純なる想いを叶える智 京太郎×衣×智紀×純 衣の人
第4局>>400~>>457


   「はぁぁぁぁ・・」×2 
    夜、夕食も終わり、龍門渕家の浴室に響くのは純と智紀二人の溜め息、お互いにいる事は分かっていたものの、特に会話の無いままであったが、今の溜め息で互いを意識したのか両者の目があった。 
   「どうしたんだ、豪くお疲れなご様子だが」「純こそ・・・疲労困憊」 
    何時も通り少し軽め口調で訪ねる純に、何時も通り淡々と返す智紀。 
   「まあ・・色々あってな、今日は疲れた」(まさか・・可愛いって言われて、文句言って気まずくなったなんて言えねぇしな・・) 
   「私も疲れた・・」(言えない、助けられた事は良い・・けど、その後は言えない・・) 
    自分の事を聞かれたくないからか、相手の話にも互いに突っ込んだ態度は取らず、会話はそこで途切れた。 
   (可愛いって・・褒めてくれたんだよな、あいつ・・)(綺麗って、褒めてくれた・・あの人が) 
    会話も無く互いに見合うのも何か微妙な雰囲気になって、純も智紀も天井を見ながら今日の事を思い出していると、天井に昇る湯気にふと思い出していた人物の顔が浮かび上がってきて。 
   「須賀京太郎か・・・えっ?」×2 
    ぽつりと口から漏らした名前が同じである事に驚き、立ち上がって再び互いを見合う純と智紀。 
   「ど、どうしたんだ、す、須賀と何かあったのか?」「純こそ・・須賀京太郎と何が?」 
    気になるものの言葉になったのはそこまでで、後に流れるのは沈黙のみ。 
   「あっ、うっ・・・」「・・うっ・・」 
    どちらも答えられぬまま再び湯船に体を沈める、自分も答えられないのだから、責めることもできず、話し合いはそこで終わる・・はずだったのだが。 
   「京太郎がどうかしたのか?」 
   「どうしたって・・こ、衣!?」「衣・・お、驚いた・・・何時の間に?」 
    話に意識がいっていた為か、人の気配に気付かなかった純と智紀は、さらに話して頭に描いていた想像もあり衣の出現にかなり驚いた様子であった、とは言え普通に入ってきた衣は何の事かわからず不思議そうに首を傾げる。 
   「何時の間にも何も衣は普通に入ってきたぞ、それとも衣の姿に何かおかしいところでもあるのか?、う~~ん?」 
    驚かれたのが気になった衣は、何かおかしいところがあるのかと思い水面に映る自らの姿を見つめるが、特におかしいところは見当たらず不思議そうに首をかしげた。 
   「えっ、いや、その・・あのな」(な、なんて言えばいいんだよ・・) 
    未だ水面を見つめ続ける衣に、何か言わなければならないと思う純であったが、どう言えば衣が納得してくれるのか迷い視線で智紀に助けを求めた。 
   「衣におかしいところは無い・・ただ話しに集中していて気付かなかっただけ」「そ、そうだぞ、それで急に声を掛けられたから俺もこいつも驚いただけだ・・」 
    差し障りの無い訳を話す智紀に、純も乗っかり適当に相槌を打った。 
   「おおっ、それでか、確かに突然立ち現れたと思えば驚くのも道理、それで純と智紀は何を話していたのだ、京太郎の事か?」 
    二人の理由を疑うことはしないが、自分の恋人の名前が出ていたので気になった衣は話の詳しい内容を尋ねてきた。 
   「うっ・・それは」「それは・・その・・」 
   「どうした純、智紀・・・もしや・・衣には話し難い内容なのか?」
    普段ならば衣が尋ねると純と智紀は普通に答えるのだが、今回は微妙な内容の為か答えずに黙っていると、衣がその空気を察し引くような言葉を口にする、凄く寂しそうな悲しそうな今にも泣き出してしまいそうな表情で。 
   (うっ・・って言うか、こ、衣の奴今にも泣きそうな顔しやがって、あっ~もう・・えっ~と、絆創膏をもらった位なら・・)(悲しそう・・荷物を運んでもらったくらいなら、大丈夫?) 
