんは……少々記憶の混乱が見られますので、
今質問は控えてもらえますか?
記憶の程度を今分析していますので……」
監督が耳打ちした。
悟史くんはそれを不審に思うこともなく、
ただぼうっと空中を見つめていた。

「は、はい……また来ますね」
「ええ、ぜひ」
監督は笑顔で私を送り出してくれた。
本当は……私が今入ってきてはいけなかったのかもしれない。
そんな気持ちを胸の中に抑えつつ、
私は駆け出した。

次の日に診療所へ向かうと、
私がいつも同じ時間に来るのが分かっている監督が、
診療所の前で待ち構えていた。
「あ、詩音さん……あの、悪いんですが」
「まだ無理なんですね、いえいえ、悟史くんに会えるんですから……ちょっとの間ぐらい我慢しますとも」
「……はい、すみません」
今度は私が、監督を笑顔で診療所へと送った。

次の日も……その次の日も。
私は、一ヶ月待った。
その時間は、私が今まで待った時間よりもはるかに長く感じられた。
それでも悟史くんが居ると分かった後の期間は、
どこか寄りかかるところが無かった今までよりも充実していた。

だから……
私は。

生まれて始めて、手首を切った。


「詩ぃちゃん……腕時計なんかしてたっけ?」
レナは、恐ろしいぐらい勘がいい子だ。
私を放課後の教室に呼びつけるなり、
そう言った。
「……ええ、確かに今日からしてますけど、
それが何か?」

「……ごめんね、ちょっと気になったの」
「何が……です?」
こちこちと、時計の針の音がうるさかった。
その音が、この長い静寂がそれほど長くないものだということを、
嫌というほど聞かせてくれる。

「あの、レナ……帰りますよ?」
「詩ぃちゃん、これ見て?」
いつも手首を曲げているレナが、
私にはっきりと、私の手についたのと同じものを見せてきた。
「……あのね、こんなことするのは、何かあったからだよね?
レナ、相談に乗るよ?」
私は、恥ずかしさに頬を染めた。

一緒に戦い抜いた仲間じゃないか。
それなのに、私は自らを集団の少し外に置いていた。
悔しかった。
悟史くんに会えたのは……皆を信じたからなのに。
悔しくて悔しくて、手首を切った時には溢れなかったものが、
目からぽろぽろと零れ落ちる。

「し、詩ぃちゃん……」
レナは、おろおろとしつつも、ごく冷静にハンカチを差し出してくれた。
「悟史くんのこと?」
どきっとした。
この子の勘は……鋭すぎる。
「……って、言われたの」
「何?」
「近づくなって……うぇ、っ……うううう、うぁああああああ!!!」

レナはそんな取り乱した私を……包み込んでくれた。
「大丈夫だよ……悟史くん、居たんだよね?
どこかに行ったんじゃないんだよね?
じゃあ、大丈夫だよ?」
「うぇえ、うぅ、うぇえええ!!」

背中をぽんぽんと、レナは叩いてくれた。
「好きなだけ泣いて?
でも、その後は笑お?
だって、詩ぃちゃんは今幸せなんだもの。
意中の人が、ちょっと遠ざかっただけだから」
レナの言っている意味が……心の奥に染み渡った。
レナの好きな圭ちゃんは、お姉を選んだから。

「……男の子なんて、この世にいくらでも居るよ」
本当は、自分だって泣きたいはずなのに。
私は自分がまた恥ずかしくなって……
また泣いた。
「それに……女の子が好きな……女の子だって居るんだよ?」

突如として、私はより強く抱きしめられるのを感じた。
レナの鼓動がすぐ近くにあって、
この世に存在するあらゆる音より大きく聞こえた。
「詩ぃちゃん……私、一杯慰めたよね?
だから……私も慰めてくれる?」
レナの手が、少しずつ下へと這っていく。

「れ、レナ……?」
私が信じられないものを見るかのような目でレナを見ると、
レナはびくっとして、すぐに手を引いた。
「ご、ごめ、わ、私……何してんだろ?」
「い、いいですよ……レナを、慰めますよ……
でも、私……どうしたらいいか」
「本当にいいの? 詩ぃちゃん?」
真っ赤になったレナの顔が、急にいとおしく感じた。
「……ぅん」

私は、机を掴んでお尻を突き出す形になった。
レナが後ろから、私の胸に手を回していた。
右手は胸に……左手は、太ももに。
「はっ……くっ、れ、レナぁ」
それだけの行為なのに、
私の腰は抜けそうになって、がくがくと震えていた。
「詩ぃちゃん、かぁいいよ」
レナが囁くように言った。
そのまま、みみたぶを噛んで来る。
「あぅっ!」

