15年戦争資料 @wiki

rabe12月24日

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pipopipo555jp

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十二月二十四日


昨夜灯をともした赤いアドヴェントシュテルンを今朝もういちど念入りに箱に詰め、ジーメンスのカレンダーといっしょに鼓楼病院へもっていった。女性たちへのクリスマスプレゼントだ。

ちょうどいい機会だからと、ウィルソン先生が患者を見せてくれた。顔じゅう銃剣の傷だらけの婦人は、流産はしたものの、まあまあ元気だった。下あごに一発銃撃を受け、全身にやけどを負った男性もいた。ガソリンをかけられて、火をつけられたのだ。この人はサンパンをいくつか持っている。まだ二言三言口がきけるが、明日までもつまい。体の三分の二が焼けただれている。

地下の遺体安置室にも入った。昨夜運ばれたばかりの遺体がいくつかあり、それぞれ、くるんでいた布をとってもらう。なかには、両眼が燃え尽き、頭部が完全に焼けこげた死体があった。民間人だ。やはりガソリンをかけられたという。七歳くらいの男の子のもあった。銃剣の傷が四つ。ひとつは胃のあたりで、指の長さくらいだった。痛みを訴える力すらなく、病院に運ばれてから二日後に死んだという。

この一週間、おびただしい数の死体を見なくてはならなかった。だから、こういうむごたらしい姿を見ても、もはや目をそむけはしない。クリスマス気分どころではないが、この残虐さをぜひこの目で確かめておきたいのだ。いつの日か目撃者として語ることができるように。これほどの残忍な行為をこのまま闇に葬ってなるものか!

私が病院に出かけているあいだ、フィッチがわが家の見張りをしてくれた。まだ当分は兵隊たちにおそわれる心配があるので、難民だけにしておくわけにはいかない。うちの難民は三百五十人から四百人くらいだとばかり思っていた。だが、今では全部で六百二人。なんとこれだけの人間が庭(たった五百平方メートル)と事務所に寝泊まりしているのだ。韓によると男三百二人、女三百人とのこと。そのうち十歳以下の子どもが百二十六人。ひとりは、やっと二ヵ月になったばかりだ。これにはジーメンスの従業員やわが家の使用人、またその一族は入っていないので、全部入れると六百五十人くらいになるのではないだろうか。

張はうれしそうだ。かみさんが今朝退院したのだ。さっき車でつれてきたが、それからずっと屋根裏部屋で子どもたちと眠っている。そこしかあいていない。

私に少しでもクリスマス気分を味わわせようとして、みながはりあっている。見ていると胸があつくなる!

張はクリスマスローズを買ってきて家をかざりつけた。小さなモミの木も。私のためにクリスマスツリーを飾ろうというのだ。どこかで長いロウソクを六本買ってきて、ついさっき上機嫌で帰ってきた。突如みなが私を好いてくれるようになった。昔は、だれにも好かれていないように思ったが。はて、あれは私の思い違いだったのかな? ふしぎだ。ドーラ、子どもたち、孫たち! 今日、私のために祈ってくれていることだろう。私にはちゃんとわかっているよ。おまえたちの深い愛に包まれているのを感じる。それを思うと私はかぎりなく癒されるのだ。この二週間、ただ苦しみしか味わわなかったのだから。私もおまえたちのために心で祈っている。世にもおそろしい光景を目にして、私たちはふたたび子どものころの無垢な信仰へと立ち返った。神、ただ神だけが、この恥ずべき輩、人を辱め、殺し、火を放っている無法集団から我々をお守りくださるだろう、と。

今日、新たな部隊が着任するという知らせが届いた。これでようやくいくらか混乱がおさまるだろう。法にそむく行為はすべて、みせしめのために罰せられるにちがいない。ぜひそうであってほしい! その時が来ているのだ! 我々はじきに力尽きてしまう!

神よ守りたまえ。私たちがいま味わっている苦しみを、いつの日かおまえたちが味わうことのないように! この祈りを胸に、今日の日記を終えよう。ここに残ったことを悔いてはいない。そのために、多くの人命が救われたのだから。だが、それでも、この苦しみはとうてい言葉につくせはしない。


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