純なる想いを叶える智 京太郎×衣×智紀×純 衣の人


「困った・・」
 沢村智紀は道すがら途方にくれていた、何が理由かと言えば目の前にあるキャリーバッグで、何時もはその底についているはずの左右四つの車輪、しかし今は右の二つのみ、簡潔に言えば車輪が外れたのだ。
「何かにぶつかったのか・・って、今はどうでもいい」
 それなりに丈夫なはずの物が何故壊れたのか気になった智紀だが、それよりも先に考えなければならない事があった。
「さて・・」
 バッグを開けて中身を覗く智紀、当然自分の知っている中身と変化している訳も無く、そこにあるのは本、本、本、大量の本が入っていた、それは同時にこのキャリーバッグがそれなりの重さがある事を意味していた。
「すぅ・・はぁ・・、うっ・・」
 深呼吸をし息を整え覚悟を決めてキャリーバッグを持ち上げる智紀、見事に持ち上がったのだが、右に左にとよろけてしまう。
「お、重い・・うっ、はぁぁ」
 想像していたよりも重さに、一旦キャリーバッグを地面に下ろして智紀は大きく溜め息をついた。
「どうする?」
 自問する言葉、しかし本来の引いて帰ることができないならば、キャリーバッグを抱えて帰るか、あるいは引きずって帰る選択肢しか思いつかない、とは言え持つのが辛い以上、それは選択肢と呼べる代物では無かった。
「はぁぁ、仕方ない・・」
「沢村さん?」
「うん・・、須賀・・京太郎?」
 智紀が諦めて引きずって帰ろうとした、その時、名前を呼ばれたので振り返ると、そこに居たのは智紀の友達の恋人で、智紀も良く知る男性、須賀京太郎であった。 
「こんにちは・・って、どうしたんですか、それ?」
 挨拶もそこそこに京太郎が指差したのは、片側の車輪がなくなり不恰好になってしまったキャリーバッグだった。
「・・・壊れた」
「それはまあ・・見れば、しかし何故?」
 智紀の答えは間違いではない、間違いではないが京太郎が聞きたかったのは何故こんな特殊な壊れ方をしたかだ、しかしそれは聞くだけ無駄なこと、なぜならば。
「急に車輪が外れた・・いや、割れた・・というべきか・理由は不明・・」
 智紀自身にも理由はわからなかったからだ、分からない事を説明できるわけも無く、出来ること言えばポケットから取れた二つの車輪を取り出して京太郎に見せる位。
「本当だ・・見事に折れていますね」
 問題の車輪はというと、京太郎の言う通り見事なほどに根元がぽっきりと折れていた。
「ここまで見事だと清々しくもある、しかもこんな日に限って大量の本を購入・・はぁぁぁ」
 皮肉そうな笑みを浮かべながら車輪をポケットに戻す智紀は、溜め息をつきキャリーバッグに手を伸ばす、すると隣から出てきた手が智紀より早くキャリーバッグに手を掛けた。
「えっ?」
 突然の事態に驚いた智紀は自然と伸びてきた手を目で追う、その先にいたのは、その手の持ち主は当然。
「うん、これだと重くて大変でしょう、俺が持ちます」
 京太郎だ、京太郎はキャリーバッグを持ち上げて重さを確認し、女性の力では持ち帰るのが大変だと認識して手伝いを申し出た、その思いもよらぬ事態に智紀は黙って考え込む。
(悪戦苦闘していたから、正直ありがたい・・けど、須賀京太郎は衣の恋人であって、私とは・・顔見知り程度、それなのに・・手伝ってもらっていいのかな?)
 苦労していた智紀にとって京太郎の申し出は願ったり叶ったりであったが、親しいとは言えない自分が京太郎の力を借りても良いのかという迷いもあった。
(もしかして俺、迷惑がられているのか?、あんまりしつこくするのもなんだよな・・よ、よし)「えっ~と、その・・迷惑なら、気にせずに言ってくれれば」
 黙って考え込む智紀を見て、自分の行為が迷惑なのではないかと思い始める京太郎は、それなら断りやすくしようと自分から言い出すのだが。
「迷惑ではない!、あっ、いや・・その・・・困っていたからた、助かる」(な、なんで・・大きな声で、でも・・め、迷惑な訳ないから・・勘違いしてほしくない)
 すぐさま京太郎の言葉を否定する智紀、思わず出てしまった大きな声に自分でも戸惑いながら、最後に小さく迷惑で無いと事を告げる。
「ふぅ、それなら俺が持ちますね」
「・・うん、お願いする」
 迷惑で無かった事に安心して胸を撫で下ろした京太郎、智紀もあそこまで言って今更断る気にもなれず、素直に京太郎の助けを受けることにした。
「じゃあ行きましょうか・・って、すみません、どこまでですか?」
 智紀にお願いされて勢いよく歩き出そうとした京太郎であったが、肝心の目的地を聞いていないことを思い出して苦笑しながら訪ねる。
「ぷっ・・・龍門渕家まで・・お願い」
 そんな京太郎を見て、智紀は噴出しそうになりながらも何とか耐え切り目的地を告げた。
「わかりました、じゃあ行きましょうか」「うん・・」
 そう言って歩き出した京太郎に、智紀も続いて歩き出す。

 京太郎と智紀の間に特に会話は無く、龍門渕家に向う二人の間に流れるのは沈黙のみ、最初は特に気にしていなかった京太郎であったが、十分が過ぎようとした頃。
(どうしよう何か話したほうが良いかな・・・でも、何を話せば、麻雀は・・無理か、俺と沢村さんじゃレベルが違うよな、なら・・衣の事かな・・)
 さすがに何か話した方が良いのではないかと思い始め、話題を考えるものの、あまり話しをした事の無い智紀相手に京太郎が頭を悩ませていると。
「一つ・・聞いても良い?」
「あっ、はい、なんでも聞いてください」(た、助かった・・このまま龍門渕家に付いたら何か微妙だったからな・・)
 突然沈黙を破り問いを投げかけてきた智紀、しかし沈黙をどうするか迷っていた京太郎にとってそれはありがたいもので、すぐさま智紀の質問に答える意思を見せた。
「何故・・私を助けた?」
「えっ、何故って言われても、う~~ん・・知り合いなのもありますし、沢村さんは衣の大切な友達ですから・・」
 まさかそんな質問が来るとは思わなかったか、少し戸惑いながらもそれらしい理由を探して答える。
「そう・・」(衣の友達・・嬉しいような・・そうでないような・・って、あれ・・私なにをがっかりしている?)
 衣の友達、それは十分すぎる理由のはず、そう理解しているはずなのに智紀の心はすっきりとせず、どこか寂しい気持ちを覚えた。
(もしかして・・駄目だったか、でも助けた理由なんて・・そんなにないし・・あとは、う~~ん・・あっ!)
 どことなく智紀が落ち込んだのを感じ取った京太郎は、何か他に理由になりそうなことを探し何かを思いつく。
「後はやっぱり・・・綺麗な人が困っていたら絶対助けなくちゃってのが・・」
 冗談めいた口調で語る京太郎、その訳の中で智紀はある一部分に引っかかりを覚え、首をかしげて考え込む。
「綺麗な人が困っていたら?、綺麗な人が?・・綺麗な・・ひと・・綺麗!?」
 引っ掛かりを覚えた部分を何度か繰り返し、今現状で『綺麗な人』を指すのが自分だと理解すると智紀の顔は火がついた様に真っ赤に染まる。
(き、綺麗・・須賀京太郎がわ、私を綺麗って・・・)「ええっ!?」
 頭の中で京太郎の声がリピート再生され、改めてその意味を理解すると、智紀は心臓がドクンと大きく脈打つのを感じた。
(わ、私の事を・・ほ、褒めてくれた!?)
 智紀は容姿を褒められたことなど殆ど、いや覚えが無かった、人より劣るとも勝るとも思っていない、むしろそんな事に興味が無かったというべきか、それなのに京太郎に容姿を褒められた今、鼓動が早くなり心が掻き乱されていた。
(・・ほ、褒めてくれた・・須賀京太郎が、私を・・あっ)
 でも、考えたことすらなかったからだろうか、京太郎のその言葉に不安を覚えたのは。
(お・・お世辞かもしれない、あるいは・・社交辞令?、いや・・でも・・)
 どちらも先ほどの綺麗という言葉を否定する意味に思える、京太郎を疑うわけではない、それでも、何故だろうか、どうしてもさっきの綺麗が、間違いでなかったのか確かめたくなってしまう智紀は口を開いた。
「じょ、冗談は良くない・・」(き・・きっと、冗談でお世辞・・)
 智紀は頭の中で想像していた、こういえばきっと京太郎はああ言ってくるだろうと、そして。
「あっ・・やっぱり冗談ってわかりますか、あはは」
 ある意味智紀の想像通り、京太郎は苦笑いを浮かべて少し悪びれた様子で頭を掻いていた。
「あ、当たり前・・わ、私が綺麗なはずが無い・・」(予想通りのはずなのに・・なぜこれほど、と言うか・・別にわかっているなら聞かなくても良かった・・筈、どうして・・)
 予想通りの答えに呆れた口調で冷静に返したつもりの智紀だったが、声は震えていた、心もまた震えていた、そんな自分の動揺具合に驚く智紀、そして何故態々確認したのかと言う後悔を覚え始めた、その時。
「えっ・・沢村さん綺麗じゃないですか?」
 そう言って首をかしげたのは、今し方それを否定したばかりのはずの京太郎であった。
「???・・で、でもさっき冗談って・・」
 智紀の脳裏に浮ぶのは疑問符ばかりで、最後にようやくその疑問が形となって口から出てきた、だがそれを聞いた京太郎は再度首を傾げながら口を開いた。
「いや・・だから、絶対助けるって言うのが冗談ですよ、さすがに絶対は言いすぎだと思いますから」
「つまり・・私が考えていた冗談と、京太郎の言った冗談は別・・な、なら・・」(ど、どうする、態々確認してあっちまで冗談ですって言われたら・・で、でもあ、あの言い方なら大丈夫なはずだから・・)
 京太郎の説明を聞いて、自分と京太郎の話のズレを理解した智紀は改めて確かめようとするが、先ほど覚えた後悔が足を引っ張ると、なんとか大丈夫だと自分自身に言い聞かせて踏み込もうとしたのだが、その問いを口に出す前に。
「えっ~と、よくわかりませんが、沢村さんは綺麗ですよ」
 京太郎が笑顔で、智紀が聴きたかった言葉を口に出した。
「・・っっ!?」(す、すが・・須賀京太郎が・・わ、私を・・き、綺麗・・こ、今度は・・ま、間違えなく・・ど、どきどきするけ・・けど、い、嫌じゃない・・)
 思わぬ不意打ちに焦る智紀、鼓動は先ほどよりも強く激しく脈打つ、あまりのドキドキに苦しさすら感じる智紀だが、それが嫌だとは微塵も思わなかった。
(この感覚は・・まさか?)
 ネットか本、何かで得た知識の中に今の自分と類似する説明のされていた感覚、それを思い出す智紀、しかし普段は疑わないはずの知識を疑ってしまうのは、それがあまりに信じ難いが為か。
「黙り込んでいますけど・・どうかしましたか?」
 黙りこんでいるのを心配した京太郎は智紀の顔を覗き込む。
「っっ!?・・・な、なんでもない!」(び、びっくりした・・し、心臓に悪い・・)
 目の前に突然現れた京太郎の顔に驚く智紀、心臓が口から飛び出さんばかりにドクン!ドクン!と激しく脈打つ。
(お、驚いたけど・・こ、これは・・違う・・こ、これは・・おそらく・・)
 智紀自身もわかっていた、ただ驚いただけの鼓動と今のそれが違っていることに、ちらりと京太郎の顔を見ればやはり鼓動が高鳴るのを感じる。
(わ・・私は・・す、須賀京太郎を・・)
「・・俺の顔に何かついています?」
 智紀の視線を感じたのか、自分の顔を指差し尋ねる京太郎。
「うっ・・あっ、ち、違う・・ついてない、そ、その・・・・あっ、そ、そう、そのビニール袋の中身が何かと思ったから・・」
 まともに見合うことができず、京太郎の顔から視線を逸らす智紀、ついでに話題も逸らそうと辺り見回すと、京太郎がキャリーバッグとは反対の手にビニール袋を持っているのに気付き、それを指差す。
「えっ・・ああ、これですか?」
 確認するように、ビニール袋を智紀に見せる京太郎。
「そ、そうそれ・・少し気になった、良ければ・・だけど、何の本?」(す、少し・・踏み込みすぎ?)
