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書評「疑惑のアングル 写真の嘘と真実、そして戦争」新藤 健一著

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書評「疑惑のアングル 写真の嘘と真実、そして戦争」新藤 健一著



by Watanabe1937

「謎解き」が狂わせるプロの目

(「おすすめ」レビューにはならないが、Amazonの書評には長すぎるので、こちらに投稿したい。)

本書の著者は『映像のトリック』(講談社現代新書)や『写真のワナ』(情報センター出版局)を書いているが、同じ著者の本とは思えない内容で失望した。


(1)まず著者の歴史に対する姿勢である。


著者は本書を書くきっかけは、爆撃された上海南駅構内で泣き叫ぶ赤ん坊の写真で、それは「やらせ」だったという。(pp.7-8)

問題の写真や他のメディアに掲載された写真を並べ「演出撮影されたと考えられる」(p.234)というのであるが、それが事実なら、ニュース映画は「やらせ」の現場を撮影して公開したものだという奇妙なことになりはしないだろうか。著者は『ライフ』(1937年10月4日号)の記事を十分読みこんでいないため、不要の詮索をしているのである。

『ライフ』は問題の写真の右頁で、この幼児がボーイスカウトによって応急処置されている写真を掲載している。幼児の左腕が失われているのが分かる。著者はこの写真を見落としているのである。幼児が「座いす」にちょこんと座って泣いているというのであるが、右頁の写真を見れば、それが衣類の一部であることは歴然としている。

また、問題の写真はムービートン・ニュースからのコマ抜きだというのであるが、記事によればニューズ・オブ・ザ・デイで公開され、それがムービートン・ニュースに売られたとある。著者はニューズ・オブ・ザ・デイがハースト・メトロトーン・ニューズが改称されたものであることを知らないため混乱を生じているのである。

撮影者のH.S.ウオンはハーストのニュースカメラマンであるから当然ハースト系で映画が公開された。事件は8月26日、そのニュース公開の日付は9月15日である。フィルムは直ちに米国に送られ、現像もコマ抜きも米国の映画会社が行ったのである。著者は元の映画を見ることなく結論しているのであるが、慎重さに欠けるのではないだろうか。

また、このような判断の背景に著者の歴史知識の乏しさを感じないわけにはゆかない。問題の写真で「国際世論は大きく反日に傾いた」というのであるが、それは史実と異なるのではないか。そして「日本の満州建国は国際連盟で批判され」(p.7)と続く。あまりにも時代が違う。

著者はイラク戦争についても、衛星写真の「映像神話」に騙されて米国の介入が容認されたというのであるが、そんな単純なものであろうか。

ウオンはこの写真がきっかけで身の危険を感じ香港に脱出したと証言している。歴史では、数日、数ヶ月の時間差で物事の意味が変わってくる。不充分な記述の史料をもとに、ウオンが中央宣伝部のカメラマンであったかのように書くのは杜撰であろう。

現代の事件でも多くの取材を重ねて記事にするはずである。何十年も前のことであれば、なおさらである。一人の記者の回想ひとつで南京事件を概観したり、二次情報だけで結論付けるのは杜撰といわざるをえない。


(2)次に技術的な問題である。


『横田めぐみさんの「合成」は本当か』でも杜撰な個所がある。「素足なのに、左右の足の影の幅が異常に違う」という疑問に対して、著者は「左右の足は向きが異なるので影の大きさも異なる」(p.17)という。しかし、実際にやってみれば分かることだが、いくら足の角度を変えても、写真のような「幅が異常に違う」状態を再現することはできない。実は、幅の広い影は足のものではなく、着ている衣類の影が投影したものなのだ。きちんと検証してから書くべきであろう。

また、『「木がモヤモヤ」とした部分は短冊状の画像の切り貼りを繰り返している個所で、拡大すると長方形の薄い白枠が随所に残っている」』(p.17)「手を加えた部分には何か見られたくない被写体が写っていたということははっきりした」(p.19)という。それなら「合成」は誤報ではない、と著者は書くべきであろう。

しかし、拡大しなければわからないような短冊状の画像をペーストして写真修正などするであろうか?不審に思いよく本文を読むと「300dpiの解像度で」という個所があった。(p.14)写真を掲載した「救う会」のHPにも確かにそう書いてある。ところが、画像をダウンロードしてみると300dpiではなく74dpiであった。それを拡大したので短冊状のノイズができたにすぎないのである。プロの写真家としてはお粗末ではないか。

写真一枚を前に、ここがおかしい、あそこがおかしいと言うだけでなら素人の領域といわざるをえない。ただのニュース映画・写真を疑い、その一方で怪しげな「9.11テロ謀略説」を「これだけの理由」(p.24)と自ら検証することなく受け売りしてしまう、「謎解き」は、かくもプロの目を狂わせるものなのか。


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