放射能汚染とデマ汚染に抗す
黒鉄好のレイバーコラム「時事寸評」第10回:

被曝地フクシマで進行する戦慄の事態~ついに刑事告発された御用学者・山下俊一らの大罪を問う!



福島原発直後から、メディアに出ては根拠もなく「安全」「直ちに健康に影響はない」との言説を垂れ流し続けながら浮かんでは消えた御用学者たち。その中でしぶとく生き残り、被曝地フクシマにおいて被曝者そっちのけでうごめくのが山下俊一だ。

長崎大学医歯薬学総合研究科教授にして自身も長崎生まれの被爆二世だ。1991年からチェルノブイリ原発事故による被曝者治療にも関わった。本来なら、放射能の怖さを最もよく知り、福島で被曝者たちに正しい放射能対策をアドバイスしなければならない立場にある。

ところが、佐藤雄平・福島県知事の委嘱を受け、福島原発事故直後の3月19日、県の放射線健康リスク管理アドバイザーに就任した山下が取った言動は全くの正反対だった。福島県各地で「年間100ミリシーベルトの被曝までは安全」と触れ回ったのだ。

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初めは安全と大見得


4月1日、飯舘村で行われた講演でも「放射性物質は飯舘村まで届かない」ので安全だと主張した。IAEA(国際原子力機関)が「飯舘村は全村避難させるべき」と勧告したのはその前日、3月31日のことだった。飯舘村全域が計画的避難区域となったのは4月中旬。山下の明白なウソで騙された飯舘村民は避難が遅れ、無駄な高線量被曝をさせられることになった。

5月、二本松市で開かれた講演会でも「安全というなら、あなたがお孫さんを連れて砂場で遊んではどうか」という市民に対し、山下は「みんなが信じてくれるのだったら、お安い御用だと思います」とまで大見得を切った。さらに、「(年間100ミリシーベルト以下の被曝は安全という)基準は日本の国が決めたこと。私たちは日本国民です。国の指針に従うのは国民の義務」と発言した。「君が代が流れ始めたら問答無用で立て、歌え」という石原慎太郎・東京都知事、橋下徹・大阪府知事並みのファシズム的恫喝だ。

そもそも年間100ミリシーベルトの被曝とは、原発労働者が白血病を発症した場合に労災認定を受けられる基準・5ミリシーベルトの20倍にも当たる。一般市民が1年中そうした高線量の中で生活して無事でいられるはずがない。

毎日言うことをコロコロ変え、ついにはデタラメな放言


3月下旬、いったん地元に戻った山下は、長崎新聞社のインタビューで「子どもや妊婦を中心に避難させるべきだ」と福島県内とは正反対の主張をした。「長崎から来たというだけで歓迎され、現地の人たちは安心する」という発言には山下の本音が見え隠れする。福島県民の自主避難の動きを抑えるため、長崎出身の被爆二世という自分の立場を最大限、政治的に利用してやろうという狙いだ。

山下は、講演会の会場で過去の発言との整合性を問われると「(100ミリ以下では)発ガンリスクは証明できない」「安全ではなく安心と言っただけ」などと突然、トーンダウン。「放射能の影響は実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます」に代表される非科学的で無根拠な放言、「私は子どもたちより先に死にます」などという無責任な居直り発言もあった。

 くどいと言われるかもしれないが、「証拠保全」のために山下が放ってきた安全デマや放言・暴言をさらにいくつか拾ってみよう。

1.「ふくしま市政便り」(2011年4月21日号)から

Q.地域の環境放射線が一時間当たり数マイクロシーベルトとなっている。数週間、数カ月この環境に住み続けることで、蓄積したら数ミリシーベルトを超えることもあると思われるが大丈夫か?
  • A.報道されている値はあくまでも屋外での空間線量です。それが屋内では一般的には5~10分の1くらいに減りますので、実際の被ばく線量は少なくなります。もちろん、蓄積されてどうなるか、を心配されるのはごもっともですが、現在の状況が継続すれば、健康リスクが出ると言われる100ミリシーベルトまで累積される可能性は、ありません。そして、同じ100という線量でも、1回で100受けるのと、1を100回に分けて受けるのとでは影響が全く違います。少しずつならリスクは、はるかに少ないのです。

