CP:梨花×沙都子(リバあり)

設定:祭囃し編の後日談。
   羽入は澪尽しのような状態でいると思ってください(存在はしているけど梨花の前に姿を現さない)




 鷹野の企みを打ち破って平穏な日々を送れる、と毎朝目が覚めるたびに心が躍った。早起きした方が競って破る日めくりカレンダーで日にちを見るのが毎日楽しみだった。毎日が笑って過ごせて、隣には沙都子がいて。本当に幸せだった。

 ――だが、いつからだっただろうか。
 沙都子が私に目を合わさなくなったのは。
 沙都子が私に触れなくなったのは。
 沙都子が私から離れていったのは。

 ――沙都子が家に帰るなりすぐ出かけるようになったのは――。



 帰宅してものの数分で私服に着替えた沙都子は私が部屋の換気を行っている隙に出かけようとしていた。

「沙都子?」
「何ですの、梨花…私急いでいるんですのよ」

 少し気まずそうな表情をしながら振り返る。

「…どこかに出かけるのですか?」
「え、ええ! 裏山にいって以前仕掛けたトラップの確認をしに―」

 確か昨日も似たような事を言っていた。ああ確か診療所に仕掛けたトラップを確認するって言ってたんだっけ…。昨日はなんで断られたんだっけ、そうそう私が夕食当番だったから。

「ならボクも一緒に行きますです」
「いっ…いえ! 梨花には危険ですし私一人で行きますからっ」
「でも沙都子、今日の夕食当番は沙都子です。だからボクは沙都子が帰って来ないと飢え死にしてしまうのです。」
「ええ、ですからトラップを確認してから買い物にいくつもりでしたのよ?」

 この反応は予想の内だった。だから私は昨日のうちにあらかじめ食材を買っていた。

「買い物は昨日済ませておいたのです。今日は何も買わなくてもいいのです、にぱ~☆」
「そ、そうでしたわね……あ、あぁ! 私詩音さんに―」
「沙都子」
「なっ、なんですの?」
「…みー、どうしてそんなにボクから逃げるのですか?」
「逃げてなんていませんわよっ!」
「逃げているのです」
「逃げてませんわっ!」

 図星をつかれたのか沙都子の声が段々と大きくなっていた。

「みー…沙都子はボクのこと嫌いなのですか?」
「はっ!? な、何を言ってるんですの梨花!?」
「沙都子はボクと目を合わせてくれないのです…」

 はっ、と息を呑む音がしたと同時に目が泳ぎ始める。

「そそ、そんなことないですわ! 梨花の気にしすぎなんですのよ!」
「…みぃ、沙都子。嘘は良くないのです」
「嘘なんて言ってませんわ、何なんですの梨花さっきから―」
「ボクは沙都子の親友です。だから沙都子がいつもと違うことくらい分かります」
「…っ」

 俯き口を紡ぐ沙都子。
 ――ねえ沙都子、どうして目を合わせてくれないの?

「何か悩んでることがあるのですか?」
「…」

 ――私にも言えない事なの?

「みー…何か沙都子を傷つけることをしてしまってましたか?」
「いえ」
「ではどうして? 沙都子はボクからいつも逃げようとするのですか?」
「…親友でも、いえ親友だからこそ…知らなくてもいいことだってあるんですわ」
「みぃ? どういう意味なのです?」

 その問いかけに返事はなく、もう言う事はないとばかりに踵を返し裏山へ向かおうとした。

「沙都子っ!」
「…梨花を飢え死にさせないように、ちゃんと帰ってきますから」

 私の呼びかけに顔だけ振り返ってみせ、そう言うと走り出した。段々と小さくなっていく親友の後姿を見て、何に悩んでいるのか分からないことの悔しさと悲しさと切なさが一杯になって涙が溢れた。


=====


「はぁ…はぁ、は…っ」

 無心となって走った。木の枝が足を、腕を、顔を引っ掻いても気にしなかった。梨花が私を呼んで、私の手をとって、私の目を見つめて問いたださないように。ただそれだけが怖くて走った、寧ろ逃げたと言ってもいいくらいに。
 裏山の立ち入り禁止の看板を見つけそこで息を整える。
 トラップなんて何があってもいいように念には念を押して仕掛けてあるのだから頻繁に確認しにくる必要はないという事は私は当然、梨花も知っていた。だから言い訳はただの嘘という事は悟られていて、それでも何も聞いてこないのは梨花の優しさだと思ってた。

