和の憂鬱1/4 衣×京太郎×咲×和 衣の人
第3局>>440~>>467
「痛っ!?」
授業が全て終わり部室に向う途中で足に痛みを感じた原村和は、近くの木につかまりながらゆっくりとしゃがみ込む。
「つぅぅ・・やっぱり、痛めていたみたいですね、こんなことなら早々に保健室に行くべきでした・・・どうしましょうか」
苦痛に顔を顰める和は少しでも痛みを和らげようと足首を撫ぜながら、保健室に行かずに放置した事を今更ながら後悔していた、しかし後悔したところで時間は戻らず、この後どうするかを迷っていると。
「よぅ和、って・・おい、怪我したのか!?」
偶然その場に通りかかった京太郎が、和の異変に気付き慌てて和の元に走りよる。
「あっ、須賀君・・大丈夫です、その・・運動している時に少し足を痛めてしまったみたいで」
「少し腫れているな・・・歩くのが辛いんだろ?」
京太郎に心配をかけないようにする和だが、痛みを誤魔化せる訳も無く顔は顰めたまま、そんな強がる和を無視して怪我の状態を見て、歩けるかどうかを尋ねる京太郎。
「あっ、はい・・それで、須賀君・・すみませんが肩を・」
「ほれ・・」
和が貸してくださいと言うより早く、京太郎はしゃみこんで和に背中を向けた。
「えっ、す、須賀君・・それは、その・・・」(こ、これってつまり・・背中におぶされと・・)
京太郎が何をしたいのかなんとなく分かった和だが、念のために京太郎に訊ねる。
「あんまり動かさない方が良いだろうし、ならこっちの方が良いだろう?」
さも当たり前のように話す京太郎に、和は慌てて首を横振った。
「そ、そんなの悪いです、そ・・それに誰かに見られたら」
「気にするなって・・と言っても気になるんだろうけど、でも足の方が大切だろう、それともお姫様抱っこの方が良いか?」
視線が気になるのは京太郎にも理解できたが、それでも下手に歩いて怪我を酷くするよりはましだと思え、そこを譲る気の無い京太郎は冗談めいた口調で和に選ばせる。
「そ、そんなの恥ずかしすぎます・・・はぁ、わかりました、ではおんぶでお願いします」
ごねて無理やりお姫様抱っこで運ばれては堪ったものではない、そう思った和は溜め息をついて覚悟を決める。
(だ、大丈夫でしょうか・・・)
見られる恥ずかしさとは別に和には気になる点がもう一つあった、それは。
「どうした、和?」
「あっ・・いえ、それでは失礼します」(なるようにしか・・なりませんよね・・)
なかなか背中に乗らない和を不思議そうに見る京太郎、意を決するというよりは諦めた和はゆっくりと京太郎の背中に身を預けた。
「うぉ!?」(こ、この柔らかい感触は・・ま、まさか!?)
和が背負った瞬間、大きな二つの肉厚を感じた京太郎は思わず声を上げてしまう。
「やっぱり・・・重いですよね」(驚いて声を上げてしまう・・・ほど)
京太郎が声を上げた事で、勘違いした和は完全に落ち込んでしまった。
「いや、ち、違うぞ、重くなんて無いぞ・・ただ、その・・あんまりにも感触が違ったんで・・」
「そ、そう・・ですか・・」(それって、やっぱり・・胸・・ですよね)
さすがに素直に胸を言うのは照れくさいのか、それともセクハラになることを恐れたのか、言葉を濁しながら理由を話す京太郎、そして和もまた自分のどの部分の事を言われているのか理解して黙り込んでしまい、数秒妙な沈黙が流れる。
「と、とにかく、とりあえず保健室だな?」
「あっ、はい、お願いします!」
「わかった、いくぞ」
恥ずかしさを誤魔化すために立ち上がった京太郎は、目的地だけ確認して歩き出した。
足の治療を終えた和は、再び京太郎に背負われて保健室を後にした。
「とりあえず、酷い怪我じゃなくてよかったな」
保険医の診断結果は、軽い捻挫で二・三日安静にしてれば治るだろうとの事で、和も京太郎も安心した。
「はい、でも・・またこんな風に、おんぶしてもらってすみません」
「良いって、それより今日は部室寄らずに帰るだろう?」
「そうですね・・この足では帰るのも時間がかかりますから」
遠いとまでは言わないまでも、決して歩いてすぐとはいえない家までの距離、怪我をした足を庇ったままでは時間もかかるだろう、その上部活に出れば更に遅くなってしまう。
「一人で帰りますから、須賀君は部室に行ってください」
