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(イ)軍機軍略記事の新聞紙掲載禁止

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2 気運を統一する

(イ)軍機軍略記事の新聞紙掲載禁止

陸.海軍省令で対処
昭和十二年七月三十一日、「新聞紙法第二十七条に依り当分の内軍隊の行動其の他軍機軍略に関する事項を新聞紙に掲載禁止の件」という長い名称の陸軍省令が施行された。内容はその名称どおりのものである。翌月十六日には、陸軍省令の「軍隊」を「艦隊、艦船、航空機、部隊の行動」に置き換えただけの同タィトルの海軍省令も施行された。なお、ふたつの省令には、それぞれ、あらかじめ陸軍大臣または海軍大臣の「許可を得たるものは此の限」りではないと、但し書きがついている。

陸.海軍大臣は、こうした内容の省令を、「新聞紙法」第二十七条によって出すことができた。第二十七条には「陸軍大臣、海軍大臣及外務大臣は新聞紙に対し命令を以て軍事若は外交に関す
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る事項の掲載を禁止し又は制限することを得」とある。条文中の「命令」に当たるものが、ここでは右の省令にほかならない。

すでに第一次大戦当時にも、この第二十七条に基づいて、大正三年八月十六日、海軍省令「軍機軍略に関する事項新聞紙掲載禁止方」が出されている。日本の参戦は、それから七日後の二十三日だった。

陸・海軍省令のねらいはもちろん、始まったぱかりのシナ事変の対応にあった。「軍機軍略」、つまり軍事上の機密や計略が公になることで、招かれるかもしれない重大な不利益を避けようとしたのである。

禁止の尺度
昭和十二年七月三十一日の陸軍省令は、掲載を禁止される記事に関して「軍隊の行動其の他軍機軍略に関する事項」と定めている。この事項の具体的なものにっいては、同月のつぎのような陸軍省「新聞掲載禁止事項の標準」が参考になる。

一 動員及編制
  1. 軍動員に関する計画及之に伴ふ準備の内容
  2. 軍動員実施状況
  3. 軍需動員に関する事項
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二 作戦又は用兵に関する事項
  1. 国防及作戦に関する諸計画の内容
  2. 国防、作戦若は用兵の準備又は実施に関する命令の内容、発、受令者又は下達の時期若は地点
  3. 支那及満州に駐屯出征若は派遣する軍隊、軍需品に関する左記事項
  • イ 戦闘序列又は軍隊区分に基く隷属系統、部隊号、部隊数、人馬数装備又は軍需品の種類及数量
  • 口 現在及将来に亙る任務又は企図
  • ハ 現在及将来に亙る部署、配備、又は行動
  • ニ 現在及将来に亙る陣地の位置、構成、設備、又は強度
  • ホ 軍隊指揮官の官職氏名
三 運輸通信に関する事項
  1. 作戦、派遣、軍動員又は軍需動員輸送の計画又は準備の内容
  2. 出征又は派遣軍隊の軍用列車の列車数、編成、積載人馬物件の部隊号種類員数
  3. 軍雇傭船舶の隻数、頓数、船名、蟻装、兵装、性能、積載人馬物件の部隊号種類員数、航路又は航行隊形、運行
  4. 軍用通信計画の内容
  5. 軍用通信規定の内容
  6. 軍用暗号
四 国土防衛に関する事項
  1. 防衛(戦時警備、防空要塞防衛)の方針又は其の計画の内容
  2. 防衛部隊の隷属系統、部隊号、部隊数、人馬数又は装備
  3. 現在及将来に亙る防衛部隊の任務、企図、部署、配備又は行動
  4. 現在及将来に亙る防衛の準備又は実施に関する命令の内容
  5. 要塞の編成又は堡塁、砲台、其の他国防の為建設したる諸般の防御営造物の位置、構成、施設又は強度
  6. 要塞備付兵器の種類、員数、性能又は備付位置
五 諜報、防諜又は調査に関する事項
  1. 諜報又は防諜に関する一切の事項
  2. 作戦資料及兵用地理に関する事項
六 其の他の前諸号の内容を推知せしむる事項又は満州国に於ける前諸項に準する事項
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八月十六日の海軍省令もまた「艦隊、艦船、航空機、部隊の行動その他軍機軍略に関する事項」の記事の掲載を禁止していた。その掲載禁止事項については、すでに前七月に出されている海軍省「新聞掲載禁止事項の標準」がここでも参考になる。

一 連合艦隊又は今次事変に関係する艦船部隊、航空機の編制、役務、行動又は所在に関する事項
二 徴用船舶の傭入、隻数、船名、任務、行動又は所在に関する事項
三 召集に関する計画準備又は実施に関する事項
四 軍需工業動員に関する事項
五 作戦又は用兵に関する事項
  1. 国防及作戦に関する諸計画の内容
  2. 国防、作戦若は用兵の準備又は実施に関する事項
  3. 支那沿岸に在る又は支那方面に派遣する艦船、部隊若は航空機に関する左の事項
  • イ 任務又は企図
  • 口 配備又は行動
六 軍港要港其の他沿岸に於ける海軍の設備又は守備に関する事項
七 海軍工廠又は民間会社に於ける海軍関係作業の状況又は工事の種類に関する事項
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八 軍用通信又は暗号に関する事項
九 諜報又は防諜に関する事項
十 艦船又は航空機の事故に関する事項
十一 其の他前諸号の内容を推知せしむる事項又は直接間接に軍事の機密に関係する事項

