魅音が居なくなってからというもの、
俺たちの周りでは不可解なことばかり起きていた。
梨花ちゃんと沙都子が失踪したのだ。
恐怖におののく俺に、レナが優しく言った。
必ず私が犯人を見つけてみせる、と。
きっと、これは俺への罰だった。
俺が魅音を裏切ったから……だからって、こんなことが許されるのか?
あいつは……人を消して喜んだりするやつだったのか?
「圭一くん、ごめんね」
「……謝らないでくれ、俺が……惨めだ。卑怯ものなんだよ……うそつきで、卑怯者で……最低なやつだよ」
「そうだね、圭一くんは最低だね。人の気持ちも考えないで、傷つくこと平気で言うし、今もそうやっていじけてる」
俺は、何にも言い返せなかった。
「……圭一くん、だから、がんばろ?」
レナにはたかれた頬が、痛かった。そんなに力いっぱい殴られたわけでもないのに、
レナのそれは、効いた。
「……ありがとう、レナ。俺も決心した。行こうか、魅音のところ」
「うん、大石さんにはもう連絡してるから……後は、圭一くん次第だよ」
俺が行かなくちゃ、どうにもならない。俺が魅音に謝って……その後、どうなんだろう?
魅音は認めてくれるだろうか? 自分の犯した罪を。俺だけに制裁を加えるならわかる。
でも、俺以外の皆に……理不尽すぎる。
「圭一くん、魅ぃちゃんのこと、好きだった?」
「……うん」
言うか言うまいか、迷った。俺はたぶん、好きだった。仲間だとか、そういうことじゃなくて、それよりもっと親密な……
勉強漬けだった俺に、遊びを教えてくれた人。本当に楽しむということを教えてくれた人。
本気で物事に当たることを……教えてくれた人。
それと多分……異性を好きになるということを、教えてくれた人。
「余計にがんばらなくちゃね、ふぁいと、おーだよ? だよ?」
レナは強いやつだ。こんな状況でも、俺を元気付けてくれる。
「本当、ありがとう」
俺は、レナの頭をくしゃくしゃとやった。
「はぅ……」
レナは赤面する。さっきまでの怖かったレナとは別人みたいで……
でも、今の俺にはどっちもがレナなんだって分かる。
そして魅音も……残虐な鬼の魅音と、俺が……好きだった魅音……
俺の、勝手な思い込みだったのかもしれない。
魅音は魅音で、あの残虐行為を好んでやったんじゃないだろう。
その一線だけは、どうしても譲れない。
「魅ぃちゃんの……家だよ」
馬鹿でかい門だった。噂には聞いていたが、実際に見ると圧倒される。
木造瓦屋根の、古めかしい門だ。
俺とレナは、インターフォンを押す。返事は無かった。
「勝手に……はいろ」
「緊急事態です、仕方が無いでしょう。
少々面倒なことですが……ま、上手くやりますよ」
大石さんは、笑顔で背中を押してくれる。
この人たちにとって、魅音が逮捕できれば、家宅侵入なんて些細なことなんだろう。
俺とレナは、鍵が掛かっていないことを確認して、門を開いた。
門は、ぎぃぃときしみながら巨体を滑らせていった。
門から実際に住んでいるであろう家屋まで、大分あった。
広い庭だ。
「たぶん、魅ぃちゃんは中に居ないね。私たちが来るだろうから、気付いたのかもね。
ちょっと危ないけど、二人で手分けして探そうか?
三十分ごとにここに戻ること。はい、腕時計と防犯ブザー」
大石さんが念のためと用意したものだだ。
腕時計は、中で色々なことが起きたときに、一度目を落として欲しいと言っていた。
「おう、レナも気をつけろよ」
大石さんとその部下たちは、集音機の調整をしていた。
これが、万一の時に俺たちの命を救ってくれるかもしれないものなのだ。