「…一応嘘とは言えども、裏山に来たんですから確認はしておいた方がいいですわね」

 呼吸と身なりを整え誰に会うわけでもないこの裏山に入っていく。これだけの木々が立ち並んでいるのだから日が影ってしまえば出るのはさすがの私でも少し不安。だから早めに立ち去ろうと決めた。
 …梨花を飢え死にさせないためにも、というのはあながち間違いでもないのだが、今日で終わらせる、と気持ちにケリをつける日だったから。

 ――不謹慎ながらに山狗という部隊が来た時は楽しめましたわね。
 散策しながらあの時はを思い出す、ただ梨花を守りたいとそう思う一心でいた。それは仲間であり、家族だったから。
 にーにーが突然いなくなったのは私が守ってあげられなかったから…だから私は自分のかけがえのない人を自分が原因で失わないように努力していた。
 足をぴたりと止める。

「これは圭一さんを驚かせようと梨花と考えて―…」

 作ったばかりのトラップ。部活メンバーで裏山に来たら絶対仕掛けてやるんだと意気揚々と作った記憶がある。でもその機会は未だ訪れないからまだ発動してないわけで…その理由もよく分かっている。

「私が、梨花を好きになってしまってから全てがおかしくなってしまったんですわよね」

 ―あの頃に戻りたい。
 みんなで笑いあって、隣には梨花がいて、そんな生活に戻りたい。
 ひぐらしの鳴く声をもっと穏やかな気持ちで聞きたい、ただそれだけなのに―――

―――――

 叔母が死に、叔父が逃げ、兄が消えた。私は一人になった。
 にーにーの匂いが残る部屋があるあの家は私一人ではどうしようもなくて、いつもにーにーに頼ってばかりいたから何をどうしたらいいのか分からなかった。
 ご飯の炊き方やお味噌汁の作り方くらいは知っているけれど、オカズはどうしよう。雛見沢は外からのものや対立するものに敏感で、私…「北条」に一段と冷たかった。誰も助けてなんてくれない、と知っていた私は途方に暮れていた。

「沙都子、一緒にボクと暮らしませんか?」
「…え?」

 そんな私に声をかけたのは友達の梨花だった。
 梨花は古手家と言ってこの雛見沢では御三家と呼ばれる格式高い家柄でその頭首である梨花はオヤシロさまの生まれ変わりなどと謳われ私を忌み嫌う村の人たちのマスコット的存在であり、とても愛されていた。
 いつから私の傍にいてくれたのかは分からないけれど、梨花は私を北条だからと言って特別視した事はなかった。にーにーがいてくれた時はにーにーにばかり頼っていたから気づかなかったけど梨花はずっと私を見守ってくれていたんじゃないかと思う。

「ボクも沙都子と同じでおとうさんもおかあさんもいないのです。」
「…」
「ご飯を食べるのは一人だと味気ないのです。それに一人前だけ作るのは難しいので作るたびに食べ終わるまで大変なのですよ」
「そうですわね…」
「沙都子が良ければボクの話し相手になってもらいたいのです」
「え?」
「一人でいるよりも二人でいる方がきっと楽しいのですよ」