「いや、いくら軽いって言っても捻挫は捻挫だからな、動かさない方が良いだろうから送るぞ」
「えっ・・わ、悪いですよ、そんなのすぐに降りますから」
まさか家まで送ると言い出すと思っていなかった和は、京太郎の言葉に慌てて断ろうとするが、足はしっかり掴まれている降りることは出来ない。
「気にするなって、今部長にメール送っちゃうから・・・それとも嫌か、なら止めるけど?」
京太郎はポケットから携帯電話を取り出して部長の竹井久に報告メールを打ちながら、和に家まで送られるのが嫌かどうかを確認する。
「嫌と言うわけでは・・・け、けど・・」
「なら良し、メール完了と・・」
和が嫌がっていない事が分かると、京太郎は打ち終えたメールを久に送り携帯電話をポケットにしまう。
(ど、どうしたら良いんでしょうか、こ・・断ったら、須賀君に嫌な思いをさせてしまいますよね・・)
このまま家まで送られるのはかなり恥ずかしいが、ここまで好意で送ってくれた京太郎の事を考えると、それを言い出せない和、そうこうしているうちに。
「じゃあ、行くぞ」「・・・」
京太郎は歩き出してしまい、下ろしてくれと言い出せなくなってしまった和であった。
「あの、須賀君・・・重くありませんか?」
学校を出てしばらく経つと、和は恐る恐る京太郎に気になっていた事を訊ねた。
「学校でも言ったけど重くないって、それに麻雀部入ってからは買出しで荷物を持たされていたからな、力は結構あるんだぞ」
息切れする事無く平然と答える京太郎、さり気無く力があることをアピールするが、それを聞いた和は別の事を思ってしまう。
「そうですか、すみません・・いつも雑用を押し付けてしまって、本当なら私やゆーきも一年ですから手伝わないといけないハズですが」
「はは、良いって、唯一の男だしな、女の子に頼りにされるのも悪い気はしないぞ」
同じ一年として何もしていない自分を恥ずかしく思い反省する和の言葉を、京太郎は軽い感じで笑い飛ばす。
「それにさ・・・俺は全国もいけなくて、特に部に貢献もできなかったからな」
自傷気味な言葉を漏らす京太郎、それを聞いていた京太郎の肩に置かれた和の手に力が入る。
「自分をそんなに卑下しないで下さい、決勝戦のインターバルの時に、須賀君がゆーきにタコスを差し入れしてなかったら、どうなっていたか分からないんですよ」
「ああ・・まあそういう意味では、雑用係としては役に立った訳か・・」
和の言葉に考え深げに頷く京太郎、だがしかし和はそんな事を言いたかった訳ではなく。
「い、いえ、雑用係だけではなく・・そ、そう、須賀君がいなかったら、宮永さんも来ずに・・全国はどころか、団体戦出場だってできたかどうか分からないんですよ!」
「えっ~と、の、和さん?」
和の必要性を訴える勢いに京太郎は圧倒されるが、勢いの付いた和の口は止まる事無く。
「それにあれです、強化合宿の時だって、パソコンを持ってきてくれたらり、色々と、だから、須賀君は麻雀部必要です!」
「・・・・・・」
京太郎はあっけに取られ、いつの間にか進む足も止まっていた、そして言い終わったところで和もそれに気がついた。
「あっ・・す、すみません、ひ、一人でその・・勝手に・・」
「ああ、いや・・こっちこそごめんな、軽い冗談のつもりだったんだけど・・」
そう、さきほどの自傷気味の言葉は冗談、京太郎はあくまでも軽い口調だった、冷静に考えればそれも和は理解できたはず・・だったが。
「そ、そうですね、すみません・・・一人で熱くなってしまって」(どうしたんでしょうか、よく考えれば冗談だってすぐに分かるものを・・・で、でも、須賀君が自分を麻雀部にとって必要の無い人だなんて思って欲しくなくて・・)
和自身もそこまで熱くなってしまった理由はわからない、ただ京太郎は貢献しているとわかって欲しいと言う、そう思った瞬間に口が開いていたのだから。
「和が気にしなくても良いって、俺が変な冗談を言ったからだしな・・・それによ」
「それに・・な、なんですか?」
「和がそこまで言ってくれて、凄く嬉しかった・・ありがとうな」
京太郎が嬉しそうに笑顔で和に礼を言う、そんな京太郎の横顔を見た和の胸の奥が熱くなるのを感じた。
「・・・す、須賀君が・・貢献したのは本当の事・・ですから、あの」(あ・・あれ、言葉が・・そ、それになんでしょうか胸がドキドキする・・この感覚は!?)
