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教科書検定:集団自決問題 検定審判断、評価と批判交錯--「一歩前進」「歪曲だ」



 「軍の強制」との表現はダメだが「関与」ならOK。沖縄戦の集団自決を巡る高校日本史の教科書検定問題に、文部科学省が結論を出した。地元の沖縄県民からは「一歩前進」との評価と「歴史の歪曲(わいきょく)は変わっていない」との意見が交錯した。一方で今春の検定を支持し、「事実上の検定撤回」と批判する声も。揺れ動いた検定内容に不信感が残った。【三森輝久、永井大介】

 「天皇陛下、ばんざーい」。45年3月、村長の声と同時に集団自決が始まった沖縄県渡嘉敷(とかしき)島。母と妹、弟を手にかけた金城重明さん(78)=与那原(よなばる)町=は「村長が命令を発する直前、(現地召集の)防衛隊員が村長に『命令が出た』と耳打ちしたのを同級生が聞いている。当時は一木一葉に至るまで軍の支配下。集団自決に軍の命令はあった」と強調する。

 今回の結論について「軍命をあいまいにする歴史の歪曲。自衛隊の海外派遣を恒常化させるため、軍の負の部分を薄めるのが政府の狙い」と断じた。

 同じ渡嘉敷島の生き残りで、9月に約11万人(主催者発表)を集めて沖縄で開かれた「検定意見の撤回を求める県民大会」で自らの体験を証言した吉川嘉勝さん(69)=渡嘉敷村=は、集団自決に追い込んだ主体が日本軍と表記されたことなどから「県民大会など沖縄の動きを文科省が一定程度、理解したのだろう」と評価した。それでも「軍の強制が断定されなかったのは残念だ」と付け加えた。

 11歳の時、座間味(ざまみ)島で集団自決を目の当たりにし、姉を失った宮城恒彦さん(74)=豊見城(とみぐすく)市=は「軍による教育・指導などで『集団自決』に追い込まれた人もいた」との注釈がついた例があったことに「当時軍の命令は絶対だった。『教育・指導』という表現では伝わらない」と指摘した。

 高校歴史の副読本「琉球・沖縄史」を執筆した県立宜野湾高教諭の新城(あらしろ)俊昭さん(57)は「一歩前進」。だが「検定意見を撤回させなければ、再び同じことが起こる。体験者がいなくなった将来、沖縄が声を上げられるかどうか」と懸念を示した。

 県民大会実行委の委員長、仲里利信県議会議長はこの日、東京都千代田区の衆院第1議員会館で会見。「集団自決の記述の回復がほぼなされ、従来より踏み込んだ記述もある」と一定の評価をしつつ「『軍による強制』や『命令』の語句が修正、削除されたことには不満が残り、今後の課題」と指摘した。

 仲里委員長は「県民大会に参加した老若男女の思いが(文科省を動かす)力になった。28日に実行委を開き、県民の理解を得られれば、会の役目も終わることになると思う」と語った。

◇「教育の中立」遠い--新藤宗幸・千葉大教授(政治学)の話


 沖縄の抗議があり、政権も(安倍首相から福田首相に)代わって見直しに至ったわけだが、その経緯は検定が「教育の中立」からほど遠いことを示した。教科書検定は不要だという思いを新たにした。


◇「重大な汚点」--つくる会抗議


 新しい歴史教科書をつくる会(藤岡信勝会長)は26日、今回の教科書検定結果について「文科省は政治的圧力に屈し、検定制度の根幹を揺るがす重大な汚点を残した」と抗議声明を出した。つくる会は今回の問題で、文科相に教科書会社から出された訂正申請に応じないよう計4回、意見書を提出していた。

 声明は「文科省が事実上検定意見を撤回し、軍の『強制』記述の復活を認めたものである」と強く批判した。

毎日新聞 2007年12月27日 東京朝刊