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第九章 解決の原則及条件

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第九章 解決の原則及条件


 本報告書の前各章において日支間の諸懸案は夫れ自体において仲裁的方法に依り解決し得ざりしに非ざりしも之等諸懸案特に満州問題に関する懸案を日支政府において取扱たる結果は両国関係を甚だしく悪化せしめ早晩衝突の免れ難きものたりしことを明らかにせり。支那が過渡時期に必然伴わるべきあらゆる政治的紛糾、社会的混乱及分裂的傾向を有する発達途上にある国家なることについても略述せり。又日本の要求する権利及利益が支那中央政府の無力なる為如何に甚だしく影響を受けたるが又日本が満州を支那の他の部分における政府より引離し置くことを如何に切望し来れるかをも述べたり。尚支那、露国及日本政府の満州に於ける政策を簡単に吟味したる結果満州各州政権は其の統治者に依り一再ならず支那中央政府より独立せることを声明せられたるも而も支那人が絶対多数を占むる之等各省人民は未だ嘗て支那の他の部分より分離することを欲する旨表明したることなきことをも明らかにせり。最後に吾人は9月18日及其の以後に起これる事態を注意深く且十分に検討し之に対する吾人の意見を表明せり。

 今や吾人は将来に注意を集中する時期に達したるを以て本章の考察を最後とし此上過去には言及せざるべし。前掲各章の読者にとりては本件紛争に包含せらるる諸問題は往々称せらるるが如く簡単なるものに非ること正に明らかなるべし。即ち問題は寧ろ極度に複雑なるを以て一再の事実及其の歴史的背景に関し十分なる知識あるもののみ之に関する決定的意見を表明する資格ありというべし。本紛争は一国が国際聯盟規約の提供する調停の機会を予め十分に利用し尽くすことなくして他の一国に宣戦を布告せるが如き事件にあらず。又一国の国境が隣接国の武装軍隊に依り侵略せらるるが如き簡単なる事件にもあらず。何となれば満州に於ては世界の他の部分に於いて正確なる類例の存せざる幾多の特殊事態あるを以てなり。

 本紛争は双方とも聯盟の一員たる2国間に於いてフランスとドイツを合したる面積ある地域に関し発生せるものにして右地域に関しては日支双方に於いて各々諸種の権益を有することを主張し而も此等権益は其の一部のみ国際法に依り明瞭に定義せられ居れり。右地域は法律的には完全に支那の一部なるも其の地方政権は本紛争の根底をなす事項に関し日本と直接交渉をなす程度の広汎なる自治的性質のものなりき。

 日本は海岸より満州の中心に達する鉄道及一地帯を支配し且該財産保護の為約一万の兵力を維持し且必要の場合には条約上之を一万五千に増加する権利ありと主張す。又日本は総ての在満日本人に対し法権を行使し且満州全土に亙り領事館警察を維持す。

 問題を討議するものはより叙上の事実を考慮せざるべからず。宣戦を布告することなくして疑いもなく支那の領土たる広大なる地域が日本軍隊に依り強力を以て押収、占領せられ且右行動の結果として該地域が支那の他の部分より分離せられ独立を宣言するに至れるは事実なり。日本は右事実完了に至らしめたる手段はこの種行動の防止を目的とする国際聯盟規約、不戦条約及華府九国条約の義務に合致するものなりと主張す。更に本問題に付初めて聯盟の注意が喚起せられたる際漸く開始せられたる行動は其の後数ヶ月間に完結せられ且日本は右行動を以て9月30日及12月10日寿府に於いて其の代表の與えたる保証と合致するものなりと主張す。日本の説明に依れば其一切の軍事行動は正当なる自衛行為にして右権利は叙上の多那的条約中に包含せられ又国際聯盟理事会の何れの決議に於いても奪われたることなし。将又東参照に於いて支那の旧政権に代われる新政権は其の成立が地方人民の行為にして彼等は自発的に其の独立を宣言し支那との一切の関係を断ち自己の政府を樹立したものなるを以て正当視せらるるものなりとせり。尚の本の主張に依れば斯くの如き真正なる独立運動は如何なる国際条約若しくは国際聯盟理事会の決議に依りても禁ぜられず、且斯かる運動の既に行われたりと云う事実は九国条約の適用を著しく改編し聯盟に依り調査せられつつある問題の全性質を根本的に変更せるものなりとせり。