何故だか上手く喋れずしどろもどろする和、鼓動が早くなるっているのは分かったが・・どうしてそうなったのか理由が分からず戸惑う。
「ははは・・もう良いって、わかったからさ、ところで和の家ってどの辺なんだ?」
ただ単に和が自分を喜ばせようとしていると思った京太郎は、笑って話を流し家の場所を尋ねる。
「えっ・・あっ、は、はい・・あっ、あそこです」
和が指を挿したのは、歩いて五分もかからないであろう家。
「結構近くまで来ていたんだな」
「そ、そうですね・・すみません、言うのを忘れてしまって、あっ、こ、ここまで着たらもう歩きますね・・あれ、須賀君?」
それほど距離は無いからか、後は降りて自分で歩こうとする和だったが、京太郎に足を持たれたままで降りることが出来なかった。
「折角だから最後まで乗っていけって」
「あっ・・そうですね・・それではお願いします」
学校でる時にはあれだけ見られるのを気にしていた筈の和だが、何故か今は京太郎の言葉に逆らう気は失せ素直に言葉に従う、それどころか・・。
(もうすぐ、降りないといけないんですよね・・・)
あと少しで降りなければいけないと言う事実に、寂しさすら感じていた。
夜、パソコンの前でちらりと時計に目をやる和、モニターに表示されているのは今しがた終わったネット麻雀の結果だ。
それほど晩い時刻ではない、普段ならもう一局と言うところだが。
「今日はここまでにしておきましょうか、明日の事もありますし」
早々にログアウトしてパソコンの電源を落とす、特に考えず和がそんな結論を出したのはやはり足の怪我があるからだろう。
明日になれば痛みも引くかも知れない、そんな期待があるものの、やはり歩くのは遅くなってしまうのだろう、それならば何時もより早く出なければならないから、それだけではなく寝るが遅くなると治りまで遅いような気がしたからだ。
「ふふ、早く治さないと、須賀君に悪いですからね・・・あれ?」
笑みを浮かべながら、思い浮かぶのは家まで自分を背負ってくれた京太郎の顔、その事実に疑問を感じる和。
(・・・・あ、あれ・・ど、どうして須賀君が・・)
帰ってきた後で、メールを見て心配した優希や咲それに久やまこと言う麻雀部員から連絡があったにも関わらず、和の脳裏に最初に思い浮かんだのは京太郎であった。
「きっと保健室に連れて行ってもらったり送ってくれたりして、一番お世話になったからですよね・・・そうですよね、はい、明日も早いですし寝ますか」
無理やり自分自身を納得させた和は、明日の登校の事を思い出し早々にベッドに入る。
「明日・・もう一度須賀君にお礼を言わないといけませんね、おやすみなさい・・エトペン」
どこかすっきりしない気分を感じていた和だが、明日京太郎に話しかけることを決めると気持ちが楽になる感じがし、笑顔で抱きかかえたエトペンに挨拶をして目を瞑ると、精神的にも疲れていたのかすぐさま和は深い眠りに落ちた。
「それでは、行ってきます」
挨拶を済ませ和が玄関の扉を開けて外に出ると、そこには綺麗な青空が広がっていた。
「晴れてくれてよかった・・」
足を捻った上に雨では泣き面に蜂、ただでさえ歩き難いのに足元が悪ければ大変だと思い安心した様子で歩き出す和。
「昨日は・・この道を須賀君とおんぶされて・・・」
昨日の光景を思い出すと恥ずかしさも蘇る和、しかし不思議とその気持ちを不快だとは思わなかった。
「たまには・・ああいうのも、っていけません、あんなことが続いたら須賀君に迷惑が・・でも」
不謹慎な事を考えている自分を戒める和、ならば背負われなくても一緒に登下校する図を思い浮かべるが、直後に苦笑してしまう。
「無理ですね、確か須賀君の家とは離れていますから、ここで一緒になんて・・」
そもそも帰る方向が違うのだから、当然登校するときも道は別々で途中で合流位ならできるかもしれないが、家を出てすぐに合えるわけも無いと諦める和、だがそこに聞こえるはずの無い声が聞こえてきた。
「の~どか~」
(幻聴まで・・須賀君の事を考えすぎでしょうか?)