 そう言って梨花は私の手を取り笑った。まるで花が咲くように。そして私と梨花の二人の生活は始まった。



 最初こそ戸惑いはしたものの、梨花との生活は色々な事が学べて楽しかった。
 住み始めた頃は色々と梨花が世話を焼いてくれていたけれど同居しているんだから、と家事全般を梨花に教えてもらいながら生活していった。教えてもらいたての頃は上手く作れなかったけど、少しずつ料理が出来るようになって交代制になった。
 梨花のご飯を食べるのはとても好きだけど、私が梨花にご飯を作るのも好きだった。失敗してしまった料理が食卓に並んだ時は「まだまだなのです」なんて言いながらも「沙都子の味がして美味しいのですよ」と花のような笑顔を絶やさずに完食してくれた。
 いつも私の隣でにこにこと微笑みながら、いつも一緒にいるのが当たり前で。梨花が私の親友で、仲間で、家族である事が誇らしくてとてもうれしかった。だから何をするにも常に一緒に行動していたし、それが当たり前だと思うが如くにふるまった。そして梨花もそれが当然というように私の隣にいてくれた。
 私の元気がない時は梨花の笑顔もどことなく影が宿っていて、そんな顔をしている梨花を見たくないと言ったら「沙都子が笑ってくれたらボクも笑うのです」と頭を撫でた。沙都子をなでなでなのですよ、なんて言いながら。
 私の頭を撫でても問題がある人とない人がいて、その中でも特に心地よかったのは梨花と圭一さんだった。
 言動や物の考え方こそ違うもののにーにーのようで、だから圭一さんに頭を撫でてもらうのは好きだった。それをしている時の圭一さんは優しい顔で、私も自然と笑顔になっていて、だからきっとこの瞬間も梨花は笑っていてくれるだろうと思って梨花に視線を投げかけたら…違った。ほんの一瞬だったけど、だけど何かが篭っている目をしていた。
 私が瞬きをすると、「みー!ボクも沙都子をなでなでするのです」とさっきまでの黒い表情はなくなり、いつもの梨花が圭一さんと私の頭を取り合った。

 その表情が忘れられなくて梨花に問いただしてみると、何の事か分からないとはぐらかす。梨花は何か私に隠してるのではないかと疑ったくらい。それが少し悲しくて顔を俯かせた。

「沙都子はボクのものなのです、圭一は悟史に似ているというだけでずるいのです」
「梨花?」
「沙都子の傍にいれるのがボクの幸せなのです。だからずっとずっと傍にいるのですよ? にぱ~☆」
「当たり前ですわよ、梨花とは切っても切れない関係なんですから!」
「み~☆まるで腐れ縁みたいな言い方なのです」

 ―そう言う梨花の顔は穏やかだった。

―――――

 梨花の様子がおかしい時があった。それは鷹野さん達の目論見があった頃だったから、梨花は不安だらけだったと思う。
 私に出来ることと言えば傍にいて梨花の不安を紛らわす事、笑わせてあげる事くらい、だから梨花が私の知らぬ男性と話し安堵の表情を向けていた時には非常に腹が立った。
 その人は赤坂さんと言って、警察の方らしい。正直なところ警察はあまり好きではなかった。
 それも関係してか赤坂さんの事を好きになれなかった。少しトラップでも仕掛けようかと思ったが、それも大人気ないと諦め梨花が信頼しているから私も信頼する事にした。

 そしてあの一件以来、梨花の口から「赤坂」という単語が出ることが多くなった。赤坂から手紙がきたとか、赤坂が何月にくるだとか、赤坂に電話をしただとかそういう事ばかり。
 もしかしてあの人のこと好きなんだろうか…そう考えるようになってからというもの、普段と変わっていないと思っていた梨花の食欲のなさが目に付いた。どうしたのと聞くのもおこがましく感じて、聞くのをやめた。
どうせあの赤坂という人を思って食事が喉を通らないとか言うんだろうと思ったら、また
悔しくて腹が立った。
 梨花の笑顔が消え、食事も捗らなくなった。

 あの赤坂という人がきてからの梨花は私の心をざわつかせた。心の奥に黒い靄がある。
 それが引き金となったのか少しぎこちなくなっていた頃、レナさんや魅音さん、そして圭一さんが声をかけてきた。

「梨花ちゃんとケンカでもしたの?」
「いえ、そういうわけではありませんのよ」
「そう? それならいいんだけど、おじさんとしては心配なわけよ」
「ほほほっ、それはそれは大変申し訳ありませんですわね」
「沙都子、あまり抱え込むなよ?」
「え?」
「自分で思っている事を全て自分で解決しようとするとロクな目にあわないからな」
「そうだね、圭一君の言うとおりだよ。二人に何があったのかは分からないけど、でも
二人が元気ないのを見るのは寂しいんだよ、…だよ?」
「まあレナは元気じゃない二人をお持ち帰りしてもつまんないって言いたいんだけどね!」
「おい魅音…」
「あーっははは、ごめんごめん。でもね沙都子、何か力になれる事があったら言うんだよ」
「そうだぞ沙都子、悩みを打ち明けるのは恥ずかしいことじゃないんだからな」
「そうそう、梨花ちゃんも沙都子ちゃんも大切な仲間なんだからねっ☆」
「…お気遣い、ありがとうございますですわ…」



 ――情けない。
 周りに迷惑かけるなんて私らしくもない。こうやって悩んでるのだって私らしくない。みんなが心配しているんだから早くモヤモヤとした黒い感情をどうにかしなくては。
 梨花に対しても、誰に対しても今までもった感情ではなかったからどうしたらいいのか分からない。みんなに相談してみようか…?でもどう伝えたらいいのか分からない…。どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら…。ああ、もうしっかりしろ北条沙都子!!!!クールになるんだ!!

