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「アメリカ国立公文書館徹底ガイド」まえがき

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「アメリカ国立公文書館徹底ガイド」まえがき


■はじめに

 筆者は、1994年の秋、それまで6年間勤めていた職を辞め、アーキビスト(archivist)になるために渡米した。大学院で 3年間、アーキビストとしての理論と実践を学んだあと、2006年春に帰国するまで、沖縄県にある公文書館の委託を受け、ナショナル・アーカイブズ(国立公文書館、National Archives)で沖縄関係資料の調査と収集業務に従事した。本書はその約12年に及ぶ活動の集大成として、日本人研究者向けに書き下ろしたガイドブックである。

 少し大げさかもしれないが、「戦中・戦後の日本について研究しようと思えば、ナショナル・アーカイブズまで行かなければならない」とよく言われる。アメリカでは、日本の役所の「起案文書」にあたるメモランダムや電信文などはもちろんのこと、手書き草稿、電話録、電子メールなども公開されていて、日米交渉が微に入り細にうがって分析できるようになっている。一方、我が国では、残されている公文書の中身が乏しい、公開がなかなか進まないなど、記録管理や情報公開の仕組みに少なからず問題があるため、政府の動きを細かく検証しようと思っても資料がほとんど使えない、という現状なのだ。

 また、日本の歴史を研究するのにアメリカ側の公文書が威力を発揮するのは、何も日米外交史だけではない。例えば、第二次世界大戦についても、敗戦国であった我が国では記録の大量廃棄が起こったため、戦争に至るまでの政府あるいは軍部の政策決定や各戦闘の経緯あるいは終戦に至る決断の過程などを体系的に検証できるほどの記録が残っていない。旧日本軍は、敗走する中、戦場で次々と記録を廃棄していった。また、終戦後、連合軍が進駐する直前にも大量の記録が廃棄されたという。その結果、旧日本軍の活動には不明な点が多い。ここでも、それを補うのがアメリカ側の記録なのだ。

 米軍は対日戦を遂行する上で、徹底的に情報を集め、分析し、作戦に生かしていった。例えば、米軍の戦闘報告書、諜報報告書、無線傍受記録、捕虜尋問書などには、日本側と交えた戦闘や日本軍がとった作戦行動が詳細に記録されていて、これらの記録を細かく分析していけば、敵である日本軍の動きまでも再構築できるのだ。このことから、アメリカのナショナル・アーカイブズは、我が国の戦中・戦後史研究者にとっても一度は訪れるべき〈メッカ〉となっている。

●誕生から現在までの「記憶」を保管

 ナショナル・アーカイブズが設立されたのは1934年である。そこには、「独立宣言書」「合衆国憲法」「権利章典」という、いわゆる「自由の憲章(Charters of Freedom)」をはじめ、奴隷売買契約書、移民記録、従軍記録、外交文書、戦争関係文書など、建国からまだ200年あまりの歴史しかない新興国アメリカの誕生から現在までの「記憶」が大切に保管されている(178頁・豆知識「記録管理庁としてのNARA」も参照)。

 正式名称を「国立公文書館・記録管理庁(National Archives and Records Administration=NARA)」といい、国家の歴史資料を保存し、閲覧に供しているだけでなく、連邦各省庁の記録管理を指導・監督する機能を持ち合わせている。首都ワシントンDCにある本館「Archives I」やメリーランド州カレッジ・パークにある新館「Archives II」のほか、大統領図書館、レコード・センター(中間書庫)、地域文書館など全米に33の施設、約2,500人のスタッフを持つ一大情報センターだ(174頁・地図参照)。

 そのNARAの収蔵資料は、文書が約1,050キロメートル(書架長)、映像フィルム30万本、音声・ビデオテープ21万本、図面550万点、空中写真 1,800万枚、スチール写真3,500万枚、電子ファイル35億セット、モノ資料54万点を誇る(2007年データ)。

 これらの資料を求めて歴史家、ジャーナリスト、弁護士、公務員、退役軍人、家譜研究者、学生など年間約30万人が閲覧室を訪れる。電話や書面での問い合わせは年間80万件、また、比較的新しい行政文書を一時保管するレコード・センター(中間書庫)への行政職員や一般からの閲覧申請は1,600万件(2003年末データ)にのぼる。

