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毎日:前航空幕僚長:憲法改正論にまで踏み込む「田母神論文」の危うさ

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前航空幕僚長:憲法改正論にまで踏み込む「田母神論文」の危うさ


(1) 無視された5月の「警告」


◇文民統制への挑戦状

 懸賞論文でゆがんだ歴史認識を披露し、今なお自説の正しさを声高に主張する田母神(たもがみ)俊雄・前航空幕僚長。参考人として招致された11日の参院外交防衛委員会では、憲法改正にまで踏み込んで発言してみせた。これまでの制服組による問題発言とは根本的に異なる、不穏な空気も漂う。【遠藤拓】

◇石破茂元防衛相「憲法の精神に反する」

 「今年5月のことです。田母神さんに言いました。『いいですか。あなたは一個人、田母神俊雄ではありません。私の幕僚です。政府見解や大臣見解と異なることを言ってはいけません。いいですね』と」

 そんな秘話を明かすのは、当時の防衛相で現農相の石破茂さんだ。東大の学園祭で田母神氏が講演することを知り、注意を促したという。当然であろう。田母神氏はその直前の4月、自衛隊のイラク派遣を一部違憲とした名古屋高裁判決に「そんなの関係ねえ」と言い放った。つまり、要注意人物だったわけである。石破さんの注意が功を奏したのだろう、講演会は無事に済んだ。しかし、皮肉なことに、今回問題となった論文の募集は始まっていた。

 かつての“上官”として、今回の問題をどう見ているのか。自民党きっての防衛政策通としても知られる石破さんはこう指摘する。

 「政治家が自衛隊のトップになっているのは、選挙によって国民の負託を受けた政治家が、責任を負っているからです。自衛官が自らの思想信条で政治をただそうというのは、憲法の精神に真っ向から反しています」

 制服組に理解があると言われる石破さんの目にも、今回の田母神論文はシビリアンコントロール(文民統制)への挑戦と映ったようだ。

 「日本は侵略国家であったのか」と題した田母神論文は「我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない」などと、現行の防衛政策に対する不満を強くにじませているのも特徴だ。それゆえに、問題発覚の直後、石破さんはこう発言している。「政治が何もしてないかのように言うなら旧陸軍将校によるクーデター『2・26事件』(1936年)と何も変わらない」(本紙11月1日付朝刊)。日本の現代史上最大のクーデター事件と同列の視座で語っているところに、石破さんの強い危機感がにじむ。同事件は陸軍の青年将校を中心に引き起こされ、時の閣僚らを殺害した。反乱そのものは鎮圧されたが、それ以降、日本は軍国主義への道を加速させた。
2008年11月13日

(2) 現代史家・秦さん「低レベルで不快」


◇現代史家・秦郁彦さん「低レベルで不快」

 さて、その田母神論文の概要を改めて紹介しよう。日中戦争、太平洋戦争は当時の国際共産主義運動を担ったコミンテルン(1919年創設の国際組織)によって引き起こされたとする“陰謀史観”を披露。旧満州や朝鮮半島の植民地支配について、「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)だ」と主張し、集団的自衛権行使や武器使用の制限を念頭に「自衛隊は雁字搦(がんじがら)めで身動きできない。(戦争責任をすべて日本に押しつけようとした)マインドコントロールから解放」されなくてはならない、と説いている。政府として近隣諸国の植民地支配と侵略を謝罪した95年の「村山談話」を真っ向から否定する内容である。それどころか田母神氏は11日、「村山談話は言論弾圧の道具」と言い切ってみせた。

 現代史家の秦郁彦さんはこの日の発言を踏まえ、あきれたように話す。

 「マンガ的な低レベルのやりとりで不快でした。肝心の国防について、『これでは国を守れないから困る』といった注文が出ているわけでもない。戦争を巡るコミンテルン陰謀説は、徳川埋蔵金があるとかないとかいったレベルの話です。懸賞論文で最優秀賞を取ったのが不思議でならない。『村山談話』への挑戦とも言われているが、論文には『む』の字もない。本人は『そんな談話あったかな』といった程度の認識でしかないのでしょう」

 要は内容が稚拙すぎるというのだ。けれども、秦さんは過剰な反応を戒める。

 「戦前の日本のシステムと比べれば、今は抑えが利く状態。二、三十年前まで聞かれたクーデターへの不安の声も今はない。総司令官である総理大臣と防衛大臣がしっかりすれば、自衛隊が独走し政治権力を握ることはないだろう」
2008年11月13日


(3止) 山口大・纐纈さん「制服組の欲求?」


◇山口大教授・纐纈厚さん「制服組の欲求?単独プレーで片付けられない」

 これに対して、「制服組がこれだけ赤裸々に誤った歴史認識を表明した例はなかった」と危機感を募らせる研究者もいる。「文民統制 自衛隊はどこへ行くのか」(岩波書店)などの著書がある山口大教授(日本近現代史専攻)、纐纈(こうけつ)厚さんもその一人だ。

 実は、現役の制服組幹部による「問題発言」は今回が初めてではない。別表をご覧いただきたい。これまで波紋を呼んだ制服組幹部の発言というのは、法制上の問題点に関してのものがほとんどで、歴史認識を直截(ちょくせつ)的に論じたのは今回が初めてといっても過言ではない。それだけに、纐纈さんの危機感はぬぐえない。

 「論文後段は、いつまでも米国の従属軍的な立場でなく、自律的な立場を取り戻さねばという趣旨で書かれています。戦前の日本を縛った『アジア・モンロー主義』とも重なる。アジアで日本が単独覇権を握るため、米英に依存せず、自前の軍装備や資源供給地を確保しなければならないという考え方で、政財界にも広がり戦争への道を切り開く一因となった。今の制服組にもそうした欲求があるのかもと思うとぞっとします」

 田母神論文には秘められた狙いがある、とも言う。

 「国会でもメディアでも、彼はとにかく自説を説きたいんですよ。批判も多いが、共感もあると踏んでいる。いずれ自衛隊内外から『よくやった』との反応もあるでしょう。推測の域を出ないが、これは彼の単独プレーでは片付けられない気がしますね」

 作家、半藤一利さんのベストセラー「昭和史 1926-1945」(平凡社)。33(昭和8)年に大阪で起きた兵隊の交通違反をめぐって警察と軍が激しく対立した「ゴーストップ事件」を論じた個所で、半藤さんはこう記す。<日本は決して一気に軍国主義化したのではなく、この昭和八年ぐらいまでは少なくとも軍と四つに組んで大相撲を取るだけのことができたといえます。ただし、軍にたてついて大勝負をかけた事件はこれをもって最後となり……軍が「ノー」と言ったことはできない国家になりはじめる>

 田母神論文の書かれた2008年を、後世の歴史家はどう位置づけるだろう。今のこの国に“いつか来た道”の再現を拒む力は残っているか。問いは田母神氏ではなく、私たちに突きつけられている。

2008年11月13日

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