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情報局の戦争報道の指導=毎日新聞「検閲週報」の証言1

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                                    <2005年1月>
『兵は凶器なり』(46)    15年戦争と新聞メディア      1935-1945

情報局の戦争報道の指導=毎日新聞「検閲週報」の証言①

                                    前坂 俊之
                              (静岡県立大学国際関係学部教授)
以下は『戦時情報局の役割-発見された毎日新聞「検閲週報」の証言から』(新聞研
究1975 年1 月号)
                        田中菊次郎(東洋大学教授)
1973 年(昭和四十八)春、毎日新聞検閲部の「検閲週報」の数冊の綴じ込み612ペ
ージが同社横浜支局の新館へ移転する大掃除の際に、発見された。
検閲部が各支局へ検閲情報を伝えるためにプリン卜したコピーが焼却の運命を免れ
ていた。粗末なワラ半紙にタイプ印刷され、極秘の未印が押されている。
この「検閲週報」綴じ込みは、昭和十七年八月から十八年十一月に及ぶものだが、十
八年六月から十月までは欠けているので、実質は十ヵ月の資料である。
 「検閲週報」の、この時期はミッドゥエー海戦の後の戦局の転換期に当たり、太平洋
ではガダルカナル撤退からアッツ全滅、ヨーロッパではドイツ軍のスターリングラード
降伏、国内では、国家総動員法による根こそぎ動員が、そのひずみを表し、国民経済、
生活、文化各方面に戦争の矛盾が噴き出し、一方ではビルマ、フィリピンの独立、大
東亜会議の開催といった時点であった。
こうした時期に、戦時情報局が何を考え、新聞に何を求め、新聞がどう対応したかを、
「検閲週報」は事細かに記録している。
 「検閲週報」の種類は三つある。
①『検閲週報」 (第一号は昭和十七年八月三十日)である。毎週1 回、週間における
新聞記事差止事項、関係当局の申し入れ、掲載記事に対する当局の注意に解説を
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加えたもので、地方支局で原稿を書くのに参考になる検閲摘要である。
②第二は「差止解説」(第一号は昭和十七年九月九日)で、検閲についての内務省連
絡会議の記録が随時発行された。
③第三の「情報局懇談会報」(第一号は昭和十七年九月二十三日)は、情報局の検
閲担当部門である第四部と新聞各社検閲部長との懇談会が、毎月第二、第四水曜
に開かれた記録である。
この会合は時局と新聞指導の問題を中心に意見を交換した。当面の検閲事務を離れ
て、さらに高度の言論指導、時局の動きなどについて話題を交わす建前であった。懇
談会報はあまり残っていない。これは差止解説に、その内容を吸収していったものと
みられる。
 いま、この三種頼の「検閲週報」を内容別に分類し、戦局の転換に伴う「世論指導・
軍事報道」「社会・経済」「枢軸外交・外電」の三つに分け、その主なるものを拾った。
『検閲週報」のトップには『時局と検閲について」と題して検閲部長・北条清一が次の
ように書いている。
 「大東亜戦開戦以来、特に検閲が厳重になって、新聞紙面に現れる過半数の記事
は、検閲当局の眼の通ったもの。従って新聞紙における検閲の仕事、非常に重要性
な持ち、検閲部員は火薬工場に働いているような気持で、責任の重大さを痛感してい
る」
これは、いったん差し止め事項に違反したときは、たちまち新聞の発売禁止となり、総
動員差し止めや検事差し止め、軍関係の場合は関係者が起訴される。まかり間違え
