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書評:『残傷の音』 李静和編

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『残傷の音』 李静和編

(岩波書店・3150円) 
●分断を生きる私たちのアジア 波潟剛 九州大准教授

 今年の夏は丸木位里・俊夫妻の絵に二度遭遇した。

 一度目は広島で行われたある研究会で。『原爆の図』に関する発表についてコメントをした。あまり詳しくないので依頼がきたときは多少ためらった。だが、引き受けてみると何かと発見がある。断らないで良かったという思いで家路に着いた。

 そして二度目が本書。偶然手に取ってみると、口絵に『原爆の図』と雰囲気の似た絵が載っている。『沖縄戦の図』である。文章を読み進めるうちに、宜野湾市の佐喜眞美術館に常設されているこの絵の前で2007年にワークショップが開催されたことを知る。「アジア・政治・アート」プロジェクトの沖縄ワークショップ。本書はそこでのアーティストたちによるパフォーマンスの記録を中心にして出来上がっている。

 『沖縄戦の図』の前で繰り広げられるパフォーマンスは沖縄の過去と現在を結びつける。さらに沖縄と韓国の接点ともなる。「集団自決」と「従軍慰安婦」、米軍沖縄上陸と済州四・三事件。はじめは突飛(とっぴ)に思えるがその距離はどんどん縮まる。沖縄の美しい海や韓流ブームのドラマから見えにくくなったものが相互に浮かびあがる。

 「政治的、社会的、性的、経済的、人種的、民族的な、それこそ無数に刻印された分断を生きる私たちのアジアの今を、アートの協働製作という時空間のなかに繋(つな)ぎとめていく試み」。分断を意識した瞬間、主体は撹乱(かくらん)し揺さぶられる。そして、ずれの感覚は反復し持続する。だが、こうした境界線上に立つ危うさの中で、他者と接触する場が生成し、想像と共有の機会が訪れる。パフォーマンスを記述する文章群の反響をたどれば、このような声が聞こえてくる。

 多様な書き手の文章は、演じられた瞬間の息遣いをかなりの程度伝えてくれる。うれしいことに、プロジェクトに参加した7人のアーティストについてはDVDで観(み)ることができる。さらに本書のタイトルともなっている「残傷の音」という作品が収録されている。

 「残傷の音」には沖縄戦を題材とした丸木夫妻の絵にさまざまな音が重なっている。その音は死者を悼むようでどれも物静かである。他者へと自分の身を切り開くことは容易でない。だが、「残傷の音」に鈍感でいたくはない。そうした想い、模索が幾重にも織り上げられた本である。


=2009/10/11付 西日本新聞朝刊=
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