「お~~~い、和」
だが声は消えるどころかどんどん大きさをましてゆき、そして誰かがこちらに向ってくるのも見える。
「ま、まさか・・」
和がよもやと思っているうちに、きぃぃぃ・・とブレーキ音を上げて和の前で自転車が止まる、乗っているのは先ほどまで想像をしていた相手である京太郎であった。
「す、須賀君、どうして?」
「ああ、迎えに来た・・早く着きすぎたかと思ったけど、ちょうどよかったみたいだな、さぁ・・乗ってくれ」
自分の乗っている自転車の後部座席(と言っても荷物を縛りつけるところにクッションを敷いただけ)をぽんぽんと叩き乗るように言う京太郎、それで和も何故京太郎がここに来たのかを理解した。
「態々迎えに来てくれたんですか!?」
「ああ、昨日の今日だからどうかなって思って、さすがに今日も背負われるのは恥ずかしいだろうから、自転車を用意したんだけど・・嫌だったかな?」
「い、いいえ、そんな事ありません、た・・ただ驚いてしまって」(す、須賀君、態々私のために・・しかも自転車で・・)
一緒に登校できると思っていなかった和にとっては、態々迎えにしかも自分の事を考えて自転車まで用意してくれた事に、驚きはしたが嫌な気分になどなるはずも無い。
「そ、それに須賀君の家から、ここは通り道じゃありませんから・・・」
「良いから、嫌じゃないなら早く乗ってくれ、ああ、鞄とエトペンは前な」
遠回りさせてしまった事を気にする和だが、京太郎は気にするなと言わんばかりに後ろに乗るように急かす。
「あっ、は、はい、それじゃあ・・」
これ以上手間を掛けては悪いと思った和は、京太郎に言われるまま鞄とエトペンを前のかごに入れて、自転車の後ろに乗りこむ。
「それじゃあ、いくぞ、落ちたら洒落にならないからちゃんとつかまっていてくれよ」
「は、はい」
和は後ろから京太郎の腰に手を廻して、落ちないようにしっかりとつかまる。
(うっ・・相変わらず、柔らかい圧迫感が・・・)
昨日と同じく背中にむにゅっと大きな二つの感触を感じつつ、それを誤魔化す様にペダルを踏み込む京太郎。
(・・・やっぱり・・背中大きいですね・・)
和も和で、昨日とは少し違う視点で京太郎の背中を感じていた。
(それにしても、須賀君は・・・どうしてこんなに優しいんでしょうか・・)
お尻の下にあるクッションもずっと敷かれている感じではなく真新しい、おそらくは今朝敷いて縛り付けた物だろうと想像できた、はたして友達だから同じ部活の仲間だからと言って、ここまでしてくれるのかと和は考える。
(もしかして・・須賀君は・・私の)
そんな妄想染みた結論に達しようとした時、京太郎の一言で和は現実に引き戻された。
「そういや、昨日帰ったら衣から電話があって、怪我の事話たけど・・」
(あっ・・・そ、そうでした・・須賀君には天江さんと言う・・恋人が・・)
和は忘れていた、目の前の自分に凄く優しくしてくれる男性には恋人が居ることを、しかもその恋人は自分の友達だと言うことを。
(私は、な、何を考えているんでしょうか・・、だ、駄目ですよね・・こんなんじゃ、友達と失格ですね・・・)
友達の恋人である事を忘れあまつさえ自分の事を・・と想像してしまった事を反省し、自己嫌悪をする和。
「えっ~~と、やっぱり・・言ったら駄目だったか?」
黙っている和を見て、怒っているのかと思った京太郎は恐る恐る訪ねた。
「あっ、い、いえ・・その心配しているんじゃないかなって」
「ああ、気にしているみたいだけど、軽いから今度の日曜か遊びに行くまでには治っているだろうって言っておいた」
「それなら良いんですが、って・・あれ、須賀君に話しましたけ、天江さんの家に遊びに行くこと?」
昨日の話していないし、それ以前も和にそれについて京太郎に話した記憶は無かった。
「えっ・・ああ、優希に聞いたんだよ、今度の日曜に和が衣の家に遊びに行くって」
「そうですか・・」(そういえば、優希は前から須賀君の事が好きだったんですよね)
優希の名前に思い出すのは、衣が恋人と発覚した時の悲痛な泣き声。
(・・・何を考えているんでしょうね、私は・・・あの時は優希の味方にもならず天江さんとの事を祝福したにも関わらず、須賀君は天江さんと仲良く・・・あ・・あれ?)
