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第二章  防衛力のあり方

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第一章 第3節  戦略と手段 目次 第三章  防衛力を支える基盤の整備

新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想
―「平和創造国家」を目指して―

第二章  防衛力のあり方



第1節  基本的考え方


基盤的防衛力構想を見直す必要性が出てきていることは第一章第3節で指摘したとおりであるが、同構想は、主として部隊・装備の量(規模)に着目した防衛力の存在をもって抑止力を構成するという、いわば静的抑止の考え方に立っていた。

しかし、近年の軍事科学技術の飛躍的な発展により、装備の質の優劣による戦闘能力の差違が顕著になってきており、装備の量のみをもって防衛能力を測ることは以前よりも困難になってきている。事態が生起するまでの猶予期間(ウォーニング・タイム)も短縮化される傾向にあり、抑止が有効に機能しにくい事態に対応する必要性も増していることから、装備の保有数量のみならず、即応性等の部隊運用能力がますます重要となっている。防衛力を評価する上では、部隊・装備の量(規模)に加え、その質、さらに、隊員の練度、後方支援能力等を総合した能力が重要性を増してきていると言える。このような防衛力の特性の変化に伴い、平素から警戒監視や領空侵犯対処を含む適時・適切な運用を行い、高い防衛能力を明示しておくことが、抑止力の信頼性を高める重要な要素となっている。

このようなことから、高い運用能力を兼ね備えた、いわば「動的抑止力」がより重要になってきているのであり、静的抑止力の考え方ではもはや十分とは言えない。また、従来「防衛計画の大綱」に書かれていた「別表」は、防衛装備の数量に偏った表記となっており、いったんそれが決まると、その数字が上方・下方硬直性をもってしまいかねない。動的抑止力を重視する観点から、その存否も含め再検討されるべきである。

つまり、基盤的防衛力構想は、日本の防衛という役割に限ってみても、すでに過去のものとなっているのである。16大綱は「『基盤的防衛力構想』の有効な部分は継承」するとしているが、今日では、基盤的防衛力という概念を継承しないことを明確にし、それに付随する受動的な発想や慣行から脱却して、踏み込んだ防衛体制の改編を実現することが必要な段階に来ている。

本懇談会は、安全保障環境の趨勢から、予想される将来、日本の国家としての存立そのものを脅かすような本格的な武力侵攻は想定されないと判断している。ただし、将来的に、この趨勢をくつがえすような戦略環境の大きな変化が生起することを否定することはできない。一度失った機能を回復するには長時間を要することから、将来の変化に対応できるよう備えるため、本格的な武力侵攻対処のための最小限のノウハウ維持を考慮する必要がある。しかし、基盤的防衛力構想の名の下、これからの安全保障環境の変化の趨勢からみて重要度・緊要性の低い部隊、装備が温存されることがあってはならない。防衛力の整備にあたっては、次節で述べるように、多様な事態が個別に起きるだけでなく、同時にまたは継続的に生起する複合事態となる可能性を考慮し、そのような複合事態にまで対応しうる能力を目途とすべきである。

2004年に策定された16大綱は、「新たな脅威や多様な事態」への実効的な対応を行い得る「多機能・弾力的・実効性を有する防衛力」を目指すことを掲げている。日本の防衛力が引き続きこれを目指すべきであることは当然のことである。しかし、16大綱策定後の日本周辺における情勢変化を踏まえると、日本の防衛力については、多様な事態への対処能力に裏打ちされた、信頼性の高い、動的抑止力の構築に一層配意していく必要がある。


第2節  多様な事態への対応


新たな時代の防衛力のあり方を考えるためには、上記の基本的な考え方を踏まえつつ、防衛力の果たすべき役割を具体的に示すことが必要である。本懇談会は、16大綱が示す「新たな脅威や多様な事態への実効的な対応」、「本格的な侵略事態への備え」、「国際的な安全保障環境の改善のための主体的・積極的な取り組み」という三つの役割について、[1]多様な事態への対応、[2]日本周辺地域の安定の確保、[3]グローバルな安全保障環境の改善に、再構成することを提案する。本節以降で各々の役割について検討する。

[1]弾道ミサイル・巡航ミサイル攻撃※8

北東アジアは、弾道ミサイルや巡航ミサイルが増強されている地域である。特に北朝鮮は、日本を射程内に置く弾道ミサイルを数多く配備しており※9、同時に核開発を進めている。弾道ミサイルの脅威に対しては、これを攻撃や恫喝の手段として使わせないための抑止が最も重要である。日本は、核兵器および通常兵器による懲罰的抑止については、基本的に米国に依存している。一方、実際にミサイルが発射された場合のミサイル防衛による対処能力の向上や国民保護措置による被害局限も、攻撃の効果を低減させる意味では拒否的抑止を構成する。このため、早期警戒システムや迎撃ミサイルの一層の能力向上による迅速な情報収集・対応能力の強化や、自治体との連携強化を図る必要がある。