 いくら知り合いとは言え、袋の中身を訪ねたら気分を害するかもしれない、そんな些細な不安を抱きながらも、智紀はこれ以上自分の内心がばれないように必死に訪ねる。
 だがそんな智紀の不安を余所に、京太郎は少し照れくさそうな笑みを浮かべて答えた。
「これは絵本ですよ」
「絵本・・あっ・・」
 京太郎と絵本の組み合わせに首を捻りそうになる智紀だが、直ぐにそれが誰のために買われた物かを理解した、そして京太郎も智紀の態度から、理解したことを読み取った。
「ええ、この前に衣の部屋で読んだのと似た雰囲気の絵本があったんで、それで・・でも、絵本って買うのを初めてで・・衣が気に入ってくれれば良いんですが」
 不安を口にする京太郎、それを聞いていた智紀の鼓動は徐々に落ち着きを取り戻す、でもそれは決して呆れたからでも、嫌いになったからでもない。
 智紀は京太郎の肩に手を置いて笑う。
「・・・大丈夫、須賀京太郎からのプレゼント、衣が喜ばないわけが無い」
「ありがとうございます、沢村さんにそういわれると、自信が出てきました」
 智紀に元気付けられた京太郎は、すっかり自信を取り戻し様子で笑みを浮かべる、そんな会話がちょうど終わろうとした時に、龍門渕家の大きな門が見えてきた。
「と、つきましたね」「うん、今開ける」
 龍門渕家の正門前に着くと、智紀はインターホンを押して正門横の通用口を開けてもらい、京太郎と智紀はそこから龍門渕家の敷地内に入った。
「・・・ありがとう、助かった」
「あれ、そこまで運びますよ?」
 敷地内に入ると直ぐに礼を言って両手を差し出す智紀、ここまでで良いと言う意味なのだろうが、建物までの距離が距離のため京太郎はもう少し運ぶ気でいたのだが、智紀はゆっくりと首を横に振った。
「ここまでで十分だから、早く衣のところに行って・・それをプレゼントすると良い」
「えっ、でも・・」
 車輪が壊れて途方にくれていた智紀を考えれば、幾等先ほど帰り道より短いといっても、素直に渡す気に離れない京太郎だったが。
「私は・・私は須賀京太郎と衣の関係を応援しているから・・」
(沢村さん、そこまで俺と衣の仲を・・仕方ないか、あんまりしつこくしてもなんだし・・)
 そこまで智紀に言われては、京太郎も無理に送ってゆく事も出来ず、また龍門渕家の敷地は広く送れば衣と過ごす時間が少なくなるのは事実、衣は気にしないだろうが、智紀は確実に気にしまうのは分かりきっていた。
「わかりました、それじゃあお言葉に甘えて衣の所に行きますね、ここに置きますね」
 京太郎は智紀の言うことを聞いて、キャリーバッグを智紀の前に置いた。
「うん・・ここまでありがとう、本当助かった」
「どういたしまして、それじゃあ」
 もう一度お礼を言われる智紀に見送られ、衣の住む邸に向かう京太郎、智紀は見えなくなるまでその姿を見送ると。
「・・・ふぅぅぅ」
 溜め息をついた、当然京太郎と居るのが憂鬱だったわけではない、むしろその逆。
「・・あれ以上京太郎といたら・・まずい、私は須賀京太郎と衣の関係を応援しているのだから」
 そう、先ほどの言葉は京太郎を説得する意味もあったが、それとは別に自分自身に言い聞かせる意味もあった。
(そう・・だから・・この思いは駄目、絶対に・・駄目)
 京太郎に褒められた事を思い出すと、鼓動が少し早くなるが、それはいけない感情だと自らに言い聞かせた智紀は、自分の前に置かれたキャリーバッグの取っ手を掴む。
「さて・・お、重い・・やっぱり」(優しくて・・力も持ち・・それで、私を・・)
 持ち上げてみるがやはりかなり辛い、一旦下ろして後で思い浮かべるのは平然とこれを持っていた京太郎の事、男性と女性の差はあるかもしれない、だがやはり思い出されるのは態々持ってくれた京太郎の優しさ。
「・・・だめ」
 智紀が頭を振って振り払おうとするのは、再び浮びそうになる京太郎の言葉か、それとも。
「・・今日中に読まないと駄目・・・明日はきっと衣が自慢話をするから・・」
 絵本の事を思い出して、それをプレゼントされた衣を想像すれば、明日にはきっと喜びに溢れた衣が麻雀部のメンバーに絵本を自慢しに来る図が智紀の脳裏に思い浮かぶ。
「・・ふぅ、行こう・・・」
 衣の幸せそうな顔を思い浮かべると、智紀の鼓動は落ち着きを取り戻した、そして持ち上げることを諦め智紀はキャリーバッグを引きずって、京太郎とは違う方向に歩き出すのだった。

「お~~い、衣~~」
 そう言いながら衣の住む邸の廊下を進むのは、部活が無いため暇を持て余していた井上純であった。
「お~い、衣~」
 もう一度呼びかけるものの反応は返ってこず、邸に響くのは純の声のみ。
「暇だから・・遊んでやろうと思ったんだがな居ないのか?、それとも・・トイレか奥の部屋・・は無いか」
 聞こえているのならば何かしら反応があっても良さそうなものだが、それが無いのは返事が出来ないところに要るのか、聞こえていないのか、それとも邸内に居ないのか。
「はぁぁ、ハギヨシが居ればわかるんだけどな」
 溜め息混じりに愚痴を零す純、確かにここに世話役のハギヨシが居れば、衣がどこに居るかまでは知らなくても外出中か否か位は把握しているだろう、とは言え今はそのハギヨシも所要で出かけているため無理な話だ。
「虱潰しに探すのは・・無理だな、しゃあない、部屋だけ見て帰るか」
 かくれんぼをしている訳でもあるまい、居るかどうかわからない衣を探すにはこの邸は少々広すぎるので、純は一番居る可能性の高そうな衣の部屋だけ確認しようと、部屋の戸に手を掛けた。
「お~い、衣さんや居ませんか~?」
「あっ・・やっぱり、井上さん」
 戸を開けて声を掛けながら部屋の中に入る純、部屋の中から返ってきた衣の声ではなく京太郎の声であった、大きいソファーに腰掛けていた京太郎は立ち上がる事無く顔だけを出入り口に向けて、入ってきたのが純であると確認した。
「えっ・・須賀、あっ、わ、悪い邪魔した」(須賀が来ていたのか、そりゃ呼んでも出てこない訳だ、さすがに俺が居ても邪魔だろうしな・・)
 恋人と楽しく過ごしていたのなら、自分の呼びかけに反応が無くても仕方ないと納得した純は、さすがに恋人との一時に一人で乱入する気にはなれず謝って直ぐに部屋を出ようとするのだが。
「あっ、井上さん、ちょっと待ってください」
「うん、なんだ?」
 出てゆく直前で呼び止められた純が振り返ると、呼んだ本人である京太郎が立ち上がりもせず、ただ手招きをしてこっちにこいと呼んでいる様だった。
「なんだよ、邪魔したのは悪かったけど・・」(なんだ乱入したから怒っているのか?)
 警戒しつつ京太郎に歩み寄る純、徐々に京太郎の近づいてゆき、京太郎の足、正確に言えば太ももを見て、なぜ京太郎が立てなかったのかを理解した。
「えっ、衣!?」
 純の眼に飛び込んできたのは、京太郎の膝枕で規則正しいリズムで呼吸をしながら、気持ち良さそうに眠る衣の姿。
「寝ているのか・・なんで?」
「ああ、それはですね」
 京太郎が遊びに来ていたらテンションが高まり、夜でも寝そうに無い衣が寝ていることに驚く純、京太郎はその疑問を説明するのに目の前の机に置いてある絵本を指差した。
「この絵本をプレゼントしたいんですけど、衣気に入ったみたいで、それで折角だから何回か読み聞かせていたら・・いつの間にか」
「なるほどな、そういや衣を寝かしつけるのに絵本が要るって、透華が言っていたな」
 よく衣を寝かしつけている、龍門渕透華から聞いた話を思い出し納得する純。
「それで、すみませんが、ベッドの上にある・」「ああ、わかっている」
 京太郎が頼み終える前に、純は何を頼まれるのかを理解し、ベッドの上に置かれている毛布を手に取り、衣を起こさないようにそっと上に掛けた。
「冷えるといけないなとは思ったんですけど立てなくて、ありがとうございます」
「気にするな、さすがにその状態じゃ無理だろうからな、ははは」
 苦笑して礼を言う京太郎、純も膝枕している相手を起こさずに立ち上がるのは至難の業なのは分かっており特に気にしてはいないようだ。
「うっ・・きょうたろ~・・」
(あれ、起きちゃったか!?)(まずい、起こしちまったか!?)
 衣が声を上げた瞬間、京太郎と純は五月蝿くして起こしたのかと思い反射的に黙り込むが。
「うっ・・うにゃ・・すぅぅ・・すぅぅ・・」「はぁぁぁ」「ふぅぅぅ」
 少し体を動かし後、衣は眼を瞑ったまま規則正しい息遣いに戻り、京太郎と純は安堵の息を漏らした。
「たくぅ、脅かしやがって・・えい・・」「あんまりしていると、起きちゃいますよ」
 文句を言いながらぷにぷにと衣の頬を指で軽くつつく純、京太郎は注意しながらもその手を止めようとはせず笑みを浮かべて見守っていた。
「わかっているって・・しかし、寝顔はまさに天使って感じだな・・頬も柔らかいな、ふふ」
 純も衣を起こすつもりは無いので、素直に京太郎の注意を聞いて突くのを止めて見守ろうとしたが、衣の寝顔を見ているとつい触れたくなってしまし今度はそっと手を伸ばして、今度は優しく頭を撫ぜる。
「ふふ・・ふ・・」
 良い夢を見ているのか眠りながら微笑む衣、それを見ていた純は、改めて目の前で眠る衣と自分の差を感じていた。
(本当に可愛いな・・俺もこいつみたいだったら、男扱いもされないんだろうな・・)
 目の前に居るのは自分と同じ性別だが、自分には絶対に使われないだろう『可愛い』という言葉が良く似合う少女、透華達に男っぽいと言われるのが冗談だとはわかっているが、純も女性であり多少気にしていた。
(って、そんな事考えても今更どうにもならないし、それに別に女扱いされたい訳でもないからな)
 気になっているとは言え、自分の今の性格を変えられるとも変えたいとも思わない純。
(そのうち・・俺を女扱いする、物好きな奴がでてくるだろう・・って、自分で言っているとさすがに・・)「はぁぁぁぁ」
 自らを擁護する言葉を自分で想像していると、純は空しさを感じ長めの溜め息をついた。
「井上さん?」
「うん・・ああ、そうか悪い、あんまり撫でていたらさすがに起きるよな・・」
 京太郎に声を掛けられて、思考の世界から現実に引き戻された純は、まだ衣の頭を撫ぜ続けていたことに気付き、京太郎もそれを注意しようとしたのだと思い慌てて手を引っ込めようとする、だが。
「あっ、違いますよ、井上さんのその中指・・怪我しているんじゃないんですか?」
 京太郎が指摘したのは衣の頭を撫ぜ続けたことではなく、撫ぜていたのとは逆の手、その中指が切れて、その傷口から血が零れていた。
「あっ、確かに・・切れているな、気付かなかったぜ」
 純も自分の指を見て初めて怪我をしている事を知り、血が出ているので少し驚いたものの痛みは無いので焦った様子は見せなかった。
「早目に手当てしたほうが良いんじゃないですか?」
「良いって、こんなの舐めて放っておけば治るだろう・・えっ?」
 心配する京太郎を余所に、痛みも特に感じない為か純は適当に治そうと傷がついた指を口に含もうとしたが、寸前のところでその手をがっしりと掴まれ止められた、もちろん純をこんな止め方をするのはここには一人しか居ない。
「はぁぁ・・駄目ですよ、そんな治し方」
「あん・・そんなの俺の勝手だろう」
 呆れた表情で溜め息をつく京太郎、しかし純は自分のやり方に口を挟まれるのが気に食わないのか不機嫌そうな表情で京太郎を睨め見つけた。
「うっ・・だって井上さん女の子なんでしょう」
 純に睨まれ一瞬怯んだ京太郎であったが、それでも純の手は離さず傷口に唾をつけるだけの治療と呼べそうに無い治療を止める。
「だからほうって・・へぇ、お、女の子・・お・・俺が・・女の子!?」
純も聞く耳を持たないつもりであったが、その内容に・・手を、口を、思考と呼吸以外の行為を止めさせた。
(ままままま、まさか・・こここ、こいつがぁぁぁ!?)
 いつか現れると思っていた自分を女性として見てくれる男性、しかし予想よりも圧倒的早く突然の登場に驚いて固まる純。
「そうですよ、傷ついて反射的に舐めたとか言うならまだしも、舐めて終了じゃ駄目ですよ・・男じゃないんですから」
「そ・・そそそ、そうだな・・うん、そうだ・・確かに・・」(そ、そういうもんなのか・・やっぱり・・)
 珍しく女扱いされたためか、京太郎の言葉に只管頷く純、それを見て京太郎はわかってくれたのだと思い、安心した様子で胸を撫で下ろす。
「ふぅ・・そうですよ、だから普通に絆創膏でも貼ってください」
「そ・・そうしたいけどよ、絆創膏なんて持ってない・・あっ」(も、もしかして普通の女子は持ち歩くのが当たり前・・とか?)
 そんな事は無いとは思うが、女子ならば持ち歩いているのではないかと想像してしまう純、思い出してみればクラスメイトの女子は色々な物を持ち歩いている、その中に絆創膏一つや二つ、あったところで何の不思議もなかった。
「ああ、そうですね、全員が全員持ち歩いているわけありませんよね、いや~今日怪我した時に咲が絆創膏をくれたんで、女子って色々持っているから持ち歩いているのかなって・・勝手に思い込んじゃって、すみません」
「い、いや・・気にするなって、あはは」(な、なんだ・・須賀も俺と同じこと考えていたのか、よかった当たり前じゃなくて・・)
 京太郎が偶然自分と同じ考えをしていただけだったのに、安心して胸を撫で下ろす純。
「あっ、そうだ確か・・咲に予備用だってもう一枚・・ああ、あった、これよかったら使いますか?」
(な、なんか、須賀と居ると・・ぺ、ペースが掴めないな・・、絆創膏だけ貰っておくか)
 話をしているうちに予備の絆創膏の存在を思い出した京太郎は、すぐさまズボンのポケットから絆創膏を取り出して純に使うどうか訪ねる、自分のペースを乱されてドキマキされっぱなしの純は早めに絆創膏を受け取り退散する事に決めた。
「お、おう・・ありがたく使わせてもらうぜ・・・・って、な・・何しているんだ?」
 絆創膏を受け取ろうと手を伸ばす純、しかしその手に絆創膏が渡されることは無く、絆創膏は京太郎の手によって外紙と粘着部分についた紙が剥がされ、京太郎が何をしようとしているか分からない純は首を傾げた。
「何って、使うんでしょ・・さぁ、怪我した指だしてください」
「あっ・・ああ、って、いや、えっ?」(これって・・えっ、どういうことだ?)
 京太郎に言われ一旦は怪我をした指だけを立てた純だが、訳がわからずすぐさま引っ込めようとしたのだが。
「あっ~駄目ですよ、じっとしてくれないと上手く巻けないじゃないですか」「えっ、ああ・・悪い」
 京太郎に注意され反射的に謝ってしまう純、そのままじっとしていると直ぐに怪我をした部分が絆創膏によって覆われていった。
「はい、終わりましたよ」
「あっ、う・・うん」(・・貼ってくれたんだな・・態々・・って、そ、それどころじゃないだろ!)
 京太郎に終了したことを告げられ、これまた反射的に返事をした純は、自分の指に貼られて絆創膏をぼうっと見つめながら何が起こったのかを少しずつ理解し、そしてある重要な事を思い出す。
(れ、礼だよ礼、は・・早く言わないと、け、けど・・こんな時、女ってどういうんだ、い、いや・・俺も女だけど、そ、そうじゃなくて・・折角女の子って、だから・・それらしい言い方は・・)
 珍しく女の子扱いされたためか、なるべく女性らしい言葉と考えるが、普段使っていない言葉がそう易々と出てくる筈も無く、勉強や麻雀などよりもはるかに難しい難問に苦戦する純。
「あれ、もしかして俺、貼り方間違えましたか?」
「えっ、ああっ、ち、ちげぇよ、そ、その・・あ、あれだ、自分で貼るといつもずれるから、貼るのが上手いなって感心していただけだ、あはは!」
 考え込んでいる純を見て心配そうに絆創膏を巻いた指を覗き込む京太郎、純もよもやそんな事態に陥るとは思わず、慌てて適当な理由をつけて誤魔化そうと笑い飛ばす。
「あっ~そうですね、自分で貼ると失敗することってありますよね」
「あっ、ああ、だから気にすることじゃねぇよ」(と、とにかく、れ、礼だ・・これ以上誤解されてもなんだしな・・、早く女性らしい言葉で・・よし!)
