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Ⅲ 面接した元慰安婦たちの現状と償い金に対する立場

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「慰安婦」問題 調査報告・1999

インドネシアにおける慰安婦調査報告



Ⅲ 面接した元慰安婦たちの現状と償い金に対する立場



1 登 録


 今回面接調査した40名のうち、ジョクジャカルタの法律援護協会に登録した15名は1993年に、兵補協会へ登録した他の25名は1995年に登録している。今回慰安婦補償問題が日本側から出てくる以前にも、元従軍慰安婦の女性たちに接近して、補償をとってやると話を持ちかけて手数料を取り、そのまま姿を消す詐欺まがいの者がいたという(ジョクジャカルタのスハルディンさんの証言)。また今回の法律援護協会や兵補協会への登録時にも、これらの協会との間の仲介を買って出たりして、いざ補償金がもらえた時にはその一部をピンはねすることをもくろんでいる者がいるといわれる。

 慰安婦はもともと主として無学の貧しい農民の娘たちから募集されたため、今でもその生活は苦しい者が多い。また、高齢であるため、登録済の慰安婦のなかから毎年多くが、この世を去っていく。現に2年前に中京テレビが取材した人物(ジャカルタ在住のヒドラさん)が今回は他界していたというケースがあった。


2 社会省の決定に対する態度


 法律援護協会、兵補協会に登録している者は、補償金の支払いを受けたい一心で名乗り出たわけであるから、「理屈よりもまず補償を」と望む人が多い。日本人関係者が調査に赴くと、「補償はいつ出るのか」という質問を必ず浴びせられる。つまり彼女たちの多くは、──その家族や周辺の支援者も含めて──ほとんど正しいインフォーメーションを得ておらず、「日本の皆さんに早く理解してもらって、民間団体からでも良いから補償金をもらいたい」と口にしている。個人補償をもらってはならないとする社会省の見解についても、あるいは、政府による補償でないから女性基金の償い金は受け取れないとする法律援護協会の見解についても、断片的な情報しか受けていない者が多い。

 女性基金のお金を養老院建設に使うという社会省の決定に対しては、各方面から反対意見が強い。とりわけ法律援護協会ジョクジャカルタ支部は強硬に抗議を続けている。元慰安婦の法的代理人であるブディ・ハルトノ弁護士は「アジア女性基金を通じて日本政府から渡される90億ルピアは、元従軍慰安婦たちの権利であって、養老院を建てるためのものではない。社会省は法に反したことをしており、1993年以来闘っている従軍慰安婦たちに損失を与えるものである」と述べている。ブディ氏はさらに、資金を悪用しようとしている社会省、しいてはインドネシア政府を訴えるとも言っている。ただし橋本首相が大統領に謝罪の手紙を送ったというのが本当なら、従軍慰安婦たちの闘いの第一歩は達成された、とも述べている(「スアラ・プンバルアン(Suara Pembaruan)」紙、1997年3月29日付け)。

 また法律援護協会に登録している元慰安婦の女性たち自身も社会省の決定には抗議している。雑誌『コンタン』の1997年11月24日号は、「欲望の奴隷たちインテン大臣を訴える」という見出しで5人の元従軍慰安婦が社会大臣を訴えたことを報じている。その1人のマルディエム(日本名ももえ)さんはすでに早くから、「女性基金の資金が養老院建設にまわされると聞いて我慢ならない。どんなことがあっても私は(養老院へ入るよりは)家族のもとで死にたい」と述べていた(雑誌『ガトラ(Gatra)』1997年1月25日号)。インドネシアの文化では、血縁者が1人でもいる限り、老人を養老院へ入れるのは一族の恥だという考え方が強く、よほどのことがない限り、現在名乗り出ている元慰安婦たちが、女性基金の資金によってつくられる養老院を利用することはないだろうとみられている。

