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おわりに──調査を終えて感じたこと──

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「慰安婦」問題 調査報告・1999

インドネシアにおける慰安婦調査報告



おわりに──調査を終えて感じたこと──



 最後に、この調査を終えて感じたことをまとめよう。インドネシアの場合、対日感情や治安が比較的良かったこと、支配機構が強固で上からの命令は恐れをもって受け入れられたことなどにより、かなりの数の慰安婦あるいは慰安婦に準ずる女性を集めることができたようである。もちろんそこでは、ほとんどの場合さまざまなレベルの強制力が働いていた。というのは、イスラム教徒が多い国ゆえに、売春行為に対する心理的抵抗は大きく、自ら志願するケースはほとんどなかったと思われる。

 ただし、現在法律援護協会や兵補協会に登録している女性のすべてが慰安婦ではないことはいうまでもない。厳密な意味での慰安婦が何パーセントくらいであるかを見極めることは難しい。今回面接した40名の中では、明らかに軍管理の慰安所とおもわれるところで働いていたのは11名いるが、それを基準として約4分の1が本当の意味の慰安婦であると単純に推定することは絶対にできない。これらは、事前に上記の協会の窓口の人びとに口を酸っぱくして慰安婦の定義を説明し、その結果選ばれて紹介された女性であるから、「本物」である確立が非常に高いのである。そのことを考えると、実際の登録者の中で真の意味の慰安婦はごくごく僅かでしかないのではないかと思われる。

 いずれにせよインドネシアでは綿密な調査はあまりなされていないので、たとえ償い金を支払えるような状況になっても認定作業はかなりたいへんである。以下、今後さらに調査をする場合に参考になると思われる幾つかの提言をして報告を締めくくりたい。

  • 1.インドネシアでは、何らかの「調査」を行う場合に必ず調査許可が必要である。もし許可なしで、単なる観光客として入国して、実際には調査をしていることが分かると「資格外活動」ということで、国外追放の対象になる。学術調査の場合はLIPI(インドネシア科学院)という大統領直属の役所を通じて許可をとる。許可をとる手続きは一般にかなり煩雑で、しかるべきスポンサー団体が必要である。
  • 2.インドネシアでは多くの元慰安婦がすでに何回も何回も日本人から聞き取りを受けていて「うんざり」している。さらに、法律援護協会や兵補協会を通すと、いつもマスコミやNGO団体のインタビューに応じる「ショーウィンドー的な」女性を繰り返し紹介してくれることが多い。その意味で実はこれらの組織を通じないで、まだ登録もしておらず、これまで日本人にインタビューされたことのない人を見つけることにより、新たな事実関係が出てくる可能性は大きい。さらに、従軍慰安婦本人だけでなく、当時慰安所で働いていたインドネシア人、あるいは慰安所へ物資を納入していた業者などを積極的に捜し出す必要があるだろう。実はこの困難な作業はインドネシアのある民間調査機関に委託中なのであるが、筆者の帰国までに成果が出なかった。調査は今なお継続中である。
  • 3.イスラムの国であるインドネシアでは、性に対するタブーが強く、元慰安婦だったとして名乗り上げた人に対する近隣の人々の目は冷たい。従って、インタビューはできるだけその女性の自宅は避けて、人目につかない他の場所に招いて行うのが良い。たとえ公然の秘密になっている場合でも、日本人が聞きに来たとなると近所の人々は強い関心を示し、日本人が帰ったあとで、「お金がもらえたか」とか「なんだ、まただめだったのか」などと言ってくることが多く、彼女たちを必要以上に悩ませると聞いた。またいよいよお金が入ったのではないかと早合点されて泥棒に入られたという話も耳にした。このようなことが彼女たちのストレスをさらに高めている。
  • 4.法律援護協会や兵補協会が段取りしてくれて、複数の元慰安婦に一堂に集まってもらったケースもあるが、そのような場合には、家族やつきそいの人が多数やって来て「集会」のようになってしまい、あまりゆっくり話を聴くことができないということがあった。多くの村には自称法律援護協会の補佐役と称する人たちがいて、元慰安婦の人達の登録をかってでたり、聞き取り調査に応じる時には同行したりする。その多くは、補償金がもらえたあかつきには何らかのおこぼれにあずかることを期待しているといわれる。口下手な老女たちに代わって彼らが、質問に答えてしまうケースもあり、やりにくい。調査者はよほど心して、繰り返し本人自身の口を開かせるべく努力しなければならない。
  • 5.聞き取りに応じてくれた人には、費やしてくれた時間に対して何らかの金銭的・物質的な形でお礼の気持ちを表す必要がある。お金を払うということに抵抗がある日本人も多いかと思うが、しかし現実には多くのインフォーマントがある程度それを期待している。それは「交通費」として払うのも良いし、さらに食事時になったら簡単なものを用意していっしょに食べるといった心遣いをすることが望ましい。
    また、面接の段取りをしてくれた関係者は多くの場合、経費と協会への「寄付」を要求する。この費用もかなりにのぼるが、支払うことが望ましい。
  • 6.事実関係をできるだけ正確に思い出してもらうためには、聞き取り実施者が、その地方の日本軍の配属状況や、軍政の状況全般についてある程度詳細な知識を持っていて、必要に応じて記憶を引き出すための手掛かりとしてその知識を活用できることが望ましい。たとえば、具体的な部隊名や所在地,あるいはその頃起こった事件のことなどを聞き手が口にすることにより、古い記憶をたどる上でのヒントになることがある。さらに、予備知識がないと、発言の真偽が判断できず、さらに突っ込んだ質問をすることもできない。
    なお、いずれにせよ老人の話は時として理路整然とせず、また矛盾点も多いので、納得がいくまでさまざまな角度から質問を変えて聞きただす必要がある。
  • 7.元慰安婦の女性たちはインドネシア語が不自由な場合が多い。通訳あるいは案内人を使う場合には必ず、彼女たちの母語である地方語をよく理解する人物を探し、本人にはできるだけ地方語で自由に語ってもらう方が良い。

 いずれにせよ、困難ではあるが、今後歴史的事実究明のためにさらに調査を継続する必要があり、時間と費用を費やせばかなりの成果が期待できると考える。今後の検討課題であろう。


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