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パートII 3 上司が部下を補佐する
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田母神俊雄 平成16年3月
航空自衛隊を元気にする10の提言 パートII
航空自衛隊を元気にする10の提言 パートII
3 上司が部下を補佐する
部隊等の勤務においては、通常は部下が上司を補佐する。しかしながら大きな事故があったりあるいは部隊等が何らかのトラブルに巻き込まれたような場合は、これが逆になるということを理解しなければならない。上司が部下を補佐するのだ。上司が部下を支えるのだ。
例えば航空事故によってパイロットが死亡するとか、ミサイル事故によって整備作業中の隊員が死亡するとかの事故があった場合、マスコミでも大きく取り上げられる。このとき一番大変なのは誰なのだろうか。もちろん肉親を亡くした御遺族は最も大変であるが、自衛隊にあっては現場の近くにいる人ほどいろいろと大変である。状況の違いもあり一概に言えない場合もあろうが、通常は団司令よりは群司令、群司令よりは隊長が大変だと考えておいた方が良い。従って団司令は群司令が各種処置をし易いように、群司令は隊長が動きやすいように配慮してあげることが必要である。当然方面隊司令部の幕僚は、方面隊直轄部隊長である団司令を支えるという心構えが必要である。隷下部隊の状況を把握し方面隊司令官に報告するだけが仕事だと思ってはいけない。
空幕でもメジャーコマンド司令部でも、各幕僚はそれぞれ空幕長やメジャーコマンド司令官になったつもりで仕事をしなければならない。もし自分が空幕長や司令官であったならこの状況でどうすべきなのか、自ら判断し決心する覚悟が必要である。どんな場合にも部隊等を強くすることが各幕僚の仕事と心得るべきである。事故発生等により部隊等が混乱に陥っている場合には部隊等の戦力が極力ダウンしないように、隷下部隊を護ることを考えなければならない。上司に報告するための自分の仕事のやり易さのみを考えるようでは幕僚としては失格である。
練成訓練計画や業務計画に従って部隊等が訓練や恒常業務を実施している間においては、各級指揮官は上級司令部や上級指揮官の支援を必要としない。支援を必要とするのは何か突発事態が生起し、迅速な対応が必要になったときである。事故等があった場合に上級司令部や上級指揮官は当該指揮官にとって頼りになる存在でなければならない。一部の対応のまずさに怒ったり怒鳴ったりすることは極力避ける必要がある。そうでなくとも当該指揮官はあれやこれやと処置事項が多くて混乱している場合が多い。上司の意向は気になるし、上司の支援を必要としているのに上司によって一層混乱するようでは困るのだ。事故処理で「一番大変なのは上司対応です」と言われるような上司になってはいけない。事故等の処理に際し上司が冷静であってくれると部下指揮官は落ち着いて各種対応ができる。もちろん部下指揮官はこれに甘えてはいけない。上級司令部や空幕においてマスコミ等への対応が必要な場合もある。そこで状況によっては上級部隊等への報告専門係をおいてできるだけリアルタイムで状況が報告されるよう処置する配慮が必要である。
さて事故処理に際し各級指揮官は、何故こんな事故が起きたのかとか、あの時こうしておけば良かったとか考えてはいけない。それは後ろ向きの発想である。事故はすでに起きてしまって、過去のことはもう戻ってこない。我々が出来るのは、今からどうするのかということだけである。眼前の受け入れたくはない現実を受け入れて今から実施すべき事項を早急に列挙することだ。そしてそれを冷静に着実に実行するのだ。これが前向きということだ。
事故を起こした上に部隊の士気が低下するようでは、部隊にとっては二重のマイナスとなる。事故は起きてしまったのだから、被害は事故だけに限定し、士気の低下はさせないようにしよう。指揮官としては被害の局限に努めなければならない。当初は何をしていいのか分からない、その混乱状態が指揮官を悩ませる。しかし行動方針が決まり指揮官の的確な指示があれば部隊は力強く動き出す。行動方針が決まらず、指揮官やこれを取り巻く幕僚が「大変だ、大変だ」と騒ぎ立てることが部隊を混乱させる。部隊の頭脳が混乱していては部隊は右往左往するばかりである。当初の何をしていいか分からないという時にも指揮官は無理にでも泰然自若としていなければならない。部下指揮官等の行動を助けることが任務だと思えば少しは心も平静になれる。事故があると部隊の士気が低下すると言われるが、事故に伴う各級指揮官の対応の拙さがその3倍も5倍も部隊の士気を低下させる。事故そのものではなく上司が混乱し、あれこれ言うことによってより一層士気が低下することがあるのだ。部下指揮官の立場に立てば「アンタがギャーギャー言うから士気が低下する」と言いたくなる場合もある。
思うに指揮官に3種類あるのではないか。1.何かをやって部隊を強くする指揮官、2.何もやらない指揮官、3.何かをやって部隊を弱くする指揮官である。私たちは常に1.の指揮官を目指すことが必要であるが、最小限人畜無害の2.の指揮官ではいたいものだ。この場合部下がしっかりすれば何とかなる。しかし3.の指揮官になってしまうと部隊にとって害毒を垂れ流しされているようなものだ。むし寧ろいない方が良いということになる。3.の指揮官は頭の中が混乱しているのだ。これを病名「大変だ症候群」ともいう。大変だ症候群を患うととても部下を支えてやることはできなくなる。
指揮官の混乱はその事態を上手く処理しきれないのではないかという不安が原因である。しかし上手くやるということはあきらめた方が良い。緊急事態であるから多少の抜けはあってもしょうがない。格好良くは出来ないと腹をくくった方が冷静になれる。基本教練や飛行展示のように整斉とは出来ない。このような際の業務処理は、荒馬に乗ってでこぼこの荒野を駆け抜けるが如しである。さっそう颯爽と馬を乗りこなすのではなく、如何にも下手くそ、落ちるかな落ちるかなと思われながらも、馬の腹にしがみついて、どう見ても格好は悪いが、どうやら落ちずに駆け抜けてしまったという感じである。落ちなければいいのだ。そう思えば冷静になれる。指揮官の心は直ちに部下の心に投影される。指揮官が冷静でないと部下は混乱し力強い部隊行動が出来ない。