弾道ミサイルおよび巡航ミサイルに対しては、防御に加えて、打撃力による抑止を担保しておくことが重要である。日本としては、ミサイル防衛システムを補完し、米軍の打撃力を主とした抑止力を向上させるための日米協力の機能について、適切な装備体系、運用方法、費用対効果を不断に検討する必要がある。

※8  弾道ミサイルは、大気圏外まで打ち上げられた後、重力を利用して遠隔地の攻撃目標に対して高速で打撃を加えることのできる武器である。迎撃手段が非常に限られているため、極めて有効な攻撃用兵器である。巡航ミサイルは、超低空を地形に合わせて飛翔し、目標を精確に攻撃することができるミサイルであり、レーダーに捕捉されにくく、迎撃もされにくい。通常弾頭でも脅威であるが、両者はともに核兵器を含む大量破壊兵器の運搬手段にもなりうる。

※9  ノドンの基数について、ベル在韓米軍司令官は2006年3月7日の米上院軍事委員会で「通常弾頭や化学弾頭を搭載した状態で日本に到達可能な射程1,300キロのノドンミサイルを200発保有」と書面証言した。また、スカッドについても長射程化の努力がされており、2009年版防衛白書でも「注意を払っていく必要がある」としている。


[2}特殊部隊・テロ・サイバー攻撃

特殊部隊による攻撃、国際テロ組織による大規模なテロ攻撃、サイバー攻撃といった非対称戦は、日本のように国土が狭く、人口が都市に密集し、IT化が進んでいる国にとっては、大きな脅威となりうる。自衛隊として対応が迫られるのは、原発など重要施設への急襲や核物質・生物・化学兵器などを使ったテロ攻撃のような烈度の高いケースである。これらのケースについて、事前に対応策を講じ、即応性を高めておく必要がある。また、重要施設防護では警察や海上保安庁等の関係機関との連携を維持向上させることが重要である。

サイバー攻撃は、単独でも攻撃対象の経済・社会を混乱に陥れることが可能であるが、テロ攻撃や武力攻撃の事前あるいは同時に行えば、その効果は増幅されうる。サイバー攻撃およびその対処については各国の軍隊が軍事的活動の一分野として認識をし始めているが、その性格上、軍事のみにとどまらず、経済部門なども含めた国家的な課題である。自衛隊としては、特に国家主体による軍事的なサイバー攻撃に対して、最新の情報を収集・分析するとともに、サイバー攻撃に関する高度な知識・技能を持つ人材を養成し、他の政府機関が行う日本の重要なネットワークの防護に貢献する必要がある。特に、自らのネットワークを防御し、部隊運用能力が損なわれないよう、自らの防御態勢を強化する必要がある。さらにサイバー攻撃への対抗手段については、国際的な動向も踏まえ、法制・技術面を含めた政府レベルでの総合的な検討が必要である。

[3]周辺海・空域および離島・島嶼の安全確保

日本は多くの離島を有し、日本の周辺海域には、多種の海洋資源の存在が見込まれる。離島・島嶼の安全確保は日本固有の領土および主権的権利の保全という主権問題であるが、こうした地域への武力攻撃を未然に防止するには、平素からコストをかけて動的抑止を機能させることが重要である。そのためには、自衛隊による平素からの周辺海・空域における警戒監視、訓練の強化に加え、自衛隊の新たな配置や緊急展開能力の向上を図る必要がある。特に、離島地域の多くは日本の防衛力の配置が非常に手薄であり、領土や海洋利用の自由が脅かされかねない状況にある。日本としては、そうした地域において必要な部隊の配置、物資の事前集積に加え、機動展開訓練の実施、空中と海上・海中、沿岸部における警戒監視活動の強化、統合運用と日米共同運用の強化などを図る必要がある。

また、日本が離島地域における動的抑止を強化し、シームレスな対応能力を整備することによって周辺海・空域や離島地域の安全を確保することは、グローバル・コモンズをめぐる紛争の未然防止にも役立ち、米軍との共同作戦基盤を確保する上でも戦略的に重要である。

[4]海外の邦人救出

日本国外に居住、滞在する日本人が危険にさらされる状況が発生する可能性が高まっている。そのなかには、自衛隊が邦人救出のために出動しなければならないケースがあり得る。邦人救出に必要な長距離の機動・展開能力は他の事態への対応に必要な能力とも重なる部分が多い。