 本紛争を特に複雑化且重大化するものは叙上の如き合法性に関する主張なり。本件に付論議することは本委員会の機能に非るも本委員会は聯盟をして紛争国の名誉、威厳及国家的利益を損せずして紛争を解決せしむるが為十分なる材料を供給することに努め来れり。単に批評することのみにては解決を期し難し。両者の調停に資する為実際的努力なかるべからず。吾人は満州に於ける過去の事件に関し真相を捕捉するため苦心し来れるが率直に言えば右は吾人の仕事の僅か一部分にして而も決して重要部分に非ることを認む。吾人は使命を行うに当り終始両国政府に対し紛争を調停するため国際聯盟の援助の提供方を申し入れたるが今や本委員会は其の使命を終わらむとするに当り正義と平和とに合致する方法に依り満州に於ける日支の永遠の利益を確保する為吾人の定義を聯盟に提出せむとす。

 単なる原状回復が問題の解決たり得ざることは如上吾人の述べたる所に依り明らかなるべし。蓋し本紛争が去る9月以前における状態より発生せるに鑑み同状態の回復は紛糾を繰り返す結果を招来すべく斯くの如きは全問題を単に論理的に取扱い現実の情勢をむしするものなり。

 前二章に述べたる所に鑑み満州に於ける現政権の維持及承認も均しく不満足なるべし。斯かる解決は現行国際義務の根本的原則若しくは極東平和の基礎たるべき両国間の良好なる諒解と両立するものと認められず。右は又支那の利益に違反し又満州人民の希望を無視するのみならず結局に於いて日本の永遠の利益となるべきや否やに付少なくとも疑いあり。

 現政権に対する満州人民の感情については何等疑問なし。而して支那は東三省の完全なる分離を以て永久的解決なりとなして進んで之を承諾するが如きことなかるべし。

 満州と遠隔なる外蒙古地方との類似性を論ずるは其の当を得ざるものなり。蓋し外蒙古と支那との間に何等強固なる経済的若しくは社会的紐帯なく且人口稀薄にして而も其の大部分は支那人あらざるを以てなり。満州に於ける事態と外蒙古における夫れとは極端なる差異あり。満州に定着せる数百万の支那農民は各般の関係において満州をして「長城」以南の支那の延長たらしめたり。東三省は其の人種、文化的及国民的感情に於いて支那化し其の移住者の大部分の来れる隣省河北山東省と殆ど変わることなし。

 然しながら過去の経験に依れば満州の支配者は支那の他の部分―少なくとも北支那に於いて相当なる程度の勢力を行使し来り且明白なる各種軍事上及政治上の利益を有せり。東三省を支那の他の部分より法律的に若しくは実際的に分離するは招来に向て重大なるイルリデンデスト問題を発生し其の結果常に支那の敵愾心を盛んならしめ且恐らく日本商品のボイコットを永続的ならしめ以て平和を危殆に陥るるものと云うべし。

 本委員会は日本政府より満州に於ける其の重大利益に関する明確且貴重なるステートメントを受領せり。前章に記述せる程度以上に日本の満州に対する経済的依拠を誇張することなく且経済的関係は日本に対し東三省の政治的は勿論経済的発達を支配するの資格を与うるものなりと提言することなく、日本の経済的開発の為満州が甚だ重大なる事を認むるものなり。将又日本が満州の経済的開発の為必要なる治安を維持し得べき安定せる政府の樹立を要求することも不合理なりと考えるものに非ず。然るに斯くの如き状態は人民の願望に合致し且彼等の感情及要望を十分に考慮する政権に依り初めて確実且有効に保障せらるべし。尚右満州の急速なる経済的開発に必要なる資本の集中は現在極東に見られざる外部の信頼と内部の平和の雰囲気とに於て初めて可能なり。

 過剰人口増加の圧迫あるに拘らず日本国民は移民に関する現在の便宜を従来十分に利用することなく、且日本政府は満州に其の国民の大移住を計画したることなし。而るに日本国民は農業的危機及人口問題に善処する方法として更に其の工業化に希望を懸けつつあり。斯くの如き工業化は新たなる経済的市場を要求すべき処日本唯一の広大且比較的確実なる市場はアジア殊に支那に於いて見出さるべし。日本は単に満州市場のみならず全支那市場を必要とする処支那が統一し近代化する結果は当然其の生活程度向上するに至り、貿易を促進し支那市場の購買力を増加すべし。