ば新聞発行停止、廃刊にもつながる厳しさであった。
禁止処分の下には厳重注意、その次が注意処分、それから指導注意、不問という段
階があった。
 検閲は、大本営陸海軍と情報局の二本立てで、まず陸軍の作戦、戦況または占領
地の政治問題などは、一切大本営の検閲を要し、海軍関係の記事も一切検閲で許
可したもの以外は新聞にも掲載させなかった。
また情報局の検閲(これは内務省検閲と同じ)は軍事関係を離れた、あらゆる問題を
取り扱い、外交、国際情勢(外電)に及んだ。
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 また、当時の検閲指令は非常に多く、差し止め事項は「総動員法による禁止事項」
約50件、内務省の「編集注意」約80件、治安関係の内務省差し止めが約10件、検
事差し止めが約20件で、合計160件あることが一覧表として表示されている。
ほかに各種の法令による指令があり、これらにとり囲まれた検閲状況を「全くがんじ
がらめ」と表現している。
以上のような概括説明のあと、検閲部長はこう結んでいる。
 「そのほか物資不足とか、配給不円滑に対する非難の記事とか、あるいは時局に対
する不平、不満の記事、政府や地方当局者の措置に対する非難の記事、また時局犠
牲者の窮状な刺激的に扱うというようなことは、すべてご遠慮願った方がよいものと
思う」
 この結論は、検閲部長としての立場からの声である。検閲部としては、当局とのトラ
ブルな避け、新聞な無事に発行させること、それのみを念願する希望的意見であっ
た。
編集局各部はこれを、そのまま肯定したわけではなかった。あるときは「、かんじ、か
らめ」 の網の目をくぐり抜ける工夫もあり、あるときは「竹ヤり事件」のように戦指導
批判に決然と立ち上がったのをみても、そのことは明らかである。この「検閲週報」で
も、新聞は情報局、軍にも発言し、枝葉末節にわたる言論統制に対し、しばしば申し
入れを行い、その修正を求めている。
毎日新聞「検閲週報」(昭和十七年)<世論指導・軍事報道>の内容
 戦局の転換期に当たって情報局はもとより、軍の指導方針は幼稚・単純を極め、弾
力性を欠いていた。しかも戦局悪化の責任を国民の努力不足と叱りつけるのみであ
った。新聞検閲方針は硬直していた。アッツ玉砕の記事取扱制限はその典型である。
 ○差止解説第一号(昭17・9・9) <情報局第四部から新聞への注意>
「国民の楽観を戒める意図で新聞を作ってほしい」
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 1、米国の軍状、すなわち建造状況、兵備状況、生産力拡充など、敵側の宣伝に非
ざる実相は検閲の上許可される
 1、敵側の邦人虐待状況に閲し、これを新聞で扱ってもらってはどうか研究中
 1、九日付「都」のルーズベルトの炉辺談話のみだし「日本軍の戦力優勢」(三段)は
本文中ならよいが、これは国民の楽観的気分を誘発するものとして困る
 1、スターリングラード陥落の扱いについては、ソ連はもはやダメなのだといった印象
と楽観的気分を与えぬよう注意
 今後は意識的に国民の楽観を戒め、油断はできないということを指導して頂きたい。
急いでやると紙面が暗くなる恐れもあるので、漸進的にやって頂ければよいと思う。
<差止解説(同上)>
 〇九月四日付-准士官、下士官の二階級進級に関する件は該当者が非常に多く、
扱い方如何で部内に不平不満を誘発する懸念があるので、特筆すべきものは軍で発
表する方針である。
 ○情報局懇談会 九月二十三日の席上<懇談会報第一号(昭17・9・23)>
 報道部広石少佐-結論から先にいう、中央地方ともに国民の士気がダレ切ってい
る、世論指導に十分注意してもらいたい、これは陸軍全部の意向としてお伝えする。
報道部へ毎日各方面から新聞はなっていない、もっと指導しろとの注意が二、三あ
る、