Q.結婚したばかりだが、近い将来赤ちゃんがほしいと思っている。今の状況がとても不安だが、出産に問題はない?
  • A.放射線について国際的なガイドラインを定めた国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告によると、100ミリグレイを下回る被ばくであれば、生まれてくる赤ちゃんについて心配の必要はありません。県下に住むお母さんのおなかの中にいる赤ちゃんが、今回の原発事故で100ミリグレイを上回る被ばくをするとは考えられませんので、心配する必要は全くないと思います。

Q.現在妊娠している。飲み水もみそ汁にまでもミネラルウオーターを使っている。野菜を洗うのも怖いが、どう対応するべきか?
  • A.ミネラルウオーターがないから、水を飲ませない、ミルクをあげられないというのは、逆に乳幼児の健康によくありません。

2.講演会「放射線と私たちの健康との関係」(2011年3月21日)から

「これから福島という名前は世界中に知れ渡ります。福島、福島、福島、何でも福島。これは凄いですよ。もう、広島・長崎は負けた。福島の名前の方が世界に冠たる響きを持ちます。ピンチはチャンス。最大のチャンスです。何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です」
この発言に至ってはもはや常人の感覚では全く理解できない。文面を読む限り、どう見てもフクシマが被曝して喜んでいるとしか思えない。「さあ、これから思う存分研究できるぞ。せいぜいがんばってもっともっと被曝してくれよ」と思っているようにしか見えないのである。ヒロシマ、ナガサキ、フクシマすべてのヒバクシャを貶める最も愚劣な発言であることは言うまでもない。

そうかと思えば、山下は医師会の講演では、若者を中心に年10ミリシーベルト以上の被曝は危険という主張をしている。時と場所により自分の主張をコロコロ変える。学者としての信念のかけらも見られない。

こうした事実が暴かれ、福島県民の間で批判が強まると、山下は驚くべき言動に出た。「飯舘や浪江、川俣の一部の数値が高いのを見て、自主避難ではダメだ、きちんと命令してあげないといけないと言ってきた」「30キロ圏内でも必要ならば避難させなきゃだめだとも言ってきました」などと、初めから自分が放射能の危険性を把握し、指摘してきたかのようなウソを言い始めた(「朝日ジャーナル」での発言)。それなら飯舘村民の避難が遅れたのは誰のせいなのだろう。

あまりにデタラメすぎて、書いているこっちのほうが疲れてくる。

師匠は「公害病の総合商社」


 こうした人間性や品性のかけらもない学者はどのようにすれば生まれてくるのか。そのルーツをたどっていくと、閉じられた原子力村という世界における特殊な人間関係に行き当たる。

 山下は、長崎大学で長瀧重信・長崎大学名誉教授の教えを受けた。山下の師というべき人物である。その長瀧の師に当たるのが重松逸造だ。重松、長瀧、山下は、チェルノブイリ原発事故後、IAEAの事故調査団に揃って加わり、事故の影響を最小限に見せるために非科学的な報告書を作成した事実が浮かび上がった。

長瀧の発言も拾ってみよう。「チェルノブイリ事故の被ばくのために亡くなった方は・・・(中略)全部入れても50人くらい」「(子どもたちの)知能の遅れや白血病などが言われていますが、それに関しても(IAEAの報告書は)『科学的影響は全くない』としています」「めまいや、頭が痛い、力が入らない、働く気がない、疲れて働けないなど、アンケート方式で聞きますと、被ばく地に住んでいる方たちには、そういう病気が非常に多いということです。IAEAでは『それはすべて心理的影響であろう。明らかな被ばく量との相関、あるいは我々の現在までの知識の中で、そういうものは被ばくと関係があるとは言えない』としています」((財)日本原子力文化振興財団発行の月刊「原子力文化」1996年7月号における発言)。