   「・・衣に話せない・・京太郎に関係する話し・・・京太郎に関係する・・あっ、そうか、わかったぞ!」 
    衣の表情が気にかかった純と智紀が、下手に突っ込まれないために話しても大丈夫そうな部分を纏めようとしていると、残された衣は一人ぶつぶつと呟きながら二人の会話の内容を想像していると、ある瞬間的な閃きが脳裏を駆け抜け声を上げた。 
   「なっ!?」(えっ・・ま、まさか、あの時薄っすら意識があったのか!?・・いや、そ、それより・・) 
   「う、嘘!?」(・・今日は絵本をプレゼントされた、とは言え須賀京太郎と世間話をしなかったとは考え難い・・その話の中で私の話がでて・・・違う、今重要なのは別) 
    考えが纏まりかけていた時の衣の言葉に驚く純と智紀、どうして衣がわかったのか理由に思考が進みそうになるが、それよりも重要な事がある事に気付くのだが、何かを出来るわけでもなく黙って衣を見守る、そして。 
   「純と智紀は・・・京太郎にお礼をしようとしているんだろう!」 
   「・・・はい?」×2 
    自信満々な衣の口から出てきた言葉に首を傾げる純と智紀、そんな二人を見て今度は衣が不思議そうに首をかしげ、自分の考えを話し始める。 
   「純と智紀は何かで京太郎の世話になって、そのお礼を秘密裏に話し合っていたのではないのか?。それを衣に話し情報が漏れては、折角の秘密でしていた準備が台無しになると、口を噤んだのではないのか?」 
   「えっいや・・その・・」「当たっている部分もある、けど別に衣を疑ったわけではなく・・さして決まって無いから話せないだけ、ねっ?」 
    純は何か言おうとするが上手く言葉が出ず墓穴を掘ってしまいそうなので、智紀は純と衣の間に入り言葉を遮る、そしてちらりと純の方見て、話を合わせろと眼で合図を送る。 
   「あ、ああ・・そうなんだよな、話したんだけど・・須賀が何好きかも分からないからな・・どうしようかって・・な」 
    合図を正確に受け取った純は、嘘がばれないように其れらしい理由を適当に並べた。 
   「なるほど・・それならば仕方ないな・・・」 
   (衣に嘘つくのは気が引けるが・・話せないからな・・悪い)(ごめん・・衣、けど・・話せないから許して) 
    まったく疑う欠片も無い衣を見て、罪悪感から胸を痛める純と智紀はせめてもと心の中で謝罪の言葉を呟く。 
   「よし・・純と智紀の気持ちは良くわかった、ここは京太郎の一番の恋人である衣も、微力ながら協力するぞ!」 
   「えっ・・いや、でも・・」「これは・・私たちの・・問題・・」 
    衣の突然の協力の申し出に、これ以上に嘘に巻き込んでは悪いと思い遠慮する純と智紀、しかし。 
   「何を言う、遠慮は不要だ純、智紀、友達が困っているのだ、衣だって力になりたいぞ!」 
    純と智紀が遠慮していると思った衣は、やる気が衰えることは無く、むしろ先ほどより強く協力を申し出た。 
   「友達か・・・ああ、それじゃあ頼むよ・・あっ・・」(しまった、友達って言葉が嬉しくてつい・・お、怒って・・ないか?) 
    衣の言葉が嬉しくなり申し出を受けてしまう純、しかし勝手に返事をしてしまった事を怒られるかと思い恐る恐る智紀を見た。 
   (良い・・私も・・同じ・・嬉しかったから・・)「それでは友達として・・助力をお願いする・・」 
    純の視線と気持ちに気付いた智紀は、視線を純に向けて一度だけ一度だけ左右に首を振り、今度は大丈夫だと言わんばかりに一度だけ頷いた後に、衣に視線を移し申し出を受け入れる意思を見せた。 
   「任せておけ、京太郎はな・・」 
    友達に頼りにされるのが嬉しく、更に話すのは大好きな恋人の話、衣はとても楽しそうに色々な事を純と智紀に語って聞かせるのだった。

   風呂から上がり衣と別れた純と智紀は、部屋に戻ろうと庭を歩いていた。 
   「ふぅ・・風が気持ち良いな」「・・うん」 
    揃ってしている赤い顔は体の芯まで暖められた証、少し熱が篭りすぎているのか純は胸元大胆に開けて風を取り込んでおり、智紀もまた吹く夜風を気持ち良さそうに浴びていた。 