 何とか誤魔化すことに成功した純は、これ以上余計な誤解を生む前に、なるべく女性らしい言葉遣いでお礼を言おうと意気込むが。
「あ・・ありがとな・・」(・・ち、違う、礼の言葉だが、ぜ、全然、女の子らしくない・・いや、それ以前に素っ気無さ過ぎるだろう、ううっ・・こ、これじゃあ・・須賀も・・)
 ようやく口から捻り出したお礼の言葉、でもそれは純自身も痛感するほどの可愛らしいとは程遠い素っ気無いもの、折角女性扱いをしてくれている京太郎もこれでは・・と思いがっくりと肩を落とす純、だが。
「いえ・・お礼なんて良いんですよ、早く治ると良いですね」
 別に気にした風も無い、むしろお礼を言われて恐縮しがちな様子で純の具合を心配しながら笑いかけてくる京太郎。
(よかった気にして無いみたいだ、それに須賀って、こんな顔して笑うんだな・・前に見た時と・・まあ、良いか・・)
 京太郎の様子に言葉に笑みに、安心して胸を撫で下ろした純、京太郎の笑みが以前に見た時とは違うように思えたが気にしないことにし。
「そうだな、心配してくれてありがとう、須賀」
 偶然かたまたまか、安心しきったからか京太郎の笑みにつられたらかは分からないが、先ほどと違いお礼を口にする純の顔には笑みが浮んでいた、ただそれは自然に浮んだものなのだろう、何故ならば。
「へぇ~、井上さんって笑うと結構可愛いんですね」
「えっ、俺笑って・・って、それよりも須賀、い、今なんて言ったんだ!?」(可愛いって・・いや、そんな馬鹿な?)
 京太郎の言葉で純は自分が笑っていた事を理解し驚きそうになるが、それよりも信じられない部分があり聞き直す。
「えっ・・ですから、井上さんって、笑うと結構可愛いんですねって」
「やっぱり可愛いって・・・えっ、えええええええええええええええ!?」
 京太郎が先ほどと同じ言葉繰り返した瞬間、頭をハンマーで叩かれたような衝撃が純を襲う、僅かに考える間があり、言葉に意味を理解した瞬間、信じられず叫び声を上げてしまう。
(ここ、こいつが・・す、須賀が、おおお、俺のこと可愛いだと・・えっ、ど、どういう・・つもりだよぉ!?)
「えっ~と、井上さん・・大丈夫ですか?」
 急に叫び声を上げた純を見て心配した京太郎が、純の顔に手を伸ばそうとした、瞬間。
「けけけけけけけっこう、かかかかかわいいって、そそそ、そんなことかか、簡単に言うんじゃねえよ、ば、バッキャローー!!」
 言葉だけでも混乱しきっていた純は、手を伸ばされたことに驚いて、訳の分からない文句を言い残して部屋を飛び出していってしまった。
「・・もしかして・・結構が余計だったとか・・」
 衣を膝枕している京太郎は追いかけることも出来ず、出来る事と言えば自分の言葉の反省点を探すこと位であった。

「はぁはぁ」
 部屋を飛び出した純、そのまま勢いで建物も飛び出して龍門渕家の広大な庭を走るが、次第に息も続かなくなり、足もそれに連れて動きが鈍くなり、やがて歩みを止めた。
「はぁ・・はぁ・・はぁぁぁ、まったく須賀の奴・・・俺が、か、か、可愛いなんて、何言って・・えっ、あ、あれ?」
 息を整えながら先ほどの京太郎の言葉を思い出して、文句を口にする純であったが、そこでようやく自らの行動に疑問を感じた。
「ま、まてまて、べ、別に須賀は・・変なこと言って無いんじゃ・・」
 一度落ち着いてしまえば、とことん冷静になれるのが人間という生き物か、京太郎との会話を最初から思い出すと、京太郎のした事と言えば、純を女性扱いして、怪我を手当てし、そして笑顔を褒めた、ただそれだけ。
「ま・・まて、な、なんで、悪態ついて飛び出してきたんだ?、も・・もう一回・・」
 自分でとった行動であったが、何故自分がそんな行動をとってしまったのか分からず首を傾げる純、仕方なくもう一度最初から思い出してみるのだが。
「えっ~と、け・・怪我した指を舐めて終わらそうとしたら、あ、あいつに・・注意されて、それで・・・」
 視線が京太郎に貼ってもらった絆創膏に行く、そこからゆっくりと貼ってもらった後の会話を思い出す胸を高鳴らせながら。
「そ、それで・・あ、あいつ・・笑って、そ、それで・・礼を言って、そ、それで・・」
 純の脳裏に浮ぶのは京太郎の笑顔と、『可愛い』と言うその言葉。
「!?」(な、なんだ、なんで・・た、確かに、褒められてう、嬉しかったけど・・それでも、なんで・・こ、こんなにドキドキするんだよ!?)
 思い出した瞬間、強く激し胸の高鳴りを感じる純、だがその正体はよく分からず、飛び出した理由もよく分からないまま、しかしそんな純にも一つだけ分かっていることがあった。
「す、少なくとも、馬鹿野郎って叫んで飛び出てくることはなかったよな・」
 純の口から出るのは反省の言葉、とは言え今更後悔したところでどうなるモノでもない、できる事と言えば謝罪位なのだが、状況が状況のため直ぐに行き気にはなれず。
「呆れただろうな、須賀の奴も、これで須賀も俺を女性扱いしなくなる・・よな・・」
 京太郎が自分を女性として見えくれなくなったと思うと、純の胸にグサリと何かで刺された様な痛みが走った。
「うっ・・仕方ねえよな、俺が男だったらそう思うからな、はぁぁ・・・今度、謝ろう」
 取ったしまった態度が態度だけに、自分自身で仕方ないと納得できてしまう純、今はあの場所に戻って謝る気力も無く、溜め息をついて邸とは反対方向に歩き出すのだった。

「はぁぁぁぁ・・」×2
 夜、夕食も終わり、龍門渕家の浴室に響くのは純と智紀二人の溜め息、お互いにいる事は分かっていたものの、特に会話の無いままであったが、今の溜め息で互いを意識したのか両者の目があった。
「どうしたんだ、豪くお疲れなご様子だが」「純こそ・・・疲労困憊」
 何時も通り少し軽め口調で訪ねる純に、何時も通り淡々と返す智紀。
「まあ・・色々あってな、今日は疲れた」(まさか・・可愛いって言われて、文句言って気まずくなったなんて言えねぇしな・・)
「私も疲れた・・」(言えない、助けられた事は良い・・けど、その後は言えない・・)
 自分の事を聞かれたくないからか、相手の話にも互いに突っ込んだ態度は取らず、会話はそこで途切れた。
(可愛いって・・褒めてくれたんだよな、あいつ・・)(綺麗って、褒めてくれた・・あの人が)
 会話も無く互いに見合うのも何か微妙な雰囲気になって、純も智紀も天井を見ながら今日の事を思い出していると、天井に昇る湯気にふと思い出していた人物の顔が浮かび上がってきて。
「須賀京太郎か・・・えっ?」×2
 ぽつりと口から漏らした名前が同じである事に驚き、立ち上がって再び互いを見合う純と智紀。
「ど、どうしたんだ、す、須賀と何かあったのか?」「純こそ・・須賀京太郎と何が?」
 気になるものの言葉になったのはそこまでで、後に流れるのは沈黙のみ。
「あっ、うっ・・・」「・・うっ・・」
 どちらも答えられぬまま再び湯船に体を沈める、自分も答えられないのだから、責めることもできず、話し合いはそこで終わる・・はずだったのだが。
「京太郎がどうかしたのか?」
「どうしたって・・こ、衣!?」「衣・・お、驚いた・・・何時の間に?」
 話に意識がいっていた為か、人の気配に気付かなかった純と智紀は、さらに話して頭に描いていた想像もあり衣の出現にかなり驚いた様子であった、とは言え普通に入ってきた衣は何の事かわからず不思議そうに首を傾げる。
「何時の間にも何も衣は普通に入ってきたぞ、それとも衣の姿に何かおかしいところでもあるのか?、う~~ん?」
 驚かれたのが気になった衣は、何かおかしいところがあるのかと思い水面に映る自らの姿を見つめるが、特におかしいところは見当たらず不思議そうに首をかしげた。
「えっ、いや、その・・あのな」(な、なんて言えばいいんだよ・・)
 未だ水面を見つめ続ける衣に、何か言わなければならないと思う純であったが、どう言えば衣が納得してくれるのか迷い視線で智紀に助けを求めた。
「衣におかしいところは無い・・ただ話しに集中していて気付かなかっただけ」「そ、そうだぞ、それで急に声を掛けられたから俺もこいつも驚いただけだ・・」
 差し障りの無い訳を話す智紀に、純も乗っかり適当に相槌を打った。
「おおっ、それでか、確かに突然立ち現れたと思えば驚くのも道理、それで純と智紀は何を話していたのだ、京太郎の事か?」
 二人の理由を疑うことはしないが、自分の恋人の名前が出ていたので気になった衣は話の詳しい内容を尋ねてきた。
「うっ・・それは」「それは・・その・・」
「どうした純、智紀・・・もしや・・衣には話し難い内容なのか?」
 普段ならば衣が尋ねると純と智紀は普通に答えるのだが、今回は微妙な内容の為か答えずに黙っていると、衣がその空気を察し引くような言葉を口にする、凄く寂しそうな悲しそうな今にも泣き出してしまいそうな表情で。
(うっ・・って言うか、こ、衣の奴今にも泣きそうな顔しやがって、あっ~もう・・えっ~と、絆創膏をもらった位なら・・)(悲しそう・・荷物を運んでもらったくらいなら、大丈夫?)
「・・衣に話せない・・京太郎に関係する話し・・・京太郎に関係する・・あっ、そうか、わかったぞ!」
 衣の表情が気にかかった純と智紀が、下手に突っ込まれないために話しても大丈夫そうな部分を纏めようとしていると、残された衣は一人ぶつぶつと呟きながら二人の会話の内容を想像していると、ある瞬間的な閃きが脳裏を駆け抜け声を上げた。
「なっ!?」(えっ・・ま、まさか、あの時薄っすら意識があったのか!?・・いや、そ、それより・・)
「う、嘘!?」(・・今日は絵本をプレゼントされた、とは言え須賀京太郎と世間話をしなかったとは考え難い・・その話の中で私の話がでて・・・違う、今重要なのは別)
 考えが纏まりかけていた時の衣の言葉に驚く純と智紀、どうして衣がわかったのか理由に思考が進みそうになるが、それよりも重要な事がある事に気付くのだが、何かを出来るわけでもなく黙って衣を見守る、そして。
「純と智紀は・・・京太郎にお礼をしようとしているんだろう!」
「・・・はい?」×2
 自信満々な衣の口から出てきた言葉に首を傾げる純と智紀、そんな二人を見て今度は衣が不思議そうに首をかしげ、自分の考えを話し始める。
「純と智紀は何かで京太郎の世話になって、そのお礼を秘密裏に話し合っていたのではないのか?。それを衣に話し情報が漏れては、折角の秘密でしていた準備が台無しになると、口を噤んだのではないのか?」
「えっいや・・その・・」「当たっている部分もある、けど別に衣を疑ったわけではなく・・さして決まって無いから話せないだけ、ねっ?」
 純は何か言おうとするが上手く言葉が出ず墓穴を掘ってしまいそうなので、智紀は純と衣の間に入り言葉を遮る、そしてちらりと純の方見て、話を合わせろと眼で合図を送る。
「あ、ああ・・そうなんだよな、話したんだけど・・須賀が何好きかも分からないからな・・どうしようかって・・な」
 合図を正確に受け取った純は、嘘がばれないように其れらしい理由を適当に並べた。
「なるほど・・それならば仕方ないな・・・」
(衣に嘘つくのは気が引けるが・・話せないからな・・悪い)(ごめん・・衣、けど・・話せないから許して)
 まったく疑う欠片も無い衣を見て、罪悪感から胸を痛める純と智紀はせめてもと心の中で謝罪の言葉を呟く。
「よし・・純と智紀の気持ちは良くわかった、ここは京太郎の一番の恋人である衣も、微力ながら協力するぞ!」
「えっ・・いや、でも・・」「これは・・私たちの・・問題・・」
 衣の突然の協力の申し出に、これ以上に嘘に巻き込んでは悪いと思い遠慮する純と智紀、しかし。
「何を言う、遠慮は不要だ純、智紀、友達が困っているのだ、衣だって力になりたいぞ!」
 純と智紀が遠慮していると思った衣は、やる気が衰えることは無く、むしろ先ほどより強く協力を申し出た。
「友達か・・・ああ、それじゃあ頼むよ・・あっ・・」(しまった、友達って言葉が嬉しくてつい・・お、怒って・・ないか?)
 衣の言葉が嬉しくなり申し出を受けてしまう純、しかし勝手に返事をしてしまった事を怒られるかと思い恐る恐る智紀を見た。
(良い・・私も・・同じ・・嬉しかったから・・)「それでは友達として・・助力をお願いする・・」
 純の視線と気持ちに気付いた智紀は、視線を純に向けて一度だけ一度だけ左右に首を振り、今度は大丈夫だと言わんばかりに一度だけ頷いた後に、衣に視線を移し申し出を受け入れる意思を見せた。
「任せておけ、京太郎はな・・」
 友達に頼りにされるのが嬉しく、更に話すのは大好きな恋人の話、衣はとても楽しそうに色々な事を純と智紀に語って聞かせるのだった。

 風呂から上がり衣と別れた純と智紀は、部屋に戻ろうと庭を歩いていた。
「ふぅ・・風が気持ち良いな」「・・うん」
 揃ってしている赤い顔は体の芯まで暖められた証、少し熱が篭りすぎているのか純は胸元大胆に開けて風を取り込んでおり、智紀もまた吹く夜風を気持ち良さそうに浴びていた。
「はぁ・・・しっかし・・衣の話しが・・あそこまで長いとは思わなかったぜ」「うん・・少しのぼせた・・」
 苦笑して二人が思い出すのは、一時間近く続いた衣による京太郎とのラブラブな話、聴いている事態は苦痛ではないものの、流石に湯船に浸かったままの状態ではのぼせてしまい少々辛く感じた、
 だが純も智紀も特に嫌そうな顔はしてないのは、やはり衣が友達として自分たちの力になろうとしてくれたからだろう。
「とは言え、衣の奴まだ話たがっていたみたいだけどな・・」「そうね・・けど・・あれでは無理・・」
 就寝時間が近づいたのか、話をする衣の言葉遣いがどんどん怪しげになってゆき、仕方なくそこで話を終えたのだが、衣はまだ話したいことがあったのか眠たそうな眼をこすりながら『無念だ・・・』と言って部屋に戻っていった。
「だな・・まあ、あれだけ聴けば十分わかったけどな・・」
「うん・・良くわかった、衣が須賀京太郎の事が大好きだって・・」
(そういう意味じゃ・・いや、智紀の言うことも・・わかるな・・)
 自分が言った意味とは違うが、智紀の言った事は純も感じていた、何せ京太郎との思い出を話す衣はとても楽しげで、わかりやすいほど幸せそうだったからだ。
(話をするだけであれだけって事は、本人と居るときはもっと・・まあ、遊園地の時もそうだったからな・・)(前に遊園地で見たときも・・いつも、あんな風に・・仲良く・・)
 二人が思い出したのは、衣と京太郎の遊園地デートのとても幸せそうな光景、一緒に乗り物に乗って食事をして、最後に観覧車での。
「羨ましい・・えっ?」×2
 偶然か必然か、思い浮かべた光景の感想も同じ、当然互いの感情になど気づいていない、いやそんな事を気にかける暇さえ無いのだろう。
(た、確かに・・あ、あんな風に仲良く出来る相手がいたら・・良いとは思うが、け・・けどなんか・・ちょっと違うような・・)
(前にも・・思った、須賀京太郎みたいな恋人だったら欲しいと・・けど違う、私は・・須賀京太郎が・・)
 優しい恋人が居ると言う憧れ、それとは違う気持ち。
(可愛いって・・・言ってくれたよな・・)(綺麗って・・褒めてくれた・・)
 思い出すのは今日言われて、鼓動を早くさせた京太郎の言葉、その言葉と先ほどの観覧車のシーンが重なると、いつの間にか衣の立ち位置が自分に代わり、そして。
「つぅぅ!?、へっ?」「ううっ!?、えっ?」
 想像の中で二つの顔が重なりそうになった瞬間、叫んでしまいそうになるのを何とか長込む純と智紀は、隣に居る者も同じ様な事になっているのに気付き互いを見合う。
「えっ、ど、どうしたんだ、急に?」
「じゅ、純こそ、どうしたの?」
 先に言葉を発した純も特に理由を聞きたかったわけではない、突然の事に混乱してつい言葉が出てしまったのだ、そしてそれは智紀も同じで。
「えっ、いや・・はは・・な、なんでもないかな」(この・・気持ちって、ま、まさか・・)
「そ、そう、ふふ・・私も・・なんでもない・・」(この気持ちは・・やっぱり・・)
 互いに答える事が出来ず、適当に笑いながら誤魔化す、純も智紀も更に訊ねられそうなぎこちない笑みではあったが、どちらもそんな事を気にするほど余裕は無い、自分自身で手一杯で、思考もまた自分の気持ちの事だけに向いていた。
(こ・・い、いや・・ち、違うだろう、あ、あれだよ・・あれ・・)(こ・・違う、そんな訳無い・・勘違い・・)
 自分の今の気持ちに思い当たる言葉を直ぐに閃く純と智紀、だが二人とも自分の考えを否定する、それが抱いてはいけない気持ちだと思っているから、そして人の脳とは上手くできていて、否定したい事に理由を、それから逃げる為の口実を作る。
(そ、そうだよ、絆創膏を貰って一応でも褒めてくれた相手に、あんな態度とったから・・そうだよ、うん、あれさえ謝れば・・そ、それなら・・あ、あれ・・使えるよな?)
