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尖閣沖漁船衝突事件について(その五)2010/10/29

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pipopipo555jp

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尖閣沖漁船衝突事件について(その五)2010/10/29


 河内謙策と申します。(この情報を重複して受け取られた方は、失礼をお許しください。転送、転載は自由です。)

 私は、今回の尖閣沖漁船衝突事件が非常に重大な問題であると考え、様々なMLに「尖閣沖漁船衝突事件について」「尖閣沖漁船衝突事件について(続)」「尖閣沖漁船衝突事件について(続続)」「尖閣沖漁船衝突事件について(その四)」を投稿してきました。私は、今回の事件を、(1)今回の事件の真相について、(2)中国はなぜ大騒ぎして、日本に対し「力の外交」を展開しているのか、(3)菅内閣の態度をどうみるか、(4)日本の平和活動家のとるべき態度について、(5)頑張れ日本!全国行動委員会の組織しているデモをどう評価するか、の5つの論点に分けて論じてきましたが、中国の「監視船」が再び尖閣諸島周辺に現れるという新しい情勢になってきていますので、(6)尖閣諸島および周辺に自衛隊を配備することについて、という論点を追加させていただきたい、と思います。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20101025/k10014793061000.html

 本日は、上記(1)(5)(6)の論点につき論じさせていただきます。

 <今回の事件の真相について>

 この論点の中でも、尖閣諸島が日本領か、ということが大きな論争点になってきました。国際法に基づけば尖閣諸島が日本領であることに問題はない、という私見に対して、何人かの方から疑問や批判が寄せられました。

 彦坂諦さんは「『領土問題』を『領土問題』として論ずること、まして主張することは、意味がないだけでなく平和を傷つける」という立場にたって、「〔この島のまわりの〕海では沖縄の漁民も、中国福建省あたりの漁民も、台湾の漁民も、昔から漁をしてきたのだと言われます。だとしたら、国籍とか民族の差を言い立てるより、そこで生計を立てているひとたちのくらしを妨げないようにすること、これが何よりもまず必要なのではないでしょうか?」と主張されています。

 しかし、現実は厳しいものです。彦坂様は、なぜ、尖閣諸島が日本領かどうか、という論点を避けられるのでしょうか、なぜ、今回の漁船長を公務執行妨害で逮捕したことが適法だったか、という論点を避けられるのでしょうか。その論点にたいする明確な態度がなければ、海上保安庁は行動を決めることはできませんし、漁民もどこで操業してよいか、分かりません。中国の船が突っ込んできたときに「領土問題」を無視して、何を中国の船に言うのですか。この論点を避けてきれいごとを言っても、現実逃避の空想的平和論だと言われるだけです。彦坂様が「平和を傷つけ」たくないと考える気持ちも分かりますが、それは正しく「領土問題」を論じる方向でしかありえないと思います。※1

※1 彦坂さんは、平和構築のためのオルタナティブな提案をしているのに、河内謙策さんは聞く耳を持たないで一蹴されるわけですね。

 それに、彦坂様が沖縄の漁民も中国福建省の漁民も尖閣の周りの海で「むかしから漁をしてきた」といわれますが、私の知っている限り、1970年代以降についていえば、この議論は誤りです。1970年12月に中国が始めて尖閣諸島は中国領だと宣言して以来、尖閣諸島周辺は波立ち始め、中国の横暴が問題になってきたのです。その歴史を無視して「ユートピア的」尖閣像を描いても、中国の横暴を免罪する議論だといわれるだけでしょう。

※2 それは、この前うかがった元日テレのディレクターさんの、3回も魚釣島に取材した方の体験違いますね。

 中国政府と中国共産党は、「平和な島」で生きてきた私たち日本人の想像を超える存在です。このことを念頭におかないかぎり、中国に関係した問題は見通しを誤ります。※2

※2 そんな敵意を主観的に言われましても困ってしまいます。きちんと機会を見て論述してください。

私たち日本人には、中国人は日本人と同じで誠意を見せれば通じるはずだという安易な思い込みがあります。しかし、紛争の際、日本人の感覚で「誠意」をみせれば、中国人(もちろん大多数の中国人ということです)は、「こいつは弱気になっているから今がチャンスだ、もっと攻めろ」と判断し、日本人の「期待」は、ほとんどの場合、裏切られます。わたしは、中国人と日本人は最終的には分かり合えるはずだ、という希望を捨てていませんが、そのためには、中国の誤りを大目に見てやったり、善意で理解しようという態度をとっては逆効果なのです。毅然と国際的基準で中国人の誤りを指摘するしかないのです。それは、けっして排外主義でも、中国人を劣等にみることでもないのです。