 日本にとり重大利益ある右日支の経済的提携は同時に支那の利益問題なり。何となれば支那が更に日本と経済的及技術的に合作することは其の国家改造の第一事業を助成するものなるを発見すべければなり。支那は其の国民主義の狭量なる傾向を抑圧することに依り又友誼関係復活するや否や組織的ボイコットの再現することなき旨の有効なる保障を与えることに依り右提携を助成し得べし。一方日本としては満州問題を支那関係の一般的問題より切り離し、支那との友好及合作を不可能ならしむる方法にて支那問題を解決するが如きあらゆる試みを放棄することに依り右提携を容易ならしむるを得べし。

 然るに満州に於ける日本の行動及方針を決定せしものは経済的考慮よりは寧ろ日本自体の安全に対する懸念なるべし。日本の政治家及軍部が満州は「日本の生命線」なることを常に口にするは特に此の関係に於てなりとす。世人は右の如き懸念に同情し且あらゆる事態に於いて日本の国防を確保する為重大責任を負わざるを得ざる右政治家及軍部の行動及動機を了解するに努むべし。日本の領土に対する敵対行動の根拠地として満州を利用するを防止せむとする日本の関心及或情勢の下に外国の軍隊が満州の国境を越え来る場合あらゆる必要の軍事的手段を執ることを可能ならしむるとする日本の希望を仮に認むるとするも果たして満州を無期限に占領し又之が為当然必要なるべき巨額の財政的負担をなすことが真に外部よりする危険に対する最も友好なる保障の方法なりや。将又右の如き方法に依り侵略に対抗する場合、日本軍隊が若し敵意を持つ支那の後援の下に不従順若しくは反抗的なる民衆に依り包囲せらるる場合には甚だしく困難を感ずることなきや否やは尚疑問とすべき所なるべし。従って現存の世界平和機関の基礎をなす原則と、より善く合致し且世界の各地における他の強国に依り締結せられたる手続に類似せる方法に依り安全問題の他の可能なる解決方法を考慮することは確かに日本のため利益なり。日本は亦世界の他の国家の同情と好意とに依り而も日本自身は何等の負担をなすことなくして日本が目下執りつつある高価なる手段により得らるるも更に確実なる安全を得る可能性もあり得べし。

 日支両国を別とし世界の他の強国も此の日支紛争に関し防衛すべき重大利益を有す。吾人は先に現行の他辺的条約に言及せり。苟も合意による真正且永続的解決は世界平和機関の根底を為す之等原則的協定の条項と両立するものたるを要る華府会議に於ける強国の代表者を動かしたる諸種の考慮は今日尚有効なり。平和維持のため必要不可欠なる条件として支那の改造に協力し其の主権並びに其の領土的行政的統一を保全することは今日に於いても1922年に於けるが如き列国の利益なり。支那の分裂は恐らく急速に重大なる国際競争を招来すべき処右競争が若し相異なれる社会組織の間に於ける競争と同時に起こる場合は更に激烈を加うべし。最後に平和の利益は全世界を通じ同様なるべき処聯盟規約及不戦条約の原則の適用に関し世界の如何なる方面に於いても減少すべし。

 本委員会は満州に於けるソ連邦の利益の範囲に関し直接に情報を入手するを得ず。又満州問題に関するソ連邦政府の監察を確かむるを得ざりき。尤も假令直接情報を入手せざりしと雖も本委員は満州に於てロシアの演じたる役割若しくはソ連邦が東支鉄道の所有者として将又支那の北方に於ける領土の所有者として該地域におけるソ連邦の有する重大なる利益を看過するを得ず。ソ連邦の重大利益を無視せる解決方法は反って将来に於ける平和を撹乱する危険あり。従って永久性なかるべきは明らかなり。

 若し日支両国政府が双方の主要利益の一致せることを承認し且平和の維持及相互間に於ける友誼関係の樹立をも右利益の中に包含せしむる意思あるに於ては両国間紛争解決の基礎的大綱は叙上の考案に依り十分明示せらるべし。既述の如く1931年9月以前の状態への復帰は問題にあらず。将来に於ける満足すべき政権は過激なる変更なくして現政権より進展せしめ得べし。次章に於いて吾人は之が為或る提議すべきも吾人は先ず満足なる解決方法として準拠するを要する一般的原則を明らかにせんと欲す。此等原則は次の如し。

(1)日支双方の利益と両立すること。
 両国は聯盟国なるを以て各々聯盟より同一の考慮を払わるることを要求する権利を有す。両国が利益を獲得せざる解決は平和の為の収得とならざるべし。