長瀧はあとで責任を問われないようにしたいらしく「IAEA」を主語にしている。だがその報告書は彼らがみずから作ったものだ。つまりそれは長瀧自身の思想であり発言だということに他ならない。重松に至っては「チェルノブイル(ママ)の事故が世界中に拡大し、反原発運動とか、主義、主張に利用されすぎているようですので、まず正しい情報ということですね。主義、主張はご自由ですが、チェルノブイルを変に利用してもらうのは困ると思います」(「原子力文化」1991年7月号)とまで語っている。放射能の危険を語る者に対し、自分の主義主張のためチェルノブイリ事故を利用しているだけだという悪罵を浴びせる人物についてこれ以上何を語る必要があろう。

だがそれでも重松を追うことにする。そこからは戦後の公害病や薬害のほとんどにかかわっている重松の姿が見えてくる。

  • 「環境庁(当時)の水俣病調査中間報告「頭髪水銀値は正常」との見解を示す。水俣病の調査責任者として、水俣病被害者とチッソの因果関係はないと発表(1991年6月23日付け「読売新聞」)。
  • 広島県、広島市共同設置の「黒い雨に関する専門家会議」の座長として、1991年5月、「人体影響を明確に示唆するデータは得られなかった」との調査結果をまとめた(1991年5月14日付け「毎日新聞」)。
  • 環境庁の委託で原因を調査していた「イタイイタイ病およびカドミウム中毒に関する総合研究班」の班長として、カドミウムとの因果関係を認めず(1989年4月9日付け「読売新聞」)。
  • 厚生省スモン調査研究班班長として「結局は後で原因と判明したキノホルムに到達することができませんでした」と、キノホルムとの因果関係を否定。
  • 1993年1月13日、動力炉・核燃料開発事業団(当時)人形峠事業所が計画している大規模な回収ウラン転換試験の安全性を審査していた「環境放射線専門家会議」の議長として安全性に「お墨付き」を与え計画を承認。

 もうおわかりだろう。重松はすべての公害病や薬害について、住民を切り捨て政府・財界の利益を守るため露骨に策動してきたのだ。何が「結局は後で原因と判明したキノホルムに到達することができませんでした」だ。とぼけるのもいい加減にしてもらいたい。

治療はせずにデータだけ取る~放射線影響研究所の恐るべき正体


重松も長瀧も理事長を務めた(財)放射線影響研究所(放影研)という団体がある。ホームページの「設立の目的と沿革」を見ると「平和目的の下に、放射線の人体に及ぼす医学的影響およびこれによる疾病を調査研究し、被爆者の健康維持および福祉に貢献するとともに、人類の保健福祉の向上に寄与する」とみずからの高邁な理想を語っているが、彼ら自身が認めるように「前身は1947年に米国原子力委員会の資金によって米国学士院(NAS)が設立した原爆傷害調査委員会(ABCC)」である。その意思決定は「日米の理事で構成される理事会が行い、調査研究活動は両国の専門評議員で構成される専門評議員会の勧告を毎年得て」進められる。「経費は日米両国政府が分担」することになっており、負担比率は半々だ。

いかに美辞麗句を並べようとも、「福島第一原子力発電所事故についてよくある質問Q&A」を見ると彼らの本質がよくわかる。例えば「放射線の種類にはどんなものがありますか?」というような当たり障りのない質問に彼らは実に饒舌に答える。一方で彼らにとって触れられたくない質問、例えば「内部被曝とはどういうことですか?」という質問に彼らはこう答えている。「放射性物質を体内に取り込んだ結果、体の内部から被曝することを指します。どういう元素であるかによって、体外に排出される速度が違います」。 前半はよいとして、後半は何が言いたいのだろう。できるだけ被曝の影響を小さく見せたい。そうかといって事実に反する回答もできない。そうしたジレンマがこのような意味不明な回答として現れている。概して彼らの質疑応答をみると「都合のよい質問に対しては聞かれてもいないことまで答える。都合の悪い質問に対しては聞かれたことに答えず、聞かれてもいないことに対して意味不明な回答で返す」というレトリックが一貫して施されている。なるほど、重松や長瀧のような連中を理事長に迎える組織だけのことはある。ごまかしとはぐらかしだけは超一流だ。