 純の脳裏に浮んだのは、良くしてくれた京太郎に酷いことをしたと言う蟇目、ならばそれを無くしてしまえば良いと思うと、同時にそれを叶える手段も思いついた。
(・・初めてだったから・・・きっと、そう・・これは勘違い、嬉しさと・・混同しているだけ・・それだけの筈・・なのに、だ・・駄目、これ以上考えては駄目、だけど・・)
 一方の智紀もある程度思い浮かぶが、それを完全に思い込むことが出来ず、自分自身を納得させようと更に考えるも浮んでくるのは駄目な考えばかりで、途方に暮れそうになった、その時。
「な、なぁ・・話は変わるんだけどよ」
「な、何!?」(た、助かった・・)
 タイミングよく純が話しかけてくれたので、智紀は変な風に考えが進む前に意識を目の前に居る純に集中させ、じっと睨みつける様に見つめる。
「うっ、その・・今日・って言うかさっき、風呂で衣に・・嘘・・ついちまっただろ、須賀に礼をするって・・」
「うん・・確かにあれは嘘、衣には悪いことをした・・」
 智紀に睨まれて一瞬たじろいだものの、立て直して罪悪感を思い出しながら風呂での話を蒸し返す、それを聞いていた智紀も衣に悪いことをしてしまったのを思い出した。
「それで・・罪滅ぼしって訳じゃないけどよ、実は今日俺、本当に須賀に世話になったから、だから・・」
「純も・・実は私も、須賀京太郎に・・お世話になった・・」
「な、なんだ・・智紀も世話になっていたかよ・・衣の奴、勘かどうかは知らないが、凄いな・・」
 思っても見なかった智紀の言葉に、風呂に入ってきた時の衣の推理があながち間違っていなかった事に、かなり驚いている様子だった。
「確かに・・私も驚いた、けど・・今それは置いておく、それよりも・・私は須賀京太郎にお礼をしたい・・純もしたいの?」
「えっ、ああ・・そうだ、世話になったからな、それに・・なんていうんだ、ちょっとした手違いというか・・ちゃんと礼も言えなかったらな、だから・・そのお詫びの意味もこめてよ」
(い、言えないよな、まさか傷の手当てしてもらっておきながら、可愛いって言うのにびっくりして悪態ついて出てきたなんて、しかもそれが気なっているのか・・須賀の事が妙に気になるなんて・・口が裂けても)
 智紀に訊ねられ、本当の事を言えない純は適当に理由をつけて京太郎に礼をしたい事を告げた。
「そう、私はお礼言ったけど、もう一度ちゃんとしたお礼をしたい、純もしたいなら・・一緒にする?」
「お、おう、そうだな・・ちょうど良いだろう、須賀も部室に衣との時間もあるから、あんまり時間を取らせてもなんだろうしな」(とりあえず・・これで謝る参段はできたな、一人じゃないし・・変な事・・・いや、ちょっとまてよ・・)
「そうね・・須賀京太郎も・・・忙しいから」(・・とりあえず、変な考えをしなくて済んだ、それに・・純と二人なら・・須賀京太郎と一緒でも、変な考えは・・あれ?)
 二人でお礼をする、それで今までの心配事は消えるはずだった、だが京太郎にお礼をしている所を思い浮かべた時の事を想像して、ある事に気付いた。
(智紀が居るときはいいけど、智紀がトイレとか行って・・その時、たまたま・・無いとは思うが、可愛いってまた言われたら・・・俺は・・ど、どうする?)
(・・純が居るときは良いけど・・もしも、純が何かの拍子も居なくなって・・二人きりになったら・・・まずい・・)
 京太郎に二人で礼をすると決めたまでは良かったが、もしもどちらかが居なくなり一人で京太郎と一緒に居る所を想像すると、気持ちが落ち着かなくなり不安にかられる純と智紀。
(止めるわけにはいかないし・・智紀にも悪いし、態々俺から持ちかけたのに・・それに、このまま謝らないと気持ち悪すぎる、それに衣にもな・・)
(中止は無し、純もやる気だし・・私も認めたから・・それに・・私もできればお礼はしたい・・それに・・衣にも悪い)
 発言への責任、互いへの思い、そして京太郎に謝りたいと言う気持ちと、お礼をしたと言う気持ち、色々な気持ちが混ざり合い中止という決断は出来ない純と智紀、罪悪感からか衣に顔が浮かんできて・・そして、閃く。
「そうだ、衣も一緒に!・・えっ?」×2
 今日何度目だろうか、声がハモって互いの顔を見合う純と智紀は、ほんの少し固まった後どちらともなく口を開いた。
「そ、その・・いくら本当に礼をするからって嘘ついたのが消えるわけじゃ無いだろう」
「うん・・それに、須賀京太郎もやっぱり、衣と・・恋人と一緒の方が楽しめると思う・・」
「だ、だよな・・な、なら衣も誘うって事で、良いよな?」
「良い・・きっと・・衣も喜んでくれるから・・」
 焦っているので早口になりながらも、それらしい適当な理由を並べ互いを納得させた純と智紀は、京太郎にお礼をする時に衣を呼ぶことを決めた。
(これで大丈夫・・だよな、須賀もまさか衣が居るのに・・俺に可愛いとか・・無い、絶対無い、恋人が居る横で・・しかも衣みたいに可愛い奴が居るのに、俺みたいな奴を可愛いなんて・・そんな事・・無い)
(これで仮に純が居なくなっても、二人っきりになることは無い、それに・・衣と須賀京太郎が一緒に・・仲良くしている姿を見れば、さっき感じた・・あの気持ちが勘違いだとわかる・・はず・・)
 衣も一緒、そう考えれば悩みも一気に解決された・・・はず、だったが。
(・・可愛いって、言ってくれないよな・・)(あの気持ちは・・間違いであって・・欲しい・・はず・・)
 それを願っていたはずなのに、そうなった事を想像すると純と智紀の胸に寂しさが広がる。
「と、ところでよ、何時ごろにするよ、京太郎への礼って・・あ、あんまり遅くなってもなんだしよ・・」(止めだ止め、今は何するか決めて、謝ることだけに集中しろ)
「確かに、明日までに何をするか・・考えて、場所はその後で決める・・で、どう?」(考えるのは止める・・須賀京太郎にお礼をして・・・衣に謝る・・それだけで良い)
 悩みを振り払うように、どんなお礼をするかを考える事に集中する純と智紀。
「良いぜ、しっかし・・何するか、う~~ん・・好きな食べ物でも奢ってやる・・とか?」
「・・いかにも・・純らしい」
 お礼といわれて、直ぐに食べ物を思い浮かべた純を見て、想像していた通りの答えにクスっと笑ってしまう智紀。
「どうせ俺は大食いだよ・・・悪いか?」
 少し拗ねた様子で悪いのか訊ねる純に、智紀はゆっくりと首を横に振った。
「悪くない・・好きな食べ物を用意するのは・・・賛成」
「おっ、そうか・・じゃあこれも決まりだな、何用意するかな・・・衣に聞いた話だと、あんまり好き嫌いはなさそうだけど・・けどな」
 智紀に賛成された純は、早速何にするかを衣の話を思い出すが『京太郎は衣の家の夕食は凄くおいしいと言っていた、衣もそう思う、特に京太郎と一緒だと普段の何倍もおいしいぞ』と惚気混じりで、あまり参考にならなかった。
「衣の夕食を作っているのはおそらく専門家、私達では無理」
 夕食を作っているのは龍門渕家に仕えるシェフであろう、さすがにその味を再現するのは素人の純と智紀には不可能である事は明白だった、そして龍門渕家に仕える物である以上、純や智紀がどうにかできる訳も無く。
「う~ん・・透華に事情を話して頼んだら、協力してくれるんじゃないか?」
「可能性はある・・・色々言われるだろうけど、衣の事とか・・」
 さすがの透華の指示ならば作らせるのは簡単であろう、とは言え事情が事情、特に衣に対して嘘をついたと知られれば何を言われるかという不安が純と智紀の脳裏によぎる。
「はぁ・・まあ、それは仕方ないだろう、とにかく頼んでみようぜ、駄目だった、駄目だったで考えなきゃならないし・・今から聞きに行くか」
「そうね・・駄目だった時は、明日改めて何か考える」
 色々とどやされる事を覚悟した、と言うよりは自業自得と諦めた純と智紀は、二階のテラスがある部屋を見上げる、そこには明かりが灯っており部屋の主が居る様子であった。
「さてと、そんじゃ行きますか・・うん?」
 純が透華の部屋を目指し歩みを進めようとした、その時、カチャっと部屋とテラスを隔てる戸が開き透華がテラスに姿を現した。
「おっ、透華じゃん、ちょうど良いよ、おー・」「待って」
 透華の姿を見た純が声をかけようとした瞬間、智紀が純の口を片手で塞いだ。
「・・(何するんだよ?)」「・・少し待つ、今電話中」
 急に口を塞がれた純が不満そうに智紀を見つめ目で文句を言うと、智紀は説明しながら透華のほうを指差す、すると智紀の言う通り透華は片手に受話器を持って、誰かと会話中の様子が窺えた。
「・・今、透華を怒らせるのは、得策じゃない・・」「・・」
 智紀の言うことを理解した純が一度頷くと、智紀も純の口を塞いでいた手を下ろす、二人は透華の電話の邪魔をしないように静かにしていると、辺りが静かだからか透華の話しが聞こえてきた。
「ええ、素敵なプレゼントをありがとうございます・・はい、衣はとても喜んでいましたわ・・ふふ、まあ・・京太郎さんからのプレゼントですから当たり前ですわね、ふふふ」
 時折笑い声を交えて、純や智紀の眼から見ても解り易いほど上機嫌で楽しそうな透華、電話の相手は聞こえてきた内容から京太郎である事は容易に想像出来た。
(須賀京太郎・・相手に凄く楽しそう、衣の話だから?)(豪く楽しそうだな・・・衣関連だからか?)