   「はぁ・・・しっかし・・衣の話しが・・あそこまで長いとは思わなかったぜ」「うん・・少しのぼせた・・」
    苦笑して二人が思い出すのは、一時間近く続いた衣による京太郎とのラブラブな話、聴いている事態は苦痛ではないものの、流石に湯船に浸かったままの状態ではのぼせてしまい少々辛く感じた、 
    だが純も智紀も特に嫌そうな顔はしてないのは、やはり衣が友達として自分たちの力になろうとしてくれたからだろう。 
   「とは言え、衣の奴まだ話たがっていたみたいだけどな・・」「そうね・・けど・・あれでは無理・・」 
    就寝時間が近づいたのか、話をする衣の言葉遣いがどんどん怪しげになってゆき、仕方なくそこで話を終えたのだが、衣はまだ話したいことがあったのか眠たそうな眼をこすりながら『無念だ・・・』と言って部屋に戻っていった。 
   「だな・・まあ、あれだけ聴けば十分わかったけどな・・」 
   「うん・・良くわかった、衣が須賀京太郎の事が大好きだって・・」 
   (そういう意味じゃ・・いや、智紀の言うことも・・わかるな・・) 
    自分が言った意味とは違うが、智紀の言った事は純も感じていた、何せ京太郎との思い出を話す衣はとても楽しげで、わかりやすいほど幸せそうだったからだ。 
   (話をするだけであれだけって事は、本人と居るときはもっと・・まあ、遊園地の時もそうだったからな・・)(前に遊園地で見たときも・・いつも、あんな風に・・仲良く・・) 
    二人が思い出したのは、衣と京太郎の遊園地デートのとても幸せそうな光景、一緒に乗り物に乗って食事をして、最後に観覧車での。 
   「羨ましい・・えっ?」×2 
    偶然か必然か、思い浮かべた光景の感想も同じ、当然互いの感情になど気づいていない、いやそんな事を気にかける暇さえ無いのだろう。 
   (た、確かに・・あ、あんな風に仲良く出来る相手がいたら・・良いとは思うが、け・・けどなんか・・ちょっと違うような・・) 
   (前にも・・思った、須賀京太郎みたいな恋人だったら欲しいと・・けど違う、私は・・須賀京太郎が・・) 
    優しい恋人が居ると言う憧れ、それとは違う気持ち。 
   (可愛いって・・・言ってくれたよな・・)(綺麗って・・褒めてくれた・・) 
    思い出すのは今日言われて、鼓動を早くさせた京太郎の言葉、その言葉と先ほどの観覧車のシーンが重なると、いつの間にか衣の立ち位置が自分に代わり、そして。 
   「つぅぅ!?、へっ?」「ううっ!?、えっ?」 
    想像の中で二つの顔が重なりそうになった瞬間、叫んでしまいそうになるのを何とか長込む純と智紀は、隣に居る者も同じ様な事になっているのに気付き互いを見合う。 
   「えっ、ど、どうしたんだ、急に?」 
   「じゅ、純こそ、どうしたの?」 
    先に言葉を発した純も特に理由を聞きたかったわけではない、突然の事に混乱してつい言葉が出てしまったのだ、そしてそれは智紀も同じで。 
   「えっ、いや・・はは・・な、なんでもないかな」(この・・気持ちって、ま、まさか・・) 
   「そ、そう、ふふ・・私も・・なんでもない・・」(この気持ちは・・やっぱり・・) 
    互いに答える事が出来ず、適当に笑いながら誤魔化す、純も智紀も更に訊ねられそうなぎこちない笑みではあったが、どちらもそんな事を気にするほど余裕は無い、自分自身で手一杯で、思考もまた自分の気持ちの事だけに向いていた。 
   (こ・・い、いや・・ち、違うだろう、あ、あれだよ・・あれ・・)(こ・・違う、そんな訳無い・・勘違い・・) 
    自分の今の気持ちに思い当たる言葉を直ぐに閃く純と智紀、だが二人とも自分の考えを否定する、それが抱いてはいけない気持ちだと思っているから、そして人の脳とは上手くできていて、否定したい事に理由を、それから逃げる為の口実を作る。 
   (そ、そうだよ、絆創膏を貰って一応でも褒めてくれた相手に、あんな態度とったから・・そうだよ、うん、あれさえ謝れば・・そ、それなら・・あ、あれ・・使えるよな?) 