自衛隊は、平素から外務省や当該国当局との情報協力や連携を図りながら、必要に応じて危険にさらされた海外の邦人救出に努めなければならない。

[5]日本周辺の有事

日本の周辺地域においては、朝鮮半島の分断など領土・主権をめぐる意見対立や、排他的経済水域が未確定であるといった問題があり、海軍力・空軍力を急速に増強している国や国家体制の先行きが不透明な国も存在する。将来これらの問題が、武力行使あるいは武力の威嚇による一方的な現状変更といった形で、紛争に発展する可能性は、完全には否定できない。これらの事態は「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」(周辺事態)に進展する可能性がある。

このような場合、自衛隊は情報収集・警戒監視・偵察(ISR)活動の強化に加え、邦人輸送などを求められる可能性が高い。また、米軍が周辺事態に対処するため出動した場合、自衛隊は後方地域支援を行うなどの対処を行わなければならない。周辺事態は、そのまま放置すれば日本への直接の武力攻撃に至るおそれもあるような事態であるので、米軍への支援を含め万全な対応をとる必要がある。

周辺事態に対応するための法制はすでに整備されている。ただし、米軍に対する武器・弾薬の提供ができない、自衛隊の活動可能範囲が限定されている等の制約は残っており、現実的かつ能動的な協力を可能とする内容に変えるべきである。

[6]複合事態

上記の各事態は、単独で発生するとは限らない。複数の脅威が同時に押し寄せてくるために、多様な事態への同時対処が求められる場合もあれば、一つの事態が他の事態へと発展し、それらの影響が累積する中で、防衛力に複合的な対処を強いることもある。特殊部隊による国内の重要施設を狙った攻撃や国外からのサイバー攻撃が同時に生起するような事例が前者であるし、周辺事態が発生し米軍への後方地域支援をしているさなかに日本への武力攻撃事態に発展し、弾道ミサイル・巡航ミサイル攻撃や離島地域を巻き込んだ戦闘に対処しなければならないような事例が後者である。

これらを総称して「複合事態」と呼ぶとすれば、この複合事態に効果的に対応できる日本の防衛力を設計し、運用していく必要がある。

[7]大規模災害・パンデミック

自然災害が多い日本において、自衛隊は様々な災害に対し数多くの災害派遣を実施してきた経験を有するが、複数の地域で大規模な災害が同時期に発生するなど、過去の経験をはるかに上回る規模の対応を迫られることも考えられる。また、新型インフルエンザや口蹄疫等の例にも見られるように、感染症対策は、国内において迅速かつ関係機関が一丸となった対応が必要であり、その対策の成否はパンデミックの阻止や国際貿易の維持の観点からも、世界的にも大きな影響を与える。

自衛隊は、平素から地方自治体、警察、消防、海上保安庁、厚生労働省など関係諸機関との連携を取り、情報交換や共同防災訓練などを積み重ねる必要がある。また、全国に広く配置されている駐屯地や基地を十分に活用すべきである。


第3節  日本周辺地域の安定の確保


日本にとって、周辺地域の秩序を安定的に維持する上で最も重要な要素は、日米安保体制の下での日米防衛協力である。パワーバランスが変化し、国際公共財が劣化する傾向にあるこの地域において安定を確保するためには、自衛隊と米軍の一層緊密な連携が必要となる。同時に、それを補完する種々の取り組みも進めていかなくてはならない。

ISR活動は、日米連携の基盤となる分野でもあり、重視していかなければならない。また、各国との間の防衛交流・協力、地域安全保障枠組への参画も強化する必要がある。

[1]情報収集・警戒監視・偵察活動の強化

平素からの防衛力の運用は、日本の防衛・安全確保のための抑止力として重要であるが、それは地域の安全保障環境の安定確保にとっても重要である。現在、自衛隊の態勢として、空自レーダーサイト等による日本周辺の上空監視、海自哨戒機による周辺海域航行船舶の状況監視などを行っているほか、日本周辺で軍事的に特異な事象を察知すれば、自衛隊の様々なアセットを用いた情報収集が行えるようになっている。このようなISR活動によって周辺各国の軍事動向を的確に把握し、日本の情報優位を確立すべきである。

今後のISR活動の強化の方向性として、宇宙、サイバー空間、空中、水中などの空間をシームレスに状況監視できることが必要となっていく可能性がある。そのために必要であれば、法改正や無人装備を含め新たな装備導入も検討すべきである。また、ISR活動を支えるため、周辺の友好国・地域との情報協力を強化すべきであり、そのためにも日本の情報保全の強化が必要である。

[2]防衛協力の促進と防衛交流・安保対話の充実

韓国、オーストラリアといった国々との防衛協力は地域の安定化に向けた日本の取り組みとして非常に重要である。韓国、オーストラリアとは、東ティモール、イラク、ハイチにおいて自衛隊が国際平和協力活動を実施した際、部隊間協力を行った実績があり、今後も、これらの国と部隊派遣について協力が可能な地域には、日本も積極的に派遣を検討すべきである。2010年5月、日本は、オーストラリアとの間で物品役務相互提供協定(ACSA)に署名した※10が、韓国とも同様の取り決めの締結を目指すとともに、今後は後方支援分野に加え情報分野での協力についても具体化することが必要である。