 会話の流れから見るに、今日京太郎が送った絵本について、それは智紀と純にも理解できた、しかし問題なのは透華の態度だ、楽しげ声もそうだが、少し離れて見える透華の表情も、それに合わせている様に楽しげに微笑んでいた。
(・・とても、楽しそう・・まるで)(なんか・・衣に似ているな、いや・・衣ほど可愛らしくは無いが、だけど・・)
 一瞬、智紀と純の脳内で京太郎の事を話す衣と今電話している透華が被る、親戚とは言えお世辞にも似ているとは言えない二人が被った理由、それは。
「はい、京太郎さんならいつでも大歓迎いたしますわ、ええ、衣なら当然・・・も、もちろん一も・・ううっ、い、意地悪ですわ京太郎さんたら・・もう」
 電話の向こうの京太郎に何か言われたのか文句を言う透華、しかも純や智紀など麻雀部のメンバーにからかわれて怒るのとは違い、今は拗ねて怒っているといった感じを受ける純と智紀。
「怒っていませんわ・・・本当ですわ、うっ・・そ、そのような発言はずるいですわ京太郎さん、そのような事言われたら・・文句も言えませんわ・・・もう」
 からかわれた怒りも何処やら、何を言われたのか純と智紀にはわからなかったが、透華の機嫌は直ぐに治まり、単純に照れくさくなったのか、それを誤魔化すように開いている方の手の指で髪の毛をくるくると巻いて気を紛らわしている様子だった。
(今の・・透華の・・ま、まさか・・・)(お、おい・・嘘だろ、そうだよな・・た、ただ仲良いだけだよ、衣の恋人だからな・・)
 智紀と純の脳裏に浮ぶのはある予想、いや予感といったほうが正しいだろうか、だが当然その答えが信じられない二人は、自らの考えを否定に走る、しかしそんな二人を嘲笑うかの様に透華の口から漏れ出た言葉は。
「・・ええ、はい・・はい・・もちろん、私も愛してしますわ、京太郎さん」
「なぁ!?」(しまった・・)
「・・隠れる」(信じられない・・けど)
 二人の考が間違ってはいないことを示してしまい、思わず声を上げてしまった純と声すら上げられなかった智紀は、気づかれないように慌てて近くの木の陰に隠れる。
「おや・・・えっ、ああ、いえ、なんでもありませんわ、はい、それでは・・おやすみなさい、京太郎さん」
 声に気付いたのか辺りを見回す透華だったが、一見して誰も見つからないので電話に戻り、就寝の挨拶をして電話を切る。
「やはり・・・気のせいですわね、さぁ戻りますわ・・・、お話しできたのは良かったですけど、はぁ、今日京太郎さんに会えなかったのは残念でなりませんわ・・」
 念のためにもう一度下を見回す透華であったが、やはり誰も見つからないので、京太郎と電話で話せた事を喜びながらも、会えなかったのを残念がりながら部屋に戻って行った。
「ふぅぅ、あ・・あせった」「はぁぁ・・うん・・・けど」
 透華が部屋に戻るのを見届けて、木の後ろから姿を出した純と智紀は安心し胸を撫で下ろしたいところであったが、そうは行かなかった。
「な、なぁ、おい、今さっき・・透華がとんでもないこと言った気がしたが・・」
「しっかり・・間違えなく・・『私も愛している』と」
 自分の聞き間違い出会って欲しいと願いながら尋ねる純、だが智紀の口から漏れたのは、純の聴いた通りの言葉であった。
「どういうことだ、須賀は衣の恋人だろう、まさか・・奪い取るって・・」
「・・それは無い・・と思いたい・・・」
 透華が衣から京太郎を奪い取る光景を想像しようとしたものの、想像できず否定する純と智紀、だが先ほどの言葉が嘘ではないと・・透華の表情と口調から容易に想像出来た。
「・・・名前が一緒の違う京太郎とか?」
「それは無い・・透華は衣がもらった絵本の話をしていたから・・・須賀京太郎であることは間違いない」
「うっ、じゃ、じゃああれだ・・・透華が一歩的に熱を上げているとか?」
「・・・それも無いと思う、透華は『私も』と言っていた、だから・・・先に須賀京太郎の方から『愛している』か、その類の言葉が・・」
 純は様々な可能性をあげてゆくが、それは智紀によって次から次へと否定され、自分たちが否定したがっていた可能性がだんだんと確信へと近づいてゆく、だがそれを簡単に認められるのならばこれほど悩んではいないだろう。
「あっーーーもう、じゃあ、どうしろって言うんだよ、何もせずに大事になるのを待てって言うのかよ!?」
「そうは言っていない・・・今考えているのは、あくまでも私達があの会話から導いた可能性、確かめたわけじゃない・・・だから」
 悲痛な叫びを上げる純を、そっとなだめ落ち着かせた智紀はしゃべりながらポケットに入れた、携帯電話を取り出して何回かボタンを押して画面を純に見せ付ける。
「これって・・お前・・まさか!?」
 画面に表示されている名前に驚き純が確認すると、智紀はゆっくりとうなずいた。
「そう・・・確かめる・・」
「け、けどよ・・電話じゃ・・それに正直言うかどうか・・」
 電話ならば切ってしまえば終わり、更に本当の事を話してくれる確証も無い、それでは無意味になってしまう可能性が高いと心配する純、もちろんそれは智紀もわかっていた。
「電話で無理なのはわかっている、だから・・明日来てもらって直接、嘘を言われるかも知れない・・けど、これ以外に手は無い」
 これ以上ここで頭を悩ませたところで事態が好転する訳も無い、ならば取る行動は一つであろう。
「確かにな・・わかった、じゃあ明日呼び出して・・二人で確かめるか」
「確かめるだけなら、私一人でも大丈夫・・・良いの?」
 二人で行く必要は無い、ただ会って確認するだけなら一人でも十分なはず、そんな考えから思わず尋ねてしまう智紀。
「当たり前だろう、それとも、こんな中途半端なところで引くなんてお前ならできるのか?」
苦笑しながら逆に尋ねられた智紀は一瞬考えて首を横に振る。
「無理・・気になるから・・・」
「だろう・・それに一人より二人の方が聞き出しやすいし、言い逃れもされにくいだろう?」
「確かに・・私一人よりは心強い、じゃあ・・・一緒に」
「おう・・あの言葉がどういう意味なのか、しっかりと聞き出してやろうぜ!」
 智紀は純と見合い大きくうなずくとコールボタンを押した。

「う~~ん」
 普段ならば部活に出ている時間帯、京太郎は部室には居らず龍門渕家へ行く道を歩いていた、別に部活をサボった訳ではなく理由があって休んだのだ、その理由が今京太郎を悩ませている原因でもあった。
「なんだろうな・・沢村さんの大切な話って・・」
 事の起こりは昨晩掛かってきた智紀からの電話、その内容は『凄く大切な話しがある、会って話しがした』と言うもので、電話越しでも何やらただ事で無さそうな雰囲気を感じ取った京太郎は、部活を休んで龍門渕家に向っていた。
「昨日はそんな雰囲気無かったよな・・俺が気付かなかっただけか?」
 京太郎は昨日会った智紀の様子を思い出すが、特におかしな所も無くあの電話に繋がりそうな雰囲気は感じ取れなかった。
「・・わからないな、う~~ん、でもやっぱり沢村さんが俺に話ってなると、衣の事だよな・・けど、それなら透華さんが・・う~~ん?」
 一番可能性が高そうなのは衣についてだが、それならば智紀の前に電話で話していた透華が何かを言ってくれる筈、そう考えると話の内容が予想できなくなってしまい京太郎は首を傾げる。
「やっぱりわからないな・・まあ行ったらわかるだろう、でも・・昨日特におかしいところなかったのにな・・うん、おかしいところが無い?」
 これ以上は時間の無駄だと予想するのを諦めた京太郎は、昨日の智紀の様子を思い出しながらある事に気がついた。
「そういえば、昨日妙に余所余所しいとか、変な目でも見られなかったし、透華さん、まだ俺との関係を公言していないんだよな・・きっと」
 いくら衣や透華から事情を聞こうとも、あの関係を聞けば何かしらの反応があると思い、まだ聞いていないのだと想像する京太郎。
「俺から話しても良いけど、透華さんなんか自分で言いたがっていたみたいだし・・まあ今日は言わないで、後で聞いてみるか」
 宣言する気満々の透華の顔を思い出すと、気が引けた京太郎は自分で言うのは止めて透華に訪ねることを決める。
「しかし、沢村さんも聞いたら驚くだろうな・・井上さんも知らないだろうからきっと・・って、そういえば井上さん昨日急に飛び出していっちゃったけど・・」
 智紀が最初に恋人の輪の話を聞いた時の事を想像して、苦笑いを浮かべる京太郎、そして同じくまだ関係を知らないであろう純の顔を思い浮かべた瞬間、昨日飛び出していった姿が思いだされた。
「う~~ん、あれってやっぱり、俺が余計なこと言って怒らせたのかな・・それなら時間置くのも微妙だよな、沢村さんの話が終わった後で謝りに行くか・・よし!」
 自分が怒らせたと思っていた京太郎は、時間が経てば気まずさが増すと思い早めに謝ろうと決意した。

「・・ああ~・・」「少し・・落ち着く、慌てたところで・・どうにもなら無い」
 龍門渕家の別館の一室、これから起こる事を想像して落ち着かない様子で部屋の中を歩き回りうなり声を上げる純、それを見て智紀が読んでいた本を離して落ち着くように諭す。
「わかっているけどよ・・って言うか、お前も少し落ち着いたらどうだ・・本逆さまだぞ」
「・・・確かに、人のことはいえない・・はぁぁ」
 行動していなかったとは言え、智紀もまた純に負けないほど落ち着いておらず、気を紛らわせようとした本も、純に指摘されるまで逆になっていることにさえ気付かない有様で、本を閉じて近くの机に置き溜め息をついた。
「なぁ、もしも本当に・・須賀と透華がで、出来ていたらどうする?」
 話をして少し落ち着いたのか、ベッドに腰掛けた純は自分達の予想が当たっていた場合、どうするかを訊ねる。
「・・・わからない・・純は?」
「俺も・・わからないな・・」
 二人の答えは全く同じで迷っている事も同じ、もし想像通りだった場合は衣と透華どちらかの味方につくのか、あるいは原因である京太郎の排除に動くのか、だが排除しようとして出来るのかどうかも分からなかった。
「はぁぁ、外れてくれたらな・・そうすりゃ、俺達が怒られる程度だしな・・」
「うん・・怒られて・・少し嫌われる・・程度・・」
 純も智紀も自分たちの予想が外れていた時の事を考えると、変な疑いをかけて呼び出した自分が京太郎に嫌われる事は容易に想像出来た。
(たった・・それだけじゃねえか、まあ印象は・・滅茶苦茶悪いよな、昨日の事もあるし・・手当てしてくれて、それに・・じょ、冗談にせよ・・お、俺の事・・か、かわいいって言ってくれたのに、も、もう・・言って・・あ、あれ?)
(嫌われる・・それだけ、印書は最悪になる・・もう手伝ってもくれないだろうし、話しかけても・・綺麗だなんて・・二度と・・あ、あれ?)
 二人とも昨日京太郎に良くして貰った事と笑顔で褒められた事を思い出す、外れていて京太郎と衣の間に何もなくても、自分たちは嫌われてしまい二度と褒められることも、京太郎の笑顔を見ることも無いのだろう、そう思うと二人の胸に痛みが走った。
(なんだよ・・今の、須賀に・・き、嫌われると思ったら・・急に・・嫌な気持ちに・・、な、なんだよ・・これ・・わけがわからねぇ・・)
(こ、これは・・あの時の、駄目何を考えている・・わ、私は衣と須賀京太郎の幸せを・・だから透華との事を確かめようと・・だから、そ、そんな訳無い・・け、けど・・)
 痛みの正体がわからず混乱する純、一方の痛みの正体がわかってしまい混乱しながらもそれを否定しようとする智紀だが、それが簡単にできればここまで頭を悩ませていないだろう、そのまま思考のループに突入しそうになった、その時。
 ピピピ!
「うぉ!?・・って、で・・電話じゃねぇかよ・・」「うっ・・お、驚いた・・」
 突然鳴り響いた電子音に驚いて考えるのを止める純と智紀、音のした方を見れば机に置かれていた智紀の携帯電話が眼に留まる。
「た、たくぅ・・誰からだよ・・って!?」(助かった・・けど、本当に誰・・!?)
 文句を良いながら携帯電話を覗き込む純、純とは少し違い思考のループ状態から脱してほっとしながら携帯電話を覗き込む智紀、しかし液晶部分に表示される名前を見た瞬間、二人の気持ちは重なり声も重なる。
「須賀・・京太郎・・・」×2

「はぁ・・はぁ・・遅れてしまって・・申し訳ない」
 電話で待ち合わせ場所である龍門渕家の裏門前に、既に京太郎が到着している事を知らされた智紀は、全力疾走でやってきて息も絶え絶えの状態で必死に謝罪した。
「いや・・俺の方こそその、何か急がせてしまってすみません、一応連絡入れたほうが良いのかなって思って・・」
「うん、連絡してくれたのは・・ありがたかった」(本当に色々な意味で、ありがたかった)
 思考がループしそうになった事を思い出しながら胸を撫で下ろす智紀。
「それなら良かった、それで・・話しってなんですか?」 
「あっ・・こ、ここではなんだし・・場所を変える・・ついてきて」(あ、安心している場合ではない、早く純の所に行かないと・・)
「あっ、はい」(凄く大切な話しって言っていたし・・ここじゃ話せなくても当然か・・)
 京太郎に言われて本来の目的を思い出した智紀、気を取り直して純の待つ部屋に向おうと裏門を潜ると、京太郎もすぐさまその後を追う。
(けど・・どこ行くんだろう・・・沢村さんの部屋かな・・いや、そこまで親しくないかじゃあ客間かな、あんまり広いと・・緊張するな、ってここで心配してもな・・)
 何処に案内されるか気になって心配する京太郎だが、今さら気にしても仕方ないと思い覚悟を決めて智紀の後をついて歩くのであった。

「どうぞ・・」
「あっ、どうも・・」(ここか・・ある意味意外だな・・)
 予想外の部屋に連れて来られた京太郎、しかし驚いてはいたが辺りを見回すような事はしない、マナーが悪いから控えている訳でも、緊張して余裕が無い訳でもない、ここは京太郎にとって見慣れて慌てる必要の無い場所だったからだ。
「もしかして・・いや、だった・・この部屋だと・・」(ここなら・・須賀京太郎も余計な警戒しなと踏んだけど・・・読み違えた?)
 戸を閉めようとドアノブに手をかけた智紀は、京太郎の微妙な表情を見て動きを止める。
「あっ、いや・・そんな事無いですよ、てっきりだだっ広い客間に通されたら緊張するなって、余計な心配をしていただけですから・・むしろ、ここの方が慣れているし気が楽でありがたいです」
「そう・・それなら、よかった・・」(客間は・・誰かに聞かれるかもしれない・・そんな場所で、この話をする訳にはいかない・・・)
 心配が杞憂に終わり安心した智紀は止めていた動作を再開させ戸を閉めた、それを確認した京太郎が早速話を切り出す。
「それで・・大切な話しって何ですか?」
「それは・・」「お前に聞きたいことがある!」
「えっ!?」
 後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向く京太郎、すると柱の後ろから純が姿を現した。
「い、井上さん・・えっ、さ、沢村さん・・えっ、ど・・どうして井上さんが!?」
 大切な話しだから二人だけになれる場所を用意したと思っていた京太郎は、純の突然の登場に混乱し、純と智紀を交互に見てどちらにとも無く訊ねた。
「黙っていたのは悪いと思う・・けど」「・・大切な話しがあるのは・・俺も智紀も一緒だからな・・」
(な・・なんだ、いったい・・ふ、二人とも・・なんか怒っているみたいだし、お、俺・・二人を怒らせるようなことしたかな・・?)