「良心的な学者は来ない」


敗戦後の1945年9月19日、占領軍当局はプレスコードと称する情報・報道管制に関する方針を発表。原爆に関する報道などはとりわけ厳しく統制された。外国の記者が広島・長崎へ入るのを4カ月間も禁止するとともに、マンハッタン計画の副責任者は「広島・長崎では死ぬべきものは死んでしまい、9月上旬において原爆放射能のため苦しんでいるものは皆無である」と発表した。その一方で米国にとっては原爆症の調査研究の続行がどうしても必要だった。これがABCC~放影研設立の経緯である。当時の広島市長などは反対したが、ABCCの建設工事は強行された。

そこでは、収集した数十万人の被爆者名簿から一定数が調査対象標本として抽出され、研究目的に従って該当する被爆者を呼びだして様々な検査を行い、集められたデータを解析する方法がとられた。やがて「調査研究の対象にはするが治療はしてくれない」ことが明らかになると被爆者によるABCC撤去運動も行われた。

「良心的な学者だとか、研究者だったら、放影研へは来ないですよ。だから、あの人がチェルノブイリの調査責任者に選ばれたのは、最初から、ある結論を出させるためだったのではないか、と私は思います」。広島被爆者団体連絡会議事務局長だった近藤幸四郎さん(故人)はこう語っていた。「あの人」とはもちろん重松のことだ。ABCCの原爆被害調査は、初めから「加害者が被害者を調査研究する」ものとして始まり、その後も続けられてきた(被爆40日後に広島入りし、被爆者の診療と病理解剖に当たった杉原芳夫博士の指摘)。そこに医者としての倫理など望むべくもない。

重松、長瀧、そして山下…。「治療はせずにデータだけ取る」人体実験主義者、戦後のすべての公害・薬害でことごとく被害者を切り捨て、政府・財界に奉仕してきた御用学者たちの師弟関係が日本の医療界を支配し歪めてきた。切り捨てられた被害者たちは、補償を勝ち取るためにその後の人生のほとんどを裁判闘争に費やさざるを得なかった。だが、4大公害裁判として知られる水俣病やイタイイタイ病を巡る訴訟では原告が勝訴、原爆症認定訴訟でも御用学者たちが否定しようとしてきた内部被曝との因果関係が認められ原告が勝訴した。歴史的に見れば政府・御用学者たちの策動は最後には粉砕され挫折してきた。歴史上最も新しい被曝地・フクシマでこれから何が起きるかは、こうした歴史上の事例を見れば明らかだ。被害者を切り捨て泣き寝入りさせるとともに、治療はせずデータだけ取る人体実験政策のための尖兵として山下俊一が送り込まれたことは、もはや説明するまでもないだろう。福島県は、県民全員に対して「健康調査」を実施する方針を明らかにしているが、筆者は調査票が配布されてもこれには協力しないと決めている。

「放射線医学総合研究所(放医研)でホールボディーカウンター(内部被曝を検査する器具)による検査を受けたが、大丈夫だとだけ告げられ数値のデータはもらえなかった」。飯舘村で活動していた男性からすでにこうした訴えも聞こえている。フクシマでも人体実験の策動が始まろうとしている。

だが私たちには強力な武器がある。敵は歴史に学ばないが私たちは学ぶことができるということだ。この国を覆い尽くした原子力ファシズムを突き破るフクシマの「母親民主主義」も展開され始めている。フクシマのヒバクシャたちは、おそらく広島・長崎のヒバクシャよりも短い期間で敵の策動を打ち破るだろう。

福島県では、山下らの放射線リスク管理アドバイザー解任を求める署名が集められた。県議会でも与党会派の議員が解任を要求して県当局を追及している。一貫して反原発の立場から著作活動を続けてきた広瀬隆さんらによる山下らの刑事告発(業務上過失致傷罪)も行われた。彼らには今すぐすべての公職から去ってもらわねばならない。

<参考文献・資料>



(黒鉄好・2011年7月18日)