防衛交流は、従来、信頼醸成が主たる意義だととらえられてきた。しかし、今後は、グローバル・コモンズの維持等、各国が共通の関心を有する分野を含め、安全保障上の様々な課題の解決に向けた他国との協力関係の構築・強化が重要となっていく。防衛省・自衛隊は、自国の安全保障戦略上重要なパートナー国との関係強化を意識しつつ、それらの国の軍隊との間での実務的・実動的な協力を深化させていくことを目指すべきである。上記の韓国、オーストラリアのほか、たとえば安保共同宣言を発出しているインドとの間では、今後も外務・防衛両省の次官級で協議を続け、また、国際平和協力活動や共同訓練の実施等を通じて具体的・実際的な協力関係を構築していくことが重要である。さらに海上交通の要衝を占め、安全保障分野で日本と共通の利害を有する東南アジア諸国との協力関係は重要であるが、防衛省・自衛隊として、これらの国に対する能力構築支援を行うなど、積極的に協力関係を深化させていくべきである。

防衛交流の場で、懸念事項を含めて率直に意見交換することは引き続き大切である。日本は、上記の国々を含む数多くの国との間で、ハイレベルの相互訪問、軍種別交流、スタッフ・トークス、留学生の相互派遣など、様々な二国間・多国間の防衛交流を進めてきた。特に中国やロシアとの間では、率直な対話や艦船の相互訪問などの交流を通じ、相互理解や信頼関係の増進を図っている。近年、日本周辺海域では、事故につながりかねない危険な行動が目立っている。偶発的衝突の政治的コストは極めて高くつくのであって、海上や空域での偶発事故防止の観点から関係国に協力を呼びかけるべきである。まずは対話を通じて、地域諸国との間でホットライン等の連絡メカニズムを構築する必要があるが、特に中国との間では、同国の軍事活動活発化を踏まえて高次元の安全保障対話を行うことが喫緊の課題であり、政治レベルでの対応が必要とされている。

※10 日本は1996年4月、日米安全保障条約を結んでいる米国との間で日米物品役務相互提供協定(ACSA)


[3]地域安全保障枠組への取り組み

防衛当局は、地域における安全保障協力枠組に積極的に参加し、地域の平和と安定に貢献する役割を担うべきである。

特に、人道支援・災害救援、テロ対策、海上安全保障に関する多国間会議や各種の多国間共同訓練は、域内各国間の信頼醸成や地域における対処能力の向上に有効であり、こうした非伝統的安全保障分野における具体的な協力の発展・深化をさらに促進すべきである。この点で、地域的安全保障枠組みであるARFが、その災害救援実動演習の実施に見られるように、具体的協力の段階へ深化を始めていることに鑑み、日本もこうした協力に積極的に参加すべきである。

ARF参加国との局長級会合である東京ディフェンス・フォーラムや、2008年から開始されたASEAN各国との防衛次官級会合を主催するなど、防衛省は地域的な防衛を締結している。

当局間の意見交換を強化している。防衛省は、自らが主催する会議に加えて、地域における安全保障協力枠組みにより積極的に参加し、地域の平和と安定に貢献すべきである。また、2010年開催予定の拡大ASEAN国防大臣会合(ADMMプラス)は、ASEAN域外国も含めた形では初の地域における防衛当局間の閣僚レベル会合であり、地域における具体的な安全保障協力の核として機能していくことが期待され、日本としても積極的に協力していくことが重要である。


第4節  グローバルな安全保障環境の改善


2007年の自衛隊法改正により、国際平和協力活動への参加は、自衛隊の本来任務となった。自衛隊は、国際平和協力活動を通じて、平和創造国家としての日本のプレゼンスを世界に示すべきであり、可能なものについては、積極的に参加を検討すべきである。また、自衛隊による活動は、平和創造の目標に適合するよう、現地で暮らす人々の生命の安全や生活の再建と維持を支えるものでなければならない。

さらに自衛隊の活動は、官民による緊急人道支援や、中長期的な就業訓練、雇用創出、コミュニティ再建等の多様な活動と連携して行われるべきである。防衛省・自衛隊は、国内では国際協力機構(JICA)をはじめとする他省庁や民間部門との連携、国外では外国政府や国際機関、国際NGO等との協力関係をさらに強化していかなければならない。その際、NGOの中には軍からの独立性を重視するものもあるといった各組織の特性にも配慮し、連携方策をきめ細かく検討すべきである。