    純の脳裏に浮んだのは、良くしてくれた京太郎に酷いことをしたと言う蟇目、ならばそれを無くしてしまえば良いと思うと、同時にそれを叶える手段も思いついた。 
   (・・初めてだったから・・・きっと、そう・・これは勘違い、嬉しさと・・混同しているだけ・・それだけの筈・・なのに、だ・・駄目、これ以上考えては駄目、だけど・・) 
    一方の智紀もある程度思い浮かぶが、それを完全に思い込むことが出来ず、自分自身を納得させようと更に考えるも浮んでくるのは駄目な考えばかりで、途方に暮れそうになった、その時。 
   「な、なぁ・・話は変わるんだけどよ」 
   「な、何!?」(た、助かった・・) 
    タイミングよく純が話しかけてくれたので、智紀は変な風に考えが進む前に意識を目の前に居る純に集中させ、じっと睨みつける様に見つめる。 
   「うっ、その・・今日・って言うかさっき、風呂で衣に・・嘘・・ついちまっただろ、須賀に礼をするって・・」
   「うん・・確かにあれは嘘、衣には悪いことをした・・」 
    智紀に睨まれて一瞬たじろいだものの、立て直して罪悪感を思い出しながら風呂での話を蒸し返す、それを聞いていた智紀も衣に悪いことをしてしまったのを思い出した。 
   「それで・・罪滅ぼしって訳じゃないけどよ、実は今日俺、本当に須賀に世話になったから、だから・・」 
   「純も・・実は私も、須賀京太郎に・・お世話になった・・」 
   「な、なんだ・・智紀も世話になっていたかよ・・衣の奴、勘かどうかは知らないが、凄いな・・」 
    思っても見なかった智紀の言葉に、風呂に入ってきた時の衣の推理があながち間違っていなかった事に、かなり驚いている様子だった。 
   「確かに・・私も驚いた、けど・・今それは置いておく、それよりも・・私は須賀京太郎にお礼をしたい・・純もしたいの?」 
   「えっ、ああ・・そうだ、世話になったからな、それに・・なんていうんだ、ちょっとした手違いというか・・ちゃんと礼も言えなかったらな、だから・・そのお詫びの意味もこめてよ」 
   (い、言えないよな、まさか傷の手当てしてもらっておきながら、可愛いって言うのにびっくりして悪態ついて出てきたなんて、しかもそれが気なっているのか・・須賀の事が妙に気になるなんて・・口が裂けても) 
    智紀に訊ねられ、本当の事を言えない純は適当に理由をつけて京太郎に礼をしたい事を告げた。 
   「そう、私はお礼言ったけど、もう一度ちゃんとしたお礼をしたい、純もしたいなら・・一緒にする?」 
   「お、おう、そうだな・・ちょうど良いだろう、須賀も部室に衣との時間もあるから、あんまり時間を取らせてもなんだろうしな」(とりあえず・・これで謝る参段はできたな、一人じゃないし・・変な事・・・いや、ちょっとまてよ・・) 
   「そうね・・須賀京太郎も・・・忙しいから」(・・とりあえず、変な考えをしなくて済んだ、それに・・純と二人なら・・須賀京太郎と一緒でも、変な考えは・・あれ?) 
    二人でお礼をする、それで今までの心配事は消えるはずだった、だが京太郎にお礼をしている所を思い浮かべた時の事を想像して、ある事に気付いた。 
   (智紀が居るときはいいけど、智紀がトイレとか行って・・その時、たまたま・・無いとは思うが、可愛いってまた言われたら・・・俺は・・ど、どうする?) 
   (・・純が居るときは良いけど・・もしも、純が何かの拍子も居なくなって・・二人きりになったら・・・まずい・・) 
    京太郎に二人で礼をすると決めたまでは良かったが、もしもどちらかが居なくなり一人で京太郎と一緒に居る所を想像すると、気持ちが落ち着かなくなり不安にかられる純と智紀。 
   (止めるわけにはいかないし・・智紀にも悪いし、態々俺から持ちかけたのに・・それに、このまま謝らないと気持ち悪すぎる、それに衣にもな・・) 
   (中止は無し、純もやる気だし・・私も認めたから・・それに・・私もできればお礼はしたい・・それに・・衣にも悪い) 
    発言への責任、互いへの思い、そして京太郎に謝りたいと言う気持ちと、お礼をしたと言う気持ち、色々な気持ちが混ざり合い中止という決断は出来ない純と智紀、罪悪感からか衣に顔が浮かんできて・・そして、閃く。 
   「そうだ、衣も一緒に!・・えっ?」×2 
    今日何度目だろうか、声がハモって互いの顔を見合う純と智紀は、ほんの少し固まった後どちらともなく口を開いた。 
   「そ、その・・いくら本当に礼をするからって嘘ついたのが消えるわけじゃ無いだろう」 
   「うん・・それに、須賀京太郎もやっぱり、衣と・・恋人と一緒の方が楽しめると思う・・」 
   「だ、だよな・・な、なら衣も誘うって事で、良いよな?」 
   「良い・・きっと・・衣も喜んでくれるから・・」 
