15年戦争資料 @wiki

rabe12月10日

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pipopipo555jp

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十二月十日


不穏な夜だった。きのうの夜八時から明け方の四時ごろまで、大砲、機関銃、小銃の音がやまなかった。昨日の朝早く、すんでのところで日本軍に占領されるところだったという話だ。日本軍は光華門まで迫っていたのだ。中国側はほとんど無防備だったという。交代するはずの部隊が現れなかったのに、中隊をいくつか残しただけで、予定通り持ち場を離れてしまったのだ。この瞬間に日本軍が現れた。あわやというところで交代部隊がたどりつき、かろうじて敵軍を撃退することができたという。今朝早くわかったのだが、日本軍は昨夜、給水施設のあたりから揚子江まで迫ってきていたらしい。遅くとも今夜南京は日本軍の手に落ちるだろう、だれもがそう思っている。

金誦盤氏から力になりたいとの申し出があった。金氏は医者で、ドイツ語を話す。安全区の外にある八つの野戦病院の責任者だとのこと。そこには軽症者しか入っていないのだそうだ。「患者のけがの大半は狂言なのですよ。病院に入っているほうが安全ですからね」。重傷者を安全区に連れてきたいという。本来ならこれは協定違反だ。だが、日本軍はなにもいわないのではないかという希望的観測のもとに、金先生に鼓楼病院のトリマー氏を訪ねるように言った。彼は委員会の医学班のリーダーだ。先生は、中国人の医者をあと八十人ほど集められます、と請け負った。この人たちのことは全然しらなかった。

医者の数は多ければ多いほどいいのだから、もしそれが本当で、ここに来てもらえるならこんなにありがたいことはない。ここ二日間で、千人もけが人が出ているのだから。

マギー牧師は、ここに赤十字の欧州部を作ろうとしている。資金はあるのだが(黄上校から二万三千ドルうけとった)、いっこう進展しない。赤十字からの返事がないのだ。同意がないと、話を進めにくいらしい!残念だ!私ならさっさとやってしまうんだが。良いことをするのだから、ためらうことはないのに。同意なんか、あとからもらえばいいのだから。

それはそうと、日本政府と蒋介石はなんといってくるのだろう。一同、固唾をのんで待っている。なにしろ、この町の運命と二十万の人の命がかかっているのだ。

安全区の道路は、非難する人たちでごったがえしている。道路で寝ている人がまだ大ぜいいる。それから----軍人もだ。龍上校、周上校の両人と最終的に次のような取り決めをした。

  1. 唐司令長官は、安全区の南西の境界線を全面的に承認する。
  2. 龍上校は五台山の公営給食所がこれ以上兵隊たちにあらされないよう責任を持つ。
  3. 軍司令部の代表三名は、委員会の三人と共に安全区を視察し、見つけ次第兵士を追い出す。
    また、唐司令長官の代理として、この指示をその場で命令、実行させる権限をもつ。

下関で兵士たちが我々の米を燃やそうとしている、と韓が知らせにきた。日本軍が身を隠せないようにしようというのだろう。それを聞いた龍はやめさせると約束した。私は軍事パスを受け取り、下関に通じるもんを通れるようにしてもらった。

東部では、決戦の準備が始まったらしい。大型の大砲の音がする。同時に空襲も。

このままでは、安全区も爆撃されてしまう。ということは、血の海になるということだ。道路は人であふれかえっているのだから。ああ、日本からの返事さえ、日本軍の承諾さえあれば!

欧州の記者たちが報道規制されているのが、残念無念だ! 中国軍のやつら、あいつらの首をしめあげてやりたい。軍隊を立ち退かせるという約束はいったいどうなったんだ? いまだに果たされてないじゃないか!

ああ、なんということだろう! たった今、漢口のジョンソン・アメリカ大使から連絡があった。大使は、蒋介石にあてた我々委員会の電報を転送しただけでなく、個人的にも同意し、支持した旨伝えてきた。だが、それとは別に極秘電報がきた。そこに、外交部で口頭で伝えられたという正式決定が記されていたのだ。それによると、三日間の停戦と中国軍の撤退に唐将軍が同意したというのは誤りだとのこと。しかも蒋介石は「そのような申し出には応じられない」といったという。しかし、われわれはぜったいに思い違いなどしていない。いまここでそれをもう一度確認した。龍と林は電報を打つときに居合わせたが、二人とも、たしかに唐将軍は同意したと口をそろえている。そう簡単にひきさがらないぞ! われわれは蒋介石にもう一度電報を打った。同時に私はドイツ大使トラウトマンにも電報を打って、支援を頼んだ。

正午

朝からひっきりなしの攻撃だ。窓ガラスがガタガタいいっぱなしだ。紫金山では家が燃えている。城壁の外の町も燃え続けている。安全区にいる人たちは安心しているのか、あまり爆撃機を気にしていない。

日本のラジオが、南京は二十四時間以内に陥落するだろうと伝えている。中国軍はすでにいいかげん士気を阻喪している。南京一のホテル、首都飯店も軍隊に占領されてしまった。兵士はバーでよっぱらい、クラブの安楽椅子でくつろいでいる。ま、兵隊だってたまには楽しみたいのだ。

今夜のうちに南京が陥落してもすこしも不思議ではない、というのが大方の意見だ。とはいっても、今のところはまだその気配はないが、おもてはひっそり静まり返っている。婦人や子どもをふくめ、たくさんの難民がまたもや通りで眠っている。

深夜二時半

服を着たまま横になる。夜中の二時半、機関銃の射撃とともにすさまざしい砲撃が始まった。榴弾が屋根の上をヒューヒューうなり始めたので、韓一家と使用人たちを防空壕へ行かせた。私はヘルメットをかぶった。南東の方角で大火事が起こった。火は何時間も燃え続け、あたりを赤あかと照らし出している。家中の窓ガラスがふるえ、数秒ごとに規則正しく打ち込んでくる砲弾の轟音で家がふるえる。五台山の高射砲砲兵隊は狙撃され、応戦している。わが家はこの射線上にあるのだ。南部と西部も砲撃されている。ものすごい騒音にもいくらか慣れて、ふたたび床についた、というより、うとうとした。こんなありさまでは眠ろうにも眠れるものではない。




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