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【正論】鳥居民 NHK特番の傲慢さが悲しい

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【正論】鳥居民 NHK特番の傲慢さが悲しい

2009/04/27 07:19更新

≪「アジアの一等国」を観て≫

 少し前の話だが、4月5日、NHKスペシャル「ジャパン デビュー」の第1回「アジアの一等国」という番組を観た。

 悲しかった。わたしたちの祖父、曾祖父、高祖父の願いと努力に思い入る気持ちのかけらもない、辺りに人も無げな驕(おご)りぶりが悲しかった。

 もうひとつ、この番組の制作者が唯一頼りにした出演者である日本植民地時代の台湾の最後の人びとへの気持ちである。当然ながら現在70代、80代の人びとが持ったまことに複雑、微妙な日本にたいする愛情を十分理解したはずであったにもかかわらず、勝手な裁断をおこない、日本の植民地統治を罵(ののし)るために利用し、協力者の善意を足蹴(あしげ)にした、その傲慢(ごうまん)さが悲しかった。

 制作者は、1859年の横浜の開港から日本は「世界にデビューした」のだと説く。そして日本は「一等国」になろうとして、台湾を植民地にしたのだと語る。

 制作者が横浜から台湾へ話をつづけようとするのであるなら、私が思いだすのはアーネスト・サトウのことになる。英国外務省の通訳官となったサトウは、開港3年あとの横浜で日本語を学び、草書の書簡を読むことができるまでになり、薩摩、長州、各藩の国事活動家と語り、日本の進路をはっきり見定め、有能な外交官となるその片鱗(へんりん)を見せた。

 ≪日本に憎しみのない台湾≫

 さて日清戦争が終わった年にサトウは公使となって再び、日本に赴任した。台湾の樟脳(しょうのう)と砂糖、茶、阿片(あへん)を扱う横浜の英国商社の幹部たちと話し合い、日本は台湾の経営に失敗すると予測した。

 そのときヴィクトリア女王統治下の大英帝国は最盛期にあり、世界の人口の4分の1を支配していた。先進国が後進地域を取得し、統治する権利が当然のように認められた時代だった。

 植民地経営は「白人の重荷」であり、英国人に与えられた高貴な責務であった。植民地の人びとに命令を下すことができるのは英国人の行政官だけなのだ、英国人はこのように思っていた。そこでサトウと旧友らは、日本は台湾で清国政府以上のことはできないと語り合ったのである。

 それから100年以上がたつ。日本の台湾統治をどう評価したらよいのか。サトウはといえば、1929(昭和4)年に没していた。かれは自分たちが間違っていたと認めたに違いない。

 台湾の植民地統治は成果を収めた。価値や道徳は絶対的なものではない、あくまで相対的なものだ。日本の統治には失策も、大きな過ち、悲劇もあった。そのような過ち、悲劇を忘れず、民族の共通の意識にその憎しみを育てあげるのだと説く論考がある。たとえば英国人意識の源泉にフランス嫌いがあるのだと主張する。即座に隣国の韓国人意識の底にある日本嫌い、日本の後を追っての競争心を思い浮かべることになろう。

 しかし、わたしたちは、なぜ台湾の人びとが日本に憎しみを持たないのかと考えることになる。

 現在、台湾人は日本の統治時代を声高に非難しない。日本の統治を離れて60年、年若い世代を含めた台湾の人びとが、尊敬する国、移住したい国の筆頭に日本を挙げるのは、かつての日本の統治に不快感を持っていないことが大きな理由なのである。父親や祖母がその昔を語った二言、三言の記憶を自分たちが抱く日本人にたいする印象と重ね合わせて、かれらはその理解を大切にしてきたのだ。

 わたしたちは誰でも、この台湾の人びとの日本人への温かい感情を、嬉(うれ)しく有り難く思う。

 ≪「一等国」の犠牲者とは≫

 さて、奇怪極まることに、NHKの先の番組は、誰もが大事にしてきたこの感情を踏みにじろうとすることに懸命となった。

 日本の台湾統治のすべてを否定し、台湾の人びとは日本の植民地統治に恨みを抱いているのだと説いた。たとえば台湾の人びとが高く評価する台湾における後藤新平を容赦なく裁いてみせる。上水道の整備、灌漑(かんがい)設備の建設を振り返ることなどするはずもない。台湾総督府が独占した樟脳を取り上げ、植民地収奪の話に仕立てることに汲々(きゅうきゅう)としている。

 番組は「皇民化運動」で終わる。公園に集まった老人たちにつぎつぎとその昔の日本の軍歌を歌わせる。かれらは「蛍の光」を歌いたかったのだし、「荒城の月」を歌うこともできた。それにもかかわらず軍歌だけを歌わせ、「アジアの一等国の哀れな犠牲者」と視聴者に印象付け、「日本統治の深い傷」と締めくくる。

 私は制作者の「辺りに人も無げな驕りぶり」「傲慢さ」を悲しく思ったと記した。「驕りぶり」「傲慢さ」といえば、番組の題である「アジアの一等国」、その一等国民が犯した罪の第一に挙げなければならない態度、性向であろう。この制作者の振る舞いこそがまさにその一等国民そのものなのだが、このような人物が「アジアの一等国」を制作したことが、いま悲しく思う理由なのである。(とりい たみ=評論家)


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