    焦っているので早口になりながらも、それらしい適当な理由を並べ互いを納得させた純と智紀は、京太郎にお礼をする時に衣を呼ぶことを決めた。 
   (これで大丈夫・・だよな、須賀もまさか衣が居るのに・・俺に可愛いとか・・無い、絶対無い、恋人が居る横で・・しかも衣みたいに可愛い奴が居るのに、俺みたいな奴を可愛いなんて・・そんな事・・無い) 
   (これで仮に純が居なくなっても、二人っきりになることは無い、それに・・衣と須賀京太郎が一緒に・・仲良くしている姿を見れば、さっき感じた・・あの気持ちが勘違いだとわかる・・はず・・) 
    衣も一緒、そう考えれば悩みも一気に解決された・・・はず、だったが。 
   (・・可愛いって、言ってくれないよな・・)(あの気持ちは・・間違いであって・・欲しい・・はず・・) 
    それを願っていたはずなのに、そうなった事を想像すると純と智紀の胸に寂しさが広がる。
   「と、ところでよ、何時ごろにするよ、京太郎への礼って・・あ、あんまり遅くなってもなんだしよ・・」(止めだ止め、今は何するか決めて、謝ることだけに集中しろ) 
   「確かに、明日までに何をするか・・考えて、場所はその後で決める・・で、どう?」(考えるのは止める・・須賀京太郎にお礼をして・・・衣に謝る・・それだけで良い) 
    悩みを振り払うように、どんなお礼をするかを考える事に集中する純と智紀。 
   「良いぜ、しっかし・・何するか、う~~ん・・好きな食べ物でも奢ってやる・・とか?」 
   「・・いかにも・・純らしい」 
    お礼といわれて、直ぐに食べ物を思い浮かべた純を見て、想像していた通りの答えにクスっと笑ってしまう智紀。 
   「どうせ俺は大食いだよ・・・悪いか?」 
    少し拗ねた様子で悪いのか訊ねる純に、智紀はゆっくりと首を横に振った。 
   「悪くない・・好きな食べ物を用意するのは・・・賛成」 
   「おっ、そうか・・じゃあこれも決まりだな、何用意するかな・・・衣に聞いた話だと、あんまり好き嫌いはなさそうだけど・・けどな」 
    智紀に賛成された純は、早速何にするかを衣の話を思い出すが『京太郎は衣の家の夕食は凄くおいしいと言っていた、衣もそう思う、特に京太郎と一緒だと普段の何倍もおいしいぞ』と惚気混じりで、あまり参考にならなかった。 
   「衣の夕食を作っているのはおそらく専門家、私達では無理」 
    夕食を作っているのは龍門渕家に仕えるシェフであろう、さすがにその味を再現するのは素人の純と智紀には不可能である事は明白だった、そして龍門渕家に仕える物である以上、純や智紀がどうにかできる訳も無く。 
   「う~ん・・透華に事情を話して頼んだら、協力してくれるんじゃないか?」 
   「可能性はある・・・色々言われるだろうけど、衣の事とか・・」 
    さすがの透華の指示ならば作らせるのは簡単であろう、とは言え事情が事情、特に衣に対して嘘をついたと知られれば何を言われるかという不安が純と智紀の脳裏によぎる。 
   「はぁ・・まあ、それは仕方ないだろう、とにかく頼んでみようぜ、駄目だった、駄目だったで考えなきゃならないし・・今から聞きに行くか」 
   「そうね・・駄目だった時は、明日改めて何か考える」 
    色々とどやされる事を覚悟した、と言うよりは自業自得と諦めた純と智紀は、二階のテラスがある部屋を見上げる、そこには明かりが灯っており部屋の主が居る様子であった。 
   「さてと、そんじゃ行きますか・・うん?」 
    純が透華の部屋を目指し歩みを進めようとした、その時、カチャっと部屋とテラスを隔てる戸が開き透華がテラスに姿を現した。 
   「おっ、透華じゃん、ちょうど良いよ、おー・」「待って」 
    透華の姿を見た純が声をかけようとした瞬間、智紀が純の口を片手で塞いだ。 
   「・・(何するんだよ?)」「・・少し待つ、今電話中」 
    急に口を塞がれた純が不満そうに智紀を見つめ目で文句を言うと、智紀は説明しながら透華のほうを指差す、すると智紀の言う通り透華は片手に受話器を持って、誰かと会話中の様子が窺えた。 
   「・・今、透華を怒らせるのは、得策じゃない・・」「・・」 
    智紀の言うことを理解した純が一度頷くと、智紀も純の口を塞いでいた手を下ろす、二人は透華の電話の邪魔をしないように静かにしていると、辺りが静かだからか透華の話しが聞こえてきた。 
   「ええ、素敵なプレゼントをありがとうございます・・はい、衣はとても喜んでいましたわ・・ふふ、まあ・・京太郎さんからのプレゼントですから当たり前ですわね、ふふふ」 
    時折笑い声を交えて、純や智紀の眼から見ても解り易いほど上機嫌で楽しそうな透華、電話の相手は聞こえてきた内容から京太郎である事は容易に想像出来た。 
   (須賀京太郎・・相手に凄く楽しそう、衣の話だから?)(豪く楽しそうだな・・・衣関連だからか?) 