衣と京太郎の事を考えると、もやもやとしたよく分からない感情が和の中に沸いて出た。
(なんでしょうか・・この気持ちは・・・け・・けど・・)
その気持ちの正体が何かは和には分からなかったが、気持ちの良いものではないのは確かだった。
昼休みは和の足を考え外で集まることはせず、また教室も席が塞がっていたため揃うことが出来ず、結局清澄麻雀部全員が揃ったのは放課後の部活動の時間になってからだ。
「それで、足は大丈夫なのね?」
「はい、もう痛みもありませんから、でも今日はあまり動かさないように思っています」
「それはよかったのぅ」
和から怪我の具合を聞いて、さらに目で見て確認して安心する久とまこ、ちなみに優希と咲は休み時間中に和を訪ねて先に聞いていたので、ここでは特に聞きにいくような事はしない。
「早く治って、一安心だじぇ!」「部長から聞いたときには、凄いびっくりしちゃったけど・・酷く無くてよかったね、原村さん」
「ゆーきも宮永さんも部長もまこさんも、ご心配をおかけしてすみませんでした、それと電話ありがとうございました、嬉しかったです」
心配をかけたことを謝り電話のお礼を言う和。
「当然だじぇ!」「迷惑かなって・・思ったんだけど、どうしても気になっちゃって」
「まあ、わしは一言だけじゃったがのぅ」「あら、言葉数じゃないでしょう、したって事実が大事なんじゃないかしら・・・あら、須賀君、どうしたの微妙そうな顔をして?」
女子部員が話し合う中、京太郎は一人疎外感を覚えて少し離れた位置で話し合いを見守っていた。
「あっ、いや・・俺はその、電話しなかったなって・・・はは」
他の部員達の話を聞いて、していなかった事を悔い苦笑いを浮かべる京太郎。
「えっ、そういう意味では、そ、それに須賀君は送ってくれたじゃないですか」
「その通りだじぇ、京太郎はのどちゃんを助けたんだから胸を張るがいいじょ!」
「そうだよ、少なくとも酷くならなかったのは京ちゃんのおかげだから、電話しなかった事なんて気にしなくても・・」
「和、優希、咲、ありがとうな」
和を始め優希そして咲が、すぐさま京太郎をフォローすると、京太郎は苦笑いを止めて、今度はちゃんとした笑顔を見せた。
「そうね、須賀君はよくやってくれたわ」
「そうじゃのぅ、痛めた足引きずって帰るのも大変じゃ、ところで京太郎、和を家までおぶって帰ったって言うのは本当かのぅ?」
「あっ、はい・・あれ、でも俺言いましたけ、おぶって帰ったって?」
メールでも話でも、和を送ったと言う話はしたが、どうやって帰ったかまでは話していない、仮に知り合いに会ったら、あの状況でも気がつくだろう。
「いや、和は有名じゃからのぅ、それが男子に背負われて送られていたら目を引くのは当然じゃ」
「ああ、私も聞いたじぇ」「そういえば私も、私は足を怪我したって聞いていたから、京ちゃんがそうやって送ったんだって・・」「そういえば私のクラスでもそんな話が・・」
どうやら京太郎が和を背負って帰っていたことは、既に学校ではかなり噂が広がっているようだ、それも当然か和は人目を引くスタイルに顔、それに部活での活躍なども相成って、この学園ではかなりの知名度があった。
「そ、そうなんですか・・・」「あはは・・」
背負われて送られたことが周知の事実だと知り顔を真っ赤に染める和、京太郎もまさかそこまで早く広く知れ渡るとは想像しておらず苦笑するほかなかった。
「中にはその二人が付きって・」
「そんな訳ないじゃないですか!」
まこが耳にした噂話を続けようとした瞬間、和が叫んでその話を止めた。
「の、和!?」「のどちゃん?」「原村さん?」「和?」「えっ・・えっ~と」
今まで普通に話していたはずなのに、和の豹変に和を除く全員が驚いてしまい妙な空気が流れる。
「・・・あっ、す、すみません、私・・大きな声で」
そんな雰囲気を感じ取った和は、叫んでしまったこと謝る。
「あっ、いや・・わしも悪かった、気持ちいい話じゃないからのぅ」
叫んだのは不快にさせたからだと考えたまこは、噂を話した事を即座に謝罪する。
「い、いえ・・た、ただ、須賀君には天江さんって言う恋人がいるのに、そんな噂をされたら・・須賀君が迷惑だと・・」(平気じゃ・・ないですよね・・)
「いや、俺は・・」
衣と京太郎の関係を気にする和はちらりと京太郎の表情を窺う、そんな京太郎が何かを答えようとしたそんな時、久がパンパンと手を打って全員の注意を自分に向けた。
「はい、終了、噂話はここまでよ・・いいわね皆」
「は、はい」×5
これ以上、この雰囲気を引っ張るのもどうかと全員が思っており、久の言葉がちょうど良い区切りになり噂の話はここで終わりを迎えた。
(和は恩人である須賀君に迷惑かかるのが嫌だったのよね・・)