[1]破綻国家・脆弱国家支援、国際平和協力業務への参加等

国家の破綻という現象は根絶される趨勢にはなく、むしろ長期にわたって破綻状態が存続したり、脆弱な国家が新たな破綻国家となったりする可能性さえある。自衛隊は、これまでもPKOをはじめとする国際平和協力業務のみならず、イラクの人道復興支援などに際し海外派遣を実施してきた。自衛隊の参加には、原則として国連安保理決議のマンデートがあることが望ましいが、常にそれを前提条件にする必要はない。必要に応じて、地域的枠組や特定国との協力で効果的かつ適切に取り組めるものがあれば、そうした活動にも参加すべきである。

PKO等への参加を政策判断するに際しては、他の緊急度の高い事案の存否等を考慮することは当然であるが、自衛隊にとっての訓練になることや、日本の情報収集のための環境が整備されるといった側面的要素も含め、総合判断がなされるべきであろう。また、日本にとって必要不可欠な情報力は国外での任務経験を通じて蓄積されるものであることも十分留意されるべきである。

[2]テロ・海賊等国際犯罪に対する取り組み

貧困や民族・宗教紛争なども根絶される趨勢にはなく、テロや海賊活動は長期にわたって続く可能性が高い。日本は、テロや海賊に対する国際的取り組みに後ろ向きであってはならない。自衛隊は、これまで、インド洋への補給艦等の派遣、ソマリア沖・アデン湾への護衛艦等の派遣等を行ってきた。今後、国連安保理の決議に基づくケースを基本としながら、そうした決議のない場合でも、同盟、友好国として取り組む可能性も含めて、参加する可能性に備えるべきである。

[3]大規模自然災害に対する取り組み

地震、津波、台風被害といった大規模自然災害は世界中で随時発生しうる。経済・社会的状況からこうした災害への対策に優先度を置くことができず、災害への脆弱性が高い国が多数であるという趨勢は今後も長期にわたって予測される。さらに、気候変動の影響によって海面上昇、洪水、干ばつ、暴風といった自然災害の被害が拡大するという可能性があること、新型インフルエンザ等のパンデミック発生の可能性もあることを考えれば、国際的な災害救援・人道支援活動の必要性はさらに高まる。自衛隊は長年、災害対処に関する経験を蓄積しており、国際緊急援助活動において能力を必要とされる場合、その経験を有効に活かしつつ、また、他の文民組織とも効果的に連携しながら活動を実施できる。アジア太平洋地域および世界の大規模災害に備え、迅速な災害救援・人道支援態勢を維持・強化することによって、世界の人々の生命と安全を守ることに大きな貢献ができるであろう。

[4]大量破壊兵器・弾道ミサイル拡散問題への取り組み

大量破壊兵器・弾道ミサイル拡散の趨勢に鑑みると、情報収集を強化し、その防止を図るとともに、その行為を発見した場合、拡散に対する安全保障構想(PSI)に基づく取り組み等、具体的な拡散阻止のための行動に踏み込む必要がある。これまで、各国が自国の領域内において国内管理、輸出管理等の措置を実施してきたが、PSIは、各国が自国の領域内に限らず、自国の領域を越える範囲でも他国と連携して大量破壊兵器等の拡散を阻止することを提唱している。また、自国の領域内においても、法執行機関、軍・防衛当局、情報機関等、関係機関の間の連携を重視する。日本ではPSIの取り組みには、海上保安庁、警察、税関等と連携して自衛隊も関与しており、すでに多くの阻止訓練等が実施されているが、今後は実際の阻止行動実施を見据えた、国内外の諸機関とのより実践的な連携の強化が重要となる。

大量破壊兵器・弾道ミサイルの移転および輸送の阻止のための措置には、特別な訓練を受けた部隊・要員が必要となることも考慮すべきである。

[5]グローバルな防衛協力・交流

日本として、地域にとどまらず、世界各地域における安全保障問題に関心を持ち、関与することは、同時に世界各国に北東アジアの戦略的環境に関する理解を広める機会を得ることを意味し、日本の理解者を増やすこととなる。防衛省・自衛隊は、NATOや欧州諸国等と、テロなどのグローバルな課題に対処するため防衛協力・交流を積極的に進めていくべきであり、アフリカPKOセンターへの講師派遣等を通じたアフリカ諸国との交流も重要である。こうした取り組みは、交流の域を超えて、国際平和協力活動の迅速かつ円滑な実施や、協調的な秩序の構築へとつなげることができる。他方で、グローバルな防衛協力・交流に関しては、組織上の費用対効果を勘案しつつ、マンパワーその他の資源配分を慎重に判断する必要がある。