    会話の流れから見るに、今日京太郎が送った絵本について、それは智紀と純にも理解できた、しかし問題なのは透華の態度だ、楽しげ声もそうだが、少し離れて見える透華の表情も、それに合わせている様に楽しげに微笑んでいた。 
   (・・とても、楽しそう・・まるで)(なんか・・衣に似ているな、いや・・衣ほど可愛らしくは無いが、だけど・・) 
    一瞬、智紀と純の脳内で京太郎の事を話す衣と今電話している透華が被る、親戚とは言えお世辞にも似ているとは言えない二人が被った理由、それは。 
   「はい、京太郎さんならいつでも大歓迎いたしますわ、ええ、衣なら当然・・・も、もちろん一も・・ううっ、い、意地悪ですわ京太郎さんたら・・もう」 
    電話の向こうの京太郎に何か言われたのか文句を言う透華、しかも純や智紀など麻雀部のメンバーにからかわれて怒るのとは違い、今は拗ねて怒っているといった感じを受ける純と智紀。
   「怒っていませんわ・・・本当ですわ、うっ・・そ、そのような発言はずるいですわ京太郎さん、そのような事言われたら・・文句も言えませんわ・・・もう」 
    からかわれた怒りも何処やら、何を言われたのか純と智紀にはわからなかったが、透華の機嫌は直ぐに治まり、単純に照れくさくなったのか、それを誤魔化すように開いている方の手の指で髪の毛をくるくると巻いて気を紛らわしている様子だった。 
   (今の・・透華の・・ま、まさか・・・)(お、おい・・嘘だろ、そうだよな・・た、ただ仲良いだけだよ、衣の恋人だからな・・) 
    智紀と純の脳裏に浮ぶのはある予想、いや予感といったほうが正しいだろうか、だが当然その答えが信じられない二人は、自らの考えを否定に走る、しかしそんな二人を嘲笑うかの様に透華の口から漏れ出た言葉は。 
   「・・ええ、はい・・はい・・もちろん、私も愛してしますわ、京太郎さん」 
   「なぁ!?」(しまった・・) 
   「・・隠れる」(信じられない・・けど) 
    二人の考が間違ってはいないことを示してしまい、思わず声を上げてしまった純と声すら上げられなかった智紀は、気づかれないように慌てて近くの木の陰に隠れる。 
   「おや・・・えっ、ああ、いえ、なんでもありませんわ、はい、それでは・・おやすみなさい、京太郎さん」 
    声に気付いたのか辺りを見回す透華だったが、一見して誰も見つからないので電話に戻り、就寝の挨拶をして電話を切る。 
   「やはり・・・気のせいですわね、さぁ戻りますわ・・・、お話しできたのは良かったですけど、はぁ、今日京太郎さんに会えなかったのは残念でなりませんわ・・」 
    念のためにもう一度下を見回す透華であったが、やはり誰も見つからないので、京太郎と電話で話せた事を喜びながらも、会えなかったのを残念がりながら部屋に戻って行った。 
   「ふぅぅ、あ・・あせった」「はぁぁ・・うん・・・けど」 
    透華が部屋に戻るのを見届けて、木の後ろから姿を出した純と智紀は安心し胸を撫で下ろしたいところであったが、そうは行かなかった。 
   「な、なぁ、おい、今さっき・・透華がとんでもないこと言った気がしたが・・」 
   「しっかり・・間違えなく・・『私も愛している』と」 
    自分の聞き間違い出会って欲しいと願いながら尋ねる純、だが智紀の口から漏れたのは、純の聴いた通りの言葉であった。 
   「どういうことだ、須賀は衣の恋人だろう、まさか・・奪い取るって・・」 
   「・・それは無い・・と思いたい・・・」 
    透華が衣から京太郎を奪い取る光景を想像しようとしたものの、想像できず否定する純と智紀、だが先ほどの言葉が嘘ではないと・・透華の表情と口調から容易に想像出来た。 
   「・・・名前が一緒の違う京太郎とか?」 
   「それは無い・・透華は衣がもらった絵本の話をしていたから・・・須賀京太郎であることは間違いない」 
   「うっ、じゃ、じゃああれだ・・・透華が一歩的に熱を上げているとか?」 
   「・・・それも無いと思う、透華は『私も』と言っていた、だから・・・先に須賀京太郎の方から『愛している』か、その類の言葉が・・」 
    純は様々な可能性をあげてゆくが、それは智紀によって次から次へと否定され、自分たちが否定したがっていた可能性がだんだんと確信へと近づいてゆく、だがそれを簡単に認められるのならばこれほど悩んではいないだろう。 
   「あっーーーもう、じゃあ、どうしろって言うんだよ、何もせずに大事になるのを待てって言うのかよ!?」 
   「そうは言っていない・・・今考えているのは、あくまでも私達があの会話から導いた可能性、確かめたわけじゃない・・・だから」 
