あたい、好きだったんです。
それはもう、さとり様を愛してまして。
こいし様はお目目がひとつ足りないので、私は好きになれませんでした。

だってそうでしょう?

わざわざ瞳を閉ざすなんて。

それだからいつの日も哀れなんですよね。

それに
あたいのようなペットの主人への深い信心を読めない者は
誰であろうと上手ではないのだから。

それなら、これからはみんなを堂々と見下します。

そして私だけが隅々まで心を読まれ
頭の中が空っぽになっても
本能そのままに上擦った声で喉を鳴らし
冷たいその手で掻きむしるように一心不乱に撫でてほしいんです。

そもそも地上の人間とは生意気です。

彼等は自分の優越のために相手と精巧かつ親しげな関係を瞬く間に偽造し
実際はほとんど自分の殻に篭ってるじゃないか知らん。

死体になって業火に放り込まれるのがなんと価値のあることでしょう。

妖怪も同等。
きゃっつらは自分の行いをひけらかすことしか考えちゃいないんだ。

私達が・・・汚らわしい?
いや・・・いや・・・、それはあんた達のことさ!
    • 今となっては人間が妖怪?妖怪が人間??・・・
      • なにをッ!さとり様!さとり様が大妖怪です!妖怪の賢者です!

      • この前新しいペットが来たんですヨ。
あたいからすれば面白くもなんともないやつでねェ。
棒のような形で口が無いからウンともスンとも言わない。
なのに、何故か評判がいいんです。
そいつは。

お空や仲間と言えるか分からない連中の話しでは実際そうでしたから。

だから自分は彼等の前では枕野郎は良いやつだと相槌を打ち
同調することにしました。

こいし様が月が昇る頃の引き付けを起こす時には
冷えきった水を飲ませるついでに耳元で枕野郎とは関わらない方がいいと囁いたりもしましたよ。

ええ、私はそいつがどういう性分かはちっとも存じません。
知りもしなければ、知る余地もない。

知りたくも御座いません。

そのことの一体何が悪いのでしょう?

さとり様は偉くそいつを気に入ってしまって。
そいつには心がない、どうやらそういうことらしくて。

枕にしか見えないそいつをいかにしてさとり様の膝から退けるか。

どうにも気が変わりやすいお空は
桜の花びら一枚を筋に沿って裂くのに夢中のあたいの隣に座って
二人であいつを退かそうと持ちかけてきました。

その瞳の色は火の色に合わないくらい
地底にそぐわないくらいに澄んでいましたよ。

彼女にはもう自分の目は向けられない。

そう思って伏し目がちになりながら二度頷きました。
されど私はお空を言いくるめることに自信はありました。
誰もが私達がいかに親しい関係であったことか承知のはずです。
あたいはお空と作戦のために話し合う約束をして
わざと遅れて灼熱地獄跡へ向かいました。

あらかじめ、いい方法があるよ、と彼女には告げてありました。

息を殺して壁を背に隠れると
はち切れそうな思いで天井を仰ぎました。
なにせ今から親友のために心を封じる術を施すのだから。
そうすれば心を閉ざすことでさとり様に近付ける・・・

先に私がお空に術をかけるよ。
遠慮がちにそう言うと彼女は身を乗り出して

私なんかよりお燐が先にさとり様のところへ行って。

とぎゅっとあたいの手を握ったまま放さないのです。
自分を信用しよう者がいない奴らには、まったく無縁の情景でしょう。
そういう奴らは生まれてこのかた切れるものは切れても戻ると認識しているのです。

ええ、あたいにはよく存じ上げません。
知ったようにしてるだけです。

ただ、死んだことを受け入れないような死体に限って畜生の甘ったれという事です。

あたいはその時お空の手に重ねた手を拭い
自分の一番忠実なしもべに一言命じて、道具を渡しました。

お空のために行う儀式を私は隠れて、しもべに一任したのです。

なんとも滑稽なことだろう!

私は隠れてみているだけ!お空はなんにも知らない!


私は腹の底から沸き上がる衝動を押さえきれなくなって
両手で必死に口を塞ぎました。

地底の麗人、その人を敬い愛する私の幸せ!