 ぜひ、中国が南シナ海でやってきたことを検討してください。以下のyoutubeの動画をみてください。中国人民解放軍の虐殺行為を直視してください。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4662
http://www.youtube.com/watch?v=Uy2ZrFphSmc

 近藤ゆり子さんは、「『国際法』は固定化したものではなく、変遷していくものです。『日本国憲法9条』を大事に思うなら、『国際法の現状(限界)』を変えていくべく努力していかなければなりません」と私見を批判されました。

 しかし、私たちの議論はグローバルな国際社会の中で行われているのです。近藤ゆり子さんの議論を日本の政府が国際社会に向かって発言すれば、「国際法は変わるから守らなくていいと言うのか」という批判が巻き起こり、日本の国際的地位は一挙に崩落するでしょう。日本はあくまでも国際法を守る、を旗印にすべきなのです(もちろん、例外の存在を否定することではありません。)。

 また、尖閣諸島問題を国際司法裁判所の判断により解決するというかすかな希望を捨てるわけにはいきません。そうであれば、国際法にもとづくアプローチは当然なのです。

 それに、訴訟において、〔A〕必ずしもきれいな論理ではないが、その論理でいけば勝訴の可能性が大きい場合、〔B〕きれいな論理だが、その論理でいけば勝訴の可能性が薄い場合、の二つの場合が存在するときには、〔A〕を選択するのが大人の知恵というものです。今回の問題にあてはめれば、国際法によるアプローチが〔A〕であり、政治論によるアプローチが〔B〕です。近藤ゆり子さんは〔B〕を選択されようとしています。それは政治の世界と学術研究の世界を混同されているのではないでしょうか。

 今回の尖閣沖漁船衝突事件は、日本だけでも、日本と中国だけの事件でもありません。世界の人は、中国帝国主義、中国覇権主義に対処するテストケースとして見ています。日本が道理・道義を貫くのか、中国の横暴に屈服するのかを注視しています。だからこそ、李登輝が尖閣諸島は日本領だと言ったとたんに、とんでもない事態が発生しているのです。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1020&f=politics_1020_019.shtml

 <頑張れ日本!全国行動委員会の組織しているデモをどう評価するか>

 私は、「尖閣沖漁船衝突事件について(続続)」の中で、頑張れ日本!全国行動委員会の組織した「10月2日のデモについて国民の右傾化を心配するメールがネットに現れましたが、私は国民の右傾化を心配するよりも、日本を思う人たちとの連帯を考えるべきだと思うのです。10月2日のデモについては、以下のサイトを見てください。」と書き、以下の2つのサイトを引用しました。
http://dogma.at.webry.info/201010/article_2.html
http://www.melma.com/backnumber_45206_4985751/

 これに対し、多くの方から疑問と批判が寄せられたので、私は、「尖閣沖漁船衝突事件について(その四)」の中で、再度、この問題を論じ、10月2日のデモを「参加者の気持ちから考えても、スローガンから考えても、日本を思う人たちのデモだ」と評価したうえで、上記に述べた「連帯」の意味につき、「連帯の形はいろいろあるでしょうが、私の最も追求したい連帯の形は、まず、日本の『左翼』や『平和主義者』自らがデモを組織し、中国大使館と首相官邸に押しかけるべきだと思います(私を批判する人は、なぜ中国大使館や首相官邸のへのデモを呼びかけないのでしょうか。不思議です。)そのときのスローガンは、中国の横暴を許すな、日本の尖閣諸島・日本の主権を守れ、菅内閣の弱腰糾弾、自衛隊の尖閣諸島への配備反対、であるべきだと思います。そして、そのようなデモが組織されるのであれば、10.2デモの参加者やそれと同じ気持ちを持っている多くの人に『日本を中国の横暴から守らなければならない、という気持ちは、貴方たちと一緒です。ただ私たちは、尖閣問題の軍事的解決には反対です。ぜひ私たちのデモにも御参加ください』と言いたいのです。」と書きました。