俺は門から左回り、レナは右回りに捜索を始めた。
庭の半分ずつだから途中でかち合うことは無い。かち合ったのなら、
俺が道に迷った証拠だ。それぐらい魅音の家の庭は広い。
しばらく歩いていると、鬱蒼と木が茂る、林のようなところへと出た。
俺の体は、そこで止まる。あの長い髪は……魅音?
魅音は、白装束姿でうつむいて林をさまよい歩いていた。
まるで、牛の刻参りでもするかのような格好だ。
声をかけるかどうか、迷った。でも、かける。
「おい、魅音か?」
「けっ、圭ちゃん!」
魅音が一瞬、明るくなったように見えた。
それぐらい、魅音の表情は憂鬱が多くを占めていた。
「魅音……」
俺は、魅音の名前を呼びながら、ゆっくりと歩いていく。
魅音は、何かにおびえるように後ずさり、すぐに背後の木に当たってへたり込んだ。
「魅音?」
「来ない……で……いや、来て」
魅音が、耳の辺りを触って言葉を訂正した。
俺は、無言で魅音に近づく。
「梨花ちゃんや……沙都子を探しに来たんでしょ?」
「……ああ、魅音……お前、なんだろ?」
「……そうだよ」
「謝る、魅音……俺は、お前のことを喋っちまった……
でもよ、なんで……俺に最初に手をつけなかったんだ?」
魅音が、また耳の辺りを撫でた。髪、だろうか。髪をかくようなしぐさだった。
「そのほうが……圭ちゃんが怖がると思って……」
「何だって!」
「ひっ!」
魅音は、さらにずるずると地面に倒れこんでいく。
「ご、ごめん……」
「っく……ひっく……ごめん、ごめんなさい、罰ゲームだよね?
これ……圭ちゃんが、私の罰ゲーム、半分持っててくれたから……
こんなことになっちゃったんだよね?」
魅音の言っていることが、よくわからなかった。泣いた魅音を前に、
俺はどうしようも無い気持ちになっていた。
「あははは、ころ、殺しちゃった、あははは、梨花ちゃんは逃げちゃったけど、
沙都子はこの手で確実に殺したよ、あははは」
魅音は、錯乱しているのだろうか? 俺を見ていない気がした。
「魅音ッ! いい加減にしろよ! ちゃんと話せよッ!」
俺は、かまわず魅音の胸倉を掴んだ。そうすることで、正気を取り戻すことを願って。
「ばーかばーか、遅かったね、圭ちゃん、沙都子を助けられなかったね」
「魅音んんんんッ!」
力強く引きすぎて、白装束がはだけだ。魅音の体が露になる。
「け、圭ちゃっ」
「お前、お前のせいで! 何で、何であんな程度で殺すんだよッ!
人の命を何だと思ってんだ、おぃッ! 聞いてんのか?」
「人の命なんて……大したもんじゃないよ」
俺は、完全にキレていた。魅音に平手をお見舞いしてやる。
「ひゃうっ!」
「拳で無かっただけ……感謝しろ……魅音、警察に行くぞ?」
俺は、魅音を殴ってようやく冷静さを取り戻した。
「誰が行くもんですか。圭ちゃんも殺してやるよ」
そうは言っても、魅音が襲いかかってくる様子も無い。
「……魅音、俺を舐めてんのか?」
殺人を犯さなくても、殺人と同じぐらいの苦しみを与える方法を、
俺は一つだけ知っていた。俺は、制裁を与えなくてはならない。
沙都子の無念を晴らすためにも。それと……詩音の無念も……
「け、圭ちゃ、な、何すんの?」
俺は、魅音の胸を乱暴にわしづかみにした。
無言で、俺は自分のズボンのファスナーを開ける。
「へ、へぇ、犯すんだ。私が殺人犯だから、圭ちゃん私を犯すんだ?」
神経を逆なでする魅音の声も、今はもう聞こえない。
「……やってみなよ、その代わり圭ちゃんも警察に捕まっ」
俺は、魅音を黙らせるために、無理やり挿入した。
魅音の膣は、めちゃくちゃきつかった。
それもそうだ。ロクに愛撫もしていない。
本に書いていた知識だが、俺でもそれは相当の苦痛を与えるものだと知っていた。
魅音は、ただ口をパクパクさせていた。
「ひっうぅっ、ひたひぃぃぃぃ」
魅音は泣き出した。俺もさすがに痛いから、
ちょっとだけ自分でしごいた。魅音の性器も、軽く撫でる。