 そうやって自分の気持ちを無理矢理盛り上げた結果、梨花に直接気持ちを言う事。梨花が誰かと話していると面白くないし、誰かに笑いかけているのも面白くない。何故と言われたら答えようがないのだけど、多分梨花なら私の言いたい事を分かってくれるはず。梨花の事にはレナさんや圭一さんや魅音さんには分からないだろう、だから梨花本人に聞くのが一番手っ取り早くモヤモヤを解消出来るんじゃないのかと思った。
 思い立ったが吉日、梨花を探す。教室にはいない。日直じゃなかったからトイレ?、といつも一緒に行っているのに私に何も言わず一人で行ってしまった事にすら苛立ちを覚えたが、こんな感情とも今日でおさらばだと思うと心なしか気持ちがうきうきして足取りも軽くなった。

 教室を出た先には梨花と、レナさんがいた。

 遠目で見たから会話までは聞こえないが梨花が何かレナさんに話していた。
 梨花の表情はとても暗く目には涙も浮かんでいて、私の隣にいるときは決して見せない顔をしていた。その反面レナさんはとても満ちた表情をしていて、きっと泣き顔のような梨花をかぁいいとでも思っているんだろう。
 そんな梨花を、レナさんを見ているのが不快で二人に声をかけようとした瞬間目を疑った。

「り、か―…?」

 レナの手が梨花の頬に触れ、二言三言梨花に話しかけると梨花が満面の笑みで返した。

ドクンッ

 と突然心臓が飛び跳ねたかのようなスタートを切る。鼓動が高鳴る、呼吸が乱れる。
 そんな光景を目の当たりにして声をかけることが出来ない代わりに頭の中で感情が文字として駆け巡る。
 ――なにをやってる?何をされている?レナさんはなんで梨花に触れているの?梨花はなんでそんな嬉しそうな顔をしているの?その笑顔をレナさんに向けてるの?私だけのものじゃないの?梨花は私にだって沙都子はボクだけのものだって言った、なのにどうして梨花は私じゃない人に触らせて喜んで最近私に見せなかった表情を他の誰かに見せるの?どうして?どうして?どうしてどうしてどうしてどうして、どうして梨花?どうして私だけを見てくれないの?こんなに毎日貴方のこと考えて、いつもいつも梨花の事ばかりで私はこんなにも貴方がスキ――――

「…えっ?」

 頭を巡る想いに、思いのほか大きな声が出た。
 それは梨花とレナにも聞こえないはずもなく、声の主を探し、そして私は二人と目があう。呆然とした表情でたっている梨花と状況がいまいち飲み込めないレナさんが声を合わせて名前を呼ぶ。

「…さ、とこ…」
「沙都子ちゃん…!?」

 突然のことで言葉も出ない梨花に代わってレナが弁明しようとする。ああ、呼吸がうまく出来ない。意識が遠くなる。

「嘘、ですわよ…」
「え? 沙都子ちゃん?」
「嘘だって、言ってくださいまし…」
「何? 何が嘘だって…―」
「嘘ですわよぉぉおぉっっっ!!」

 頭がクラクラして、目の前が白く染まる。
 ――最近あまり食欲なくてちゃんと食べてなかったからかしら…。梨花の笑顔でもあれば食事だって進むのに…

 意識を飛ばす寸前「沙都子っっ!」と、梨花が私を呼んでくれた。ああ…梨花、私は貴方を――――

ブツン。


=====


 私の隣にはいつも沙都子がいた。
 どの世界でも一緒に住み始めた頃は少し余所余所しかったが、段々と自分に心を開いてくれてきていると分かるとそれが予定調和とは言いながら嬉しかった。