 しかし、私が以上のように書いたことにつき、東本高志さんが激しい批判を展開されました。東本高志さんの見解は、以下のサイトを見てください。
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/8847660.html
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/8848138.html
http://blogs.yahoo.co.jp/higashimototakashi/8848173.html

東本高志さんの見解に対し、私は到底納得できません。

 第1に、東本さんが私の見解に反発されていることは分かりましたが、その前提である私の見解をどのように把握されているのでしょうか。東本さんは、私が田母神俊雄氏との連帯を考えているかのように論じておられますが、私は「日本を思う人たちとの連帯」以上のことは言っていません。「尖閣沖漁船衝突事件について(その四)」でも、私の追求したい連帯の相手として「10.2デモの参加者やそれと同じ気持ちを持っている多くの人」と述べています。東本さんは、私が上記2サイトを紹介したことを根拠にされるかも知りませんが、私は「10月2日のデモについては、以下のサイトを見てください」としか言っていません。また、私がデモの性格を判断するに当たってデモのリーダーの思想一色で見る見方に反対していることは「尖閣沖漁船衝突事件について(その四)」を見ていただければ分かるはずですから、10.2デモのサイトを紹介したからといって、私が田母神俊雄氏との連帯を考えていることにはなりません。したがって、私の見解を田母神俊雄氏との連帯という形にして批判するのは、他人の見解を偽造して批判することです。(なお、誤解をさけるために一言述べれば、私の考えているデモのスローガンに賛成し、デモの秩序を守ることを田母神俊雄氏が認められれば、私は田母神俊雄氏のデモ参加を認めます。東本氏が私を批判しているのは、この部分ではありません。念のため。)

 第2に、「尖閣沖漁船衝突事件について(続続)」で述べたことを更に詳述し、「尖閣沖漁船衝突事件について(その四)」で述べた、私が考える連帯の形につき(この内容は既に上記で紹介しましたので繰り返しません)、東本さんは、なぜか触れていません。ここが今後においては一番大きな問題になるはずなのに、いったい、どうしてでしょうか。私は、東本さんが、私の主張を捻じ曲げて批判するために、自分の都合の悪いところをカットしたとしか判断できません。

 第3に、論争は自己の見解と相手の見解を対置して論ずることにより実りあるものとなります。しかし、東本さんは、相手の見解に自己の見解を対置する努力をしていません。10.2デモが「右翼のデモ」というのであれば、どうするのですか。参加者にデモをするな、というのですか。参加者のデモ行進の自由を実力で奪うのですか。デモの参加者に何を呼びかけるのですか。東本さんの見解は分かりません。

※河内謙策さんは何を呼びかけたのですか?

 これでは、私がいつも言っている、“相手を攻撃して論破すれば自分の正しさが証明された”と勘違いしてきた、過去の左翼の一部の誤りを繰り返すだけなのではありませんか。また、一点突破で執拗に相手を攻撃することで相手を精神的に参らせるという過去の左翼の一部の戦術と同じではありませんか。

 私は、東本さんの論争態度はきわめて不可解であり、この論点についての東本さんの態度は、正常な論争態度をはるかに逸脱していると言わざるをえません。


 <尖閣諸島およびその周辺に自衛隊を配備することについて>

 中国の監視船が尖閣諸島周辺に出現したというニュースは、多くの人に“やはり”という感想を与えたのではないかと思います。9月の事件は、偶然のものではなかったのです。中国の海洋戦略・覇権戦略に基礎をおく問題であるから、中国は簡単に引き下がらないのです。