 強張った表情で京太郎を睨みつける智紀と純、京太郎も当然二人のただならぬ表情を読み取り、二人を怒らせてしまった理由を考えるが特に思いつかず。
「お、俺・・何かしましたっけ?」
「自分の胸に聞いてみな!」「それが・・良い・・」
 思い切って聴いてみるも二人の怒りを煽っただけ、仕方なく京太郎は自分の胸に手を当てて今一度何かなかったかを思い起こす。
(ばらばらに考えよう、沢村さんは・・昨日最後まで送らなかった・・って、それは無いか、じゃ・・じゃあ・・井上さんは・・ま、まさか・・あ、あれで・・け、けど何か違う気が・・で、でも、それしか・・そ、それとなく聴いてみるか・・)
 唯一思い浮かんだのは、昨日純の怪我を治療した後、純にお礼を言われて言ってしまったあの一言、何か違う気もしたが思いつくのはそれ一つのみで、他に思いつかなかった京太郎はもう一度それとなく訪ねる。
「えっ~と・・やっぱり傷ついちゃいましたか?」
「なぁ、マジかよ!?」「そ、それは・・本気で言っている?」
 まさか考えている事が違うと思わない純と智紀は、京太郎の言葉に驚いて声を荒げる、京太郎も二人と考えている事が違うと思わないので、その態度に逆に驚いてしまう。
「はい・・そこまで傷つくとは思わず、すみませんでした」(そんなに驚くなんて、やっぱり女の子に言う時には注意しないと駄目だな・・)
 素直に本当の事を言って反省をしながら謝る京太郎、それが火に油を注ぐ結果になるとも思わず。
(あ、ありえない・・透華になら手を出しても黙っていると、それとも衣は浮気されても文句を言わないと思っていたの・・どっちもありえない、こんな・・こんな男だったなんて・・許せない、須賀京太郎も・・自分も・・)
 京太郎の言葉に智紀は大きな失望すると共に怒り、更にこんな男を衣の恋人と見ていた自分に腹立ちを覚える、だか性格からか智紀は怒りを行き成り前面に押し出すタイプではないそう近くに居る純とは違い。
「ってめぇぇ!!」「えっ・・ちょ、ちょっと・・まって、って、うわぁ!?」
 いきなり京太郎に掴みかかる純、突然の事態に驚いた京太郎は逃げようと動き回るものの、途中で後ろにあるベッドの存在に気付かず足を取られてそのままベッドに倒れこんだ。
「お、お前は・・お前は言う奴はああああ!!」「純、駄目!!」
 そのまま京太郎に馬乗りになって腕を振り上げた純、さすがに不味いと思ったのか智紀が純の腕に掴みかかり身を挺して止めに入る。
「ちょ、ちょっと・・まってください、結構とかつけたのは俺が悪かったですが・・その」
 自分が仕出かしてしまったことでここまで怒られるとは思っていなかったのか、一先ず純を落ち着けようと謝るのだが。
「何を訳の分からないこと言ってやがる!」「意味不明・・」
「えっ・・?」(な、なんだ・・なんで、えっ・・も、もしかして・・)
 自分の謝っていることに対しての純と智紀の反応を見て、京太郎はようやく違和感の招待に気付く、この二人が怒っている理由は別にあるのではないかと、そして。
「あの・・つかぬことをお聞きしますが、い、井上さんと・・沢村さんは何を怒っていらっしゃるのでしょうか?」(た、たぶん怒られるだろうけど・・聴かないとわからないからな・・)
 話しが繋がらなければどうにもならないと思い、怒らすのを覚悟で思い切って訊ねる京太郎。
「い、今更・・何を・・」(けど・・そういえば・・何か会話がおかしいかった気が・・)
「っっざけるな、こっちはなぁ昨日のお前と透華の話を聴いているんだ、しかも一度は認めておいて・・今更言い訳が通るかよ!」
 ほんの少し冷静な部分が残っていた智紀はそこで話が噛み合っていない事に気付くが、頭に血が上りきっている純はそれに気付く訳も無く、京太郎を睨みつける目に更なる力が入るだけだった。
(やっぱり勘違いしていたか、でも・・俺と透華さんの会話って、電話だよな・・昨日何か話したか、いや・・特に変な話はしていなかったはず・・絵本のお礼言われて・・それで透華さんを少しからかって・・特におかしなところは・・)
 自らの考えが正しかったことに一先ず安心する京太郎、しかし純の口から出てきたヒントらしき、昨日の透華との電話について思い出すも特におかしな点は思い出せず、黙り込んだまま考え込んでしまう。
「黙り込んでいるって事は・・思い当たるところがあるんだろ・・」
 黙っているのを自分の言葉の肯定と受け取ったのか、純は眉を引きつらせて鬼の形相で京太郎を睨みつける。
「えっ、ち、違います・・落ち着いてください・・」(えっ~と、確か・・最後に愛していますよって・・あ・・あれ・・透華さん俺との関係を二人には・・って、ま、まさか・・いや、それなら・・納得がいく・・)
 純になんとか落ち着くように言いながら、昨日の会話を全て思い出したその時、ある可能性が思い浮かぶ、自分と透華の昨日の会話を関係を知らない二人が聞いていたなら、二人が怒っている理由も大よそ検討がついた。
「えっ~と、その・・誤解ですよ・・井上さんや沢村さんが・・思っているとは違って・・」
「誤解、それはどう・」「だったらお前と透華はどんな関係なんだよ!?」
 先ほどから違和感を覚えていた智紀は京太郎に言葉の真意を尋ねようとしたのだが、純によってその言葉は遮られる。
「えっ・・そ、それは・・」(素直に言ったら・・説明が終わる前に、井上さんに怒られるだろうし・・けど、だからって・・う、嘘ついたら・・好きだって言ってくれた透華さんに悪いし・・それに・・)
 嘘をつけばこの場を乗り切れるかもしれない、しかし乗り切る為だけに嘘をつくのは自分の恋人である透華にも、そして目の前に居る二人にも悪い気がして言えない京太郎。
(どうしたの・・否定しない、誤解ならば・・否定しておしまいのはず、さっきのは言い訳で・・本当は私たちの予想があっていたから・・・それとも、何か違う原因があるから?)
「どうした、誤解だって言うならどんな関係かはっきり言えよ!」
 もう一度純に問い詰められた瞬間、京太郎は覚悟を決めた。
「・・透華さんは・・俺の恋人です!」(嘘は・・つけないよな・・やっぱり・・)
「なぁ!?」「う、嘘!?」
 驚いて絶句する純、同じく驚いた智紀は掴んでいた純の腕を離して、口元を手で覆いながら後ろに数歩下がる。
(と、兎に角・・今は少しでも説明を)「驚くのはわかります、けどこれは衣・」
 少しでもわかってもらおうと説明を、全てを話そうとした京太郎であったが衣の名前が出た瞬間。
「黙れぇぇぇ、そんな口で衣の名前をよぶんじゃねぇぇぇぇぇ!!」
 恋人発言で頭に血が上り、その状態で京太郎の口から衣の名前を聞いたからか、純は完全に理性が吹き飛び、抑えるものがなくなった拳を京太郎目掛けて振り下ろす。
(しまった、あの状態で離せばどうなるかなど・・くぅ!?)(しまっ・・仕方ない!!)
 智紀は自分の失態を呪い、京太郎は覚悟を決めて歯を食いしばり、純の拳に備えようとした、瞬間。
「ここか、京太郎?」
「衣!?」「嘘!?」(なんで・くっ!)
 戸が開きそう訊ねながら衣が入ってきた、当然緊迫した雰囲気であった京太郎と智紀もそれに気付き声をあげる、純も衣の存在に気付き、衣の目の前で殴り飛ばすのは気が引けたのか、咄嗟に握り拳を解き京太郎の顔の真横に手をついて殴るのをなんとか止める。
(あ・・危ない、いくらこいつが・・最低でも、衣にとっては・・・くっ!)
 なんとか衣の前で恋人を殴ると言う最悪のシーンを見せずに済んだ事に安心する純、しかし腹立たしさが消えるわけではなく悔しそうに京太郎を睨み付ける、だがそれも一瞬。
(・・今はそれどころじゃないよな、殴ろうとしたのは・・見られただろうし、どう言えば良いんだよ・・そのまま・)
 今すべきことを思い出す純、もしも殴ろうとした理由を聞かれた時に、どう答えれば衣を一番傷つけずに済むかを考えるが、それを待ってくれるほど時は優しくは無い。
「・・純・・これはどういうことだ?」
(お、怒っている・・ど、どうする、どう答えれば・・・)
 いつの間にかベッドの直ぐ横まで来ていて衣は、先ほどの何処か楽しげな声とは違う静かにどこか冷たさを感じさせる声で純に訊ねる、純は声から静かな怒りを感じたがどう答えたものか迷い口を紡ぐ。
「衣・・怒っているの?」(やはり・・殴ろうとしたから?)
「当たり前だ!」
(やっぱり・・けど、どう答える!?)(どうすりゃいい、どうすれば・・)
 純の代わりに智紀が訊ねると、今度は激しい怒りをあらわにして叫ぶ衣、智紀と純は次に確信をつく言葉が来た時になんと答えるかを必死に頭をフル回転させて考える、そしてその瞬間は直ぐに訪れた。
「体でお礼をするなど、衣は断じて認めないぞ!」
「・・・はい?」×2
 衣の怒りに満ちた目とは違い、自分達が予想していたのとは余りに違う言葉に、純と智紀は間の抜けた声を上げて首を傾げる、だが衣はそれに気付いた様子も無く、熱く語り始める。
「純がどれほど京太郎の世話になったか衣の知るところではない、しかし体でお礼など・・好いている相手に対してならまだしも、お礼で体を差し出すなど絶対に駄目だ!」
「・・えっ、お、お礼・・何のことだ?」「お礼・・お礼、体で・・あっ、そうか、純、衣が言っているのは昨日お風呂で話した・・須賀京太郎にお礼をすると言う話」
 衣が何を言っているのか今一つ理解できない純はもう一度首を傾げる、一方の智紀はキーワードから昨日の風呂での会話を思い出して、純にわかりやすく説明する。
「えっ・・ああ、そうか・・でも体って・・どういうことだ?」
「それは・・衣が純と須賀京太郎の体勢を見ての判断、衣が・・いえ、事態の流れを知らない人が・・客観的に・・今の状態を見れば・・見方によっては・・」
「なんだよ・・もったいぶって、知らない奴が今の状態を見れば・・・・俺が・・須賀の上に・・」
 智紀に言われ純は今の状態を口頭に出しながら確かめる、ベッドの上に仰向けの京太郎、その京太郎の腰の辺りに馬乗りになって座る自分、それを事態の知らぬ者が見た場合、それはつまり。
「俺が須賀を・・押し倒して・・いる?」
 きょとんとした目で、まるで悪い夢でも見ているかのように顔を引きつらせながら智紀に訊ねる純、しかし無常にも智紀首は縦に振られて、そして衣の口から聞こえてきたのは、ただ一言。
「違うのか?」
「ちちちち、違う・・違うぞ衣、これは・・違うぞ、これは・・お、押し倒したわけじゃない、絶対違う!」
 衣の言葉から自分の出した答えが正しいと判断した純は、慌てて京太郎の上から飛び退いて衣の前に立ち誤解を解こうとする。
「・・それでは同意の上でベッドに入ったのか?」
 押し倒したことだけを否定されたと思った衣は、首をかしげながら聴き方を変える。
「それも違う、いや・・そもそもそんなお礼をするつもりでここに来たんじゃなくて、俺がここに来たのは透華と須賀が浮気しているかもって思ったからで・」「じゅ、純!?」
 誤解を解こうと必死になるあまり、一番話してはいけなかったはずの、京太郎を呼び出した目的を口走る純、更に続きそうになったところを寸前で智紀が止めに入る。
「あっ・・くぅ!?」(お、俺は何を・・く、くそ・・これじゃあ何のために・・)
(純だけの責任じゃない・・私が衣の性格を計算に入れてなかったから・・そもそも、私が確かめようなどといわなければ・・)
 それ以上余計なことを言わないように自らの口を手で押さえる純、だが既に口にしたことは取り消すことなど出来るはずも無い、純も透華は自らのミスを悔いる。
「京太郎と透華が浮気・・馬鹿なことを言うな、そんなのありえない!」
 悪い冗談だと思ったのか、衣は怒りを露にして純の言葉をばっさりと切り捨てる。
「そりゃそうだ・・俺だって最初は信じられなかった・・けど、けどな、須賀の奴が透華は恋人だって、そう言いやがったんだぞ!」
 これ以上衣が騙されるのが耐えられなかった純は、一番説得力のある、一番重要な言葉を口にする、それが衣を傷つけるとわかっていても。
(言っちまった・・けど、これ以上隠しても衣が余計に傷つくだけだ・・)(言った・・けど、仕方ない・・これ以上衣に隠すのも・・辛い・・)
 目を逸らしたくなる純と智紀、知らせた者の責任、そしてそれに同意した者の責任か、ゆっくりと衣の表情を見る、最初は驚き理解した瞬間悲痛な声と表情をするのだろう、そんな想像をしながら、そして二人の目に映ったのは。
「理解しているではないか、そうだぞ京太郎と透華は相思相愛の恋人だ、なんだ後ろめたい関係では無い、浮気だなどと言ったら透華が怒り狂うぞ」
「・・はい?」「えっ・・なんで、こ、衣は二人の関係を知って・・いや、認めているの?」
 にっこりと笑い楽しそうに京太郎と透華の関係を語る衣の姿、純は意味が分からず頭が真っ白になり首を傾げる、智紀も一瞬間の呆けた顔になったが何とか持ち直し、慌てて透華と京太郎の関係が浮気で無いのかを衣に確認すると。
「認めるも何も、透華が京太郎に告白して、透華と京太郎が恋人になったのは衣の目の前だぞ」「・・なるほど・・」
 平然と、と言うよりはなぜ態々そんな事を聞くのか、不思議そうにしながらもちゃんと答える衣、それを受けて納得がいったのか頷く智紀、そして。
「なななな、なんだそりゃああああああああああああああ!?」
 衣の意外すぎる言葉にショックを受けた純の叫びが、邸の中に響き渡ったのだった。
 少し落ちついたが今一つ納得尽くす事が出来ない純の為に行われたのは、京太郎の膝の上に陣取った衣による京太郎と透華がいかに恋人なのかと言う説明であった。
「と言うわけだ・・うん、どうした鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、う~ん・・そんなに変わったところはなかったはずだが・理解し辛かったか?」
 雄弁に語り終えた衣が目にしたのは、間の抜けた表情で口をぽかぁんと開いた純の顔で、その顔をみて自ら話した事を思い出すも特に引っかかる点など無く衣は首をかしげた。
「わ、分かり易かったぞ、透華が衣の前で想いを伝えてって・・勘違いして、恋人にしてやるって言うのも透華らしいと思うぞ、だがな・・なんで一の名前が出て来るんだ・・そ、それってつまり・・」
 押し黙る純、透華が京太郎に告白して結ばれる場所に一が居た、しかも恋人になった透華を喜んで迎え入れたと聞けば、一の立場など一つしか思いつかなかった、だがそれをあえて口にするのは躊躇ったのは信じられなかったからだ。
「決まっているだろう、情交をしていたからだ・・一も京太郎の恋人の一人だからな」
 戸惑うが馬鹿らしく思えるほど、衣はいとも容易く純の考えが正しいことを認める。
「一もって・・そんな簡単に・・」(こんな奴の何処が・・別に麻雀が強いわけでも無いし、腕っ節も強そうに見えないし・・見た目は悪いとは思わないが・・)
 自分の友達三人が夢中になる秘密を探ろうと、膝に乗せた衣の頭を優しく撫ぜる京太郎を見て考える純だったが、顔以外は思い当たるほどの事も無く、そのまま視線を動かさずに居ると京太郎に見ている事を気付かれる。
「うん・・どうかしましたか井上さん、俺の顔に何かついていますか?」
「えっ、あっ・・いや、その・・」(うっ・・ま、まさか何処が良いのか・・探してなんて言えないし・・あっ、そうだ・・さっきのまだ謝ってなかったな・・よし)