今さらそんなことをしたところで、魅音の痛みが無くなるはずも無かった。
拷問は続く。
さっきよりは若干きつくは無いが、それでも隙間が無いんじゃないかというぐらいの狭さで、
俺も気持ちいいというよりは、痛い。
でも、魅音の痛みは俺の比ではないはずだ。
数センチも入っていなかったペニスを、半分……五センチぐらい突っ込んだ。
「ぬ、ぬひぃてぇぇ、けっ、ちゃん、ご、ごめんなしゃひ、いた、いたい」
「魅音、分かったかよ? 沙都子や詩音の痛みは、こんなもんじゃなかったはずだ!」
俺は、無理やり……全部挿入した。何かを突き破る感触が伝わる。
「あうっ……」
魅音は、気絶した。
俺の中の暴力性は、衰えることが無い。こいつは人を殺すことに、何の躊躇も無い悪魔だ。
近くの泥水をかけてやる。白い衣装が茶色く変色し、魅音の体に砂利が一杯ついた。
「おい、起きろよ」
「……はい」
妙に素直になった。
「なぁ、分かってんのか? 自分の立場がよ。お前は人を殺したんだぜ?」
「はい」
魅音は全く、俺を見ようとしない。駄目だ、こいつは分かっていない。
出血している魅音の膣を、魅音の服で拭いた。まだ白い部分が残っていた装束も、さすがに白を残せないでいた。
「おらッ!」
俺は、それが終わったあと、一気に挿入した。今度は、信じられないぐらいの快感があった。
俺の目の前に、軽く火花が散る。腰が、第二撃目を勝手に行っていた。魅音はもう、何も言わない。
でも、意識を失っている様子は無かった。四往復したところで、俺は魅音の一番奥で射精した。
今まで自分でしたときとは、比べ物にならないぐらいの脈動を感じる。
魅音の中から抜く時も、腰が引けた。
魅音が、四つんばいになった。
「あぁ? 何だ? 犬の真似か?」
抜いた俺のモノは、全く衰えなかった。この魅音の格好が、たまらなくいやらしい。
俺は、魅音の髪を思いっきり後ろに引っ張った。
魅音の顔が空を見るほどに。その瞳に光宿っていない。
やった、敵をとったぞ、沙都子、詩音。
俺はこいつの心を殺した。
俺は歓喜に震え、魅音の尻を両手で思いっきり掴んで、後ろから犯す。
魅音が、なにやらぼそぼそと喋っていた。
「これも……罰ゲームなの? 圭ちゃん?」
「ああ、そうだよ! お前は反則したんだ、だから罰ゲームだッ!」
自分で何を言っているのかわからない。
とにかく、俺は自分の行為を正当化した。
もはや、制裁は済んだのだ。
俺はこのまま、快楽をむさぼるため、この雌を犯す権利がある。
俺の親父が持っていたビデオに、こういうのがあった。
後ろから激しく突いているコレを見て、いつか自分もやってみたいと思っていた。
それを今、自分でやっているのだ。
射精を我慢することも無く、二回目の射精を魅音の中でした。
妊娠しようが関係ない。こいつは悪だ。
「け、ちゃ、いた、い……」
「ごめんなさいって言ってみろ! 沙都子にッ! 詩音にッ! ごめんなさいって言ってみろよぉぉッ!
「ごめ……なさい……詩音、ごめん、なさい、沙都子……ごめん、なさい……」
目の端から落涙する魅音の声を聞いて、俺は三度目の射精をまた、
後ろから突きながらした。快感、怒り、悲しみ、あらゆる感情がない交ぜになって、
俺の体を支配した。もう、自分だって痛い。
それでも、魅音の体はたまらなく気持ちよかった。
昔、興味本位で雑誌に乗っていた、
豚骨ショウガ味のカップラーメンに穴を開けてそこに入れるというのをやったことがあるが、
そんなものとは比べるべくもない。
あの魅音を犯しているという事実もあり、
俺は三度目の射精をしても、まだ魅音の中に入れたままだった。
もう中はぐちゃぐちゃで、一体どうなってしまっているのか想像もできない。
「……から……だから、圭ちゃんを……圭ちゃんを、殺さないで……」
え?
俺は、そう言おうとした。
だが、言葉が出なかった。
炎に触れたような感覚。
針が侵入していくような感覚。
筋肉が震え、脳の機能が遮断される。
俺は、意識を失った。