 今年の6月(!)には、南シナ海で以下のような事件が発生しています。少し長い引用ですが我慢してください。

 「2010年6月22日には、南シナ海の、インドネシアが自国の排他的経済水域(EEZ)だと主張する海域で一触即発の事態が発生した。中国漁船団がインドネシアのEEZ内で操業をはじめ、インドネシア警備艇が一隻を拿捕した。まるで拿捕を予測して待機していたかのように、30分後、中国の漁業監視船が駆けつけ、解放を要求した。軍艦を改装した排水量4450トンの大型船の出現にインドネシアは中国の要求を飲んだ。インドネシアは翌朝、海軍の応援を得て再び中国漁船を拿捕したが、中国の圧倒的力の誇示の前に、再び譲歩せざるを得なかった。暴力装置としての海軍力を誇示して、支配権の確立を進める中華帝国の手法が罷り通ったのである。」(櫻井よしこ「序論対中国『大戦略』構築のために」、櫻井よしこ・北村稔・国家基本問題研究所編『中国はなぜ「軍拡」「膨張」「恫喝」をやめないのか』文藝春秋刊、19頁)

 このように誰の目にも「尖閣諸島問題が簡単には終わらない」ということがはっきりしてくる中で、日本の保守派の論客の一部からは、自衛隊の尖閣諸島およびその周辺への配備が大きな声で主張されはじめました。また、習近平の軍事委員会副主席就任により、このような自衛隊配備を要求する声が大きくなる可能性があります。中国共産党内のことは分からない点が多いのですが、以下のサイトは参考になると思います。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report4_2218.html
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4702?page=2

 自衛隊の尖閣諸島およびその周辺への配備の問題については、「沖縄の自衛隊強化と陸上自衛隊の増員に反対する市民の共同声明」のような先駆的努力も始まっていますが、まだまだ反対運動が弱いと思います。これを強化する一方策として、尖閣諸島およびその周辺への自衛隊の配備に反対する論理を検討すること、すなわち、平和主義者にとって一見明白だと思われる論理を、改めて再検討・再構築することを提案したいと思います。この問題は、単純な9条守れというだけでは、広範な国民を結集するのが難しい問題だと思うからです。

 私の反対の論理は、以下の4点です。皆様の御検討をお願いいたします。
(この問題を考える上では、過去の森嶋通夫VS関嘉彦・福田恆存論争が参考になりま
す。森嶋通夫『日本の選択』岩波書店、参照)

(1) 自衛隊の配備は明らかに「国際紛争を解決する手段として」「武力による威嚇または武力の行使」を意図するものであるから憲法9条1項に違反します。また実際に武力紛争に発展すれば「交戦権」を行使することになり9条2項に違反します。このような見解に対しては「憲法原理主義だ」「国家には憲法より大事なこともあるのだ」という悪罵が浴びせられるでしょう。私は、日本国家が超憲法的措置をとることを日本国憲法は否定していないと考えていますが、今回の事態は国家存立にかかわるような緊急事態とは言えず、これに該当せず、政府が憲法に違反した措置をとることはできない、と考えます。

(2) 菅内閣の態度は、尖閣諸島問題の平和的解決の努力を十分にしておらず、そのような状態で軍事的措置を先走らせることは憲法の平和主義に反します。私の考える平和的解決の努力とは、日本国民の団結を基礎に、国際的に中国の横暴をやめさせる包囲網を形成すること、中国国内の自由と民主主義を求める勢力や諸民族に対し連帯・支援することです。

(3) 尖閣諸島の問題は、中国の覇権戦略・海洋戦略にとって死活的重要性をもつがゆえに、中国も日本の軍事力に「対抗」して軍事力を使用する可能性が極めて大きく、そこから戦争という事態に発展する可能性や発生した戦争が尖閣諸島に限定されない可能性も大きいと判断されること。(憲法9条をめぐる過去の歴史的論争で明らかなように、日本国家は戦争を避ける努力をするべきであるが、それは中国に対する屈服を意味するものではない。)

(4) 尖閣諸島への自衛隊配備を主張する論者の多くは、中国の態度が不当だから軍事力を使え、という単純な議論であり、中国の戦力の内容や出方の吟味、戦争がどのようになるかについて冷静で科学的な検討をしていない。これでは、戦争は負けるかもしれないが戦争をするしかないと考えて「太平洋戦争」を始めた過去の指導者と同一の、感情的で無責任な議論と言わなければならない。
                    (2010年10月28日記)


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