「詩ぃちゃん、感じやすいんだね……もう、大変なことになってるよ?
もしかして、毎日毎日してたのかな?」
「れ、レナ……おじさんみたいです……はくっ!」
レナが首筋を撫でてきた。
もうどこを撫でられたって、
私の全ての皮膚は鋭敏になって、
下着がずれただけで体が痙攣するようになってしまった。

「じ、焦らさないでッ!」
「詩ぃちゃんずるいよ……私はまだ気持ちよくなってないのに」
そういうレナの目は、とろんとしていた。
「嘘でしょ、レナ……」
私は机に座り、レナを抱きしめた。
そのままレナとキスをする。
唇へのキスだ。
本で見たとおり、舌を突き出してみる。
レナはそれに応えて、舌を付き返してくれた。

「あむぅ……にゅ、ちゅりゅ」
声にならない声を、口の間から出す。
レナの顔は再び真っ赤になった。
すごく分かりやすい子だ。
「レナ……胸をいじったことはあります?」
「……ぅん」
「包皮を剥いたことは?」
「詩ぃちゃんも……おじさんみたいだよ?」
「質問に答えない悪い子は、全部やっちゃいます」

私は、口でレナの乳房を責めた。
右手はレナの左胸に。
左手はレナの秘所に。
「あっ、あぅ……はぅぅぅ、だっ、詩ぃちゃん、いっぺんにはダメェ!」
レナは……一瞬にしてイってしまった。
また私はキスをする。
レナが窒息しそうだったので、今度はすぐに口を離した。
はっ、はっと苦しそうに、レナは肩を上げ下げしていた。

「し、詩ぃちゃんにも……しないとね?」
レナは恐ろしい回復速度で、
私を押し倒した。
「あ、レッ!」
私はレナに犯される様に、机に仰向けに寝そべる形になった。
目に見えるのは教室の天井じゃなく、一面のレナの顔。
私はまた、唇を奪われていた。
しかも今度は、私が一方的に責め立てられている。
レナの無秩序とも言える、
痙攣するような手が、私の大事なところで震えていた。
口をふさがれているから、息をすることもままならない。

レナがやっと口を離してくれた。
私は大きく息を吸う。
「詩ぃちゃん、悟史くんに沙都子ちゃんのこと頼まれてたんだよね?
沙都子ちゃん、近頃詩ぃちゃんが全然かまってくれないって、
私に泣きついてたよ?」
レナは責める手を止め、今度は言葉で責めてきた。
「ぇ……あ、だ、だって……沙都子はもう大丈夫……」
「嘘だ」
レナがそう囁きゆっくりゆっくり、手を動かす。
私の中に指を挿入しようかどうか、迷っているように。

「詩ぃちゃんは沙都子ちゃんのこと……頼まれてたんでしょ?」
「は、はぃ……沙都子のこと頼まれてましたぁぁあ……あぅっ!」
突如として、レナが私の中に指を入れた。
「れ、レナぁ……」
突然の衝撃に……私は失禁してしまった。
「ご、ごめ……ぐすっ、うう」
「わ、私こそ……ごめん、考えもなしに嫌なこと言っちゃって……」

「ううん、私が悪いんです、悟史くんのことばっかり考えて、
沙都子のことをないがしろにしてたから……
私が悪いんですぅぅぅ……」
「詩ぃちゃんは悪くないよ……私のほうが悪いもん。
失恋したからって……詩ぃちゃんに当たって……
魅ぃちゃんに似てるからってね……」

私たちは、雑巾で後片付けをした。
なんだが自分が情けなくなってくる。
こんな年になって、おもらししてしまうなんて……
「あ、あの、レナッ……その、今度は」
「今度は無いよ、詩ぃちゃん。
今度は私も、いい男の子を見つけるんだ」
レナはそういって、笑ってみせた。

「じゃ、じゃあ、その時はダブルデートしましょ、
レナなら絶対見つかる! 圭ちゃんなんかより、
万倍いい男が見つかるよ!
だって……」
「あっ」
私は、レナの傷ついた手を取った。
「こんなに綺麗な手をしてる」
レナは、また赤面した。


リハビリ室は、突き当りを曲がったところ。
あらかじめ位置は把握していた。
そのドアを叩かず、私は元気に開けた。
「おっはよー、悟史くん! 監督!」
「あはは、元気ですねぇ、詩音さん」
「むぅ、詩音、ここは病院だよ?」
私は、あの後苦労しつつも、なんとか悟史くんと普通に接せるようになっていた。
「悟史くんも、元気ですねぇ、さっすが朝」
「ふぇ?」
悟史くんは、私の言葉に騙されて、下を向いた。
「ひっかかったー!」
「む、むぅ……」

いま思えば、悟史くんの変化なんて、一瞬のことだった。
私は悟史くんの外見を見て恋をしてたの?
違う。そうだよね? レナ?

私は、レナの醜いけども……お料理やお裁縫や、
その他の努力で何年も頑張った手を思い出した。

綺麗な手 ―完―

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年03月29日 23:13