このほか、日本の防衛交流は基本的に政策説明や部隊間交流による信頼醸成が主であり、日本は多くの発展途上国が軍事交流で期待する武器や技術分野、軍建設のノウハウといった分野での協力を実施してこなかった。また、日本が防衛顧問団を派遣することもなく、あるいは、軍事・安全保障分野で、ODA※11以外の資金協力枠組みを活用することもほとんどなかった。しかしながら、たとえば日本の資金援助で海外においてテロ対策の能力構築セミナー等のプログラムを実施し、各国の軍人を参加させる、また、復興支援の対象国の民主的な軍隊建設を経験豊富な退職自衛官が支援するなどの事業は、平和創造国家としてふさわしいと言えるのであり、防衛援助のあり方について体系的な検討を行い、単なる対話・交流から、実質的な協力関係を構築する選択肢を可能とすべきである。

※11 経済協力開発機構(OECD)は、ODAを途上国の経済開発と福祉の促進を主目的とするものと定義づけており、軍事物資・サービスの提供、軍事目的の債務の減免、対テロ活動などはODAとして報告できない一方、平和構築に関わる活動の一部は報告しうるとしている。一方、日本はODA大綱での「軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避する」との原則の下、ODAによる軍およびその関係組織や軍人を直接の対象とする支援は行わないという方針を採っている。


第5節  防衛力の機能と体制


(1)防衛力整備に関する基本的な考え方

これまでの3節において、新たな防衛力が果たすべき役割を示したが、そうした役割を果たす防衛力を整備するためには、16大綱が目指した「多機能・弾力的・実効性を有する防衛力」の考え方を引き継ぎつつ、特に以下のア~ウを具体的に達成することを目指すべきである。

ア  地域的およびグローバルな秩序の安定化
平和創造国家を目指す日本の防衛力は、国際社会に安定的な秩序を生み出す努力に積極的に関わらなければならない。アジア太平洋地域においては、国際秩序の武力による現状変更や、グローバル・コモンズへの平等なアクセスを阻害するような動きを許容しない意図を示すため、米軍やパートナー国の軍隊と連携し、平時からの常続的な警戒監視活動等をさらに充実させるほか、多国間の共同訓練をより積極的に実施することとし、それに必要な体制を備える必要がある。また、グローバルな国際システムの維持の観点から、国際平和協力活動を着実に実施するための体制整備を続けていくことも必要である。

イ  複合事態への米国と共同での実効的対処
16大綱の下でこれまでに行われてきた防衛力整備は、「新たな脅威や多様な事態」の5つの類型のそれぞれが独立して生起した場合、それに対処し得る体制を目指して行われてきたと言える。しかし、現実の緊急事態では、防衛力は、多様で複合的な対処を要請されるものと考えるべきであり、かつ、事態の収拾のためには、日米両国が、予め定められた役割分担に従って緊密に連携する必要がある。したがって、現実的に想定すべき複合事態に対する自衛隊の対処能力を向上させるとともに、日本が米国と共同で対処し得るよう、米軍との共同作戦基盤を向上させることが重要である。

ウ  平時から緊急事態への進展に合わせたシームレスな対応
平時と緊急事態は互いに完全に独立した状況として扱われるべきではない。たとえば、警戒監視活動中の自衛隊の部隊が、急速な事態の拡大に直面することも考えられる。そのような場合には、現場部隊と中央の司令部、時には米軍との間で、作戦状況を即時に共有し、柔軟に対応することが求められる。このように、防衛力は、平時と有事の狭間のグレーな状況に、事態の進展に合わせてシームレスに対応できるものとして整備されなければならない。

今後自衛隊が強化すべき能力の共通の特徴とは、ISR能力、即応性、機動性、日米の相互運用性などである。さらに、分野をしぼった自衛隊の比較優位を強化することが求められる。こうした方向で、軍事技術水準の動向を踏まえた高度な技術力と情報能力に支えられた防衛力整備が求められる。

その際、個々の装備品の更新を中心とした考え方ではなく、自衛隊の持つ能力を客観的に評価し、強化すべき能力や、不足する能力を補うため、装備の購入や、訓練の実施、可動率の向上等を組み合わせて最適な防衛力を構築する必要がある。

また、同じ装備でも運用水準を高め(high operational readiness)、その活動量を増大させることで、より大きな能力を発揮することが求められる。このためには一定の活動経費(燃料、維持整備費)の確保が必須である。一方で在庫管理の効率化、あるいはミサイル等の可動率を上げるための日米での共同整備基盤確保、維持整備・教育訓練業務に関し民間能力を積極的に活用するなど、多面的に後方基盤を強化する必要がある。

(2)日米間の役割分担の考え方

日米間の役割分担は、軍事専門的な見地からの詳細な検討を要する分野ではあるが、戦略的見地から提言すれば、次のような点を指摘できよう。

まず、日米同盟の中核である日本防衛に関連した任務について、自衛隊が目指すべき方向性は、相互補完性の強化である。たとえば米軍の攻撃力の中軸をなす空母部隊が日本防衛のために展開する場合、自衛隊は対潜水艦戦の機能や米軍が不足している機雷掃海の機能を提供することができるのであり、こうした機能を自衛隊が維持・強化することで、相互補完性を強化することが考えられる。