(2)ソ連邦の利益に対する考隣。
 第三国の利益を考慮することなく両隣国間に於いて平和を講ずるは公正若しくは賢明ならざるべく亦平和に資する所以に非るべし。

(3)現存他辺的条約との一致。
 如何なる解決と雖も聯盟規約、不戦条約及華府九国条約の規定に合致するを要す。

(4)満州に於ける日本の利益の承認。
 満州に於ける日本の権益は無視するを得ざる事実にして如何なる解決方法も右を承認し且日本と満州との歴史的関連を考慮に入れざるものは満足なるものに非るべし。

(5)日支両国間に於ける新条約関係の成立。
 満州に於ける両国各自の権利、利益及責任を新条約中に再び声明することは合意による解決の一部にして将来紛糾を避け相互的信頼及協力を回復するために望ましきことなり。

(6)将来に於ける紛争解決に対する有効なる規定。
 叙上に付随的なるものとして比較的重要ならざる紛争の迅速なる解決を容易ならしむる為規定を設くる要あり。

(7)満州の自治。
 満州に於ける政府は支那の主権及行政的保全と一致し東参照の地方的状況及特徴に応ずる工夫せられたる広汎なる範囲の自治を確保する様改めらるべし。新文治制度は善良なる政治の本質的要求を満足する様構成運用せらるるを要す。

(8)内部的秩序及外部的侵略に対する保障。
 満州の内部的秩序は有効なる地方的憲兵隊に依り確保せらるべく、外部的侵略に対する安全は憲兵隊以外の一切の武装隊の撤退及関係国間に於ける不侵略条約の締結に依り與えらるべし。

(9)日支両国間に於ける経済的提携の促進。
 本目的の為両国間に於ける新通商条約の締結望まし。斯かる条約は両国間に於ける通商関係を公正なる基礎の上に置き双方の政治関係の改善と一致せしむることを目的とすべし。

(10)支那の改造に関する国際的協力。
 支那に於ける現今の政治的不安定が日本との友好関係に対する障害にして且極東に於ける平和の維持が国際的関心事項たる関係上世界の他の部分に対する危惧はる(ママ)と共に叙上に挙げたる条件は支那に於いて強固なる中央政府なくしては実行する能わざる所なるを以て満足なる解決に対する最終的要件は故孫逸仙博士が提議せる如く支那の内部的改造に対する一時的国際協力なり。

 若し現時の事態が叙上の条件を満たし叙上の観念を包含する如き方法において緩和せられえるにおいては日支両国は其の紛争の解決を達成し以て両国間に於ける密接なる了解及政治的協力の新時代の出発点となすを得べし。若し斯かる提携が確保せられざるに於いてはその条件が如何にもあれ如何なる解決方法も真の効果なかるべし。斯かる新関係を企画することは現下の危機に際しても真に不可能なりや。青年日本は支那に於ける強硬政策、満州に於ける徹底的政策を叫び居れり。右の如き要求をなすものは9月18日以前の時期に於ける遷延策及小細工に厭き果て居れり。彼等はその目的に達成する為性急なり。


 然れども日本においてもあらゆる目的を達成するため適当なる手段を見出さざるべからず。右「積極」政策の更に熱心なる代表者の若干並びに明白なる理想主義及大なる個人的熱誠を以て「満州国」政権に於ける微妙なる企画の先駆者となれる人士と相識れる後日本の有する問題の核心に近代支那の政治的発展及其進みつつある将来の傾向に関する危惧の存することを認識せざるを得ず。此の危惧は右支那の発展を制御し且其の進路を日本の経済的利益を確保すると共に同帝国の防衛に対する軍略的要求を満足せしむる方向に向けしむる目的を有する行動に導きたり。然れども日本の世論も朧げながら満州に対するものと支那本部に対するものと二つの別個の政策を有することが最早実行し得ざることを知覚しつつあり。故に其の満州に於ける利益を目標とする場合に於いても日本は支那の国民的感情の再興を認め同情を以て之を歓迎するやも知れず。而して日本は支那が他の何れに対しても支持を求めざることを確保する目的のみよりする同国と提携し之を誘導扶液するやも知れず。

 支那に於いても亦該国家に対する死活問題、真の国家的問題は国家の改造及近代化なることを認むるに至れる処彼らは右改造の近代化の政策は既に開始せられ政綱の望多きも其の実現には一切の国家特に其の最も近隣者なる大国との友好的関係の涵養を必要とすることを認めざるを得ざるなり。支那は政治的及経済的事項に於いて一切の主要国の協力を必要とする特に支那にとり有益なるは日本政府の友好的態度及満州に於ける日本の経済的協力なり。新に目覚めたる国家主義の他の一切の要求は如何に正当にして且緊急なりとも右国家の有効なる内部改造に対する重大なる必要の前には之を従とせざるべからず。


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