 マルディエムさんのように、法律援護協会の見解と一体となって、あくまで「政府による謝罪を」という要求を貫徹しようとしている女性は極めて僅かである。とはいえ、法律援護協会や兵補協会にすべてを任せている女性たちは、個人的に同意できない点があったとしても、協会を通じないと何もできない。従って表向き女性基金からの受け取りは拒否するという態度をとらざるを得ないのが現状である。

 それは兵補協会に登録している元慰安婦たちも同様である。兵補協会はもともと補償金は必ずしも政府からのものでなくても良い、という立場をとっているが、社会大臣インタン・スウェノがすべての個人への償い金の受け取りを禁じたため、それに従わざるを得ず、現状では明確な反対運動も展開していない。ただし、この協会は後述するように最近指導部が交代したので心機一転して、今後新たな方針を打ち出す可能性もある。しかしいずれにしても兵補協会関係者の間では政府に対する不信が強く「償い金が支払われる場合、政府を通じてよりもむしろ民間の方がいい。政府はかならず一部のお金をとってしまうので全額本人のもとに届かない」とはっきり述べる者が多い。

 女性基金からの償い金を受けとるなという社会省の方針に対しては、社会全体の風当たりも強く、インドネシア大学政治社会学部のムハマッド・ブディヤトナ教授の、「従軍慰安婦への寄付は直接渡した方が良い」という意見が新聞に大きく出た。「そうしないと日本人の目にインドネシア政府のイメージは悪く映るだろう。直接(元慰安婦に)渡さないと、(お金は)役人の手に落ちてしまう危険性がある。認定が困難というのはまた別問題である」というのが彼の見解である。一方、もちろん、少ないが社会省案に賛成の声もあり、同じく政治社会学部のジェイムス・ダナンジャヤ教授は、社会省の政策を評価し、支持している(「スアラ・プンバルアン」紙、1997年4月12日付け)。

 また、インドネシア女性に対する暴力反対運動(GAKTPI)も、政府が、女性基金のお金を養老院に使うという決定を取り消すよう求めた。同団体の機関紙は、社会大臣あての手紙を掲載し、その中で、なぜ権利のない者たちにそのお金を渡すのか、と問いただしている(「コンパス」紙、1997年5月30日付け)。

 このように全体的にみると、社会省の案に対してはかなり風当たりが強い。本年(1998年)5月のスハルト政権崩壊によって、慰安婦問題に関する政府の方針が変わり、償い金が受け取れるようになる可能性もあるが、ただ、政府が取り組まなければならない政治的・経済的課題があまりにも多すぎて、慰安婦問題は置き去りにされているというのが現状のようである。


3 兵補協会の会長交代


 さて兵補協会では、創立以来会長であったタスリップ・ラハルジョ氏に代わり本年(1998年)5月から、退役軍人会のジャカルタ地区委員をしているアリフィン・マルパウン(Arifin Marpaung)氏が会長になり、しかもその後にまもなくタスリップ前会長が死去した。十分な引き継ぎが行われる前に死去したため、筆者の印象では、後任のアリフィン会長は慰安婦問題に関しては、十分な情報を得ていないようであった。それまでの活動の記録、会計その他に関する書類も行方不明で、引き継ぎがきちんと行われていない。そこで、現在まったく新規に体制建て直しを図っているという。

 兵補協会の場合、元従軍慰安婦の女性たちが登録の際地元の兵補協会支部に払う手数料が15,000ルピア(当時のレートで600円)である。このうち3000ルピアは支部の事務経費にまわされ、のこり12000ルピアが本部に入る。これまで合計約2万人が登録しているので、本部に集まった総計額は約2億4000万ルピア(通貨危機前のレートで約1200万円)にもなる。

 新会長によると、これまでの兵補協会は必ずしも政府に正式に認可された団体ではなく、そのために政府の支持を得ることができなかった。そこで、まず最初のステップとして、彼らは政府の認可を得るための努力をしたところ、わずか2ヵ月で当局の認可と活動に対する支持を取り付けたので、これから政府にいろいろ掛け合うことも可能になったという。


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