また、日本が米国の能力に依存することで、自らの負担を避けてきた任務分野がいくつか存在する。危険地域からの非戦闘員の退避活動や、弾道ミサイル警戒中の僚艦への護衛などがその例であるが、このような「一方的補完」の関係を改め、日本側として任務を担うべき分野がないか、日本自身が突き詰めて検討するとともに、日米間の運用、政策に関する協議の場で議論していくべきである。

今よりも多くの種類の任務分野に、たとえ部分的にでも参画できる力を自衛隊が持ち、米軍との共同行動がとれるようになれば、日米間の情報共有の範囲も広がるし、個々の作戦実施に関する意思決定にも日本が参加できる。日米の共同作戦によって、米軍単独で作戦を行う時以上の能力を発揮できるようになれば、日米同盟の有効性を高めることになり、同盟の将来にとって重要な意義を持つ。

最後に、日米同盟をグローバルに発展させる観点から自衛隊が目指すべき方向性として、自衛隊が自らの責任で任務を遂行できる範囲を広げていくことも重要である。PKO活動等自衛隊が海外での任務に従事する際、機能面で他国、特に米国に依存するものが非常に多かったとされる。世界中に張り巡らされた米国の情報力等のインフラに依存することは合理的であるものの、今後は、海外においてもできるだけ自力で任務を遂行できるよう、必要な能力を整備していくべきである。

(3)防衛力の選択と集中

[1]統合の強化と拡大
弾道ミサイル攻撃のように、瞬時に状況が変化する事態には、三自衛隊の資源を有機的に連携させることによって、的確に対処することが求められる。その場合、ネットワークや情報重視の上で、統合幕僚監部や、陸・海・空自衛隊の統合任務部隊司令部を中心とした統合運用によって作戦を遂行することが必須の条件となる。特殊部隊・テロ・大規模災害への対処、部隊の海外派遣も、統合運用が欠かせない。

多様で複合的な事態に対応するには、陸・海・空全ての部隊を統合部隊化するのではなく、事態に応じて柔軟に編成できる陸・海・空の特色を持った部隊も必要である。ただし、指揮通信、サイバー攻撃等対処、輸送統制等は、陸・海・空の枠を越えた共通の機能であり、統合部隊化を図り、運用の一層の円滑化を図る必要がある。

こうした必要性に鑑みて、統合幕僚監部の充実強化を図るべきであり、現行の自衛隊の組織について、統合運用をより円滑に行うために必要な運用部門と管理(行政)部門の再整理等の組織改編を検討し、実施することが肝要である。また、防衛力整備に関しても、統合運用の構想を十分踏まえた各自衛隊の整備が行われなければならない。陸上自衛隊は、一層の統合運用能力向上のため、組織改編も含め検討する必要があるが、その際には、指揮統制の一層のフラット化を実施すべきである。同時に、統合作戦を支える重要な要素として、陸・海・空の間のネットワーク化を進め、作戦状況図等の共有を図らねばならない。

なお、現在各自衛隊が個々に保有している、地対空ミサイル部隊、陸上配備の航空救難部隊、自衛隊病院、防衛医官等について、各自衛隊間で整理、移管および共同部隊化の徹底等により機能の重複を排除し、その効率化を図る必要がある。

[2]陸上防衛力
陸上防衛力として、従来の重火器中心から脱却し、軽量で機動力に富んだ陸上戦闘力、特殊作戦能力、核・生物・化学(NBC)防護能力およびISR機能などの向上を重視しつつ、引き続き効率的な陸上防衛力に再編していく必要がある。同時に、国内重要施設の防護および国民保護を、関係行政機関等と役割を分担し、連携しつつ実行できる能力を備える必要がある。

既存の演習場の活用等を考えると、現状の駐屯地の配置を大きく変えることには困難な面もあり、部隊配置には、今後とも、地域社会との関係の密接性や各種災害への対応能力等への配慮も必要である。しかし、機動力が向上すれば、平素の駐屯地と事態に対処すべき場所は同一である必要はなく、全体として機動性を重視する方向に進むことが望ましい。さらに離島防衛に資するため、対艦ミサイル能力の強化を検討する必要がある。特に、離島地域については、自衛隊配備の空白地域となっているところもあることから、平素からの部隊配備を検討する必要がある。その際、一部の陸上部隊が極めて手薄となっている地域に関しては、必要最小限の拠点を確保し、有事や緊急事態に際して、当該防衛拠点を活用して緊急に機動展開し、重点地域を防衛できる必要がある。