    悲痛な叫びを上げる純を、そっとなだめ落ち着かせた智紀はしゃべりながらポケットに入れた、携帯電話を取り出して何回かボタンを押して画面を純に見せ付ける。 
   「これって・・お前・・まさか!?」 
    画面に表示されている名前に驚き純が確認すると、智紀はゆっくりとうなずいた。 
   「そう・・・確かめる・・」 
   「け、けどよ・・電話じゃ・・それに正直言うかどうか・・」 
    電話ならば切ってしまえば終わり、更に本当の事を話してくれる確証も無い、それでは無意味になってしまう可能性が高いと心配する純、もちろんそれは智紀もわかっていた。 
   「電話で無理なのはわかっている、だから・・明日来てもらって直接、嘘を言われるかも知れない・・けど、これ以外に手は無い」 
    これ以上ここで頭を悩ませたところで事態が好転する訳も無い、ならば取る行動は一つであろう。 
   「確かにな・・わかった、じゃあ明日呼び出して・・二人で確かめるか」 
   「確かめるだけなら、私一人でも大丈夫・・・良いの?」 
    二人で行く必要は無い、ただ会って確認するだけなら一人でも十分なはず、そんな考えから思わず尋ねてしまう智紀。
   「当たり前だろう、それとも、こんな中途半端なところで引くなんてお前ならできるのか?」
   苦笑しながら逆に尋ねられた智紀は一瞬考えて首を横に振る。
   「無理・・気になるから・・・」
   「だろう・・それに一人より二人の方が聞き出しやすいし、言い逃れもされにくいだろう?」
   「確かに・・私一人よりは心強い、じゃあ・・・一緒に」
   「おう・・あの言葉がどういう意味なのか、しっかりと聞き出してやろうぜ!」
    智紀は純と見合い大きくうなずくとコールボタンを押した。

   「う~~ん」
    普段ならば部活に出ている時間帯、京太郎は部室には居らず龍門渕家へ行く道を歩いていた、別に部活をサボった訳ではなく理由があって休んだのだ、その理由が今京太郎を悩ませている原因でもあった。 
   「なんだろうな・・沢村さんの大切な話って・・」 
    事の起こりは昨晩掛かってきた智紀からの電話、その内容は『凄く大切な話しがある、会って話しがした』と言うもので、電話越しでも何やらただ事で無さそうな雰囲気を感じ取った京太郎は、部活を休んで龍門渕家に向っていた。 
   「昨日はそんな雰囲気無かったよな・・俺が気付かなかっただけか?」 
    京太郎は昨日会った智紀の様子を思い出すが、特におかしな所も無くあの電話に繋がりそうな雰囲気は感じ取れなかった。 
   「・・わからないな、う~~ん、でもやっぱり沢村さんが俺に話ってなると、衣の事だよな・・けど、それなら透華さんが・・う~~ん?」 
    一番可能性が高そうなのは衣についてだが、それならば智紀の前に電話で話していた透華が何かを言ってくれる筈、そう考えると話の内容が予想できなくなってしまい京太郎は首を傾げる。 
   「やっぱりわからないな・・まあ行ったらわかるだろう、でも・・昨日特におかしいところなかったのにな・・うん、おかしいところが無い?」 
    これ以上は時間の無駄だと予想するのを諦めた京太郎は、昨日の智紀の様子を思い出しながらある事に気がついた。 
   「そういえば、昨日妙に余所余所しいとか、変な目でも見られなかったし、透華さん、まだ俺との関係を公言していないんだよな・・きっと」 
    いくら衣や透華から事情を聞こうとも、あの関係を聞けば何かしらの反応があると思い、まだ聞いていないのだと想像する京太郎。 
   「俺から話しても良いけど、透華さんなんか自分で言いたがっていたみたいだし・・まあ今日は言わないで、後で聞いてみるか」 
    宣言する気満々の透華の顔を思い出すと、気が引けた京太郎は自分で言うのは止めて透華に訪ねることを決める。 
   「しかし、沢村さんも聞いたら驚くだろうな・・井上さんも知らないだろうからきっと・・って、そういえば井上さん昨日急に飛び出していっちゃったけど・・」 
    智紀が最初に恋人の輪の話を聞いた時の事を想像して、苦笑いを浮かべる京太郎、そして同じくまだ関係を知らないであろう純の顔を思い浮かべた瞬間、昨日飛び出していった姿が思いだされた。 
   「う~~ん、あれってやっぱり、俺が余計なこと言って怒らせたのかな・・それなら時間置くのも微妙だよな、沢村さんの話が終わった後で謝りに行くか・・よし!」 
    自分が怒らせたと思っていた京太郎は、時間が経てば気まずさが増すと思い早めに謝ろうと決意した。

    「・・ああ~・・」「少し・・落ち着く、慌てたところで・・どうにもなら無い」 
    龍門渕家の別館の一室、これから起こる事を想像して落ち着かない様子で部屋の中を歩き回りうなり声を上げる純、それを見て智紀が読んでいた本を離して落ち着くように諭す。 