(はぁ、注意せんとのぅ、京太郎と天江との関係が悪くなるような事言うたら怒るのは当然じゃ・・)
久とまこは噂によって、京太郎と衣に迷惑が掛かるから和が怒ったと思っていたが、約二名は・・京太郎の恋人である優希と咲は違う事を可能性を考えていた。
(のどちゃんの京太郎を見る目・・たぶんだじぇ)(原村さん・・・たぶん京ちゃんの事を・・)
優希と咲が感じたもの、それは和自身が気付いていない、京太郎を見る時に瞳から漏れた熱く淡い色であった。
「あっ~和、ちょっと待ってくれ」
部活が終わり、一人で帰ろうとする和を京太郎が呼び止めた。
「す、須賀君・・その私に何か御用ですか?」
「良かったら送ろうと思ってさ、足治りかけなんだから、今痛めたら大変だろう?」
送る、その言葉に一瞬微笑む和、だが部活中にまこが話していた噂が和の笑みを曇らせ、躊躇させる態度をとった。
「でも、また噂が・・」(あんな、噂が広がっては須賀君にご迷惑が・・)
「俺は気にしないがな、言わせたい奴には言わせておけって、あっ・・でも、和が嫌なら止めておくけど」
「い、いえ、そ、その・・須賀君がご迷惑でないなら・・送ってもらいたいです」
最後の最後に和の本音がぽろりと漏れた、その言葉を受け京太郎は満足げな笑みを見せる。
「迷惑な訳ないだろう、自転車とって来るから校門で待っていてくれ」
「は、はい・・」
自転車を取りに行く京太郎を見送り、和は一人校門に向けて歩き出す。
(迷惑な訳が無い・・・ふふ、須賀君は優しいですね、良かった・・本当は一人で帰るのが凄く寂しくて、今日も須賀君と一緒ですね・・・)
噂話など気にしなくて良い、なんの話をしようか、また背中にもたれ掛かっても良いかな等、和は期待に胸を高鳴らせる。
「須賀君に恋人が居なければ、こんなに悩まずに帰れたんでしょうね・・・・えっ?」
校門に差し掛かった時、ふと口から漏れた言葉に和は我が耳を疑った。
「私は・・・何を・・・なんで・・そんな事を?」
一度は祝福した関係を無ければ良いと、そんな意味にすら取れる言葉、天江衣は友達で幸せならば良いはずなのにそれが無ければ良いと、そんな意味に取れても仕方ない言葉、何故そんな言葉を口にしてしまったのか和は自分自身が理解できない、だが。
「おう、お待たせ」
「す・・すが・・くん・・?」(あれ・・こ、これは・・この感じは・・ま、まさか・・)
和の目の前に自転車を押した京太郎が現れた瞬間、ドクと心臓が大きな脈打つ音と共に全身に衝撃が走り、和は何故そんな言葉を零してしまったのかを理解する。
「どうした和、何かあったか?」
「えっ、い、いえ・・なんでもありません、そ、それよりも行きましょうか、あまり話し込んでいると遅くなってしまいますし」
ぼうっとしている和を見て京太郎が何事かと尋ねると、和は慌てて首を横に振って、早く帰ろうと急かす。
「うん、ああ・・そうだな、よっと・・それじゃあ和も」
和の言う通りあまり遅くなったら大変だと思い、京太郎は先に自転車に乗り和に乗るように指示を出す。
「はい、それではお言葉に甘えて」
朝と同じように鞄とエトペンを前かごに入れ、和は自転車の後部座席に乗り込み京太郎の腰に手を廻してしっかりと掴んだ。
「それでは・・家までお願いします」「おう、任せとけ」
和に頼まれ京太郎は勢いよくペダルを漕ぎ出す、力強く自転車を漕ぐその背中に和は目が離せず、ゆっくりともたれ掛る。
引っ付いて感じる熱と微かだが確かな京太郎の匂いに、京太郎が近くにいると認識すると、和の胸の鼓動はたちまち早くなる。
(私、須賀君が好きなんですね)
あの時、見た瞬間に感じた答え、それが間違いないのだと和は改めて認識する、好きな人の側にいる、好きな人の自転車の後ろに乗っている、そう思うと和はとても幸せな気分に包まれる。
だが幸せな気分とは裏腹に、とても辛く悲しい事実に気付く和。
(・・・でも、須賀君には天江さんと言う・・恋人が・・)
友達の恋人を好きになる、それは和にとって裏切りに近かった、勝負ならば諦めないだろう、でもこれは始まる前に終わっている、友達を裏切れない和には京太郎は手が届かない、いや届いてはいけない人物だった。
(だから・・私はあんな事を・・・)
もしも二人が恋人でなければ、などと考えてしまった、そんな自分自身が和には許せなかった、だから決意する。
(諦め・・ないと・・・、須賀君と・・天江さんが・・気付く前に・・でないと・・私は)
もし二人に気付かれたら、きっと今までのような関係ではいられなくなる、そんな恐れが和を駆り立てた。
(なのに・・なのに、どうして・・・どうして、須賀君に触れていると、幸せで嬉しくなってしまうんですか・・・?)