「圭ちゃん、起きましたか?」
「……魅音?」
魅音、じゃない。魅音は、もっと奥に居た。
「詩音ですよ、覚えてます?」
「うう……」
俺は、体を起こそうとして気付く。
拘束されていた。
木製の台座に、金具と皮のバンドでしっかりと手足が固定されていた。
「面白かったですよ、お姉の格好。
犬と同じ格好しろっていったら、本当にするんですから。
圭ちゃんのためにね?」
詩音が、うなだれ座り込んでいる魅音に言った。
白装束や体はあのときのままで、汚れていた。
「しお……ん、お前……お前が指示してたのか?」
「いや、犯したのは圭ちゃんでしょ? 
本当、何しですかわかったもんじゃないですね。
せいぜい、お姉をボコボコにするぐらいかなーと思ってたんですが」
何も、言い返せない。
「とにかくですねぇ、お姉を一番苦しませるなら、
今この場で圭ちゃんを殺しちゃうのが一番なんですよ。
死んでもらいますね?」
「い、い、いやあぁぁぁぁぁ! やめてぇぇっ! 
け、圭ちゃんを殺さないでぇっ!」
俺、あれだけ酷いことしたのに……魅音……
俺は、悔いても悔いても足りないほどの後悔をし、
反吐が出るほどの自分の不甲斐なさを……呪った。
「殺せ、詩音。俺にとっちゃ……生きるのが一番つらい」
「そういう人は居ますよ? でもね、釘が指に刺さったら違うんですよ。実際ね」
詩音は、力一杯木槌を俺の人差し指の爪めがけて叩き下ろした。爪が割れる。
「っぐ!」
「どうです? 痛いでしょう? 今から足の指もあわせて、全部やってあげますよ」
「ああ、頼む」
詩音は無言で、俺の右手の指全てに対して、同じことをした。
そのたびに激痛が走ったが、魅音の痛みに比べたら、全然マシだろう。
「なかなか、頑張りますね。次は指折っちゃいましょうか?」
「やめ……てぇえ……詩音、お願い……」
「……そうですね、条件付でやめましょうか……お姉? 
お姉が好きなゲームですよ。ゲームをしましょう。負けたら罰ゲームです」
詩音はそう言って、さも愉快そうに笑った。
「うん……なんでもする」
「じゃあ、オナニーして五分以内にイってください。知ってますよね? 
やり方? 私が前お姉の部屋行ったとき、やってましたもんね? 
圭ちゃん、圭ちゃんって」
「無……わかり……ました」
「ほら、五分ですよ、お姉! 今から五分です」
「……詩音、やめろ。魅音は……痛いんだ。無理だ」
「そうですよね、知ってますよ? 
でも、圭ちゃんへの愛が本当なら、お姉も出来ますよねぇ?」
俺は、なりふりかまわず暴れようとする。
が、皮と金具が邪魔をして、そんなことできるはずも無い。
「ちょっと圭ちゃんは黙っていてください、今はお姉の番ですから」
詩音は、こちらも見ずに腕組みをしたまま、魅音の方を向いていた。
魅音は相変わらず、涙を流しながら、痛みに震える体をなんとか動かし、
気持ちのいいはずのない自慰を続けていた。
待ってろよ、魅音、俺の最後の罪の償いをさせてくれ。
俺は、なんとなく気付きつつあった。この手の複合部品を使った道具は、
手入れされてこそ作りが頑丈なのだ。これがたとえば、
木の台にそのまま削りだされた木のわっかに俺の腕がはめられていたのなら、
まずはずせなかっただろう。
俺の右手は……さっきの暴走で自由になっていた。左手の止め具は普通にはずせた。
ごく自然な動きで、両足の止め具もはずす。
ここまでで約二十秒。音を一切立てなかった。上出来だ。

