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コラム10:戦争と記録遺産

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コラム10:戦争と記録遺産


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■コラム10■戦争と記録遺産

 「宇宙からエイリアンがやってきて,大きな磁石で地球を包むと,人類の文明は一瞬のうちに失われるよ」

 これは,5年ほど前,沖縄関係の映画フィルム収集の件で複製会社に相談した際,S社長が私に言った言葉だ。

 近年,同社が受注するドキュメンタリー・フィルムの製作は,安価で編集しやすいデジタルが主流で,昔のような35ミリのロール・フィルムはすっかり影を潜めてしまったそうだ。しかし,デジタル記録は,紙やロール・フィルムなどと違って,データの一部が少しでも壊れると記録を再生することができなくなることから,近年のデジタル化の傾向を人類の記録遺産の継承という点で嘆いていたのである。

 「エイリアンと電磁波……?」その話を聞いて,映画『インディペンデンス・デー』のシーンを想い浮かべた私だったが,「しょせん,空想の世界……」と,その話はいつしか記憶の彼方へと消えていた。

 ところが,先のイラク戦争で,はっとさせられるニュースが目に留まった。米軍が戦争の実戦で初めて「電磁波爆弾」を使用した可能性があるというのだ。この爆猟とは,目標に向けて発射されたミサイルから高エネルギーの電磁波を放射することによって,コンピュータや電話など電子・通信機器を使用不能にし,相手の指揮系統を麻碑させるというものだ。エイリアンこそ登場しないものの,S社長の言っていた電磁波攻撃が,現実のものとして存在することに驚いた。電磁波爆弾の効果が報道されたとおりであれば,パソコンなどに保存されたイラク政府の記録の多くが失われてしまったことだろう。

 イラクと言えば,約5,500年前に最初の文字を発明し,人類の歴史を拓いたメソポタミアの地だ。かの地の人々は,神殿へ奉納する家畜や穀類などの種類や数をやわらかい粘土板に刻み,乾燥させて保存し,いわゆる人類最初の公文書も残している。ところが,今回の戦争では,各地の博物館が略奪に遭い,この粘土板を始めとする数十万点の考古学資料や展示品などが一瞬にして消え去ってしまった。

 我々は一般的に,歴史とは先人が長年にわたって培ってきた,目には見えない何かで,それを引き継ぎ,積み重ねていくことはあっても,すでにある歴史を矢うことはない,と考えがちだ。しかし,実際には,記録が無くなれば歴史も存在しない。

 核兵器や電磁波爆弾など,人類の遺産一瞬に消減させることのできる武器が存在する今日,それらによって「先史時代」に後戻りする可能性もないとは言えない。べトナム戦争以来の本格的な戦争である今回のイラク戦争は,人命のはかなさとともに歴史のはかなさをも思い知らされる戦争である。

〔2003年6月「アメリカ通信No.11」〕


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