キヤノン50mmF0.95を計算してみる(2011.7)



カメラの発明以来幾多のレンズが作られてきたが、その特性でカメラ好きの興味を多く集めている
特別なレンズがいくつかある。

キヤノン50mmF0.95もその一本だろう。1961年発売の古いレンズだが、これほど明るいレンズは
現在に至るまで数えるほどしかない。




当時は大仕事だったレンズの光線追跡計算もパソコンの高速化で簡単におこなうことができるようになった。
今回は当時の実用新案からキヤノン50mmF0.95の諸データを入手し、無料でレンズ計算が行える
WinLens3D Basicでこのレンズの計算を行なってみることにした。


1.特許、実用新案の入手

計算のために必要な各レンズの曲率、屈折率などのデータを入手するには、当時の特許、実用新案にあたるのが
確実だと思われる。最近公開された特許、実用新案はキーワード検索ができるので検索がしやすいのだが、
50年前の特許ではそれができない。
ここで役に立つのが、FI検索である。FI は特許のFile Indexのことで、技術をその属する分野ごとに細分化し、
記号を与えたものである。

たとえば、カメラ全般はG03B7/00、シャッター、絞り調整機構はG03B19/00のようなFIが与えられている。
FIを調べるには特許庁の「パテントマップガイダンス」のキーワード検索をつかうとよい。
http://www5.ipdl.inpit.go.jp/pmgs1/pmgs1/pmgs

FI検索をするには特許庁HPの「特許分類検索」へゆく。
http://www.ipdl.inpit.go.jp/Tokujitu/pcsj_top.ipdl?N0000=1500

ここでFI検索式を G02B9/00 (レンズ)として検索するとレンズに関する古今の特許がヒットする。
結果を絞り込むために、レンズ発売年の前後5年間(1958.1.1~1963.1.1)を指定してみる。
32件ヒットしたので、リストのボタンを押して実際に特許を見ながら絞りこんでゆく。



今回はキャノンの特許、実用新案だけを見ればよいので、出願人がキャノンのものを探せばよい。
探してゆくと実用新案昭35-3550がどうもそれらしいことがレンズの構成図をみるとわかる。
文献単位pdf表示のボタンを押すと、検索画面より奇麗なpdfファイルが無料で入手できる。



この実用新案をここに置いておく。興味のある人は読んでみていただきたい。

※キヤノン50mmF0.95の特許は特公昭39-010178であることが後日判明しました。詳しくは追記をご参照ください。


2.計算

計算には無料で面数制限のないWinlens3D Basicを使う。簡単な使用法はこちら
とりあえず実用新案の値をそのまま入力して計算を実行する。数値はf=100mmのものだがF値の計算には
影響しない。50mmにしたいときは寸法に関係する数値を1/2にするとよい。

計算を実行して驚いた。実用新案のデータでは焦点面で光線が収束しないのだ!



キヤノンのHPにあるレンズ構成図とよく見比べてみると、右(放出面)から数えて2番目のレンズの右側のレンズ曲率が
左右で異なっている点が違う。ここを左側と同じ曲率(右側に凸なので-の符号を付ける)にすると光線は収束する。
請求の範囲を広げたためか、あるいは故意に誤った数値を記載して製品のコピーを防いだのであろう。





この状態でもF1.05と非常に明るいレンズである。さらに実際のレンズに近付けてみる。

ネットを探すとキヤノン50mmF0.95について、「ガラスはオハラ製で、前から順にLaSK(重ランタンクラウン)02、
BaF(バリウムフリント)10、LaK(ランタンクラウン)13、SF(重フリント)4、F(フリント)16、LaSF(重ランタンフリント)01、
LaSF01です。」という記述を見つけることができた。

ガラスデータベースから先ほどのガラスを選んで入力する。LaSK02とF16はデータがWinlens3Dのデータベースにないので、
Tolesのガラスデータから数値を持ってくる。
LaSK02:Nd=1.7865, ν=50.2235 F16:Nd=1.5927 ν=35.3008 であった。





この数値で計算し、絞り(Stop)を開放に設定すると確かにF値が0.95前後になる。
50年前のキャノンは嘘をついてはいなかったのである。

レンズ内の光線は、前群で収束させた光を一度平行光に戻して、さらに後群で収束させているように見える。
収差を見ると周辺部分ではハローが大きそうだが、これは計算に用いたレンズ形状の最適化が十分でないせいかもしれない。



以上述べたように、キヤノン50mmF0.95と思われる実用新案を入手し、計算結果からF0.95が得られることが確認できた。
キヤノン50mmF0.95を考察する一助となれば幸いである。
計算に使ったファイルをここに置いておくので、興味のある方は計算を試してみて頂きたい。


3.その他もろもろ

実用新案の考案者が伊藤宏氏となっているのにちょっと驚いた。
ネットの情報(出典は他の文献だろうが)では設計者は向井二郎氏となっていたので、どちらが本当かわからない。
どちらの方も有名な設計者だそうだがちょっと謎である。  : 発明者は向井二郎氏でした。追記をご参照ください。

計算はあくまでもパソコンの中での話なので実際のところは写してみないとわからない。
収差が小さいからといってよいレンズとは限らないところがレンズ設計の難しいところなのではないだろうか。

現代ではフォクトレンダー(コシナ)のノクトン25mmF0.95がある。
こちらは高屈折率ガラスを使うなど大きく改良されているようだ。特許が公開されたら比べてみたいものだ。



※追記(2011.9)

吉田正太郎著「カメラマンのためのレンズ科学」(地人書館)という本を最近購入した。
この本には古今のレンズ構成図が特許も引用して記述されていて、キヤノンf50mmF0.95も掲載されている。
ところが、この本に示されていたキヤノンf50mmF0.95の特許が、私が見つけた実用新案と違うのだ!

上で述べた伊藤宏氏の実用新案昭35-3550をよく読み直すと、F1.2級のレンズについてものだった。
吉田氏の本にあった特許(特公昭39-010178:発明者向井二郎氏)を入手して読んでみると、F0.95レンズを記述したものであった。
また、ガラス種の記述は吉田氏の本からの引用であることが分かった。
伊藤氏と向井氏のレンズ構成はよく似ているので、伊藤氏が原型のレンズ構成を発明し、向井氏がF0.95となるよう改良したと推測される。

誤りの原因は特許検索の公開年の指定範囲が1963年までで、1964年に発行された向井氏の特許が引っ掛からなかったことである。
初歩的なミスで恥ずかしいのだが、あえて原文を残しておく。

向井氏の特許を基にレンズの再計算を行ったので計算に使ったファイルをここに置いておく。この構成でもF0.95が得られることを確認できた。向井氏の特許はこちらである。




その他、1950~60年代に発表されたF1.1前後のレンズを計算したのでデータを置いておく。

ズノー 5cm F1.1(特公昭30-9464)


ニッコール 5cm F1.1(米特許02828671)


ヘキサノン 6cm F1.2(特公昭29-2028)


フジノン 5cm F1.2(米特許02718174)



-
最終更新:2011年09月26日 10:59