 今私が昭和58年の夏を超え秋を過ごそうとしているのも、100年の輪廻を繰り返しても心がボロボロになって何の感情を持たなくならなかったのも沙都子がいてくれたから。私が元気ない時は一緒に落ち込むわけじゃなく、私を元気付けようと色々な話をしてくれる。
 沙都子は私を照らす太陽みたいなもので、その明るさに目を向ける私は向日葵のようだった。沙都子がくれる暖かさを私の全てで吸収したかった。だから沙都子の元気がないと私も元気がない。大抵の事は私が傍にいる事でその元気を取り戻せていたのだが、私が傍にいることによって失われる元気もあると言うこともあり傍にいたいのにいれないという心苦しい想いをした事もあった。

 私は沙都子が好きだった。
 何度も何度も同じ運命を歩み、そして何度も殺されて記憶が曖昧なところもあるくらいなのにどんな運命の世界でも私の思いは変わらず、沙都子を好きだった。
 彼女が笑った時に見せる八重歯が好きだった。本人は食べにくいなんて言って気にしていたけど私にはとても可愛かった。八重歯だけではなく、沙都子を確立してくれるものの全てが愛しかった。
 寝ている時に言う寝言も、寝顔も、布団を蹴っ飛ばして出してしまうぷにぷにのお腹も何もかも彼女が関係しているものが好きだった。
 ―私は時を越え、ずっと沙都子に恋をしていた。

 女の子同士の恋愛は一般的には特異というものだという事は知っている。けれど私が好きなのは女の子なのではなくて、沙都子なのだ。
 女なんて周りにはいくらでもいる、魅音や詩音やレナや知恵や鷹野や他にもたくさんいる。ある世界では魅音が、詩音が、レナがそういう関係を持っていた事もあった。そういう事に興味がないわけではなかったが私は沙都子と肌を触れ合わせたかった。
 とある世界では圭一と身体の関係を持ったことがあったが、沙都子とは結ばれないんだという悲しみを紛らわすために圭一を利用しただけの事であり、仲間とは想うが恋心を抱いたことはない。そしてそういう相手との交わりはただ空しいだけで身体から生まれる性感だけで、空虚の心を埋めようと盛りのついた犬のように毎日交わっていた。

 どうせ終わる世界なのだとしたら沙都子に言い寄ってみようかと試してみたこともある。それは失敗に終わった。やはり女の子同士という異質なものに対して沙都子が嫌悪感に似た感情を覚えたのか私を嫌ってしまいそのうちに北条本宅へ戻りそこには鉄平が戻ってきてしまったという最悪な結果で終わったこともあった。
 その世界は全てのサイコロの目が1のように感じ、沙都子と一緒にいれないという事がこんなにも寂しく苦しく、悲しい世界なんだと言う事を知ってからはもう沙都子を無理やり自分のものにしようという気は失せ、代わりに沙都子にとって大切な人になろうと想い時には励まし、叱り、そして恋の相談も受けた。
 好きな子が自分じゃない誰かを好きになっていく様を見ているのはただただ切なくて、圭一が沙都子を恋愛対象としてみてくれないと泣き崩れたこともあり、苦しい恋愛をしている沙都子を見るのは生き地獄にも感じた。
 こんなにも近くで沙都子を想って心を痛めているのに、沙都子の事を誰よりも大切で誰よりもかけがえのない人と想い慕っているのに、ただ私が女ということで恋愛対象にならないという事が悔しくて。自分の性別を呪った。
 100年も生きた魔女と謳うこの私がたった一人の小娘に心捕らわれている事が滑稽だった。だけど私は例えここで不慮の事故で意識を飛ばしてしまったとしても、沙都子のために戻ろうというくらいの想いがあった。

 それは決して伝える事は出来ないけれど―――

――――

 今いる世界は今までとは違う。今まで駒として扱っていたモノ達にもちゃんとした役割があったからこそ掴めた未来。だからループの世界で見たくても決して見れなかった世界がある。
 例えば魅音とレナが圭一を取り合っていたり、とか詩音が色々なコスチュームを持って診療所に通っているとか本当に些細な事だけども同じ生活でここまで新鮮に思えることがなかったので、それがとても楽しかった。
 そして今私が日々を刻んでいるこの世界では沙都子の様子も今まで見たことのない事になっていた。

