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パートIII おわりに 防衛産業を守る

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田母神俊雄 平成16年7月 ,9月
航空自衛隊を元気にする10の提言 パートIII

おわりに -防衛産業を守る-


 3回にわたり「航空自衛隊を元気にする10の提言」を執筆してきたが、終始頭の中にありながら最後まで書き残してしまったことがある。それは「防衛産業を守る」ということである。終わりにあたりこれについて触れて筆を置くことにしたい。さて我が国の防衛産業から見て、航空自衛隊は頼りになる存在であるだろうか。指揮官が部下や部隊から頼りにされるのと同じように、航空自衛隊は、自衛隊の戦力発揮を支える防衛産業から頼りにされる存在でなければならない。こう言うと自衛隊が一企業に加担していいのかと言う意見が出てきそうであるが、自衛隊と防衛産業はそんな単純な関係ではないのだ。防衛産業は自衛隊の戦力の一部なのである。利益の薄い中でも国家のために頑張ってくれているのが我が国の防衛産業なのだ。

 旧調達実施本部における調達不祥事により、防衛調達の適正化について検討が行われ、その中で「競争入札の強化」の方向性が打ち出された。これに基づいてその後具体策を推進中であるが、私はやや行き過ぎているという気がしている。それは防衛装備品を製造するいわゆる防衛産業を守るという視点が欠落しているのではないかということである。我が国は諸外国が保有する軍事工廠を保有せず、自衛隊の戦力の維持整備を民間の防衛産業に依存している。また我が国の防衛産業は武器輸出を認められず、自衛隊だけが顧客となるため、少量生産になり、装備品の価格はどうしても割高になる。これらの特性を考えると、自衛隊は「防衛産業を守る」ということを国家政策として強く打ち出すことが必要ではないかと思う。万が一我が国の防衛産業がなくなれば自衛隊の戦力発揮は不可能になる。競争入札の強化一辺倒では我が国の防衛産業の経営は立ち行かない。従来我が国の防衛産業は、たとい利益が少なくとも国家の事業に貢献できることを誇りとして、自衛隊関連の事業に取り組んできた。そして戦後の右肩上がりの経済が続いている間は、自衛隊は防衛産業を守るということをそれほど意識する必要はなかった。しかし景気が低成長時代に入り、更には近年のように株主の権利が重視され、利幅の薄い事業を止め、利幅の多い事業に転換を迫られるようになると、各企業は防衛事業から手を引かなければならない状況に追い込まれる。今では日産自動車のように防衛事業から手を引く企業はあっても新規に防衛事業に参入する企業はない。利益があるところには新規参入は必ず起こる。防衛に関する事業はいまあまり利益が出ないのだ。だから自衛隊はいま勇気を持って「防衛産業を守る」ということを内外に宣言する必要があると思う。たとい価格が割高であっても、あえて国産にするという選択をしなければならないときもある。経費を安く抑えることだけが国益にかなうのではない。今のままでは防衛産業が会社経営上、背に腹は替えられないということになり、やがて防衛事業から手を引くようになってしまう。そうなれば自衛隊の戦力発揮も各種制約を受けることになるのではないかと心配になる。米国でも軍需産業は、一般製造業の2倍の利益率を米軍から保証されると聞いている。

 またいわゆる防衛産業ではないが、自衛隊が多くの外国製装備品を使用していることから、我が国の商社は、その輸入業務などで自衛隊との取引を実施している。今回のインド洋やイラクへの自衛隊派遣に当たっても、海外における契約業務の代行などで我が国の商社が活躍してくれている。これら日の丸商社の支援なしには、自衛隊の任務は完遂出来ない。防衛産業を守ると言った場合、それは国産にするということであり、武器輸出が出来ない我が国においては、それによって防衛に関する商社の売り上げは減少することになる。自衛隊としては一方でまた自衛隊の任務遂行を支えている日の丸商社に対し申し訳ない気がする。いま与党などで武器輸出緩和の動きがあるが、私個人としてはこの動きを歓迎している。我が国が武器輸出が出来るようになれば、防衛産業を守ることと商社の利益は対立しなくなる。また武器輸出が可能になれば、防衛産業が日米共同開発や国際共同開発などの防衛関連事業に心おきなく参加できるようになる。我が国の経済に着目すれば、武器輸出は出来る方が国家の利益になると思う。

 しかしこのような防衛産業や武器輸出に関しても、これまで国民には十分な情報の提供は行われていない。自衛官は出来るだけ発言を控え、問題や摩擦を起こさないという慎重な姿勢をとってきたからである。もちろん我が国の戦後の政治情勢などを考えれば、それはこれまでは正しい選択であったと思う。しかしこれからは慎重な対応では我が国が困ると思う。これまで慎重に対応しようとして各級指揮官が極めて控えめに発言してきた結果、自衛隊の抱える問題点は国民に十分に理解されなかったし、自衛隊が不当な非難を受けて部隊の士気が低下することも多かった。これでは自衛隊が効果的に行動し任務を完遂することは出来ない。今後の自衛隊の任務を考えれば、自衛隊の指揮官、特に上級の指揮官は、部外に対しもっと積極的に発言していくことが必要であると思う。それによって自衛隊に対する国民の理解を深めるとともに、部隊の士気を高揚させることが出来る。

 石破長官が言われるように、いま自衛隊は機能する時代になった。今こそ自衛隊は元気を出さなければならない。その鍵を握っているのは自衛隊の各級指揮官である。指揮官によって部隊は変わる。部隊勤務において私たちは何度もそれを経験している。例えば部外対応などで、指揮官が強い姿勢をとれば部下も強くなれるし、指揮官が慎重であれば部下も慎重にならざるを得ない。隊員はいま強い指揮官の出現を待っている。幹部自衛官は、あの人だったらやってくれるのではないかと言われるような指揮官を目指すべきである。これまで自衛隊は、出来るだけ部外との摩擦を避けようとしてきた嫌いがあり、反日的日本人などの不当と思われるような批判にもじっと堪え忍んできたようなところがある。しかしこれからは各級指揮官が言うべき正論はきちんと言わなければならない。問題や摩擦が起こることを問題にしてはいけない。いま大事なことは摩擦を恐れないことだ。摩擦がなければ進歩はないと知るべきだ。そこで上司は部下に次のようにいってやるのだ。「君は摩擦が起きるほど頑張ってくれたのか」と。

(完)


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