15年戦争資料 @wiki

rabe12月25日

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pipopipo555jp

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十二月二十五日


昨日の午後、日記を書いているとき、張と中国人の友人たちがひっそりと小さなクリスマスツリーの飾り付けをしていた。そういえば以前、張はよくこれを手伝っていた。

小さいというのを別にすれば、このツリーは、前に飾っていたのとそっくり同じだ。なんとクリスマスの庭(キリスト誕生の瞬問を再現した厩の模型)まであった。厩をとりかこむ動物たちも。人になれているのも野生のも入り混じっている。私たち家族はみなこれを見て喜んだものだった。食堂のまん中の扉が開いて、わずかばかりのロウソクが部屋に貧弱な光を投げかけると、それでもそこはかとなくクリスマスの気分が漂った。

クレーガーとシュペアリングがクリスマスツリーを見にきた。南京広しといえどもツりーがあるのはここだけだ。クレーガーは白ワインを一本提げてきた。シャルフェンベルク家の瓦礫から「救出された」ものだ。残念ながら漏れてしまって半分しか残っていなかったが。遠く離れた家族の幸福を願って、私たちは黙ってグラスを傾けた。

そのあとクレーガーとシュペアリングは平倉巷のアメリカ人の家へ向かった。そこのクリスマスディナーに招待されていたのだ。が、私は家を空けられない。

六百二人の難民を保護者なしでおいていくわけにはいかない。ただ、仲間がとちゅうでしばらく交代してくれることになっていた。そうすれば私もアメリカ人の同志たちとしばし楽しい時が過ごせる。入れちがいに、福井氏がやってきた。目下この人が日本大便館で一番上のポストにいる。高玉氏もいっしょだ。大使館の人たちに、クリスマスプレゼントだといってジーメンスのカレンダーを贈ったので、お返しにハバナ葉巻を一箱持ってきてくれたのだ。うーん、残念。タバコをやめてしまった! タバコ類は、いまやひじょうな貴重品だ。以前は八十五セントだった紙巻タバコ一缶が、いまでは六ドル以下では手に入らない。クリスマスのお祝いに、私はこの二人とワインを一杯飲んだ。二人ともクリスマスツリーと花を見てびっくりしていた。うちにあった花をわけると、たいそう喜んだようだった。日本人はとても花が好きだ。わが家の難民のため
に、この人たちとある程度親しくなっておきたい。なにしろ発言権があるからだ。

二人が帰った後、ロウソクを飾った食堂で、クリスマスの晩餐をとった。塩づけ肉にキャベツ。これがとびきり上等の肉料理のようにおいしく思えた。韓一家がきたので、アドヴェンツクランツ(クリスマスリースの一種、テーブルに置いてロウソクを立てる)を贈った。ロウソクが四本ついている。奥さんと子どもたちには、それぞれ、モミの木にぶらさがっている贈り物から一つずつ選んでもらった。色とりどりの飾り玉、象、小さなサンタクロース。それで私が用意したプレゼントはすべてなくなった。それにしても張には驚いた。思いもよらない素晴らしいものをもって現れたのだ。ハート形のレープクーヘン(クリスマスに食べるはちみつと香料入りのクツキー)! 四つあった。私はわれとわが目を疑った。ハート形のレープクーヘンが四つも。ドーラが赤い絹のリボンで飾っておいたものに、張が若いモミの小枝をそえて持ってきた。という
ことは、使用人たちが一年間しっかり保管しておいてくれたことになる。私と客は大喜びで、レープクーヘンをまたたくまに飲みこんでしまった。すると、あまり行儀のいい話ではないが、のどにつかえてしまったのだ。もちろん菓子のせいではない。レープクーヘンは文句なくおいしかった。そう、のどがおかしかったのさ。

ドーラ、私たちはみな心から君を懐かしんでいる。なかにひとり、うっすら涙を浮かべていた男がいたよ。

ミルズがきて、見張りを交代してくれたので、私はアメリカ人の家へと車を走らせた。果てしない闇、死体だらけの道を。もう十二日問も野ざらしになっている。

仲間たちはひっそりと座っていた。みな物思いに沈んでいる。ツリーはない。ただ暖炉の赤い小さな旗に、使用人たちのせめてもの心づかいが感じられた。私たちは難民登録というさしせまった問題について話し合った。心配でたまらない。

難民は一人残らず登録して「良民証」を受けとらなければならないということだった。しかもそれを十日間で終わらせるという。そうはいっても、二十万人もいるのだから大変だ。

早くも、悲惨な情報が次々と寄せられている。登録のとき、健康で屈強な男たちが大ぜいよりわけられた剔出(てきしゅつ)一のだ(写真13)。行き着く先は強制労働か、処刑だ。若い娘も選別された。兵隊用の大がかりな売春宿をつくろうというのだ。そういう情け容赦ない仕打ちを聞かされると、クリスマス気分などふきとんでしまう。

※写真13はマギーのフィルムから、東中野本写真116。マギーフィルムの解説書二の(二)。


半時間ほどして、また悪臭ふんぷんたる道を戻る。だが私の小さな収容所には平和とやすらぎがあった。見張りが十二人、交代で壁づたいに歩き回り、ときどきささやきあっている。眠っている仲間を起こさないよう、ちょっとした合図をしたり、とぎれとぎれの言葉をかわすだけだ。ミルズは家に帰った。私もやっと眠れる。いつものように、そのまま飛び出せるかっこうだが。日本兵が入ってきたら、すぐに放り出さなければならない。だがありがたいことに、今晩は平穏無事だった。苦しそうな息づかいやいびきがほうぼうから聞こえてきて、なかなか寝つかれなかった。合問には病人の咳。



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