 見ている事に気付かれた純は慌てて京太郎から視線を外し、本当の事は言えないので何か無いかと考えて、先ほど殴りかかった事を思い出し早速謝ろうとするのだが。
「そ、その・・さっきは悪かったな、いきなり・・殴りかかって・・」(って・・な、なんでこんな謝り方に・・これじゃあよけい怒らせる・・よな・・)
 緊張からか咄嗟だったからか、言葉として素っ気無く謝る意思は本当であったが、それが伝わったどうか不安を覚える純は少し震えながらも、怒られる覚悟を決めて京太郎を見た、しかし。
「いや、俺がちゃんと報告してればこんな事態は起きなかったんですから、嫌な思いさせてしまって済みませんでした、井上さん、沢村さんも」
 純の予想とは真逆の反応、京太郎は自分の非を認めて純と智紀に謝罪する。
「衣が傷ついていないのと、衣と透華が険悪にならないのなら、私は特に気にしない」
「お、俺もそうだけどよ・・智紀は兎に角、殴ろうとした・・俺にまで謝らなくても・・」
 智紀は特に焦ることも無く何時ものように落ち着いた口調で返すも、純はまさか逆に謝られると予想外の中でもとびきりのもので、とことん戸惑った様子であった。
「良いんですよ、大切な人が遊ばれていると思ったら・・・ああいう行動は致し方ないでしょう、俺だって井上さんと同じ立場だったら怒るでしょうから、だから気に病まないでください」
「す、須賀・・」(な、なんで・・そんなに優しくするんだよ、し、しかも笑顔で、お、俺は殴ろうとしたのに・・うっ、こ・・こういう、優しいところが良いのかな・・衣も一も透華も・・恋人になれば・・もっと・・)
 向けられたのは京太郎の笑みと優しさ、それに触れた純は何と無くだが皆が京太郎を好きになるのが分かった気がした、そして視線は衣に移り、恋人ならこの京太郎の優しさに笑みに触れられるのかと想像する、それが何を意味するかも分からぬままに。
「・・・純、顔が赤いけど・・どうかした?」
「あっ・・いや、なんでもない」(な、何考えているんだ俺は・・殴ろうとしたのに恋人なんて、それに・・衣や一みたいに可愛い訳じゃないし、透華は・・性格はあれだけど美人だしな、それに比べると俺は・・男らしいって言われるからな・・)
 智紀に声を掛けられ少し冷静さを取り戻した純は自らの考えに驚きながら、名前の上がった京太郎の恋人達を思い浮かべ、自分との魅力の差に愕然として肩を落とす。
「そう・・なら良いけど、衣と須賀京太郎・・一つ聴きたい事がある良い?」(純も少し気になるけど・・今はこっちの方が・・)
 純の態度に引っかかりを覚える智紀、しかし今は目の前に居る二人のほうが優先すべきと思い頭を切り替えて衣と京太郎に視線を向けた。
「なんだ、なんでも答えるぞ」「俺も答えられる事なら・・」
 質問に乗り気を見せる衣と、何を聞かれるのかと思い身構える京太郎、そして許可を貰った智紀はゆっくりと口を開いた。
「最初に・・衣以外の恋人を作ろうと言い出したのは・・・須賀京太郎、それとも衣?」
「それは・」「衣だ、衣が優希を見て思ったのだ・・恋しい思いはそう易々と諦めきれるものではない、もしも衣が優希の立場だったなら・・と、だから衣は願い出た優希を恋人にしたらどうだと・・それが最初だ」
 智紀に問われた京太郎がちらりと衣を見ると、衣は雄弁にただありのままの事実を答える、あの時の優希の事を思い出した為か一瞬衣の表情が曇るも、最後は笑顔で話を閉めた。
「そう・・」(須賀京太郎が・・衣を言いくるめて、なんて事態じゃなくて安心した・・)
 心配していた事が杞憂に終わり安心した智紀、そこで話は終わる、筈も無く。
「ま、まてまてまて、そう・・じゃないだろう、何を落ち着いているんだよ・・優希って、あのタコス・・じゃなくて、俺と戦った片岡優希だろう・・あ、あいつも恋人なのか!?」
 衣の話に出てきた優希の名に驚いて、特に追求しようとしない智紀に更に驚く純、仕方無しに自ら衣に事の真意を訊ねる。
「もちろんだ、優希は衣の次に恋人になったんだぞ、その次が咲で次が一、その次が透華」
(衣に片岡優希、宮永咲、一に透華・・見事に体形が、偶然・・それとも須賀京太郎はそういう娘が好みなのだろうか・・じゃあ、私は・・・)
「こ、衣以外に・・四人も居るのかよ・・」(片岡も・・生意気そうだけどあれはあれで可愛いとか・・、宮永咲も・・麻雀は凄いけど、それ以外は普通の女の子みたいだしな・・)
 衣が上げた名に反応を見せ智紀と純、智紀はその恋人達の体形を思い浮かべ自分の胸を見て、純は優希と咲の事を思い浮かべて其々が魅力的だなと思い、両者とも肩を落とす。
「四人ではないぞ、最近ノノカも仲間入りしたから五人、衣も含めて六人だぞ」
「ああ・・もう一人ね、ノノカ・・って、原村和!?」「まさか最後の一人が原村和とは・・びっくり・・」
 間違いをすぐさま訂正する衣、今更一人増えたところで驚くつもりはなかった純と智紀であったが、今まで名前の上がっていた恋人達とは明らかに毛色、ではなく体形が違う和の登場に驚く。
(は、原村和は当然、あ・・あれ、あの圧倒的な、須賀京太郎は・・別に胸が小さくなくても・・良いの?、そ、それなら・・私にも・・)
(は、原村和って・・や、やっぱり・・女らしい奴が好きなんだな・・、片岡や宮永や一や透華なら・・い、一応胸とかなら・・勝てそうだけど、原村は・・身長位か、い、いや・・それで勝ってもな・・)
 胸の事を考えていた智紀にとって和の名は可能性を繋ぐ希望となり、女性らしさを考えていた純にとっては可能性を断ち切り絶望にしかならなかった。
「そうだ、優希、咲、一、透華、和、そして衣の六人だ・・・って、どうした純、何やら気を落としているようだが?」
「・・えっ、いや・・その・・それだけ人数居たら、衣はちゃんと相手をしてもらっているのかなって・・」「純!」
 落ち込んでいることが衣にばれた純は、内容がばれないように適当に誤魔化そうとするが口にした内容が不味く近くに居た智紀が純の口を塞ぐ。
「ん・・んん!?」(って、し、しまった・・お、俺は何を口走っているんだ・・こ、これじゃあ・・まるで・・衣が・・お、怒っているよ・・!?)
 怒られると思った純が見たのは、怒るどころか寧ろ余裕の笑みを浮かべた衣であった。
「その様な心配は杞憂だ、京太郎は衣も他の恋人と同じく・・いや、他の恋人よりも沢山愛してくれているぞ、なぁ、京太郎」
「ああ・・なるべく会いにきていますから、心配かもしれませんが・・安心してください、井上さん」(井上さん・・本当にそれを気にしていたのかな・・何か違う気が・・)
 甘えるように京太郎の腕に抱きついて、仲の良さをアピールしながら京太郎を見つめる衣、京太郎も衣の体を抱きしめて同意しながら、純の不安を取り除く言葉を話すものの、純の態度と言葉に微妙な違和感を覚えていた。
「・・そ、そうか・・そ・れなら・・いいんだけどよ・・」(よ、よかった・・お、怒ってないみたいだな・・)
 元々疑っていたわけではないので純の返事は素っ気無いもので、それよりも衣が怒っていないことに安心する純、だがその態度が予期せぬ事態を招くことになる。
「う~ん・・・言葉だけでは納得尽くことは出来ないか、それも致し方ないか・・」
「えっ・・、な、なんで・・?」「純が気の抜けた返事をしたから、衣は純が不安を拭えなかったと判断した」
 ちゃんと言葉にしたはずなのに衣には通じていなくて戸惑う純に、冷静に事態を分析した智紀が分かりやすく説明をした。
「よし・・今から証拠を見せてやろう、良いな京太郎?」
(う~ん、でも衣の予想が当たっていたら・・衣の言う通りにした方が良よな・・)「わかった、じゃあ・・するか」
 智紀の分析が当たっていると証明するかのように、衣は自分が愛されていることを証明しようと京太郎に是非を問う、思うところはあるもがそれが当たっている自信が無い京太郎は衣の提案を受け入れる。
「ここで止めると・・ややこしくなる、だから・・しっかりと見せてもらう」「わ、わかっている・・しっかりと見せてもらうぜ、ちゃんと相手にしてもらっているって証拠を」
 これ以上事態が妙な方向に進まないように釘を刺し視線を衣と京太郎に移す智紀、純もこれ以上ややこしくする気は無く、智紀の言うように黙って衣と京太郎をじっと見つめる。
「うむ、渇目してみるがよい・・京太郎・・」「衣・・」
 純と智紀の見る気を感じたのか衣はにこりと微笑んだ後、京太郎と対面になる様に体制を変えて京太郎の名を呼び目を瞑る、京太郎もそれに答えるように衣の名を呼んで、顔を近づけ、唇を重ねた。
(うっ・・な、なんだ、き、キスかよ・・で、でも・・確かに手っ取り早いかもな)(愛されている証明がキス・・どこかのゲームみたい・・)
 観覧車でのキスを見ていた純と智紀にとって、普通のキスはそれほど強い衝撃は受けず、多少気恥ずかしさがあるが落ち着いて衣の京太郎のキスシーンを見守っていた、だが。
(こ、こんなに長かったけ・・それに・・あ、あんなに動いたか・・それに・・この音・・き、キスってこんなのだっけ?)
 思っていたよりも長い衣と京太郎のキスを見て、観覧車の時の事を必死に思い出そうとする純、しかし二人の動きも、ゴンドラ越しだったから聞こえなかったはずのぴちゃぴちゃと言う音も、記憶とは違う気がしてくる。
(あの時とは違う・・何かはわからないけど、まるで・・互いの熱を・・交わすような・・そんな・・)
 純とは違い、今目の前で行われている行為と観覧車での行為とが、別のものだと気付いた智紀、しかしそんな二人の事など知らぬと言わないばかり、京太郎と衣はキスを交わしていた、互いの舌絡め、唾液を、熱を感じ交わすようなキスを。
「ぷはぁぁ・・はぁぁ・・京太郎・・」「はぁ・・衣・・」
(お、終わった・・よかった、これを見せられ続けたら、どうしようかと・・)(終わった・・いや、違う衣の目が・・まだ、終わりじゃない!?)
 京太郎と衣の唇が離れ、ようやく証明が終わったと思い安心する純、しかし智紀は衣の瞳が自分達を全く見ていない事に気付き、まだ証明が途中である事に悟る。
「はぁぁ・・京太郎・・衣は・・今のキスで・・体が熱く・・」
 甘く熱い途息を吐きながら衣が膝で立ちながら下着を下ろすと、下着と股間の間に愛液が糸の様に伸びて、先ほどのキスで感じて準備ができている事を示す。
(なんだ・・お、終わったんじゃ、こ、衣のや、奴・・な、何を!?)(これは・・まさか・・)
 衣が何をしようとしているのか分からず混乱する純と、衣が何をしようとしているのか理解しながらも混乱する智紀。
「衣はエッチだな・・まあ、それは俺もだけどな・・」
 衣が何をしたがっているのか理解した京太郎は反対しようとはせず、少し腰を上げて下着ごとズボンを下ろすと、窮屈な場所から解放されたモノが衣と同様に準備が万端であると言わんばかりに、天井をさし示していた
「ああああ、あれって・・ま、ままま・・まさか!?」「須賀京太郎の・・あぅぅ・・」
 知識はある、しかしそれをさし示す言葉が出ないのは恥じらいか、あるいは何だかの方法で見たモノとの差か、純と智紀は衝撃を受けて黙り込んで思考が止まりかける。
「京太郎ぅぅ衣はもう我慢できないぞぉぉ、京太郎としたい・・情交を、京太郎に愛されたい・・いっぱい・・」
 衣は京太郎のペニスにおま○こを擦りつけながら京太郎の許可を待つ、その表情は大好きな餌を前にお預けをさせられている子犬の様な愛らしい表情、だが衣が求めるのはそんな可愛らしいものではなく、肉と肉の性と性の重なり合い。
「俺もしたいぞ・・衣といっぱい・・愛し合いたい!」「よし、今日は衣が入れるぞ、京太郎は動かなくて良いからな!」
 京太郎の許可が下りると、証拠を見せると言ったからか、単純に我慢の限界だったのか、それとも単純に一度してみたかったのか、京太郎に動かない様に指示を出して、ゆっくりと腰を落としえ京太郎のペニスを自分の膣内に挿入してゆく。
 くちゃ・・くちゃ・・
「あはぁ・・京太郎の・・あいかわらず、おっきぃぃ・・」
(はぁ!・・み、見ている場合か、と、止めないと)「ま、待って、そこまでしなくても!」
 快楽に震える衣の声で朦朧としていた意識がはっきりした純は、当然そこまで見る気など無いので京太郎と衣の行為を止めようとする・・が。
「えっ!?」「ひゃぁっ!?」
 このタイミングで止められるとは思ってもいなかった京太郎が驚いて体を動かすと、その衝撃で衣が体勢を崩し膣内の一番奥まで一気に京太郎のペニスが押し入る。
 ズブッッッッッ!!
「いきなりぃぃぃぃぃ!!いくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 行き成り奥まで一気に突き上げられる快楽に、衣は我慢する間も無く絶頂に達し体を大きく震わせた。
「連鎖反応・・純が声をかけたことに対する・・」「えっ、う、嘘・・ま、まじかよ!?」
 今衣が絶頂に達してしまったのが自分の責任だと聴いた純は、まさかと思いつつもゆっくりと自分の責任で絶頂に達しさせてしまった衣の顔を窺う、すると。
「じゅ・ん・・なぜぇぇ・・はぁぁ・・じゃまおするのだぁ・・はぁぁ・、見るのでは・・なかったのか?」
「た、確かに・・わ、わるい・・」(そ、そうだよな・・衣は最初からこうする気で、い、いくら想像していなかったとは言え、あ、あんな所で声かけちゃ駄目だよな・・)
 荒い呼吸の衣が純を睨みつけながら止めようとした理由を問うと、純も一度自分が見ると誓ったはずの事を、想像と違うだけで止めてしまったことを反省する、だが衣の怒りはそれで収まる訳も無く。
「うっ、せっかく・・京太郎と一緒に・・」「衣、悪いんだけど・・怒るのは後にしてくれないか・・このままお預け食らうのは・・結構・・な」
 純に更に文句を言おうとする衣だが、それは京太郎によって遮られた、京太郎は絶頂による締め付けの気持ち良くなりながらも、衣が怒った状態では続ける気はなれないのか、腰を動かしてもどかしさを主張する。
「ひゃあぁ・・あっ、そうであっ・はふぅ・たな・・すまぬ、今は・なにより大切な恋人の・・秘め事だった・・あっ、動いてくれ京太郎・・、今度は一緒に気持ちよくなろう・・」
「ああ、わかっている・・今度は一生にイクぞ・・」
 純に対する怒りよりも今は京太郎との情交が優先だと思った衣は、すぐさま意識を切り替えて京太郎を誘うような妖しい声で囁く、京太郎も我慢の限界だったのか一声かけると腰を動かし始める。
(た、助かった・・でも、見続けるのか・・ああ言ったから見ないのも・・ううっ、し・・仕方ない・・よな・・うわぁぁ・・すげぇぇ・・)
 衣の怒りが逸れた事で胸を撫で下ろす純、既に止める気は無くなり、一瞬迷ったものの約束を守るべく目の前の行為に視線を向けると、迷いなど直ぐに忘れその行為に魅入られる、一方先ほどの騒動でも黙っていた智紀はと言うと。
(あんなに深くくわえ込んで・・衣・・凄い・・、原村和で・・良いなら・・私も・・いいのかなぁぁ?)「あっ・・あはぁ!」
 右手を股間に伸ばしパンツの中に突っ込んでおま○こを弄り、左で左の乳房を揉みながら、興味津々と言った感じで京太郎と衣の情交を魅入っていた。

(あっ・・どれ位・・経ったんだ・・わからねぇな・・けど・・)
 ふとそんな疑問を抱く純、十分と言われればそんな気も、三時間と言われればそんな気もして、大よそですらどれ程時間が経過したのか分からずにいた、ただ一つ分かっていたのはその時間に部屋に響いた音が。
 ズブブッッ!!ズブッッッッ!!