……(機密事項に及び)軍需会社の重役から職工まで楽観しすぎている。中には軍
需用として渡された原料資材(鉄)を十分使わず、七分位使って、残る三分を巷の鉄
工場ヘヤミで売って私腹をこやしていたものがある。
ある工場で鉄の棒がなくなった。調べてみたら少年工が遊興費に窮して盗み出したも
のである。
 問 - 国民を楽観的にしたのは軍部の世論指導の失敗である。今日まで軍がそう
いう風に新聞を指導してきたかどうか。
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 答 -いかにも欠陥があった。緒戦当時はアレでよかったのだが、この方針の転換、
切り換えの時期が遅きに失したのだ。その点はわれわれも認める。それを認めて切り
換えを断行したのだから、新聞もわれわれの指導に従って国民の士気を振作し、人
心をひきしめるような記事をどしどし紙上にのせてもらいたい-
○十月一日 海軍から申し入れ<週報第六号(昭17・10・4)>

今後の新聞編集に関して、軍令部指導として海軍報道部田代(格)中佐から申入れ。
 1 国民の楽観気分を払拭して、石にかじりついても戦い抜かんとする必勝の信念
を強固にさせる必要がある
 2、従来のわが宣伝方針は一途に米英撃砕ということに重点をおいていたため、国
民を楽観的にしてしまった。今後はある程度、米英側の異相を知らせ、より緊張
させる
 3、わが第一線部隊の労苦を知らせる
 4、わが作戦の方法とか、予想または将来の判断等に関しては二切触れざること
 5、大本営発表の如きは従来より心もち地味に取り扱うこと、従ってなるべく横見出
しは用いない方がよいー一
○ 十月五日 海軍から申し入れ週報第七号(昭17・10・11)
 鎌倉丸で帰るシドニー攻撃の特殊潜航艇四勇士は軍神扱いせざること
○ 浮虜処断の布告<週報第九号(昭17・10・25)>
十九日発表になった、わが本土空襲の米浮虜処断に関する布告の各社扱いは、軍
の意図するところと合致し、軍でも非常に喜んでいる。米機がわが学校や民家を銃
爆撃した悪虐非道に対し、国民の敵愾心を煽ることが軍の意図するものの一つで
あった。
アメリカにおいて「浮虜の処断は野蛮であり、国際法規を無視したものである」とい
う外電反響があったが、不許可となった。これを是正する反響、例えば枢軸側からの
外電などで、検閲に出せば通る場合もある-
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〔注〕 陸軍は十月十九日、本土空襲の米機搭乗員を死刑または重罰に処する旨布
告した。
 ○十月二十七日 海軍の南太平洋海戦(ガダルカナル攻防戦)記事の指導方針<
週報第十号(昭17・11・1)>
 l、わが方の損害を従来の如く小さく取り扱わざること
 2、わが方の戦果を誇示せざること
 3、今回の発表を転機として国民の 楽観的気分を一掃すること。
 ○情報局では大東亜戦争の現段階に即応する世論指導として、大様つぎの方針
によることになった。<差止止解説第十五号(昭17・12・1)>
すなわち必勝の信念に動揺を来たさしめない限度において国民の安易感を是正し、
挙国戦争完遂に邁進するために
 l、今次の戦争は皇国の興廃にかかわるものなることを強調すること
 2、国民に長期戦に勝ち得る覚悟を教訓するとともに、国民の緊迫感を希薄ならしめ
ないこと
 3、敵国国民の戦意ならびに対戦争努力を、ことさらに軽視せんとする報道をしない
こと
 4、敵側の専横なる言動、非人道的行為、または我らに対する誹誘はなるべく国民
に知らしめて敵愾心の高揚を図る
 5、敵側が軍備に狂奔している状況を知らせて国民の注意を喚起し、国民の安易感
を是正すること、ただし敵側の生産拡充などを誇大に評価しまたは過小に評価
するは、いずれも不可
 6、防空の必要なることを外国の例をあげて強調すること
 7、戦争完遂のためには、現在の如き戦争努力では足らず、さらに士気を高揚して
国民のすべての力を、戦勝への努力に傾注しなければならぬ。それには生産力
拡充と貯蓄の増進に総力を挙げるよう強調すること
 8、南方の資源ならびに建設の状況ほ
は軍事的秘密にわたらぬ限りなるべく国民に知らせて士気の振興を図ること
 9、物資の窮迫が経済統制に起因するものなるがごとき誤解を払拭すること、困苦
欠乏に耐えて戦争に打ち勝つべく強調すること。
 〇一月十三日 十四日付夕刊二版、<週報第二十二号(昭18・1・17)>
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 上海特電の「醜態暴露米英の勢力争い」のトップ記事、袖みだしに「大英帝国の解
体は必至」とやったことが、国内に楽観気分を醸成するものとして任意処分になった。