なお、各種の課題に柔軟に対応できる陸上防衛力の中心は人であり、精強性の観点からバランスのとれた編成や配置を行う必要がある。実員の確保に関しては十分な配慮をする必要があるが、同時に、引き締まった人員規模の下でも最大限の能力が発揮できるよう、駐屯地や後方業務の効率化・合理化を図らなければならない。さらに、限られた人的資源を有効に使うため、無人装備の導入の検討を進めるべきである。

[3]海上防衛力
海上防衛力として、平素からの日本周辺海域でのISR活動や国際平和協力活動を通じ、また、米軍および他のパートナー国の軍隊との緊密な協力の下に、海洋国家日本にとって極めて重要な海洋利用の自由を守り、シーレーンの安全を確保する能力を一層向上させる必要がある。

離島防衛やミサイル防衛等の事態が生起した時には、日本周辺海域に日米の海上部隊が展開できるようにしなければならない。このため護衛艦、哨戒機、潜水艦といった装備について、性能向上を図りつつ全体として質量を効果的に確保する必要がある。護衛艦、哨戒機については今後の大量除籍時期を見据えれば隻数・機数の減勢は避けられず、艦齢・耐用命数の延伸、あるいは地域配備の護衛艦の機動運用化等、一層の柔軟性、効率化を図る必要がある。一方で、有効な水中監視能力を一層向上させる必要があり、艦齢を延伸するなどして、潜水艦を増強することを検討すべきである。また、特別警備隊のような部隊も、多様な事態に対応するために維持する必要がある。

[4]航空防衛力
航空防衛力として、日本の周辺空域における防空戦闘能力をさらに向上させる必要がある。現代の航空戦は、戦闘機のみならず、これを支援する総合的な機能がネットワークとして一体的に機能することが肝要である。そうした点を考慮すれば、今後の航空防衛力は量を質で優越することを追求することが重要である。これを実現するため、冷戦期を前提とした現状の手厚い対領空侵犯の態勢について見直しを図り、新戦闘機の導入、現有機の性能向上、早期警戒管制機、電子戦機、空中給油機等の各種装備を含め総合的に航空防衛力を構築する必要がある。なお、性能が陳腐化し、性能向上を図ることが難しい装備については早期に廃止することも考慮する必要がある。

また、空中、特に高々度でのISR能力を高める必要がある。それは単に航空戦闘のためだけではなく、自衛隊全体の運用のため、外洋や陸上部を含めた情報を含む。なお、情報収集に関しては、リスク回避が可能な無人機を含めた様々な方式を検討すべきである。

露天の滑走路は、ミサイル攻撃に対し本質的に脆弱である。弾道ミサイル・巡航ミサイルの脅威が増大している現在、基地被害を極小化しつつ、基地機能を速やかに回復できるような能力(base resiliency)、さらには代替滑走路を使用しうるような装備、運用の柔軟性に配慮する必要がある。

さらに、即応性や緊急展開能力、海外活動のための支援能力の必要性に鑑みると、航空自衛隊は長距離の輸送能力を強化するとともに、その整備には統合的視点から全体の輸送所要を考慮する必要がある。

[5]国際平和協力活動強化のための体制整備
自衛隊の本来任務となった国際平和協力活動は、グローバルな安全保障環境の改善に寄与し、同時に日本のプレゼンスを国際社会に示すという重要な課題であり、今後さらに積極的に参加していくべきである。近年の自衛隊の国際平和協力活動への参加実績は、他の主要国の国際派遣実績と比較して十分な水準とは言えず、改善の余地がある。

国際平和協力活動は、国土防衛のための訓練や災害派遣の実績により培った自衛隊の能力を援用することが基本である。一方で、海・空の長距離輸送能力の強化、衛生・施設等のニーズの高い機能、統合運用体制の整備など、国際任務に適合的な能力を増強する必要がある。特に迅速に海外に機動・展開した後、持続的に活動することを可能にする部隊交代の態勢や後方支援態勢を確保すべきである。

国際平和協力活動は、日本から地理的にも文化的にも遠く離れた地域で行われることが多い。したがって、一朝一夕には獲得できない日本の周辺地域以外の言語・風俗習慣・地理的条件・自然環境といった情報は事前に蓄積するか、あるいは蓄積された情報にアクセスすることができるように平素から情報収集・交換をしておくとともに、言語、現地事情に関する隊員の教育訓練を計画的に行い、いくつかのシナリオに沿った派遣が可能な人材のプールを作っておくべきである。また、海外活動の拡大と並行して、任務遂行に当たる隊員のみならず、負傷・帰還した隊員やその家族へのケアをしっかりと行う体制を整備する必要がある。


第一章 第3節  戦略と手段 目次 第三章  防衛力を支える基盤の整備

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