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一 大虐殺否定の論理

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南京大虐殺の真相

一 大虐殺否定の論理

  ――今も昔も同じ――

南京大虐殺は教科書裁判(教科書検定訴訟=第三次家永訴訟)における重要な争点の一つになっている。

家永三郎氏が執筆した高校歴史教科書『新日本史』(三省堂)は、一九八○年度の文部省検定で次のような意見をつけられた。

原稿本の脚注に「南京占領後、日本軍は多数の中国軍民を殺害した。南京大虐殺とよばれる」と記述したのに対して「このままでは、占領直後に、軍が組織的に虐殺をしたというように読みとれるので、このように解釈されぬよう表現を改めよ。『多数の中国軍民が混乱にまきこまれて殺害された』として、殺害の主体に言及しないようにするか、あるいは『混乱のなかで、日本軍によって多数の中
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国軍民が殺害されたといわれる』と記述して、日本軍の行為であるというのがたんなる伝聞にすぎないことを明らかにして、日本軍の行為であるとの評価を避け、かつそれが『混乱のなか』での出来事であったことに必ず言及せよ」と修正意見がつけられたのである。

同じく一九八三年度の検定では、原稿本に「日本軍は南京占領のさい、多数の中国軍民を殺害し、日本軍将兵のなかには中国婦人をはずかしめたりするものが少なくなかった。南京大虐殺とよばれる」とあったのに対して「『婦人をはずかしめる……』の部分を削除せよ。軍隊において士卒が帰女を暴行する現象が生ずるのは世界共通のことであるから、日本軍についてのみそのことに言及するのは、選択・配列上不適切であり、また特定の事項を強調しすぎる」と削除を求める(強制する)意見がつけられたのである(教科書検定訴訟を支援する全国連絡会『教科書検定と戦争1』一九八八年四月)。

この南京大虐殺の叙述に対する検定の是否をめぐって、一九八七年秋、家永側・国側双方の証人が東京地裁の法廷で誕言を行なった(家永側証人藤原彰・本多勝一、国側証人児島襄)。このときの法廷での証言記録が、本多勝一編『裁かれた南京大虐殺』(晩聲社)にまとめられている。これを読むと国側代理人・証人が、南京大虐殺は組織的犯行ではなかった、強姦はどこの国の軍隊もやっていることでとりたてて日本軍だけを問題にすることはないと、執拗に強調しているのがわかる。

国側代理人の秋山昭八弁護士などは、強姦が軍の統制下に組織的にやられたのではないと学者が指摘しているのを知っているか、とまで本多証人に尋ね、「それは、もちろん命令一下、さあ強姦せよ、と部隊が突撃するということはなかったでしょうね」と答えられて、失笑をかっている。

また児島証人は、「この中国掃人をはずかしめる行為というのは、史料では正確に把握はできてい
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たんでしょうか」と尋ねられると、即座に「いや、とても無理でございます」と断言している。「第十軍(柳川兵団)法務部陣中日誌」およぴ「中支那方面軍軍法会議陣中日誌」(『続・現代史資料6 軍事警察』みすず書房)をみれば、児島証言の嘘はすぐばれるにもかかわらずである。

以上にみた国側の論理は、半世紀前の旧日本軍のそれとほとんど同じである。

オーストラリアのジャーナリスト、H.J.ティンパレーが一九三八年に出版した『戦争とはなにか――中国における日本軍の暴虐』(洞富雄編『日中戦争・南京大残虐事件資料集』第二巻、青木書店、所収)のなかで、次のように当時の日本当局を批判している。

「日本当局は、日本軍が南京その他で暴行をおかしたことを誇張であるとあいまいに反論してはいるが、否定してはいない。日本当局の公式の弁明は次の二点を骨子としているように思える。すなわち、(a)暴行はそれぞれ孤立した事件にすぎない。(b)同じようなことは他の戦争でもあったことだ。…戦争というものはすべて惨禍をひきおこしたのだという陳腐な言いわけでこれらの事実を弁明しようとする人びとは、主として日本こそ国際信義に違反して中国で戦争を行っているという事実をともすれば忘れているのである。

日本軍が中国で犯した暴行はただ勝利の熱にうかされた軍隊の無軌道の結果にすぎないのか、それともどの程度まで当局の計画的恐怖政治の政策を表していたものかという疑問をいだいた読者もおられるであろう。この場合、事実の示すところは後者のほうの結論である。」

五十余年前の批判であるが、残念ながら今の文部省教科書検定の戦争観の批判にそのままあてはまる。
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ティンパレーのこの本は、日本では『外国人の見た日本軍の暴行』という題で知られていたが、中国訳からの重訳本であったことや、当時防衛的な意味から資料の出所を伏せていたこともあって、多少うさん臭いと思われる節があった。ところが、現在私が進めている『南京事件資料集・アメリカ関係資料編』(青木書店)の作業のなかで、同書の資料がすべて信頼できる原資料に基づいていること、もともと南京事件の告発をめざして編集したがそれだけに絞ると現に当時南京に残留していた資料提供者に危害がおよぷ恐れがあったので、敵の目をくらます意味で中国各地の惨状の叙述を入れたことなどがわかった。したがって、英語原本から翻訳した洞氏の前掲書に限定して、ティンバレーの本の史料的価値は再評価されるべきである。


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