決意すらあっさりと流れてしまいそうになるくらい、好きな人に触れているその事実が幸福を感じさせる。
(ごめんなさい須賀君、ごめんなさい天江さん、今だけは・・今だけは)
心の中で謝罪を繰り返しながら、家までの僅かな時間とても辛い幸せを、和は噛み締めるように味わうのだった。
「諦めましょう・・・そうしましょう・・・そうすべきです・・」
その言葉を繰り返すのは、家に帰ってきて何度目か和は覚えていなかった、少なくとも十回以上は繰り返していた、それでも京太郎の事が頭から離れない、それどころか繰り返せば繰り返すほど思いは強くなった気がする。
(どうすれば・・良いんでしょうか)
恋で思い悩んだことなど無い、だからどうすればいいのか分からない、考えた末に思いつくのは誰かに聞くと言う単純な答えだった、その時脳裏に浮かんだのは・・・一番の友達で、かつて同じ相手に想っていたであろう親友。
和は携帯電話を手に取り、メモリーから相手の番号を呼び出して、そのまま通話ボタンを押した、何度かのコールの後、繋がって相手の声が聞こえた。
『のどちゃん、どうしたじぇ?』
聞きなれた優希の声が聞こえて、それだけでとても気分が落ち着く和。
「ゆーき、すみません、こんな夜分遅くに」
『良いって、のどちゃんならいつでも大歓迎だじょ』
「ありがとうございます」
『でものどちゃんがこんな時間にかけてくるのは珍しいけど・・何か用事か?』
「は、はい、じ、実はですね・・えっ~と・・」
喜んでいる場合ではないと思い直し、和は少し悩みながらも話し始めた。
「そ、その・・ですね、仮にですがある女子生徒がある男子生徒を好きになってしまったんですが、その男子生徒には恋人がいて、その恋人は女子生徒の友達で、その場合女子生徒はどうすれば良いと思いますか?」
もはや仮定にする意味も無い気もしたが、自分と京太郎、そして衣の名前を出すのをためらう和、それを聞いた優希は少し考え、そして和に訊ねた。
『・・・その子はどうしたいんだじぇ?』
「えっ、それは・・」
優希の思わぬ言葉に戸惑う和、でも少し考えればそれは当然の事、どうしたいかが分からなければどうすれば良いのかなど分かる訳も無い。
『・・・諦めたいなら、目の前で仲良くしているところを見せてもらえばいいじぇ』
「そ、そんな事・・・」
黙りこんでいる和を見兼ねたのか、優希が口にした案はとても信じられないもの、だが完全に否定は出来ない、諦めるならばそれはもっとも有効的な方法に思えた。
(そんな事をお願い・・できるんでしょうか・・・)
想像する、じゃついて甘える衣を優しく抱きしめる京太郎、辛い、好きな相手が他の相手を見て自分を見てくれない、そして友達の幸せを素直に喜べない、和にとってそれもまた身が張り裂けんばかりに辛かった。
想像するだけでもこれほど、本当に見せられたらどうなるのか、そしてもう一つ心配があった、それは。
『それでも相手が好きなら・・・』
「!?」(な、なんで、どうして、ゆーきがその事を!?)
優希の言葉に驚く和、それもそうだろう、優希が口にしたのは和が心配していた事、まさにそれであったからだ、いつの間にか自分の口から漏れていたんだろうか、そんなことすら考えてしまう、でも、今はそれよりも重要なことがあった。
「そ、それでも・・・好きなら、どうすれば良いんですか?」
全神経を耳に集中させる、優希の答えを一文字たりとも聞き逃さないように、そして帰ってきた答えは。
『それでも好きなら、その男子生徒と恋人の前で好きって言えばいいじぇ、そうすればきっと上手くいくじぇ!』
「えっ・・・・」
和にとって信じ難い、いや考えられない答え。
「そ、そんな事できる訳無いじゃないですか、そんなことで上手くいく訳ありません!」
上手く行くところなど想像できないし、想像したくもなかった、どう進もうともその後に待つのは、衣と二度と友達に戻れない、最悪の場合どちらも失う。
『きっと大丈夫だじぇ!』
和に優希の真意はわからなかった、ただ自分の相談がぞんざいに扱われた気がした。
「簡単に・・・簡単に言わないで下さい、私は真剣なんです!」
『の、のどちゃん・・お、おちつ・』
我慢できず叫んでしまう和、突然の事に優希も電話の向こうで慌てふためき、話しかけようとしたが。
「もう結構です!」
和は怒りに任せて電話を切り、そのまま電源も切る。
「ゆーき・・・」
悲しそうに携帯電話を見つめて、それすらも堪れなくなった和は携帯電話を机に置いてベッドにゆっくりと倒れこんだ。
「・・・・はぁぁぁぁぁ」(どうすれば良いんでしょうか、どうすれば諦められるんでしょうか?)