●容易でない検索方法

 さて、そのアーカイブズの利用であるが、この膨大な収蔵資料の中から目当ての資料を探し当てるのは、そうたやすいことではない。というのは、よく比較される図書館と違って、アーカイブズではデータベースを検索すれば目当ての資料が簡単にリストアップされるというものではないからだ。「フォルダー」あるいは「簿冊」には、何十枚、何百枚という文書が収まっていて、それらの内容をデータベースに反映させるにはかなりの時間と労力を要する。幸か不幸か、アーカイブズには毎年膨大な量の資料が移管されてくるが、ほとんどのアーカイブズでは、目録の整備がそれに追いつかない場合が多い。アーカイブズを訪れる研究者にとっては、この“未完の目録”が大きな壁となって立ちはだかることになる。

 本書で紹介するNARAも例外ではない。収蔵資料のデータベース化に力を注いでいるものの、検索できる資料の割合は少なく、まだ昔ながらの紙で綴られた「資料目録(Finding Aid)」に頼らざるを得ない状況だ。しかし、その目録がかなりの代物で、箱に入っているフォルダーの最初と最後だけを列挙した目録があるかと思えば、資料群のタイトルや配架場所の情報のみで、フォルダーのリストが全く存在しない場合もある。箱(ボックス。55頁参照)を申請して中身を確かめるまで何が入っているか分からない、といったことがよくあるのだ。

 また、資料の分類方法(ファイリング・システム)が、連邦機関によって異なるという問題もある。例えば、同じ国防総省内でも陸軍と海軍では全く違うファイリング・システムを採用している。ファイリングの仕方が違うということは、資料の検索方法が違うということで、「10の資料群があれば、10通りの検索方法がある」と言っても過言ではない。初めてNARAを訪れる場合、資料の基本的な管理の仕方やファイリングの仕組みを理解して、目当ての資料を検索できるようになるまでに数日かかることもあるのだ。これは決して大げさではない。日本からの往復日数を含め1週間程度の旅行日程しか組んでいない場合、「ほとんど何も得られず帰国」というケースもまれではない。

 本書は、そういう事情を考慮して、日本から海を渡る研究者ができるだけ短期間にNARAでの調査をスムーズに行えるようにという思いから生まれた。

●本書の使い方

 本書は、まず、「出発前の準備」から始まる。というのは、筆者には長年の経験から、現地での調査活動の成否は出発前の準備次第、という強い確信があるからだ。幸いにもNARAはホームページが充実していて、日本にいながらにしてかなりの準備ができる。また、海外での調査というのは時間が限られているから、短期間に最大の効果をあげるためには「NARAでしかできないこと」と「日本でもできること」を分けることも必要だ。よって、第1章では、インターネットや日本国内での事前調査に焦点をあてながら、出発前にやるべきことを取り上げる。

 第2章から第4章までは、ワシントンDC郊外にあるNARA新館(Archives II)での調査・収集の仕方、主な資料群を紹介する。一概にNARAでの調査と言っても、先述したように全米に33の施設を持つ巨大な文書館群であり(174頁参照)、その中で日本からの研究者がよく訪れるのは、1994年にメリーランド州カレッジ・パークにオープンした新館である。というのは、20 世紀以降の文書類や写真、映像フィルムなどは新館に集約されていて、多くの日本人研究者にとっては、新館での調査・収集のノウハウこそが一番必要とされている。もちろん、新館以外にも日本人研究者が訪れるNARA施設はある。したがって第5章で、全米に散在するNARA傘下文書館の中から大統領図書館、地域文書館などをいくつか選んで紹介し、本書を締めくくりたい。

 最後に、本書ではNARAの調査に直接関係しなくても知っておくと役立つと思われることを、「コラム」や「豆知識」などのコーナーで説明した。

 本書が、個々の研究者の調査・収集活動の一助となり、ひいては歴史研究の発展に少しでも寄与できるものとなれば、アーキビストとしてこの上ない喜びである。


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