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パートIII 9 指揮官はわがままを言え

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田母神俊雄 平成16年7月 ,9月
航空自衛隊を元気にする10の提言 パートIII

9 指揮官はわがままを言え


 私が初級幹部の頃には名物指揮官がいた。その中でも特に有名なU1佐(当時は2佐)に私は2等空尉の頃にお仕えした。私はU1佐に夕方5時から8時45分まで叱られた記憶がある。最初の1時間はどうして叱られているのかわからないが、とにかく大声でののし罵られる。2階建ての隊舎全体に響き渡るような大声である。私は隊長の机の前に直立不動の姿勢である。1時間ほどして私を叱っている理由の説明があった。どうかと訊ねられたので、私なりに意見を述べたところ、それが生意気だということで、また2時間以上も叱られてしまった。若手幹部は毎日交代で誰かが怒鳴られて、いや叱られているという状況だった。U1佐が隊長を離任するときは正直言ってホットした。その後U1佐は幹部学校の勤務を経て近傍のレーダーサイトの群司令で着任することになった。U1佐は有名だったので、サイトの関係者から「どのように対応したらよいでしょうか」と私のところにも質問が寄せられた。私は「どんな対応をしてもだめでしょう」と答えておいた。そしてそれが正しかったと、後にサイトから電話があった。しかしU1佐にお仕えした経験で私は叱られ強くなった。若いうちに怒鳴られてよかったと思っている。その後、怒ることで有名といわれる人に何人かお仕えしたが、U1佐に比べれば、怒るという点では足元にも及ばない人たちばかりであった。自衛隊35年分をあの時まとめて怒られたような気がしている。

 それにしてもU1佐の指揮官ぶりは、指揮の本質そのままだった。完璧な意志の強制である。隊長のほとんどわがままと言われるような命令にも私たち部下は精一杯がんばった。明朝より1週間早朝4時半出勤で草刈りを実施するとか雨の中の各種作業とか、本日の点検の指摘事項の修正は明朝6時までに完了するとか、何もそんなにしなくてもというような命令もあった。隊員たちも当初は多少不満を述べていたが、次第に命令に対する即応の態勢を整えてくる。しばらくすると隊長のどんな命令にも応じられるようになった。部隊の実戦的体質が向上したのである。私は軍というのは基本的にどんな指揮官の命令でも実行できる体質を保持していることが重要であると思っている。自衛隊においては、指揮官の命令は、たといどんなにわがままと言われる様なものであろうと実行されなければならない。それが失われてしまっては、極限状況下において自衛隊が任務を遂行することが出来ない。U1佐が隊長になってから部隊の環境整備は徹底し基地は大変にきれいになった。隊員たちもちょっと木の葉や小枝が落ちているような状況でも自発的に清掃をするようになった。私もよその基地に出かけると、環境整備がやや不足していると思うことがあった。隊員の挙措容儀や各種行動も非常にきびきびとしたものに変わっていった。端的に言えばそれまでややのんびりとしていた部隊がキリリと締まったということであろうか。

 そう考えるとU1佐の、ほとんどわがままとも言える指揮ぶりが、部隊をより軍としてあるべき方向に変えたことは事実である。しかし仕えている我々としては大変に辛い毎日だった。早く隊長が代わってくれないか、どこでもいいから早く転勤させてくれというような会話を交わすことも多かった。近隣の部隊の人たちからは、「お前のところは新隊員教育隊だとか、航空陸戦隊だ」とか揶揄されることも多かったが、幹部も隊員もいつしかうちの部隊は日本一だというような誇りを持つようになっていったような気がする。よその部隊には出来ないがうちの部隊なら出来ると思い始めていた。

 指揮官は、部隊を鍛えるために、伝統を造るために部隊に対し多少のわがままを言うことが必要である。自衛隊は困難な状況下で任務を遂行することを覚悟しておかなければならない。平時においても、困難なこと、無理と思われることにチャレンジし、それを成し遂げるところに部隊にも隊員にも自信が生まれる。誰かのためにチャレンジする精神こそが戦士の気質ではないかと思う。大昔から軍人は、戦士の気質を持った人を敵味方に関わらず尊敬し合った。自衛隊では職域が細分化され、パイロットであれば戦闘機の操縦、ミサイル射撃、高射幹部は戦術判断、射撃指揮、要撃管制幹部は兵器割り当て、要撃管制など、それぞれの特技の能力、いわゆる戦技能力を向上するため日々の厳しい訓練に明け暮れる。しかし特技に関わらず自衛官が共通に備えるべきは戦士の気質ではないかと思う。戦技はもちろん最重要である。しかし戦士の気質がないと、ことに臨んで持てる力を存分に発揮できないかもしれない。スポーツ選手でも最近はメンタル面のトレーニングが重視される。

 ところが最近の日本では、パワーハラスメントとかいう言葉も登場するようになり上司が部下に怒鳴ったり、無理を言ったりすることは、いけないことだというような風潮になってきている。自衛隊においてもあまり無理を言わない優しい上司が増えている。しかし上司が無理を言わなくなると、部隊や隊員たちの戦士の気質が失われていく可能性も大きくなる。私たちは、自衛隊入隊時、防大、幹部候補生学校や教育隊で教育を受ける。そこで行われる教育は、一つ一つ取り上げれば何故そのようにするのか理由の説明が出来ないようなものもある。いわゆる無理を言われており、一般社会から見れば厳しいといわれるようなものが多い。しかし課程教育によって自衛官としての基本的な資質が養われていることは事実であると思う。入隊後半年もして両親や先生や友人に会うと、「あの子は変わりました、しっかりしていて別人のようです」というようなコメントが学校等に届くことが多い。いわゆる戦士の気質が育成されたのだ。自衛官は生涯、戦士の気質を保持し続ける必要がある。そのために指揮官はわがままを言わなければならない。非常に卑近な例で言えば、食事をもっと美味しくせよ、隊舎の浴場は屋上に造れ、各種点検、監察などで指摘事項をゼロにせよとか、そういうものでよいと思う。とにかく指揮官は自分の部隊に対し、その達成にかなりの努力を要するような要求を出し続けることだ。それが部隊の実戦的体質を造り、部隊を強くする。

 もちろん部隊や隊員の状況を見ながら理性的に実施しなければならない。理性的であることが大事であり、感情を爆発させてはいけない。感情を爆発させることは、部下を萎縮させるし、他にいろいろな障害を引き起こすからである。過ぎたるは尚及ばざるが如しのたとえ通り、戦士の気質の育成にマイナス効果になってしまうことが多い。昔流に部下を怒鳴り回す時代ではなくなっている。自分が部下を怒鳴り回していると思う人は無理を言わない方がよい。貴君は今でも十分無理を言っている。


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