そして心を無くす儀式は
一瞬の出来事でお空の抵抗無く
ここまで首尾よく進められるとは思っていませんでした。

どうやら私は口の端で笑った気がします。
涙を拭っていた気もします。

どちらにせよ数多の手段のうち、一寸の戯れに過ぎないことに変わりありません。

凍るような時間の中で
私をしもべから儀式のために使った道具を受け取ると
靴を脱いで猫に戻ったかのように

つま先でしゃなり、しゃなりと横たわるお空の元に歩み寄っていきました。

「これは妖怪だからサイコロ状に解体して処理。」

      • だから愚鈍だと言うのです。そうです、彼女は殺されたのです。

あたいは親友のためを思って殺しという大義名分のもと
それを心を無くす術として儀式として執り行ったのでございます。

私の名案によって、彼女は思う存分さとり様とお話ができるようになったのです。
これを美徳という他ありません。

いいえ、違います!
美徳とは解体の時に感じゆる陶酔でした。

すなわち私にとってお空は邪魔者に過ぎなかったのです。

さとり様に近付きたい私にとっての・・・

しかし、こいつは案外しぶとかった。

あたいが儀式、術における美徳を遂行しようと身を屈めた矢先
ぼんやりと目を開いたのです。

しもべの力不足によって頭は胴体から完全に離れていませんでしたから・・・

どうせなら胸に有り余る数の深い刺し傷を作って
さっきまで生きていた
彫刻になって間もないような芸術作品にしてしまえば良かったのに!

しかしあたいのそんなちょっと間抜けなところにさとり様はきっと私を気に入ってくれているのです・・・

どうせこんなになってしまってるんだから
ほっておいてもとりあえずは息絶えるだろう
そう思ってその過程を観察することにしました。

本当はすぐにでもさとり様の元へ駆け出したかったのですが
膝を抱えて座りながら滅多にみることの出来ない首の中身のあたりを爛々と目に焼き付けることにしたのです。
すると今度はか細い、声なき声で私の名前を呼び始めました。

未練がましい奴!

そもそも私がお前を思って殺してやったのに!

あたいは頭を蹴とばすと同時に平然とこれが儀式だ、と言い放った気がします。

私はその時、宙に円を描く瞳を見据えてしまったのです。
そのすべてを納得したかのような様子は無垢そのものでした。

そんな目をしていた馬鹿者。
どこまでも私に頼ってきた。

あの時も?あの時も!

こうなったのもこれまで私に干渉してきた報いだ!
なんで私は今日までこいつを相棒だと思っていたんだろう。

どうして?さとり様?

その首は地面に落ちて
滑るように転がっていくと火の海に大した音もたてずに落ちました。

      • 無邪気な彼女の過去の大罪もこうして償われたのですから。
其の者を幸福へと導く術は然るべき成功と言えるでしょう。

何も知らされないまま、二度と、さとり様と会えない・・・
なんとも恐ろしい術・・・!

お空が気の毒になり涙を流す私は
怨むべき相手を次々と脳裏に思い浮かべました。

そうです、美徳の第三段階に移りながら・・・
今思うと時間の無駄でした・・・何故って?誰も××かったからです。

故に満足したあたいは
がむしゃらに美徳を取り込むと

全身を走る信号に身を委ね
鼓動は視界を見境なく脳髄を歪め
一歩を踏み出した気が・・・します。

      • 私は、そこいらの出来事はハッキリ憶えていないもので・・・

気付いたら
さとり様を目指して支離滅裂な振る舞いをしながら走っていたのです。

あたいはその様子を自分でも把握していたので
正気だったことに狂いありません。

お空が不思議と近くにいるような気がして
それに勇気付けられながらひたすらに突進していきます。

しかし
胸が痺れるように熱くなり胃からこみあげてくるモノが分かると
立ち止まり、腹を抱えて地に伏したのです。

しばらくは身体の律動に身をまかせていたのですが
だいぶ和らぐとすでに体を這うように覆う大量の汗とは違う
剃刀のように冷えきった汗が思考と競うかの如く瞼を伝いました。

愚鈍・・・お空を殺した私の心は汚れている・・・
      • さとり様に・・・心を読まれたら・・・

あたいは変に明るい気持ちになり
カナシイネェ!カナシィヨネェ!と大声で叫んでました。

お空の亡骸は何処?・・・霧はまだ晴れぬ!

私は、術に殺されていた・・・・・・・・・

美徳とは理性だった!

      • それが、バラバラに・・・
ああ、私にとって・・・一番の幸福・・・!

      • お空は・・・?
死んでいた?そうだ・・・

術に殺された、私が・・・・・・

息を吹き返す頃には・・・死んでいた!
ナァンだ、私は悪くじゃないか・・・悪いのは・・・・・・あいつだ!

      • 私とお空を・・・・翻弄していた・・・そうか・・・術?儀式?

      • だって?・・・待って、待って!

「綺麗な弾幕だね!」


      • エッ、さとり様とは会えたかって?
会えたもなにも、会っていないのならこの場でお話する必要も御座いません。

さとり様は、みんなみんな、大好きです、とおっしゃられた・・・
      • そうでしょうとも。愛し病む程、残酷を恋慕うことはこの上ありません。

あッ・・・邪魔?・・・
なんでしょう、この腕・・・

なんて、薄気味の悪い・・・

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最終更新:2011年02月05日 18:04