 まず日々の生活で沙都子は私の周りに対する人への態度が刺々しかった。
 村の人たちや血の繋がらない親族のおかげで誰よりもひどい目にあっているから、人を傷つけようとする事は沙都子にとって滅多にないことなのに。
 特に赤坂に対してはとても辛辣な態度で、赤坂自身は沙都子と直接の関わりがそんなにないのだから沙都子が赤坂を一方的に好きになれないとしても、そんな事で冷たい態度をとるという結果に結びつくのは安直過ぎる。事情をよくわかってない赤坂はさすがに沙都子に避けられていると思い頭を悩ますのだが、正直なところその理由が私ですら分からないのに上っ面の言葉だけで大丈夫、という事も出来ず少し困っていた。
 反抗期なのかと思いたしなめようと沙都子に言うのだが、本人が自覚していなかったため理由を聞いても無駄、却って沙都子を余計に怒らせてしまったため逆効果に終わる。
 何か見たくないところでも見てしまったのか。だから赤坂にだけ特別冷たいのかと思いマイナスイメージを取り払ってもらいたくて赤坂とのやりとりを沙都子に話した。話は聞いてくれているもののあまり快活ではない返答がかろうじて返ってくる程度で、さもどうでもいいかのように食事を取るのだがその食事の量も今までとは段違いに少なく、いつも沙都子との会話を楽しみにしていた食事時もあまり楽しく思えなくなってしまっていた。

 ―沙都子が元気でいてくれればそれだけで幸せなのに、その幸せがなく世界が灰色になってしまった気がしていた。


 そして私への態度もおかしくなった。なんというか少し他人行儀だった。
 これもまた赤坂の時と同じように私には理由がわからなかった。知らない間に沙都子を傷つけてしまっていたのかと思い返してみても自分の中では思い当たる節が見当たらず、どうしたらいいのか分からず日々を過ごしていた。
 折角勝ち取ったループからの未来は私は見たことがないのでどうなるかも分からなかったから、ひょっとしたら沙都子とは仲が悪くなってしまうような未来だったのかもしれないと頭を悩ませ、未来を嘆いた事もあった。
 いつもは一緒に行動していたのにちょこちょこと一人で行動することが多くなり、それすらも私の心を締め付ける。そんな私たち二人を見かねたのか部活メンバーの圭一、レナ、魅音の三人が気を遣い私と沙都子の間に何があったのか聞いてきた。
 正直な話圭一や魅音に話しても分からないと思った。理由なんかなく、ただ「なんとなく」。
 だから3人一気に押しかけてきたときはなんでもないのです、と切り上げて後にレナだけを呼び出してみることにした。

 レナは鋭かった。私が沙都子に対して抱いている感情に薄々気づいていた。
 だから用件を伝えるのは容易だったのだけど、レナでやっと気づいたという事は沙都子を含め他の3人は気づいていないはず。
 レナの言い分だと私の考えは予想通りで沙都子も私が好きだというのには気づいていないようだった。あの子は人の痛みには敏感だろうけど恋愛感情がどういうものかまだ分かってないと思ったから。詩音が悟史を好きという程度の漠然としたものは分かっていても、魅音が圭一を好きだというのが多分理解できないようなもんだろう。ならば何故沙都子は私から距離をとろうとしているのか、今まで一緒にいながらそれが分からない自分が不甲斐なくて泣けてきた。
 そんな私をみてレナは優しく撫で、私に言った。

「沙都子ちゃんを信じていれば、絶対大丈夫だから」

 そう言うレナに救われた気がして素直にありがとうと言った直後の事。え?という聞き馴染みのある間の抜けた声がどこからともなく聞こえた。声の主は探さなくても分かる。だけどどうか違っていて欲しいという願いもかけて声のした方に顔を向けたら予感的中、―沙都子だった。
 その佇む沙都子の表情を見たら気づいてしまった。私とレナの会話を聞かれてしまっていた、という事。

  ワタシガ サトコヲ スキダ トイウコトガ バレテシマッタ

 頭にその情報が伝わってからその場に佇む沙都子への弁解の言葉も出てこず、レナが一生懸命弁明しようとしていた。沙都子はそれを聞かずに嘘だと叫び、その場に倒れた。沙都子に嫌われても構わない、でも沙都子の傍にいたい!そう思うが早いか沙都子の元へ走りより沙都子を抱きすくめた。元々線が細い沙都子の身体はもっと細く感じた。

 後にクラスの子が沙都子が私を探していたという事を耳に入れた。沙都子は私に何を言おうとしていたのか、それが気になった。けれどそれを聞ける日はなかった。




夏の終わり2へ続きます。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年03月15日 13:56