〇二月九日 ガダルカナル及び二ュギニア方面部隊の転進発表について<週報第
二十六号(昭18・2・14)>
 陸軍クラブ中村君より左の申し入れあり。本日のガダルカナル島方面の発表に伴う
現地からの原稿は一切不可、発表と陸軍からの前書だけが本日組み込まれ、現地
からの記事は明日組み込みの朝刊から陸軍当局の検閲の上許可される。
 右により、たくさん保留となっていた現地からの記事は全部本社に戻され、改めて書
き替えたものを検閲に出すことになっている
 ○推薦選挙反対有志代議士会 二月十六日<週報第二十七号(昭18・2・21)>
 この日、推薦選挙反対有志代議士会が開かれ、実行委をあげて反対決議案を来る
べき本会議に提出するとの記事が検閲に出た。
押し問答の末「反対の文字、実行委をあげて反対決議案を掟出するという点、反対に
賛成の代議士数」は困る、研究懇談会という表現でやってもらいたいとの希望があっ
たが、それでは事実を歪曲した報道となり、かつ言論の抑圧となる恐れがあり、重ね
て折衝の結果、同盟(注・通信)からも検閲に出たが、上司と相談の結果、記事扱い
はやむを得ぬということに決定した。
ただし同盟は「反対の機運昂まる」という見出しが出ているが、こうした積極性を持た
せず、扱いに御注意願いたいということで先方が折れた
 〔注〕 翼賛選挙は四月三十日に行われ、翼賛政治体制協議会推薦四六六人と非
推薦六一三人の立候補者が争い、当選者は推薦三八一人、非推薦八五人であっ
た。
○ <敗退を転進に指導=差止解説第二十七号(昭18・2・16)>
南太平洋方面作戦の後退展開に関しては、議会における軍務局長の説明の線に
浴って今後の記事扱いをなし、あの線を逸脱せぬように。
国民に皇軍後退の印象を与えることは面白くないので、後退展開の文句をやめ、今
後は「転進」の字句を使用するようにとの意見が出ており、これについては軍から改
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めて何分の決定通達がなされることになっている。
また後退展開に閲し、種々の憶測が行われているようであるが、作戦に対する偏狭
なる観測から、これを誹謗したり、或いは反軍反戦的な色彩が出てくると厳重な取り
締まりをうけることはもちろんである。
 二月十一日付読売は議会における南太平洋方面の後退麒糊に関する政府側説明
に対する見出し「断じて失望満胆無用」の表現が印象はなはだしく悪いとあって、一部
にほ強硬な禁止処分諭も出たが、結局次版削除
 〇差止解説第二十九号(昭18・3・2)
三月二日 奥山陸軍報道班員の「前線航空基地をゆく」の記事資料が発表になった
が、これは例の「後退展開」の戦略に疑惑をもつものがあるので、銃後の士気高揚の
ため発表になったもので、従って使用は国内だけである。
 後退展開は古い作戦用㍍であって印象も悪いため、軍の希望もあり、今後は「戦略
展開」ないしほ「転進」の字句を使用し「後退展開」の字句は使用せぬよう願いたい
 〇週報第三十号(昭18・3・14)
三月十二日付朝刊早版二面「投降狙う重慶軍、仏印国境線をゆく」の記事は重慶軍
をあまりに甘く扱ったきらいあり、昨年六月一日付の差し止めに抵触するものとして内
務省から狂意処分に付された。これは陸軍検閲済のものであるが、差し止めは内務
省関係であり、その取り締まりをうけたものでものである。

(つづく)


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