報道管制のきびしさを紹介するため、かなり長い引用になった。が、さらに記せぼ、以上の禁止事項の標準のほかに、陸・海軍両省にはそれぞれ同名の「新聞(雑誌)掲載事項許否判定要領」までもある。十二年九月改定分の海軍省の要領の場合、そこにはたとえぼこう示されている。

十、艦隊、部隊移動の記事は将来の企図を推知せらるる虞あるを以て取扱慎重を要す但し○○(二個)を用い左例程度のものは差支なし
  • (例)「○○」艦隊は「○○」に向け出港せり
  •   「○○」部隊は「○○」に移動す
  •   「○○」戦隊は「○○」を通過せり
尚上海方面に行動する第三艦隊に限り艦隊名を名(ママ)記し差支なし[以下、例は略]
十一、我軍に不利なる記事、写真は掲載せざること
十二、惨虐なる写真は掲載娃ざること

陸軍省令、海軍省令ともに、禁止は軍機軍略にかかわる事項とうたっている。だが、こうして
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みると、軍事に関する報道管制がいかに大幅だったかが改めてよくわかる。もっとも軍機軍略は軍事のかなめである。だから、当然といえぼいえなくもなかろうが。

しかし、報道する側からみれぼ、事実をありのままに伝えるという本来的な機能が奪われてしまったに等しい。軍事に関するかんじんなことは、許可されたいわぼ官製の記事以外に書けないのである。

言論に制約を与えるこのころの法令としては、ここでの「新聞紙法」と陸・海軍省令のほか、外務省令「新聞記事掲載禁止の件」「出版法」「治安維持法」「不穏文書臨時取締法」「国家総動員法」「軍機保護法」「軍用資源秘密保護法」などがある。

当時のことを、朝日新聞社の記者だった野村秀雄の「新聞は自らの権威を放棄した」は、こう証言している(『文芸春秋臨時増刊 昭和メモ』)。

事変勃発後は日と共に新聞の統制を強化しながら、戦線をむやみに拡大して泥沼にふみこんだように、抜き差しならぬ窮状に陥った。軍事行動に対する制約は或程度、已むを得ないにしてもその制約は随分ひどかった。記事掲載禁止命令は毎日、毎日その数を増し、記事の事前検閲はなかなか、やかましかった。味方の兵力を知らさぬ意味で上は師団長から下は小隊長まで職名は書いてはならぬ。皆部隊長と書け。との厳しい禁止命令であったが、上海戦線で加納[治雄歩兵第百一]連隊長戦死の記事が戦地から来た。
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その記事に「加納部隊長は敵弾に中って戦死したが、加納部隊長は死の直前軍旗をにぎらしてくれといったから軍旗をにぎらしたらにっこり笑って死んだ」とその悲壮の状景を現していたが、これを検閲に持って行くと「軍旗は連隊を示すから○○にせよ」といって消された。ところがこれが新聞に現われると「加納部隊長は死の直前○○をにぎらしてくれといったから○○をにぎらしたら、にっこり笑って死んだ」となり、ちっとも悲壮の状景が出ず、却って滑稽な場面を想像せしむるようなこともあった。

処分件数
陸・海軍省令違反、っまりさきの省令のいう禁止あるいは制限事項を新聞に掲載したときには、
第二十七条の「新聞紙法」違反として、同法第四十条に基づいて処罰される。発行人、編集人に対する、二年以下の禁固または三〇〇円以下の罰金である。

なお、「新聞紙法」違反となる禁止あるいは制限事項が「軍機保護法」の守ろうとする軍事機密と同じか、同じ程度のときの生ずる場合がある。この場合にば重い刑罰を定めている「軍機保護法」のほうで処断される。

以下に、昭和十三年十月三十一日現在の海軍省令違反の件数を挙げておく(『海軍司法法規』)。
告発 ○件
厳重警告 二七件
警告 四三件
注意 三三件
一〇三件
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告発がゼロというのは、刑に処された者のいないことを表わす。にもかかわらず、それ以外が一〇三件もある。っまるところ、この海軍省令は伝家の宝刀であったのだろう。抜きはしない。だから告発はゼロ。しかし、抜くぞと威迫する。したがって、厳重警告ほかが一〇三件。報道は窮屈となり、新聞は許された方向へ自縛化を強めていかざるを得なかった。報道機関は、結果的にシナ事変下での挙国一致に寄与していくことになる。


(口)軍刑法による造言飛語の防止

(ハ)銃後の刑事事件の状況



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