 肉と愛液が混じりあい。
「ひゃあぁぁぁ!・・きょうたろぅ・・こ、ころもは・・かんじすぎてぇぇぇ!」
「ああ・・いいぞ、俺もだ・・俺ももうすぐ・・だからぁぁ!!」
 喘ぎ声と互いを求める声もしくはキスの音、それらが目の前で交わされている京太郎と衣によって奏でられていると言うことだけであった。
(ああ・・すげぇぇ・・衣・・あんなに・・痛いくらい・・声あげて・・)
 苦痛かと聞き違えるかと思うほどの衣の声、それでも京太郎に快楽を与え与えられる衣はとても幸せそうな表情をしている気がする純、そして京太郎もまた幸せそうに見えた。
(あ・・熱いな・・でも、衣と須賀は・・もっと熱そうだな、あんなに突き上げられて・・声を上げて・・そんなに気持ち良いんだ・・いいなぁ・・)
 純の頬は赤い、最初はただ見届けるつもりであったが見ているうちに、京太郎と衣の熱に、男女が交わるいやらしい匂いに当てられ、頬だけではなく体の芯まで熱が篭っているようだった。
(須賀の恋人って・・みんなあんな風に愛されているのかな・・・良いな、須賀なら俺を・・って、な、何考えているんだ・・俺は、いくら許されたからって、あ、あんなことした俺をそんな風には・・って、だ、駄目だ、集中、集中だ!)
 衣や京太郎の恋人に対する羨みだろうか、一瞬京太郎に抱かれる自分を想像しそうになった純だが、すぐさま否定し二人の行為に意識を集中させようと頭を左右に振って考えを吹き飛ばそうとする、とその時。
「・・うっ・・はぁ・・くはぁ・・」(・・こ、この声って・・ま、まさか!?)
 聞こえたのは京太郎と衣の声ではない別人の者、艶やかで湿っぽい声はナニをしているのか純が理解するに十分なものであった、ちらりと横を見た純の目に飛び込んできたのは。
「んんっ!・・くっ!!・・」(や、やっぱり智紀!?)
 服を噛んで声を押し殺しながらも殺しきれない、京太郎と衣の情交を餌に片手で服の上から胸を揉み、もう一方の手はスカートの中に入れて自慰行為に耽る智紀の姿であった。
(声を漏らしちゃ・・駄目・・邪魔に・・なる・・けど・・手が止まらない!)「うっくっ!?」
 智紀は純に見られている事に気付かない、気付く暇など無いのだろう、止められない手か来る快楽で声を上げ、目の前の仲睦まじい恋人の邪魔をしないように必死だったからだ。
(と、智紀の奴こんな風に・・するのか、こ、こういうことに興味ないと思っていたけど・・い、意外と凄いな・・)
 情交を見せられるのも初めてだが、同姓のしかも友達の自慰行為を見るのも初めての純は、そちらに視線を奪われそうになるが。
「きょ、きょうたろう・・こ、ころもはもうぅぅほんとうにぃぃぃ!!」
(あっ、こ、衣!?)(衣と須賀京太郎がぁ・・うっく!)
 衣が限界を迎えた声に智紀のことのなど吹っ飛んで純はすぐに京太郎と衣に目を遣る、智紀は視線を外さないものの更に快楽を求める肉欲が手の動きを止めずにいた。
「ああ・・俺も限界だ、いくぞぉころもぉぉぉ!!」
 絶頂後に敏感な状態で与えられ続けても、京太郎が気持ちよくなるまではと言う衣の我慢も、京太郎の声であっさりと限界を突破した。
「いっしょぉぉぉ!!きょうたろうとぉいっしょにいくぅぅぅぅぅ!!」
「俺もいくぞぉぉぉ!!」
 声を上げて体を大きく振るわせて二度目の絶頂を迎える衣、その声に応えるかのように京太郎も絶頂に達した。
 ドクゥゥゥン!!ドクゥゥゥゥゥン!!ドクゥゥゥン!!
「きたぁぁぁぁぁきょうたろうのせいえきぃぃぃぃ!!」
 京太郎が気持ちよくなった証拠である精液を膣内に射精され、その幸福感に衣は先ほどより体を大きく震わせて歓喜の雄叫びを上げる。
(そ、そんなに・・気持ちいのかな・・うっ、お・・お腹・・っていうか・あ、あそこが・・)
 快楽に身を焦がす衣を見て、純は体を伝わっていた熱が下腹部に集まるのを感じた、そして京太郎と衣の行為を餌に自慰行為に耽っていた智紀は。
「衣いやらしい顔・すがきょうたろ・うっ、くぅぅ・・つぅぅぅ!!」
 二人の顔が快楽に染まりきるのを見届けて自らも絶頂に達したのだった。

「はぁはぁ・・きょうたろうぅぅ、すごくぅぅ・・きもちぃよかったぞぉぉ・・」
 精液を全て受け取り終えた衣が、荒い息遣いで苦しそうにしながら笑顔で感想を述べ目を瞑ると、京太郎はそれに答え唇を重ねて数秒、離れると衣に笑いかけた。
「俺も凄く気持ちよかったぞ、ありがとうな衣、けど連続でイッたから疲れたろう、少し休もうな」「へっ・・きょ、京太郎、衣はまだ・・」
 そう言うと京太郎は衣の体を持ち上げペニスを引き抜くと、戸惑う衣を自分の横にそっと寝かした。
「京太郎、衣はまだでき・・うっ・・」「ほら、あんまり無理するなって、休んで後でもう一回な・・」
 すぐさま京太郎の膝の上に戻ろうとする衣だが、二度の絶頂で体に力が入らず起き上がれず、それを見ていた京太郎は宥め様と衣の頭をそっと撫でる。
(む、無理・・させないんだな・・や、優しいよな・・須賀って、で、でも・・あれは、やっぱり1回程度じゃ満足しなって事なのか・・?)
(衣は・・すぐは無理、須賀京太郎はよくわかっている・・優しい、衣も理解しているだろう・・けど、あれを見せられては・・黙っていられないか・・)
 京太郎の優しさに感心しながらも、無理をしようとする衣の気持ちも少し理解できる純と智紀、頬を染めるその視線の先にあるのは一度射精したとは思えないほどに勃起している京太郎のペニスであった。
(京太郎の言う通り、悔しいが体が思うように動かぬ以上・・しかし)「な・・なぁ、京太郎・・こっちなら・・どうだ?」
 思うように動かない体に諦める事無く、気合を入れた衣は体制を変えて京太郎の足に腕をかけると口を指差した。
(衣の奴・・何する気だ、口を指差しているけど・・)(衣・・まさか・・)
 やはり衣の取る行動が何を意味するかわからない純と、何と無く理解する智紀、京太郎は当然衣が何をしたいのか理解していた。
「それなら・・まあ、けど・・無理は駄目だからな」
「無論だ、約束する・・・ふふ、さぁ・・京太郎、衣の口で存分に気持ちよくなってくれ」
 釘を刺されながらも出た許可に、衣は嬉しそうに笑いやる気の満ちた視線を京太郎のペニスに向け、口を開く、そして。
(えっ!?)
 ぺろーん・ぺろーん・・ずずず・・
「じゅぶ・・ごっく、はぁぁ・・この匂い・・この味・・京太郎の精液だ・・・」
 京太郎のペニスに残った精液を舐めとり、最後に先っぽを銜え込んで音を立てて尿道から残った精液を吸いだした衣は、少し舌で転がして匂いと味を楽しんだ後で喉を鳴らして飲み込みうっとりとしながら息を吐いた。
「・・・って、こ、こここ、衣、何しているんだよ・・おお、おとこの、おち・・おち・・うぉぉぉ!?」
 理解するまで数秒、衣の行った行為が理解できないと理解した純は行為について説明を求めようとするが、男性器の名が言えず赤面しながら無駄に叫び声を上げた。
「どうしたと言うのだ純は・・まあ良い、これはふぇらちおと言ってだな、おちんちんを口で愛撫するのだ、舐めたり吸ったりすんだぞ・・ああ、それに精液を飲むと京太郎が喜んでくれるぞ!」
 突然叫びを上げた純を怪訝な表情で見ながらも、聴かれたことにはしっかりと答える衣。
(あ、愛撫って、あ・・あそこって・・お、おしっこも・・出るんだぞ、衣はそれを・・知っているよな・・さすがに・・そ、そこを嫌そうな顔もせずに、し、しかも飲むって!?)
「わかってくれたようだな・・それでは続けるぞ・・見ているが良い」
 純の考える間の無言、衣はそれを納得したと受け取り、純に見せつけようと宣言した後にフェラチオを再開させる。
 ぺろぺろ・・・れろれろ
「うっ、良いぞ・・こ、衣・・・あっ、そこ・・気持ちいい!」
「ふふ・・もっと感じてくれ・・」
 裏筋を舐め、鈴口を舐める、衣は自ら知っている技を惜しみなく使い、京太郎の声が表情が快楽に染まるたび、妖しい笑みを浮かべながら更に快楽を与えようと舌を動かす。
(うっ、こ・・衣、凄い顔しているな・・須賀もだけど・・)(きもち・・良さそう・・須賀京太郎も・・衣も・・良いな)
 タイミングを逸した純は何も言えなくなりじっと衣を見守る、先ほど絶頂に達した智紀はぼんやりとしながら二人を羨ましそうに見つめていた。
「・・はぁぁ・・京太郎、匂いが強くなってきたぞ・・ふふ、それでは・・いくぞ!」
 じゅぶ・・じゅぶ・・じゅぶ・・じゅぶ
 衣は不敵に笑うと、口を大きく開け限界一杯まで京太郎のペニスを頬張り、引き抜くという行為を繰り返す。
「きょ・・今日は、激しいな・・けど・・いいぞ!、くっ、あんまり長く持たないかも・・」
「では・・もっと速度を上げるぞ・・」(もっと・・もっと気持ちよくなってくれ、し・・しかし・・京太郎の匂いが強くて・・こ、衣まで・・)
 京太郎に限界が近いことが分かると、衣は動きの速度を上げて京太郎を絶頂へと押し上げてゆくが、匂いのせいで衣も快楽を感じ始めており自然に手が股間に伸びてゆく。
(あ、あんなに・・音をたてて・・激しく、すげぇ・・た、確かに好きな人が喜んでくれるなら・・き、気にならないかな・・他の奴もこうやって須賀を・・も、もしも・・もしもだけど・・)
「私がしたら・・喜んでくれだろうか・・」
「・・そうだな、衣みたいに・・って、えっ?」(い、今のって俺の声じゃない!)
 自分が思っていた言葉が聞こえ思わず同意する純、だがそれは自分以外の誰かが呟いたモノだと気付き声のしたほうをちらりと見る、行為に意識が行っている衣と京太郎はそんな声に気付きもせず。
「くっ、だ、だすぞ!」
「ふぉい!!」
 京太郎が限界を告げると、衣は開いている手でペニスを押さえ込んで離さないように銜え込んで、来るべきものに備える、そして。
 ドクゥゥン!!ドクゥゥン!!ドクゥゥン!!
「ふぃら・・うっ・うっ・・ごくぅ・・ごくぅ・・ごく・・」(京太郎の・・いっぱい、気持ちよくなってくれた・・)
 京太郎が快楽を得て絶頂に達した証拠である精液を、衣は目を輝かせながら喉を鳴らしながら飲み込んでゆく。
(うっ・・の、飲んでいる・・しかもあんなに喉を鳴らして・・う、美味くは無いだろう・・あっ、でも須賀・・の、飲んだら・・喜んで・・あっ・・う、嬉しそうだな・・良いな・・)
 食べるのが好きな純ではあったが、衣が今口に含んでいるモノは味が良さそうだとは思えず、飲んでいること事態が信じられなかった、だが衣の言葉を思い出して京太郎の快楽に染まり嬉しそうな表情を見ると、少しだけ衣が羨ましく感じた。
 ドクゥゥゥゥンドクゥゥゥゥン!!
「うっくぅ・・ごくん・・ごく・・」(ま、まずい・・精液の匂い・・京太郎の匂い・・と味で・・あ、頭が・・だ・・駄目・・だ、最後まで・・)
 精液が不味いわけではない、ただ口に広がる独特の匂いと味は衣を快楽の段階を簡単に引き上げてしまい、なんとか射精が終わるまでは離すまいと耐える衣。
「須賀京太郎が・・あれだけよろこんで・・・私も・・私も・・」
 今度は純も目の前の事に目を奪われていて気付かない、もちろん衣も京太郎も、そう呟きながら立ち上がった智紀に。
 ドクゥゥゥン!!ドクゥゥン!!・・ずずぅ
「ごく・・ごく・・ごくん!・・ぷはぁぁ・・はぁはぁ、京太郎・・どう・・だった?」
 射精の勢いが完全に無くなり、尿道に残った精液を吸いだし、それらを全て飲み終えると衣はようやくペニスから口を離して、荒い息遣いで京太郎に感想を訪ねる。
「今日は凄い激しかったな・・・凄くよかったぞ、ありがとうな・・」「あっ、い、今、撫でるのは・ふあぁぁぁぁぁぁ!?」
 ビクンビクンビクン!!
 京太郎が感想を言いながら何時も通り衣の頭を優しく撫でる、だが先ほどの匂いと味、そして手淫で高まった衣にそれはご褒美ではなくとどめになり、体を大きく震わせた。
「衣・・フェラで・・感じていたんだな・・」
「はぁ・はぁ・・うっ・・こ、恋人のあ、あんなに強い匂いと・・味を味合わされたら・・体が疼いてしまうは・・必然、だが・・終わったら直ぐにまたおま○こで気持ちよくなってもらおうと思ったのに・・すまないな京太郎」
 フェラチオで体力を回復する時間を稼いで、その後でまた京太郎と体を重ねると言う思惑が失敗に終わり、衣は悔しそうにしながら京太郎に謝る。
「良いって・・それよりありがとうな、気持ちよかったぞ・・衣のフェラチオ」「京太郎・・」
 気にした風も無く、ただ自分を気持ちよくしてくれた礼を言い、衣をなるべく刺激しないように頭にそっと手を置く京太郎、衣もそれで気が楽になったのか・・笑顔を浮かべた。
(・・こ、衣の奴・・なんでそこまで・・いくら恋人を喜ばせるためでも・・須賀も、もう・・って、えええっ!?)
 何故衣がそこまでかんばるのか分からず、ふと京太郎の股間に目をやった純が見たのはまったく大きさが変わっていない様子の京太郎のペニスであった。
(ななな、なんで・・まだ大きいままなんだ、だって・・二回もしたのに、ふ、普通満足すると萎むって・・ってことは、つまり・・須賀はまだ満足してないのか!?)
「少し休んだら・・続きをするぞ・・良いな京太郎?」
「わかっている、だから今は休むんだぞ・・」
 あれだけ何度を達そうとも衣はやる気に限りは見えず、次に向けて寝転がって体力を回復させようとしていた。
最終更新:2012年03月01日 02:35