   「わかっているけどよ・・って言うか、お前も少し落ち着いたらどうだ・・本逆さまだぞ」 
   「・・・確かに、人のことはいえない・・はぁぁ」 
    行動していなかったとは言え、智紀もまた純に負けないほど落ち着いておらず、気を紛らわせようとした本も、純に指摘されるまで逆になっていることにさえ気付かない有様で、本を閉じて近くの机に置き溜め息をついた。 
   「なぁ、もしも本当に・・須賀と透華がで、出来ていたらどうする?」 
    話をして少し落ち着いたのか、ベッドに腰掛けた純は自分達の予想が当たっていた場合、どうするかを訊ねる。 
   「・・・わからない・・純は?」 
   「俺も・・わからないな・・」 
    二人の答えは全く同じで迷っている事も同じ、もし想像通りだった場合は衣と透華どちらかの味方につくのか、あるいは原因である京太郎の排除に動くのか、だが排除しようとして出来るのかどうかも分からなかった。 
   「はぁぁ、外れてくれたらな・・そうすりゃ、俺達が怒られる程度だしな・・」
   「うん・・怒られて・・少し嫌われる・・程度・・」
    純も智紀も自分たちの予想が外れていた時の事を考えると、変な疑いをかけて呼び出した自分が京太郎に嫌われる事は容易に想像出来た。 
   (たった・・それだけじゃねえか、まあ印象は・・滅茶苦茶悪いよな、昨日の事もあるし・・手当てしてくれて、それに・・じょ、冗談にせよ・・お、俺の事・・か、かわいいって言ってくれたのに、も、もう・・言って・・あ、あれ?) 
   (嫌われる・・それだけ、印書は最悪になる・・もう手伝ってもくれないだろうし、話しかけても・・綺麗だなんて・・二度と・・あ、あれ?) 
    二人とも昨日京太郎に良くして貰った事と笑顔で褒められた事を思い出す、外れていて京太郎と衣の間に何もなくても、自分たちは嫌われてしまい二度と褒められることも、京太郎の笑顔を見ることも無いのだろう、そう思うと二人の胸に痛みが走った。 
   (なんだよ・・今の、須賀に・・き、嫌われると思ったら・・急に・・嫌な気持ちに・・、な、なんだよ・・これ・・わけがわからねぇ・・) 
   (こ、これは・・あの時の、駄目何を考えている・・わ、私は衣と須賀京太郎の幸せを・・だから透華との事を確かめようと・・だから、そ、そんな訳無い・・け、けど・・) 
    痛みの正体がわからず混乱する純、一方の痛みの正体がわかってしまい混乱しながらもそれを否定しようとする智紀だが、それが簡単にできればここまで頭を悩ませていないだろう、そのまま思考のループに突入しそうになった、その時。
    ピピピ!
   「うぉ!?・・って、で・・電話じゃねぇかよ・・」「うっ・・お、驚いた・・」
    突然鳴り響いた電子音に驚いて考えるのを止める純と智紀、音のした方を見れば机に置かれていた智紀の携帯電話が眼に留まる。 
   「た、たくぅ・・誰からだよ・・って!?」(助かった・・けど、本当に誰・・!?)
    文句を良いながら携帯電話を覗き込む純、純とは少し違い思考のループ状態から脱してほっとしながら携帯電話を覗き込む智紀、しかし液晶部分に表示される名前を見た瞬間、二人の気持ちは重なり声も重なる。
   「須賀・・京太郎・・・」×2

   「はぁ・・はぁ・・遅れてしまって・・申し訳ない」
    電話で待ち合わせ場所である龍門渕家の裏門前に、既に京太郎が到着している事を知らされた智紀は、全力疾走でやってきて息も絶え絶えの状態で必死に謝罪した。 
   「いや・・俺の方こそその、何か急がせてしまってすみません、一応連絡入れたほうが良いのかなって思って・・」 
   「うん、連絡してくれたのは・・ありがたかった」(本当に色々な意味で、ありがたかった) 
    思考がループしそうになった事を思い出しながら胸を撫で下ろす智紀。 
   「それなら良かった、それで・・話しってなんですか?」  
   「あっ・・こ、ここではなんだし・・場所を変える・・ついてきて」(あ、安心している場合ではない、早く純の所に行かないと・・) 
   「あっ、はい」(凄く大切な話しって言っていたし・・ここじゃ話せなくても当然か・・) 
    京太郎に言われて本来の目的を思い出した智紀、気を取り直して純の待つ部屋に向おうと裏門を潜ると、京太郎もすぐさまその後を追う。 
   (けど・・どこ行くんだろう・・・沢村さんの部屋かな・・いや、そこまで親しくないかじゃあ客間かな、あんまり広いと・・緊張するな、ってここで心配してもな・・) 
    何処に案内されるか気になって心配する京太郎だが、今さら気にしても仕方ないと思い覚悟を決めて智紀の後をついて歩くのであった。

最終更新:2012年02月25日 00:59