15年戦争資料 @wiki

赤松元部隊長から中島幸太郎氏への書信 1946年1月17日

最終更新:

pipopipo555jp

- view
管理者のみ編集可

赤松元部隊長から中島幸太郎氏への書信 1946年1月17日


書信受信の経緯は沖縄作戦 殉国日記(2)をお読みください。

  • 当稿を引用する方へのお願い:書き起こし文には私の間違いが含まれていますので、其の点を充分にご承知の上引用してください。また引用する方は当ページのURLを、必ず引用文に添えてください。食物の安全を流通過程で保障するのと同じように、資料典拠のトレーサビリティーを確保するためです。原文を独自に解読し直された方はその限りにありません。

赤松元部隊長からの書信
謹みて
故陸軍中尉中島一郎殿戦死の状況を御報告致し併せて英霊に対し衷心より敬弔の意を表し奉り候

思へば一昨昭和十九年九月宇品に於て部隊編成されるや君は勇躍特攻隊員として之に参加、直ちに任地南西諸島は慶良間列島渡嘉敷島に上陸、若き船舶兵、特別幹部候補生の小隊長として朝に戦闘準備に夕に訓練に専念致され候、時に昭和二十年三月二十六日の夜連日の砲爆撃中來島中の第十一船団長大町大佐を本島に護送すべく敵艦艇の真只中を本島に向ひ特攻挺により出発せられ候し〓の后船舶団長共に消息不明と相成り恐らく前島北方海面に於て名誉の戦死を遂〓〓〓しものと推察仕り候

君は平素よく部下をいたわり亦将校としての能力優秀にして部隊戦力の中心として、部隊将兵尊敬の的と相成られ居候、これが報に接し哀惜に堪えざるもの之有候

厳寒の折柄御遺族の皆々様には御落胆もさることながら御自愛専一の程御祈申上候
右不敢取御報告傍々御悔迄如斯御座候

一月十七日
           元球一六七七九部隊長 赤松嘉次
中島幸太郎殿 
     待史   


目安箱バナー