天井を見上げて長い溜め息をつく和、当然直ぐに答えなど出ない。
「ゆーきは・・どうして・・・あんな冗談を・・」
どう考えてもふざけた冗談にしか聞こえなかった、でも・・それでも優希の言葉を全て思い出せば、どうにかなりそうなヒントはあった。
「・・天江さんと須賀君の・・・仲睦まじいところを・・・」
見るのは無理だろう、見せてくれとは恥ずかしくて言えないし、言いたくも無かった、だから考えた末に辿り付いた答えは。
「・・・話を聞く位なら・・・」
それが自分のできる最大の事だと思い、和はゆっくりと眼を閉じた。
その週の日曜日、和は咲と共に衣の邸を訪れた。
「良く来たなノノカ、咲、歓迎するぞ、さぁ入ってくれ、ここが衣の部屋だ」
二人を先導して、戸を開けて自分の部屋に招きいれる衣。
「はい、おじゃましますね、うわぁぁぁ、凄いですね」
「この前は入らなかったけど、衣ちゃんの部屋も大きいんだね・・・あっ、でもごめんね、私まで急に来ちゃって」
「あっ、す、すみません、人の家なのに私が無理に誘ってしまって」
衣と二人っきりになると、どうにも気まずくなってしまいそう和は、今朝になり急遽咲に連絡して一緒に来てもらった。
「よい、咲なら何時でも歓迎するぞ、もちろんノノカもな!」
突然の人数変更にも関わらず、増えることに関して文句は無いのか衣はずっとにこにこと笑っていた。
「ありがとう衣ちゃん」「ありがとうございます、天江さん・・・あっ、あれは・・」
お礼を言った直後、和の眼に留まったのは沢山のぬいぐるみの中でも一際目立つ、衣の恋人から送られたであろう大エトペンだった。
「京ちゃんからのプレゼントなんだよね、いいな・・」
「そうだ、これが大エトペン、京太郎から貰った最初のプレゼントだ、げーむせんたーでとってくれたんだ」
京太郎の話をする衣は、先ほどに輪をかけて嬉しそうで楽しそうに、その時の思い出を語る。
(幸せ・・そうですね、天江さん、やっぱり・・大好きなんですね・・・)
「羨ましいけど、広い家じゃないと置けないよね原村さん・・・原村さん?」
「えっ、あっ・・は、はい、そうですね、私はやっぱりこの子の方が・・」
衣との約束通り、自分が試合中に持っている愛用のエトペンを差し出す和。
「衣にとってはどっちも大切なエトペンだ、それがなければノノカと友達になることもできなかったからな」
にこにこと笑顔で話す衣を見て、和は胸が痛むのを感じた。
「そうですね・・この子のおかげで、私と天江さんは友達になれたんですよね」(でも・・今、私は・・そんな友達を・・・)
考えたくは無いが、自分が抱えてしまっている思いが、裏切りだと思えてしまう和。
和が思い悩んでいると、開いている扉がノックされてハギヨシがお茶とお茶菓子を持って入ってきた。
「失礼します、衣様、お茶の用意ができました」
「おっ、できたか、さぁノノカ、咲、一緒にお茶にしよう」
「うん、そうだね」「は、はい・・・えっ~と、エトペンはここで休んでいてね」
汚れが付かないように、自分の持ってきたエトペンを大エトペンの横に和はそっと置いた。
「お茶菓子が羊羹なので緑茶しようと思いますが、宮永様と原村様はよろしかったでしょうか?」
三人が席に着くと、それぞれ三人の飲み物について伺いをたてるハギヨシ。
「あっ、は、はい、そ、それでお願いします」「・・はい、お茶で」
咲はまだハギヨシに慣れていないのか少し緊張気味だったが、和は特に怯まず、むしろそれどころでは無いのか短い返事だった。
「畏まりました」
執事として衣の好みは把握しているため、衣には何をするか伺いをたてず、ハギヨシは緑茶を入れて、お茶菓子共にそれぞれの前に置いた。
「ごゆるりと」
全てが滞りなく終えると、ハギヨシはお辞儀をして部屋を後にした。
「ふぅ・・あはは、執事さんにお茶を淹れて貰うことなんて無いから緊張しちゃうね、原村さん」
「えっ・・あっ、そ、そうですね」
慣れていない事態に、咲は緊張を解そうと苦笑いを浮かべながら和に話しかけたが、反応は思わしくなかった。
(原村さん、やっぱり少し変だよね・・やっぱりアレだからかな・・)
最終更新:2012年01月04日 02:18