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
「!」
詩音がやっと、こちらの存在に気付く。
もう遅い。
俺は、詩音に組み付いたまま、牢屋の柵に向かって思いっきり突き進んだ。
がしゃんと派手な音が鳴り、牢屋が開く。
「くっ!」
何とか踏ん張って押しとどめようとする詩音だが、
その程度で俺の動きを止められるはずもなかった。
なぜ、今になって詩音が動いたのか分かった。
その先にあるのが……奈落。
異常事態を察した魅音の声が、聞こえた。聞こえた気がした。
最後の最後で、俺の名前を、呼んでくれた気がした。

落下時間は短かったと思う。衝撃というのは一瞬だったし、
苦痛もそれほど長くは続かなかった。
ただ、俺の自分勝手な行動で、詩音には悪いことをしたかなとも思う。
詩音が俺の腕の中でうずくまっていた。
全てを許せる気がした。
全てを受け入れられる気がした。
だから、来いよ。
オヤシロ様か?
それとも死神か?
誰かは知らないけど、死ぬべき俺は、死ぬべき時に死ねた。
だから、かかってこいよ。
俺が昔読んだ小説の一説が浮かぶ。


さあこい、モンキー野郎ども。
人間一度は死ぬもんだ。


平成。
バブルの熱狂の時代は過ぎ、急激な景気の冷え込みと共に人と人との間の関係も、
同時に冷たくなっていく時代。
そんな時代を知らない人間が、一人居た。

「園崎さん? 園崎魅音さん?」
初老……いや、もう老人なのだろうか。
白髪交じりの男が、病院のベッドに身を起こした魅音に、話しかけた。
魅音だった。間違いなく、魅音だった。
あれから十年以上の月日が経ったというのに、魅音は魅音のままだった。
「そろそろ、話してくれませんかねぇ? 園崎……詩音さん?」
詩音という言葉に、魅音は体を震わせた。が、それはすぐに収まる。
「圭ちゃん……来てくれたの? この前のりんご、おいしかったよ」
「それはよかった。さぁ、魅音さん。話してくれますか?」
「ちょっと待ってね、さっき皆も来てたんだ。おーい、皆ぁ……」
ぼそぼそと、魅音はつぶやいた。
「魅音……さん」
「へへ、今日はあの、圭ちゃんが貰ったゲームしようね。傾注傾注。ルールを説明するよ……」
「魅音さん」
老人……大石は、カードをディールしようとする魅音の手首を掴んでとめた。
老人といっても、大石の力は相当なものだ。
「あ、あの、圭ちゃんさ、その、今度するときは……やさしくしてって、言ったじゃない……
「魅音さん!」
今まで大石の顔と魅音の顔をさえぎっていた髪の毛を、大石は横へと分けた。
「刑事さん、やめてあげてください」
看護士が大石を制止する。それでも大石は、かまわず話を続けた。
「事件は、終わって無いんですよ! まだなぁんにも終わって無いんです! 
魅音さんの証言が必要なんです! 話してください、魅音さん! 
一緒に事件を終わらせましょう!犯人を……野放しにしておくわけにはいかないんですよ!」
「終わってない?」
魅音の顔に、疑問の色など一つもなかった。
「終わって……無かったの?」
かたかたと魅音は震えだし、両肩を掴む。
「終わって、無いんですよ」
大石も興奮していた。
あまりにもいたたまれない魅音の状態を見て、
より一層事件解決への情熱に、燃料が投下されたからだ。
今の大石は、幾分か落ち着きを取り戻したものの、
魅音の手をしっかり握って、話さないでいた。現実逃避をさせないためだ。
「圭ちゃん……罰ゲームが……多いよ……一つだけにしてよ……
圭ちゃん、圭ちゃん、圭ちゃん、圭ちゃん、圭ちゃん……」
魅音は、大石の手を振り解き、突っ伏して泣き出した。
これ以上の話は無理だと思い、見舞いの果物を置いた。
「また、来ます」
「お願いです……患者だって、人間なんですよ……」
「わたしゃあね、この子を救えたんです。
でも、救えなかったんですよ。この子だけじゃない。
村のみんなの命を救えたんです。私がつまらない誤解をしていなかったら……
すみません……また、日を置いて来ますよ」

看護士はただ、黙って大石の去り行く背中を見ていた。
一層大声で泣く魅音に、やっとのことで意識を取り戻し、魅音を落ち着かせるようにした。
魅音を落ち着かせるには、それほど苦労しなかった。ゲームの相手をしてやればよかったからだ。
「ご、ごめんね、レナ。なんでもないよ。続きをしよう……」

後日、大石と魅音が再び会うことはなかった。
お日様を見たいという魅音の訴えに、看護士が答えたからだ。
一瞬だった。止める暇なんて無かった。
ずっと寝たきりの人間とは思えないスピードで、地球の重力に吸われた魅音は……そのまま……

その日のうちに、魅音の遺書らしきものが見つかった。
みんなの居るところへ行きますとだけ書いていたそれは、
大石の魅音への見舞いの中に入っていた紙の裏側に記されていた。
しかし、それを見た大石は、瞬時に気付いた。刑事の勘だろうか? 
遺書を書くような人間が、これだけ残して死ぬわけが無いと思ったのだ。

今から死のうという人間というのは、実は未練が一杯ある人間なのだ。
全てを失った魅音の未練は、たった一つ。
大石は、十分もしないうちに、それを見つけた。
一冊の日記帳のようなもの。
魅音の見たこと、聞いたこと、したこと、されたことが、そこに克明にかかれてあった。
中には見るのもおぞましいものがあったが、
やっぱり、魅音も事件を解決したいと思っていたのだと思うと、
大石は勇気付けられた気がした。
本当なら、これを生きているうちに見せてもらいたかったものだが……
大石には、それを乗り越える強さがあった。

日記帳の文は、この一文で締めくくられている。

今までお見舞いに来てくださって、ありがとうございます。
大石さん、私が望むことはただ一つです。
どうか、事件の真相を暴いてください。

盥回し 壊 ―完―

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最終更新:2007年03月16日 01:18